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034:辛抱

 ワレン軍を討伐する為に、援軍を寄越して欲しいという要望を伝えにヒリスは早馬を向かわせて来た。

 今日は珍しくレオンは執務室にいた。

 だから直ぐに使者は城の中に招かれた。

 伝令に使われるような下っ端の兵士からしたら、普通にしているレオンも威圧感を放っている。

 顔を上げずにプルプルと震えながら話し始める。



「こ この度は迎え入れていただき……ありがとうございます」


「そんなに畏まらなくて良い、早馬できたのだろう? ならば急ぎの用件なんだろう?」


「は はい! それでは端的に説明させて頂きます」



 使者はヒリスに何が起きているのかを、なるべく端的に説明をするのである。

 レオンは目を瞑りながら「うんうん」と頷く。

 そして全ての説明を終わらせた。

 


「そうか、ワレン軍が砦を築いているのか……それで俺に援軍を出して欲しいという事だな」


「はい! その通りでございます!」


「援軍は出さない」


「え!? ど どうしてですか!?」


「そのまま建設を続けさせろ。今は建築が進んでいて向こうも警戒心が強い、それなら完成させ油断させた方が攻めるのに効率的だ」



 ヒリスが置かれている状況を理解したレオンは、その上で援軍は出さないと決めた。

 どうして出してくれないのかと使者は困惑する。

 レオンが援軍を出さないのは、建設中は攻め込まれないように守りを固くされてしまう。

 それなら完成してから油断しているところを攻めた方が良いというのが、レオンの考えなのである。

 想定外の事に使者は言葉を失っている。



「どうした? さっさとヒリスのところに戻って、俺の言った事を伝えて来い」


「は はい……承知しました、時間を作って頂きありがとうございます」



 ボーッと惚けている使者に、レオンは何をしているのかと声をかけ、ヒリスのところに戻るように言う。

 ハッとした使者は立ち上がって頭を下げる。

 そのまま険しい顔をしながら部屋を出ていく。

 それをルシエンが確認してから、レオンの前に行って今の話をするのである。



「やはり動いて来ましたね、ラセントレイス州に感化されたんでしょうか?」


「確かにボドハント州とラセントレイス州は、同盟間近という話もあるが……まぁ概ね、計画通りっていうところなんじゃ無いか?」


「とりあえず家臣団の中でも、この話をして来ますので時間が経つのを待ちましょう」



 このボドハント州の攻撃は、ラセントレイス州に感化されたものなのかとルシエンは思った。

 確かにその要素もあるかもしれないが、少なくとも計画に沿っての事だろうとレオンは考える。

 レオンの言う通りだと思ったルシエンは、とりあえず家臣団にもボドハント州が砦を築こうとしている事について話してくると言った。

 そして俺たちの前にルシエンがやって来るのだ。



「そういう事だったんですか。ヒリスさまたちは大丈夫なんでしょうか?」


「砦を建築している間は、ヒリス殿のところに攻め込む事は無いだろう。そうですよね、ルシエンさま」


「そうだろうな、だからレオンさまは見守るという選択肢を取ったんだ。だからと言って、こっちが何もしないわけにもいかないぞ? 向こうが油断した時に、こっちから攻撃を仕掛ける為に準備をしなければいけない」



 俺は事情を聞いて、ヒリスは大丈夫なのかと思った。

 これにワイツは向こうの砦が完成するまでは、攻めて来ないだろうと考えている。

 ワイツの考えがレオンやルシエンも考えている事だ。

 しかし向こうが休んでいるからと言って、こっちが何もしないわけにはいかない。

 隙を突いて攻撃する為には、入念な準備をしなければいけないとルシエンは言った。


 レオン軍は準備こそしているが、本当に何もせずにヒリスは目の前でトラフスク砦が建設されるのを見届けるという屈辱の日々を送った。

 そして遂に建設の2ヶ月後である6月に、トラフスク砦が完成するのである。

 砦が完成したのを見てヒリスの家来たちは、歯軋りをしながら「これで戦えるんですよね!」と言う。

 ヒリスも戦う気満々だ。

 そんなところにレオンからの使者がやって来る。



「ヒリスさま、レオンさまからの伝言をお伝えします」


「おぉ頼む! 直ぐにでも援軍が来てくれるのだろ?」


「レオンさまは、引き続きこのまま待機するようにとの事です。なので、こちらからは援軍は出しません」


「なに!? レオンさまは援軍を出してくれないだと」



 トラフスク砦が完成したから援軍が来ると思ったが、使者が口にしたのは援軍は出さないという事だった。

 あまりにも衝撃的な事に家臣たちも「な!?」と言葉を失ってしまうくらいだ。

 使者は伝言を伝えたからとロシャー城を後にする。

 使者が帰ったヒリスは「くそぉ!」と壁を、右拳でドンッと殴るのである。

 この気持ちは家臣も同じだ。



「こんな事で良いんですか! このままではやられてもやり返せぬ、腰抜けだと周りから言われてしまいます」


「そんなのは分かっている! このままで良いわけが無い。だが300人で1000人に突っ込んでも、ただ無駄死にするだけだ……」


「それにしてもレオンさまは、随分と腰抜けのようで」


「なに? どういう意味だ」


「そのままの意味にございます。やられているのに、一切手を出そうとしない。やられるのが怖く、逃げているんじゃ無いでしょうか?」



 ヒリスの家臣はレオンの事を腰抜けだと罵る。

 やられたというのに、やり返さないというのはビビっているからだと言うのだ。

 何かとタイミングを見ると言う。

 だが、それは戦わない言い訳では無いのかと。


 これを聞いたヒリスは拳を握って、その家臣を思い切り殴るのである。

 殴られた家臣は吹き飛んで行った。

 どうして殴られたのかと、驚いて手に付いた血を見てから恐る恐るヒリスの方を見上げる。



「我々は、もう引き返せないところにいるのだ。もうレオンさまに着いていくしか無いのだ……不満を言うくらいならば、兵士を増やす策でも考えろ!」


「も 申し訳ございませんでした……」



 ボドハント州を離反している以上、もう引き返せないところまで足を突っ込んでいる。

 だから今の主人であるレオンと、心中する覚悟を持っていなければいけないのだ。

 それが家臣には足りなかった。

 殴り飛ばされた理由は、そこにある。



「良いか、お前たち! いつでも戦える準備だけはしておけ……いつ戦いが始まるかは、俺にも分からぬぞ!」


『おぉおおお!!!!』



 今は戦わないが、いつでも戦える準備をしておくようにヒリスは家来たちに指示し、家来たちもやる気だけはあるので歓声を上げて士気を高める。

 しかしレオンは5ヶ月間も動かなかった。

 この5ヶ月間の間にも、サッストンズ帝国には大きな出来事が起こってしまった。


 サッストンズ帝国には皇帝がいる。

 だが乱世になり武家政権の時代になると、皇帝の権力は徐々に形骸化していった。

 政治の実権は武家のトップである帝威大将軍(ていいだいしょうぐん)に移り、皇帝の政治的な役割は新年の祝い事や官位の授与などになった。


 そんな実権を握っている帝威大将軍だが、ここ約200年間は〈フォンターナ家〉が世襲制でやっていた。

 そんなフォンターナ家の現当主は、もはや皇帝に続くお飾りのものとなっていたのである。

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