020:タースグ平野の戦い
ミケルの重臣であるアドニスが、ギルツ=ジルキナ家との戦争に参加させて欲しいと言って来たのだ。
レオンの家臣たちは嫌な顔をしている。
ミケルとは敵対しているので、もしかしたら敵情視察しに来たのかもしれ無い。
そんな人間を入れるのはリスクが高すぎる。
レオンの家臣たちは、強くそう思っている。
「1つ約束しろ、この戦いで目に見えた武功を挙げなければ自害しろ。それが約束できるのならば、お前を今回の戦争に参加させてやる。できないのならば、さっさとミケルのところに帰って寝ろ」
とてつもない条件をアドニスに提示した。
周りにいるレオンの家臣たちも「マジかよ……」と言った表情を浮かべながらアドニスを見ている。
こんな条件を飲むわけが無いと、周りの人間たちはアドニスが帰る事を期待する。
しかしそんな期待とは裏腹に、アドニスは「約束させて頂きます」と言って来たのだ。
これには家臣たちも驚く。
本当に受けるなんて馬鹿じゃ無いかと。
「これは冗談でも試してるわけでも無いぞ? 武功を挙げなければ、本当に自決させるぞ?」
「もちろん理解しています。私も武功を挙げなければ、自ら進んで自害致しましょう」
もちろんレオンは本気で自決をさせる気だ。
それでも構わないとしてアドニスは志願する。
レオンの無理難題を引き受けると言ったのだから、誰もダメだとは文句を言えなくなった。
これでアドニスの参戦が決まる。
そして翌日を迎える。
夜が明けると同時に、俺たち歩兵たちは城の前に整列してレオンの号令を待つ。
もちろん俺とワイツは初陣なので緊張しているのは、言わなくても分かると思う。
だがレオンも緊張しているはずだ。
何せ2戦連続で勝利できなければ、レオンの名前に傷がついてしまう。
「お前たち! 愚かにもギルツ=ジルキナ家が、我らの領地に攻め込んできた。こんな番号を許すわけにはいか無い、これから戦う我らは官軍である!」
『うぉおおおお!!!!!』
「今回の戦いに心強い助っ人が参加してくれる事になった。まずは親父の代からソロー=ジルキナ家に仕えている《アドニス=ウィルツ》、そして叔父の《シーメン=ソロー=ジルキナ》が駆けつけてくれた!」
今回の戦いにアドニスの他に、助っ人として駆けつけてくれた人間がいた。
その人間はコスタス代官の弟であり、レオンの叔父であるシーメンだ。
このメンツで戦いに向かう。
レオン方1000人、アドニス方120人、シーメン方200人、占めて1320人である。
ヒビオン方は1800人だ。
数としては劣るが、質では大いに上回っている。
俺たちはヒビオン軍と戦う為に行軍する。
スペンティ城・ティプス城とモルフェイ城の間には、大きな川が流れている。
その川を渡る前に川近くにある遠縁に当たる《ノムミトリ=ソロー=ジルキナ》の屋敷に入った。
これは軍隊を整える為である。
ここでもノムミトリは兵を100人ほど出した。
「これより川を渡る! 川を渡ったら3対に分かれて、スペンティ城・ティプス城に向かう2隊と、タールド城に向かう本隊という風に分かれる!」
兵長が俺たち一般歩兵に向けて作戦を伝える。
この川を徒渉してからの事だ。
川を渡ってから、この軍は3つに分かれスペンティ城・ティプス城を攻撃する部隊を2つ作り、残りの本隊はタールド城に向けて進軍する。
とてつもなく緊張して来た。
この川を越えれば戦闘が始まる。
初陣で緊張するのは仕方ないかもしれ無いが、こんなに体がカチカチなら戦いに影響してくる。
どうにか緊張を解かなければ、と思っていたが隣を見て落ち着きを取り戻した。
その理由はワイツがガクブル状態だったからだ。
