001:最初から詰んだ?
目を覚ますと見慣れないボロボロの天井が、俺の視界の目の前に広がっていた。
死んだはずなのに、どこか達観している。
とりあえず状況を理解しようと、起き上がって場所の確認をしようとした。
しかし起き上がれない。
うーん、どうしたものだろうか。
情報を確認しようにも、首が動かせるだけで十分に状況確認ができないな。
これは……どうしたら良いんだ?
動けないから俺は、どうやって情報を確認しようかと八方塞がりの状態になってしまう。
すると俺の手が見えた。
俺の手が某コンビニのパンのように、ムチムチのパンパンになっていたのである。
これには見覚えがある。
これは赤ちゃんの手だ。
えぇと……死んだはずの俺が、目を覚ますと見慣れない場所に居て、手が赤ちゃんになっている。
これはつまり……。
まさか異世界転生したって事か?
色々と情報を羅列したところ、可能性として異世界転生したのでは無いかと俺は思った。
この赤ちゃんの体では、ここが異世界である事を確かめる術が無い。
どうしたものかと困っていると、1人の女性が俺の顔を覗き込んできたのである。
その女性はヨーロッパ人の顔立ちをしている。
そして言葉が分からない。
少なくとも日本では無いみたいだ。
この感じでいくと、この女の人が俺の母さん?
けっこう美人だし悪くはなさそう……ってそんな事を言っている場合じゃ無いな。
どうにか言語を理解しないと苦労するぞ。
逆にいえば言語を理解できれば、それなりに情報が得られるかもしれない。
あれ?
いきなり眠気が襲って来たぞ……。
そりゃそうか。
こんな体でいろんな事を考えてたら、赤ちゃんなんだから眠くなるのも当然か。
少し寝る事にしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
転生してから数ヶ月が経った。
この頃になると、この国の言語が理解できるようになって、いくつかの事が分かった。
それは俺の名前が《マルセル=カント》という事や、俺が生まれた家は下級農民という事だ。
不思議と前世の名前が思い出せなんだよなぁ。
前世の記憶に関しては、ハッキリと覚えてるんだけど名前だけが、ぽっかりと抜けてる。
まぁいくつも名前があったら、頭が混乱するからマルセルっていう名前があれば良いんだけどさ。
赤ちゃんだから転生してから数週間は家の中で、母親であるエールに世話されるだけだった。
中身は30代なので母乳を貰うのには抵抗があった。
しかし生きる為には飲まなければならないので、心の中で謝りながら飲んでいた。
あと俺は、ここが地球じゃない事に気がついた。
もちろんまだ可能性の段階だが、どうしてそんな風に思ったのか。
それは1ヶ月が経って家の外に出た時に見た景色で、俺は疑問を抱いたのだ。
この世界には電子機器が、何1つ存在しない。
どんな貧乏な国だと言っても、ここまで電子機器が存在しないのはおかしいだろう。
そうだなぁ……。
強いていうなら、歴史の中でも俺の好きな戦国時代くらいの文明力って感じかな。
それにここが異世界だというなら納得できる。
だって俺が死ぬ瞬間に願った事と、その後に聞こえた女性の声に納得ができるんだからさ。
俺の推察が正しいのならば、俺が前世で死ぬ瞬間に戦国時代を生きたかったという願いを、神様の類の何かが叶えてくれた。
そう考えれば電子機器がなく、下級農民という身分にも納得する事ができるのだ。
もし戦国時代ならワクワクするぞ!
でも、1つだけ懸念点があるんだよなぁ……。
俺の上には姉がいるのだが、その姉を除けば俺はカント家の長男だ。
こんな貧乏な家の家督を継がされる!
それだけは絶対に避けなければいけない。
しかし……冷静に考えて下級農民は、戦争にすら参加できない下の下の存在だ。
その証拠に父であるジャンは戦争に参加していない。
これはどうしたものか……。
日本では無いとはいえども、戦国時代に転生したのならば騎士として戦いたい。
そして成り上がりたいと考えている。
だが生まれた家柄が、とてもじゃないが騎士になれるような家では無い。
なんなら兵士にすらなれない身分だ。
この状況を、どうしたものかと俺は有り余る時間を使って考える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
転生してから3年が経った。
この歳になれば喋ったり、歩いたりする事ができる。
何より大きかった事は、この世界が異世界である事が確定したのである。
どうして確定したのかというと、俺が住んでいる国の名前が〈サッストンズ大陸〉にある〈サッストンズ帝国〉という国だからだ。
俺が知る限りでは、現代でも過去でもサッストンズという大陸や国があった事は無い。
という事は、この世界は異世界というわけだ。
「お父しゃん、お父しゃん! 僕のしゅんでる、ここって何て名前なのぉ?」
「ここか? ここはサッストンズ帝国ボロック州オートン郷だぞぉ。マルセルは3歳なのに、言葉を上手に話せるなぁ! これは将来明るいぞぉ〜」
「えへへへへ」
どうやら俺が住んでいる地域は、サッストンズ帝国のボロック州のオートン郷らしい。
住んでる名前は分かったので、あとはこの国がどんなところかという事だ。
いきなり3歳児が色々と聞くのは不自然だろう。
だから怪しまれないように、少しづつ長い期間で聴ける情報を聞き出した。
このボロック州というのは、サッストンズ帝国の南西の海に面する州だという。
各州に戦国時代で言うところの戦国大名に等しい、守護官というのが置かれているらしい。
それを聞いたら歴史好きの俺はワクワクした。
これは第2の人生なのだから、やりたいようにやらなければ勿体無いだろう。
そして俺が6歳になる頃、弟が生まれた。
前世でも兄弟はいなかったので、第2の人生において生まれた弟が可愛くて仕方なかった。
名前はルイ名付けられた。
とてつもなく嬉しい反面、俺たちは下級農民で金銭的な余裕は無いに等しい。
ルイが生まれた事で、さらに逼迫するだろう。
そこで俺はある考えを行動に移す事にした。
「えっ!? 教会に入りたいだって?」
「はい! 人生は1度切り……いろんな体験をしてみたいと思ってるんです!」
「いや、俺もマルセルの願いは叶えてやりたいが……こればっかりはなぁ」
俺はエールとジャンに、教会に入ってみたいと頼んだのである。
そうする事で食費などは浮かせられる。
俺的には外の世界も知れるから良いのだが、両親からしたら6歳の我が子と離れ離れになってしまう。
その為、ジャンは反対する。
俺は転生こそしたが、こんな事は奇跡中の奇跡だ。
もう2度と無い事は確実で、この人生を無駄にしたく無いと俺は強く思っている。
だから何度も頭を下げて頼み込む。
「ジャン、良いじゃ無い」
「エール? な 何が良いんだ?」
「この子の好きなようにさせてあげれば。この子が聞き分けが良くて忘れてるかもしれないけど、まだ6歳なのよ? 今までが何も欲しいとかやりたいとか言って来なかった……これが生まれて初めてのワガママよ。それを叶えてあげるのも親では無いのかしら」
確かに俺は迷惑をかけてはいけないと、6歳になるまで何かを強請った事は無い。
それをエールはおかしいと思っていた。
しかし今、教会に入りたいと強請って来た事がエールにとって母親として嬉しかったのだ。
だからこの願いは叶えてやりたいとジャンを説得する。
「ったく……分かったよ。だけど! 週に1回は顔を見せること! これだけは守りなさい」
「あ ありがとうっ!」
ジャンもエールの説得を受けて、確かにそれもそうだと考え直し、俺の教会入りを許可した。
これで俺は生まれて初めて独り立ちをする。




