019:新たな戦い
俺は練兵に参加するようになったが、その練兵のメニューが常軌を逸している。
毎日のように死線に立たされていた。
三途の川が目の前に広がっているのかと見間違うほどに、悟りの境地まで達している。
気を失っていると水をかけられ起き上がる。
すると俺だけが気を失っているのかと思ったが、周りの兵士たちも気を失っていた。
や ヤバい……。
このままだったら、戦場に行く前に死ぬぞ!?
どうなってんだよ、ここの連中は。
確かに俺を含んだ新人たちは、倒れて気を失っているがベテランまで行くと、俺たちが気を失っている中でも余裕で動いている。
その姿を見た俺は、本当に人間なのかと若干引く。
俺の隣には期待されている幹部候補のワイツが、白目を剥きながら倒れている。
「わ ワイツさん? 起きないと水を、ぶっかけられますよ……起きた方が良いですよ!」
ワイツよりも俺の方が歳上だが、身分の差的に敬語で起きた方が良いと声をかける。
じゃないと水をかけられて起こされてしまうからだ。
俺に体を揺すられて、パッと黒目が戻って来て上半身を起こして、周りをキョロキョロする。
どうやら気を失っている事にも気がついていない。
本当に困惑して「な 何が?」と声を溢す。
「どうやら俺たち、気を失っていたみたいですよ」
「そ そうなのか……なんの記憶も無い。何をしていたのかも覚えてないぞ」
これはもう重症だ。
次の戦争で俺は、このワイツと共に初陣を果たす事になるが、俺と共にワイツは生き残れるのだろうか。
とてつもなく心配で仕方ない。
レオンは俺たちが気を失っているなんて気にせずに、ドンドンとメニューが進んでいく。
休んではいられない。
俺たちが気を失っている間も練兵は続いていき、レオンは着いていけない人間は切り捨てていくのだ。
こんなところで切り捨てられたら、安全な建築統務官を辞めてまで、一歩兵になった意味は無い。
だから俺はフラフラになりながらも立ち上がり、木刀を握る握力が無かったとしても、根性で木刀を握りしめて、対戦相手に斬りかかっていく。
俺の向かっていく姿を見たワイツも立ち上がり、置いていかれるわけにはいかないと斬りかかる。
「フェリックス、ワイツっ! 戦場で敵は待ってくれない、気を失っているうちに殺されるぞ! しっかりと意識を保って戦い続けろ! 意識を失ったとしても剣を振り続けるんだ!」
『は はい!!!!』
明らかにレオンは無茶な事を言っている。
意識を失ったまま戦うってどうやるんだよと、俺は思いながらも表情には出さずにいた。
しかし隣にいるワイツは、そんな事が本当にできるのかと諦めの表情のようなものを浮かべてる。
その気持ちは良くわかる。
だが表情に出しているのをみると、まだ若いと思う。
この日の練兵は終わり、俺はフラフラになりながら寮に戻ろうと帰路に立つ。
すると後ろから「フェリックスさん」と誰かに声をかけられ、ギギギッとブリキの人形のように振り返るとワイツが立っていたのである。
どうしたのかと思って「どうかしましたか?」と作り笑みを浮かべて聞いてみた。
「これからウチで夕食を食べないか? フェリックスさんって寮で暮らしてるんだろ? ろくな物を食べられないんじゃ無いか?」
「確かに身分の低い自分のような一歩兵は、そんな良い物は食べられませんね」
「じゃあウチで食べろ。同期だし、それにフェリックスさんには才能があるよ」
ワイツは俺に夕食を一緒に食べようと言って来た。
どういうつもりなのかと思ったが、寮で質素な食べ物を食べるよりはマシだ。
せっかくなのでポゼッティ家で食事を頂く事にした。
歳が近い事もあって俺とワイツは仲良くなる。
色々と変化がある中で練兵を始めて2ヶ月が経った。
この頃になると俺は、基礎能力が格段に上がっていたのである。
体力もそうだが、パワーにスピードも上がった。
確かにフラフラになるくらい辛いが、気を失わずに練兵を行なえるようになる。
つまり俺は化け物の領域に入って来たのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帝暦552年10月。
タールド城の前には多くの兵士が集められていた。
その兵士たちの前には、今回の作戦の総大将・ヒビオン=ガハルが立っている。
父親であるラシャドは、マインケ郡長の右腕であり、兵士からも大いに信頼される騎士だ。
息子のヒビオンも父親同様に期待されていた。
だからこそ今回の作戦は失敗できないと、ヒビオンは緊張しているのである。
「お前たち! ここに集まった兵士たち諸君は、我らの財産であり宝だ! 今から分家であろうとジルキナ家の名を傷つけようとしているレオン討伐に向かう!」
『うぉおおおお!!!!!』
「この戦いに勝利したならば、お前たちには名誉と共に富を得る事になるだろう!」
『うぉおおおお!!!!!』
ヒビオンは、兵士たちの士気を高める為にレオンの事を賊軍の大将とし非難する。
そのヒビオンに賛同するかのように、兵士たちも武器を掲げて雄叫びを上げる。
まさしく士気が高まっていた。
それだけではなくヒビオンは、この戦いに勝利すれば名誉だけではなく報奨金を渡すと宣言した。
これには兵士たちも嬉しくなり、再び歓声を上げる。
そしてヒビオン軍は、最初の目的地であるスペンティ城とティプス城に向けて出発する。
スペンティ城とティプス城を同時に攻撃し、同じ州の人間に攻撃されるとは城主からしたら想定外だった。
その日のうちに2城とも落とされ、2城の城主の《グレゴール=デュマ》と《アベニユカ=ゾグラノッゼ》が人質として囚われてしまう。
この動きに対し、レオンのところに情報が来たのは、攻撃された日の夜だった。
「ヒビオンがスペンティ城とティプス城を攻めた? それでグレゴールとアベニユカは首を刎ねられたか?」
「いえ、それが兵士を差し出せば命を助けると……」
「つまり2つの城の兵士を丸々、自分の軍に組み込んだというわけか……ここで動かなければ後手に回る事になりかね無い。明朝に俺たちも出るぞ!」
「はっ! 承知しました!」
事の重大性を理解したレオンは、これ以上は後手にまわりかね無いので、明朝に仕掛けると言うのだ。
その指示通り明朝に出発できるように、急いで準備を夜からスタートさせるのである。
俺も急いで武器の準備とかを始める。
寮の中をワッセワッセとしていると、窓から大勢の兵士たちがやってくるのが見える。
旗も掲げられていたが、その旗は見た事が無い。
そして何より先頭に立って歩いているクマのように大きく髭を生やしている男は、レオンの家臣団の中で見た事が無い。
どこの人間なのだろうか。
「失礼します! レオンさま、是非とも今回のギルツ=ジルキナ家との戦いに参加する為に馳せ参じました!」
「お前……アドニス、お前はミケルの家来だったんじゃないのか? そして今ミケルとは、家督争い中だ。そんな状況で、お前は俺と宗家の戦いに参加すると?」
「もちろんレオンさまと、ミケルさまの関係に関しましては理解しています。しかしマインケの動きは、あまりにもレオンさまに無礼です! だからこそ、参加させて頂きたいのです!」
この《アドニス=ウィルツ》は、コスタス前代官の代からソロー=ジルキナ家に仕えており、現在はミケルの重臣として使えている。
そんな人間が戦いに参戦したいと言って来たのだ。
レオンの家臣たちは、嫌そうな顔をしている。




