036:待ちに待った
寒さが際立つようになって来た11月の今日。
俺はワイツもアイゼルも見張りの当番でいない為、特にやる事も無いので鍛錬をしていた。
やっている最中は体温が上がっていくので寒くない。
しかし鍛錬が終わった途端、とてつもなく風が冷たく感じてクシャミをするのである。
風邪を引くわけにはいかない。
急いで汗を拭いて風呂に入ってしまおうとしているところに、俺と同じ下っ端家来がやって来る。
「フェリックス! こんなところに居たのか!」
「うん、鍛錬してたところだったからね。それよりも、そんなに焦って何かあったのか?」
「レオンさまが、お前を探してたぞ! 見つけ次第、早急に政務室まで来てくれって!」
普通の兵士だったら、普段の練兵や登板の仕事でヘトヘトなので居場所は限られている。
しかし俺は休みの日も鍛錬をしているので、この同僚は俺の居場所を知らなかったのだろうと思う。
俺は何を焦っているのかと汗を拭きながら聞く。
どうやらレオンが俺を読んでいるらしい。
しかも早急に来いとの事だった。
いつもの事だが、重要な事を任される時は、今回のように突然に声をかけられるのだ。
また何かやらされるんだと俺は身の危険を感じる。
まぁ行かないわけにはいかないので、その同僚に知らせてくれて「ありがとう」と言って政務室に向かう。
しかし汗だくのままで政務室に入るのは、レオンに失礼になるのでは無いかと脳裏をよぎった。
それなら風呂に入る必要がある。
だがそんな事をしている時間は無いはずだ、
呼ばれているのだから、今すぐに行かなければ。
という風な葛藤が俺の中に生まれてしまって、俺は頭を抱えている。
するとそこにルシエンがやって来た。
「あれ? フェリックスじゃないか、レオンさまが政務室に呼んでるぞ? ほら、一生に行こう」
「そ それがぁ……」
ルシエンも俺の事を探していたみたいで、廊下でアタフタしているのを発見した。
早くレオンが呼んでいるから政務室に行こうと言う。
俺はルシエンに今の状況を伝えるのである。
するとルシエンは手を叩いて笑った。
「そんなの気にするわけないだろぉ。レオンさまは、鍛錬をする人間の汗は嫌わないよ……そんな事よりも早くレオンさまのところに行こう。フェリックス、君に重要な事を任せたい事があるみたいだ」
「じゃ じゃあ行かせていただきます……」
俺はルシエンの後ろを歩いて着いていく。
これから何を任せられるのかと思ったら、俺の足は鉛が付いているんじゃないかと思うくらいに思い。
もちろん成り上がる為に、レオンの指示には従うつもりだが、さすがに無理難題は怖すぎる。
そんな事を考えていると部屋の前にやって来た。
ルシエンがノックをしてから扉を開く。
俺は部屋に入る前と、入ったところで2度の頭を下げてからレオンの正面に立つ。
「おぉフェリックス……やっと来たのか」
「え!? レオンさま、どうかなさいましたか?」
顔を上げてレオンの顔を見てみるのだが、そのレオンの顔は顔面蒼白な顔をしていた。
どうしたのかと俺は驚く。
もしかして病なのでは無いかと心配した。
どうやらレオンが城下町とかに遊びに行っていた為、政務が溜まっていたらしい。
だから昨日から徹夜でやらされているとの事だ。
ルシエンは地味に怖いと思ってしまった。
「レオンさま、フェリックスに任せたい事があるんでしたよね? 早めに話した方が良いかと」
「あ あぁそうだったな。お前に重要な任務を任せたいと思っている、これは失敗したら御家断絶にも関わって来るかもしれない任務だ」
「そ そんな重要な事を、私がですか!?」
「フェリックスは真面目な上に、作戦実行能力が高い事は分かっているからな。それに今回はフェリックスの農民の出というのが大いに働くと考えている」
「農民の出が大いに働くんですか」
やはり重要な任務を任せられるみたいだ。
しかも俺が任務を失敗したら、御家断絶の可能性があるとプレッシャーが上乗せされる。
そんな重要な任務を、どうして自分なのかと困る。
どうやら俺の真面目さや、作戦実行能力の高さを評価してくれての人選らしい。
それだけじゃなく今回の作戦は、農民の出であるという事が大いに働くとの事だ。
確かにそれなら俺が適任だと思った。
だが農民の出が大いに働くとは、どんな任務なのだろうかと分からなくなって来る。
「ようやく準備が整った、これからトラフスク砦の攻略を始める。お前には農民に扮して、ヒリスの城に潜り込んで貰う。そこでこの手紙を渡し、戦う準備をさせろ」
「そういう事でしたか……了解しました! 重要な任務を遂行させていただきます!」
「そうか! お前ならやれると期待してるぞ、キッチリとやり切ってみろ!」
「はい! それでは準備します!」
任務とはトラフスク砦を攻略する為の初動だった。
俺が農民に扮し、ヒリスの居城に入り込んで密書を渡すというものだった。
これが上手くいけば本格的に砦攻略がスタートする。
そんな重要な任務に就けるなんて、俺はついていると思って覚悟を決めるのである。
俺は作戦の為に準備をすると政務室を後にする。
農民に扮すると言っても、どんな格好が良いのだろうかと考えてしまう。
とりあえず綺麗では無い服に着替え、レオンお抱えの八百屋から野菜を仕入れる。
それを台車に乗せる。
これでどこから見ても農民で、ヒリスの城に兵糧を渡しに来た人間にしか見えまい。
「それでは任務を果たしに行って来ます!」
「あぁ俺もレオンさまも、上手くやる事を期待してるから頑張って来い」
「はい! 是非とも任せて下さい!」
俺はルシエンが見送ってくれるというので、作戦を上手く遂行すると言って出発する。
どうにも最近は農民という感じがしない。
だから城までに、農民の歩き方とかを思い出しながら言葉遣いも気をつけようと思った。
そんな事を考えていると、ヒリスの城が見えて来た。
このままでは普通に通れないので、門番頭の耳元で秘密の合言葉を伝えるのである。
その言葉は「鈴蘭」だ。
ソロー=ジルキナ家の家紋に鈴蘭があるからだ。
鈴蘭という言葉を聞いた門番頭は、眉をピクッと動かして「台所まで運べ」と指示する。
その指示通りに俺は城の敷地内に入り、台所の裏口まで歩いていくのである。
すると料理人の男が、城の中に入るように促す。
俺は城の中に入る事ができた。
「こちらへどうぞ、直ぐにヒリスさまのところに案内いたします」
「よ よろしくお願いします」
緊張はしたが上手く入り込む事ができた。
料理人に扮したヒリスの側近が、俺をヒリスの政務室まで案内してくれた。
身なりは汚い農民の格好だが、まぁ今は緊急事態という事で、そのまま政務室に通された。
「失礼致します、ソロー=ジルキナ家当主・レオン=ソロー=ジルキナが家来……フェリックス=マルセル=カントと申します!」
「丁寧な挨拶、感謝する! 俺はヒリス=ロシャー=ギュアボルクである。レオンさまからの極秘の使者という事だが、一体何用か?」
「はい! レオンさまからの伝言を伝えさせていただきます」
こんな風に極秘の使者である事は、ヒリスも理解しているがレオンは何用で向かわせたかは理解していない。
その為、俺がレオンの伝言を伝える。
内容としては、こちらの準備が整い次第、トラフスク砦を攻略するというものだ。
ヒリスは遂に来たと立ち上がって喜ぶ。




