030:偽善で何が悪い
どうも胸の奥がモヤモヤするので、俺は溜息を吐きながらスッと振り返って少年のところに戻る。
体育座りをしている少年の前に屈んで、少年と目線を合わせるようにして笑顔を作った。
そして「どうしたの?」と声をかける。
少年はヌルッと顔を上げた。
あまりにも少年の目は、この世の地獄にいるかのような真っ黒な目をしている。
「お 親御さんは居ないのかな? こんなところに居て寒くない?」
「お父さんと、お母さんは戦争で死んだ……寒いけど、ここ以外に行くところ無い」
「そ そうなのか……」
あまりにも重い内容で、俺は言葉を失ってしまった。
どうしたものかと俺は頭をフル回転させる。
しかし一向に何をしたら良いのかとわけが分からなくなり、とりあえず名前を聞いてみた。
少年は《ウォルフ=アルジェント》と言うらしく、さっきも言っていたように少し前の戦争で両親が亡くなってしまったと言うのだ。
身寄りも無いので、こんなところで寝泊まりしていて何ヶ月も経つらしい。
状況は良く理解した。
だからと言って、これからどうしたら良いのだろうかと悩みは解決していない。
このままモルフェイ城に連れていくわけにもいかないが、ここに居させるのも放っておけない。
何をしてあげられるだろうかと、俺は腕を組んだ。
すると胸元のところでチャリンッと言った。
この時に俺は「あっ! これがあったか」と気がついて、これも緊急事態かと思った。
「この金があったら、ある程度は生活できるだろ?」
「お気持ちは嬉しいですが、哀れみで施しを受けるほど弱ってません……僕は腐っても騎士の子供なので」
「まぁ確かに、これは哀れみなのかもしれない……だけど! 貰える物は、貰っておけば良いんだよ。もうこれは君にあげたから、捨てるなり人にあげるなり、君の自由にしてくれて良いからね」
少年は受け取らないので、俺はコレはあげた物だから自由にして良いと、少年の手に無理矢理に渡す。
俺は返されても困るので、スッと立ち上がって立ち去って行くのである。
後ろから何かを言っているが無視をした。
そのまま俺は宿屋に帰って睡眠をとった。
そして日が昇るか、どうかのところで宿屋を後にしてボロック州に帰る。
昼前にモルフェイ城に到着して、どこに寄る事もなくレオンのところに向かう。
しかしいつものように政務室にレオンがいない。
そこには当たり前のようなルシエンが仕事をしていて誰が、当主なのかと思ってしまう。
気持ちを心の奥に押さえ込んで、ルシエンに「報告をしに来ました!」と話す。
「あぁ分かってると思ってるけど、レオンさまは城下町に行ってるぞ」
「やっぱりそうでしたか……報告は」
「俺が聞いておくよ。それでオズボルド尊極大名は、レオンさまの要求は飲んだのか?」
「えぇ全てレオンさまの要求通りにするという事らしいんです。日程も20日で、時間は昼過ぎになります」
「分かった、レオンさまの方には俺から伝えておくよ。フェリックスは、ゆっくりと休んでくれ」
俺はルシエンに全てを報告した。
レオンには後から伝えておくからと言って、俺には休息を取るように言う。
ペコッと頭を下げてから部屋を出る。
扉が閉まったところで、ノビーッと肩の荷が降りて緊張がほぐれたのである。
休むと言っても寝てばかりもいられないので、とりあえず木刀を振る事にした。
ほんのりと汗をかき始めたところで、ワッツがやって来た。
「あれ? グルトレール州から帰って来たばかりじゃ無いの?」
「えぇ帰って来たばかりですよ? 一泊して来たんで、そこまで疲れてないんですよ。休むのは、どうにも居心地が悪かったんで修練を」
「そうだったのか、お前は真面目だなぁ……あっ! そうだ、前から言おうと思ってたんだけどよ」
俺が休んでいない事に、ワッツは不思議がっている。
普通の人が、どうするかは分からないが、俺的には体力があるのにジッとはしていられない。
だから修練をしているのだとワッツに言った。
俺の真面目さに若干引いているように見える。
そこからワッツは、俺に前から言おうと思っていた事があるのだと言って来た。
ここに来て何を言われるのかとドキドキする。
「俺と歳変わらないんだからタメ口で良いぞ? そりゃあレオンさまとかにはダメだろうけど、俺たちの身分は変わらないからな」
「いやいや身分が変わらないわけないじゃ無いですか! 俺は下の下の身分である農民ですよ?」
「それでもだ! これからはタメ口で頼む!」
どうやら俺が敬語を使っている事に、ちょっと前から違和感を感じていたというのだ。
だから今からタメ口で話して欲しいと言って来た。
これには明らかに身分の差があるので、俺はタメ口を使う事を拒否した。
しかしワッツは引き下がるつもりは無いらしい。
こうなってしまったら、逆に断ったら失礼になるかもしれないと俺は思った。
俺は「はぁ……」と溜息を吐いて諦める。
「分かりまし……いや、分かったよ」
「よし! それで良いんだよ」
俺はタメ口に切り替える事にした。
まぁタメ口に変えたからといって、何かが変わるというわけでは無いが、不思議とワッツとの距離がさらに縮まったようにも思える。
話して盛り上がっていると、何故か草むらからアイゼルが出て来て「ずるいぞ! お前たちだけで!」と、俺たちが仲良くやっている事に嫉妬して来た。
そんな風に言って現れたアイゼルに、俺たちは顔を見合わせてから笑うのである。
これにアイゼルがプンスカしながら「笑うな!」と言って、さらに俺たちは笑うのだ。
遂に運命の日が訪れる。
レオンにとっても俺たち家来にとっても、これからのソニー=ジルキナ家を大きく占うと言っても過言では無い会見の日がやって来た。
開催地であるモンシュ教会は、ボロック州とグルトレール州の国境線上にある。
そこに向かう為、俺たちは日が昇る前に集められ、隊列を組んでいる。
まだこの場にはレオンが来ていない。
いつ来るんだろうと俺たちは思っている。
すると「待たせたな!」とレオンがやって来た。
「え!? れ レオンさま……そ その格好で会見に、行くつもりなんですか?」
「当たり前だろ? 俺は俺のやり方で、難局を乗り切るつもりだ。もちろんお前たちの力も必要だ、ソロー=ジルキナ家として対処するぞ」
レオンは正装とは程遠い派手な格好に、髪の毛を赤に染めるという暴挙に出た。
これにはルシエンを筆頭に、俺たちは驚く。
今から義父であり、協力関係になるかもしれない人との会見で、そんな格好をする人間がいるのかと。
しかし本人としては誰と会うにしても、自分の好きなようにして乗り切ると言うのだ。
ここまで破天荒とは、驚かないわけにはいかない。
こんな人だから普通ならば離反する人間も当然のように出るだろう。
だが自分の信念と共に、俺たちの事を1つの家族として乗り切ろうと言ってくれるのだ。
これだからレオンには有能な人間が集まる。
まぁ自分で言うのは何とも言えないが、その1人に俺が加わっていると思いたい。
「さぁお前たち! 楽しい楽しい会見の時間だ。グルトレールの毒蛇を見極めに行こうか!」
『うぉおおおお!!!!!』
レオンは兵士たちに号令をかけ、モルフェイ城を出発するのである。




