032:ラセントレイス州の虎
俺たちが見守る中で、レオンとオズワルド尊極大名によるモンシュ教会の会見は成功した。
オズワルド尊極大名が、レオンの若さに反した胆力に自分すらも見下す器にそれたのである。
ピリピリしていた会見が、オズワルド尊極大名のワハハハハッという笑い声で和んだ。
「今までは目には見えない婚姻同盟という形をとっていたが、これからはワシが後見人となろう! このソロー=ジルキナ家の当主に相応しいのはレオンくんじゃ」
「オヤジ殿、その申し出に深い感謝を示します! これでボロック州を統一する為の地盤が固まりました!」
「何を言っておるんだ、今は乱世ぞ? 乱世というのは力がある者だけが生き残る……お主が、それに見合うだけの力があると判断したまでじゃ」
今までは婚姻同盟という不確かなモノしか、オズボルド尊極大名は示して来なかった。
しかしこの日をもってソロー=ジルキナ家の当主は、レオンが相応しいという事を表す為に、後見人になると大々的に宣言したのである。
この宣言は会見終了後に、周辺国へと知らされる。
これでボロック州内外での戦いが、今まで不利だった事も大いに改善されるはずだ。
「それじゃあ、ここら辺でお開きにしようか。このままモルフェイ城に行って、マリアベルの顔を見たいところじゃが……そういうわけにもいかないからな」
「オヤジ殿、わざわざ会見の場を設けていただけた事は俺にとってもソロー=ジルキナ家にとっても、とても意味のある会見になりました」
思っていたよりも2人の話が盛り上がり、時間も時間だからとオズボルド尊極大名は帰る事にした。
正直なところモルフェイ城に行って、マリアベルの顔を見たいところだが、そんな理由で領地を離れるわけにはいかないので素直に帰る事にする。
改めてレオンは後ろ盾になってくれる事を、深々と頭を下げて感謝を伝えるのである。
やはり義理とはいえど親子の絆があるみたいだ。
レオンは帰っていくオズボルド尊極大名を見送る。
自分の城に向かって帰還し始めた、オズボルド尊極大名は横にいる配下の家来に呟いた。
その内容は「いずれくるじゃろうな……」と言う。
いきなりそんな事を言われた家来は「え? な 何が来るんでしょうか……」と聞き返す。
聞き返されたオズボルド尊極大名は、右の口角をニッと上げて不敵な笑みを浮かべる。
「ワシのバカ息子たちは、いずれレオンくんの前に馬を繋ぐ事になるじゃろうな」
「坊ちゃんたちが、レオンさまの前に馬を繋ぐ……それはつまりまさか!? オズボルドさまとは言えども、さすがに坊ちゃんたちの事を、そんな風に言うのは………」
「ワシが言って何が悪い? ワシは一代で尊極大名にまで成り上がったんじゃ……それに比べて、あやつらは温室育ちの大馬鹿者じゃ!」
レオンの前に馬を繋ぐという言葉の意味は、いずれオズボルド尊極大名の子供たちはレオンの支配下に入る事になるだろうという意味だ。
この言葉に配下の家来は、実の父親とはいえども後継者に言い過ぎではないかと指摘した。
しかし自分の言っている事は事実であり、オズボルド尊極大名は自分の力だけで、一介の商人から一国一城の大名にまで成り上がった人だ。
そんな人間の言葉は重い。
とにかくレオンとは、これからも良い関係を築いていきたいと、オズボルド尊極大名は考えている。
レオンにとって今回の会見で、これ以上に無い後見人を付ける事ができた。
オズボルド尊極大名からしたら、娘婿が乱世に名を轟かせるかもしれないと期待感が持てた。
両者にとってウィンウィンの会見になった。
そしてこの会見が、これからのサッストンズ帝国にとって大きな転換点となるのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レオンとオズボルド尊極大名によるモンシュ教会の会見が行われてから10日経ち、暦では4月に入った。
この会見に匹敵する出来事が起こった。
それを起こしたのはボドハント州の南方で国境が接している〈ラセントレイス州〉の《ディルス=ラセントレイス=クレシェフ》尊極大名である。
起こった事はラセントレイス州とグルトレール州の両方に挟まれている〈ホールトング州〉が、ラセントレイス州に攻撃を受けたのだ。
このホールトング州には特定の守護大名は居らず、州内の有力武家の人間たちで合同統治をしていた。
その脆さに目をつけたのが、ディルス尊極大名だ。
12年に渡ってホールトング州を攻撃していた。
そして遂にディルス尊極大名は、ホールトング州において最大勢力ともいえる《マン=アスース》を州外に追放し、北部を除くホールトング州を制覇した。
「アスース城を落としたか……マンの首は取っているんだろうな?」
「い いえ……どうやら城を脱出しており、マンはキルトッサ州に亡命したとの事です………」
「なに? 確かマンとキルトッサ州の大名は、昔ながらの関係だったはず……何をしているのだ! これではキルトッサ州に戦争の大義名分をやっているだけでは無いか! そんな事も考えられなかったのか!」
ディルス尊極大名は210cmもある巨体に、口髭が濃く顔もゴツゴツしていて全身から殺気が溢れている。
あまりにも殺気が強いので、目の前にいたらプルプルも震えてくらいの強さだ。
そんなディルス尊極大名が家来を叱りつける。
マン郡長は自分の城を脱出すると、窮地の中であるキルトッサ州に亡命した。
キルトッサ州はホールトング州の北部に面している大国であり、キルトッサ州の大名は《エクセルム=エスカンダリア》という名で、4つの国を収める尊極大名だ。
「も 申し訳ありませんでした! ど どうか、家族だけはお許し下さい!」
「まぁ良い……どうせエスカンダリア家とは、北上していけば戦う事になる相手だ。向こうもマンを受け入れたとなれば戦いは避けられまい………ホールトング州だけではなくキルトッサ州も頂くとしよう」
家族すらも皆殺しにあうと思った家来は、自分の命だけで許して貰えないかと頭を下げて命乞いをする。
この姿を見たディルス尊極大名は、どうにも怒りよりも呆れが勝って気持ちが落ち着いた。
どうせ領土拡大の際に北上していけば、いずれは戦う事になる相手だと割り切る。
それならホールトング州だけじゃなく、キルトッサ州も奪ってしまおうと考えた。
「ディルスさまの言う通りでございます。マン郡長を取り逃した事実は、もう変わりません……それならばエスカンダリア家を滅ぼしましょう」
「パデタラス、お前もそう思うか?」
「えぇディルスさまは、これからのサッストンズ帝国の中心にいるべき人物です……ボドハント州との同盟の話も近づいていますし、ここはディルスさまの力を周辺国に思い知らせるのも一興かと」
ディルス尊極大名の側近であり、ラセントレイス州の軍略総督である《パデタラス=パイプテュルル》が、エスカンダリア家との戦いに賛成する。
どうやら大きな戦力ゆえにボドハント州と、小競り合いを続けてきたディルス尊極大名だったが、さすがに戦いが長引くので同盟を持ちかけた。
もちろん打ち倒した方が良いのも分かるが、戦力を無駄にすれば天下統一の夢が潰える可能性がある。