自分よりも緊張している人を見たら落ち着くアレだ。
俺はワイツの肩をポンッと叩いて、そんなに緊張し無いように促すのである。
どうやら落ち着いている俺を見たら、ワイツも少しは緊張が解けたみたいだ。
まぁまだ緊張はしているが、今のところ支障は無い。
そんな俺たちは、上官の命令で徒渉を開始した。
もう10月なので水温が低く冷たいが、興奮していて体温が上がっているからなのか、そこまで寒くない。
「ワイツさん、どうですか? 寒くありませんか?」
「最初は冷たいって思ったけど、今は全く寒いとか思わないよ……今は、もう戦いたくて仕方ないんだ!」
ワイツを気にして声をかけたのだが、ワイツは既にスイッチが入っていた。
普段は緊張とかするが、やるってなったらスイッチを切り替えられるタイプの人間だ。
だって顔が、もう決まっているんだから。
俺も他の人の事を気にしている場合じゃない。
この世界でというよりも、普通は死んだら終わりなのだから、きっと俺には次のチャンスは無い。
下手を打つわけにはいかないんだ。
そのまま俺たちは川を渡り切った。
体を拭く時間なんて無いので、そのまま3隊に別れて作戦を開始するのである。
俺とワイツは別々になってしまった。
ワイツはスペンティ城の方に周り、俺はタールド城に向かう本隊に編隊された。
きっと激戦区になるところだろう。
なんたってレオンに加えて、加勢にやって来たシーメンとアドニスも本隊にいるのだから。
俺たちはタールド城に向かって行軍を続けていくと、タールド城に向かう途中にある《タースグ平野》に、ヒビオン軍は布陣していた。
レオン軍も直ぐに戦闘態勢を整える。
もちろん一歩兵である俺は最前線に編成され、日本でいうところの足軽の位置だ。
この中で1番、死ぬ確率が高いだろう。
しかしそうなるわけにはいかない。
俺は深い集中をしている。
「お前たち! 向こうにいるのは愚かにも、我らに戦いを挑んで来た愚か者たちだ! 我らが威厳を世に示そうでは無いか!」
『おぉおおおお!!!!!』
「野郎ども……突撃だぁあああ!!!!!」
『うぉおおおお!!!!!』
布陣したところでレオンは、少し高い丘に登り、兵士たちに自分の顔を見せる。
そして向こうにいるヒビオンたちに対し、敵対心を持たせるように演説を始めた。
見事に俺たちの士気は跳ね上がった。
この士気の高さに、俺はレオンの騎士としての才能は群を抜いていると思った。
レオンの号令と共に俺たちは、ヒビオン軍に向かって突撃を開始し、タースグ平野の戦いが始まった。
俺は雄叫びを上げながら猛ダッシュする。
練兵によって俺の基礎能力が、周りの一歩兵とは比べ物にならないほどに高くなっている。
群衆を抜け出した俺は1番乗りで敵歩兵に突っ込む。
「ガキが1人で突っ込んでくるぞ!」
「槍でブチ刺してやれ!」
1人で向かってくるガキだと、向こうの歩兵たちには映ったらしい。
まぁそりゃあそうか。
そして歩兵たちは槍を構えて、突っ込んでくる俺に向け突き刺そうとする。
俺が持っているのは槍ではなく普通の剣だ。
常識的にいえば槍の大群に、普通の剣で行くのは自殺行為に等しいだろう。
しかし俺は自分の剣技に自信がある。
建築統務官の間も時間を見つけて剣を振り続けた。
槍如きにやられるわけにはいかないのだ。
俺は敵兵が槍で突いてくるタイミングを見切って、突いて来た瞬間に上にジャンプした。
敵兵たちは空中にいる俺を顔全体で追う。
そして俺は空中で態勢を整えてから下にいる敵兵たちに向かって剣を振り下ろすのである。
俺の一撃で敵兵たちは吹き飛んでいった。
これだけで俺は3人の歩兵を討ち取る。




