038:死線の海を越えて
俺たちレオン軍は、タールド城に進軍すると思わせてモルフェイ城を出陣した。
今回は陸地を通らず、海路を使ってロシャー城に入場する予定になっている。
そのため出陣した日はボロック州の港町〈プレンクス港〉に宿泊し、翌日の早朝に港を出港する。
プレンクス港に到着したレオン軍は、直ちに野営の準備をするのである。
俺はテキパキと野営の準備を終える。
移動や野営の準備があってバタバタしていたので、少し休もうと砂浜まで息抜きをしに来ていた。
前世のように街頭とかがあるわけじゃ無いので、月明かりが海に反射して綺麗だ。
「なに黄昏てるんだ?」
「ん? あぁワイツか……別に海に月が映って綺麗だって思ってただけだよ」
「それを黄昏てるって言うんだよ。なんだ、もしかして激しい戦いが迫ってナーバスになってんのか?」
「いやいや、なーらすになんてなってねぇよ。もう戦う覚悟はしてるからな、今回こそ結果を残してやるって気合いも入ってるし」
「だったら良いけどよ、あんまり気負い過ぎるなよ? こんなところで死んだら、つまらねぇからか」
俺が海を見ているところに、ワイツがやって来る。
どうやら俺が戦争を前にしてナーバスになっていると思ったみたいだ。
確かに前世で人を殺すなんて事は無かった。
それでも今の俺は今の俺なので、殺す事も死ぬ事も覚悟しているつもりである。
そんな事よりも結果を残して、上に這い上がりたい。
こんな人生になったのだから、1度くらい自分の名前を後世に残してやりたいんだ。
そんな風に思っている俺に、ワイツはナーバスになっていないのは分かったが、そんなに気負いすぎてると危ないと注意してくれた。
まぁ言われてみれば結果を残したいと、かなり気負っていたのかもしれない。
それでもそれくらいの気持ちじゃなきゃ生き残れないと、俺は個人的に思っている。
とりあえず死なないようにはしよう。
ワイツの泣いてる姿は見たく無いしな。
「それにしても今回の戦いの賞賛は、どれくらいあるんだろうな? ケダルヘイ兄弟じゃないけど、ボドハント州は格上も格上だろ」
「どれくらいって言われてもなぁ。とりあえず向こうが300人で、こっちがレオン軍500人にヒリス軍300人とシーメン軍200人を出した1000人だから、ハッキリとした差はあるよな」
「今回もシーメンさまが加勢してくれるのか? あの人もレオンさまの派閥を、大いに支えてくれてる人だか」
俺はワイツに、今回の戦いの勝算について聞く。
始まってみないと分からないが、とりあえず聞かれたワイツは戦力差について話す。
向こうが300人に対し、こちらは3軍が合わさった1000人となっている。
レオン軍とヒリス軍に加え、レオンの叔父であるシーメンも前戦に続いて参加してくれた。
しかもシーメン軍は、もうトラフスク砦を取り囲むように布陣し、使者もボドハント州への援軍要請も封殺させているのである。
「シーメンさまは、今回も大活躍だな」
「だよなぁ……まっ、俺たちは全力で砦に攻撃すれば良いって事だな」
「確かにワイツの言う通りだ。砦で愚かな侵略者をボコボコにしてやれば良いんだ」
シーメンの活躍に感心している俺たちだったが、ワイツが俺たちのやるべき事は全力を出す事だとまとめた。
それに納得して俺も話をまとめるのである。
すると俺たちのところにアイゼルがやって来て「お前たち! 晩飯だぞ!」と言いに来た。
俺とワイツは顔を見合わせてから「飯だぁ!」と走って野営地に戻っていく。
そして翌日の早朝を迎えた。
さぁ出発だというタイミングで、嵐が直撃してしまったのである。
半端じゃない風に加え、海が荒れに荒れていた。
これでは無理だと船頭や水夫は、今日の出航は無理だろうと話している。
「いや、船を出して貰おう」
「なっ!? えっ!? こ こんな嵐の日に、船なんて出したら、船が転覆してしちまうよ!」
「そうですよ! こんな波が高い日に船を出したら、全滅しちまいますよ!」
船頭と水夫たちが船を出すのは不可能だと話しているところに、レオンが船を出して貰おうと言うのだ。
その言葉に水夫たちだけじゃなく、家臣たちも目をまんまるくして「え!?」と驚いた。
必死になって水夫たちはレオンを止める。
こんな日に船を出したら転覆してしまうと説得する。
しかしレオンは全くもって考えを変えようとしない。
「ここで足踏みをすれば、作戦決行が3日から4日の先送りになる! この状況でリスクを取らなければ、格上であるボドハント州には勝てない!」
「そ それは確かに、そうかも知れませんが……さすがにあまりにもリスクが高過ぎるんじゃ」
「この賭けに乗りたくない人間は、別に港に残って貰って構わない! ケダルヘイ兄弟と同じように、ここで戦線を離脱しても処罰はしない!」
レオンは今日を逃せば3日から4日は、日程が押してしまうだろうと考えている。
時間が経てば経つほど、向こうには対策が取られる。
だから、ここはリスクを背負ってでも海を渡る必要があるのだとレオンは話す。
確かに言っている事は理解できる。
しかし頭に分かっていても、あまりにも危険だ。
行きたくないと思っている人間に、レオンはケダルヘイ兄弟のように行きたくなければ来なくて良いと言う。
その言葉に兵士たちは、ゾッとする。
罰しないと言うが、ここで行かないなんて選択肢を取れば、確実にレオンに切り捨てられてしまう。
このまま出世を諦めるわけにはいかない。
誰一人として港に残る人間はおらず、全員が船に乗って海を渡る事に決めた。
荒れ狂う海に俺たちは乗り出した。
10kmの海路を、水夫たちの腕により約1時間で、ロシャー城近辺の砂浜に到着する。
あまりにも揺れるものだから酔う人間が続出した。
その中に俺やワイツ、アイゼルも含まれている。
これにはさすがのレオンも、今日はロシャー城に入るのではなく野営する事に決めた。
「よ 良く死者が出ずに済んだもんだ……」
「さすがに戦争以外で死ぬのは勘弁だぞ……」
「俺も同意見……さすがに今回は死ぬかと思った」
レオンが無茶振りするのは、いつもの事だが今回は、さすがに死ぬかと俺たちは思った。
そんな中で奇跡的に死者を1人も出さなかった。
戦争で討死するなら納得できるが、こんなところで死ぬわけにはいかないという気持ちだ。
「ここまでやったんだ、絶対にトラフスク砦を落としてやろうぜ! この恨みを全てぶつけるんだ!」
「あぁアイゼルのいう通りだ、この怒りを闘志に変えて暴れ回ってやろうぜ!」
「そう思うとなんか、やる気が出て来たな! こんなところで死んでたまるかよ、もっと武功を挙げてやる!」
瀕死な状態の俺たちの中で、アイゼルがムクッと立ち上がって白目を剥きながら宣言する。
この怒りや恨みを全てトラフスク砦に、ぶつけてやろうという気持ちになっている。
アイゼルの意見に俺たちも同調した。
怒りを通しに変え、暴れ回って大きい武功を挙げてやると、俺たちは一致団結するのである。
今回の事に関していえばトラフスク砦は、何かをしたわけでは無いが、全てを受けて立って貰おう。




