013:新たな場所で
俺は見事の仕事をやり遂げ、ソロー=ジルキナ家の次期当主であるレオンの小者となる事が決まった。
その日から小者にはなれないので、来週の月曜日から正式に働く事になったのである。
残り3日あるが、ワクワクして眠れない。
そして遂に月曜日がやって来た。
俺は最低限の必要な荷物だけまとめて、モルフェイ城に向かうのである。
今回も見張りの人間に俺の事を伝えてくれている。
名前と用件を伝えると、見張りの人間は俺を中に通して城主室のところまで案内してくれた。
俺はノックをして中に入る。
すると部屋の中にはレオンと、50代後半の白髪の男がおり、2人は喋っていたのである。
「あっ!? お取り込み中でしたか! 申し訳ありません、また改めます!」
「いや! 別に良い、そこまで重要な話をしているところでは無いからな」
「ほ 本当ですか? それでは失礼します」
2人で喋っているところだったので取り込み中かと思って、俺は時を改めようとした。
しかしレオンは手で静止させて、別に極秘な話をしているわけじゃ無いからと残るように言った。
俺は本当に大丈夫かと確認してから、部屋の中にスッと入るのである。
白髪の男は俺の方を見てからレオンに視線を戻す。
「この者が、例の小者志願者ですか?」
「あぁマリアベルに渡したハンカチの刺繍をし、その報酬として小者になりに来た男だ」
「その節はありがとうございます! マリアベルさまはお喜びになりましたでしょうか?」
「もちろん大喜びだよ。最初は素っ気ないように感じたが、俺の見ていないところでスキップしていたらしい」
俺はマリアベルに、あのハンカチを渡してどうだったのかと聞いた。
元々マリアベルはクールな女性らしい。
だから渡した時には、そこまで露骨にテンションを上げる事は無かったが、人が居なくなったタイミングでスキップしているのを、たまたま使用人の侍女が見た。
あのマリアベルをスキップさせたのは、レオンよりも俺の方が先だとニヤニヤしながら言うのだ。
「そうだ! この男は俺の家臣だ」
「紹介に預かりました、レオンさまの家老である《ライアン=ポガレノフ》と申します。レオンさまに仕える者同士、分からない事があれば聞きなさい」
「分かりました! ありがとうございます!」
白髪の男を紹介してくれた。
ライアンは、レオンの父親であるコスタスから使えている古参であり、レオンの家臣団の中で家老を務める。
そんなライアンは俺に、レオンに仕える仲だから分からない事があれば聞くように言うのだ。
俺は立ち上がって深々と頭を下げて感謝する。
「あとマルセルにはやって貰わなきゃいけない事があるんだ。小者になる前にやってくれるか?」
「はい! 何をすれば良いんでしょうか?」
「下級農民から俺の小者になるんだ、そのマルセルという名を変えて貰う。つまり俺の部下になる為に、今から変名して貰う」
「へ 変名ですか? 名前を変えろと、いきなり言われましても……なんと変えれば?」
レオンは俺に、小物として働く前にやって貰わなければいけない事があると言って来た。
一体なにかと思っていると、レオンが求めて来たのは俺のマルセルという名を変えるというものだった。
つまり変名である。
下級農民から持っている名前を、自分の下で働くのに変えないのは、おかしいと言うのだ。
いきなり名前を変えろと言われて俺は困惑する。
どんな風に、なんと変えれば良いのかと聞く。
「俺から小者になった祝いに、名前をやろうと思って考えていたものがある。それを受け取るつもりは無いか? 無いのならば自分で考えれば良い」
「い いえ! 是非とも貰えるのならば、レオンさまの付けて貰った名を名乗りたいです!」
「そうかそうか! ならばお前は今日から《フェリックス=マルセル=カント》と名乗れ!」
「フェリックス……かっこいい! 良い名前をありがとうございます!」
ニュアンスとして伝わっていなかったが、マルセルという名を捨てるのではなく、そのマルセルをミドルネームにするようにという意味だったのだ。
そしてレオンが考えてくれた名前はフェリックスという名前だったのである。
マルセルという名に加えて、フェリックスという名前を与えて貰った俺は嬉しくなった。
まさかこんなカッコイイ名前を貰えるなんて。
とてつもなく俺は喜んだ。
是非とも今日からフェリックス=マルセル=カントと名乗る事に決めたのである。
「ライアン、フェリックスを寮まで連れて行ってやれ」
「承知しました。それじゃあ行きますよ」
レオンはライアンに、俺を寮まで案内するように言って早速、小者として働く事になる。
俺はライアンの後ろに着いていく。
モルフェイ城で働く小者たちの寮はボロボロだ。
まぁ実家がボロボロだったから、特に嫌とかは全くもって無いのだが、外見を見たら一瞬「おっ?」となる。
「紹介しましょう、この男が小者頭をやっている《バジャ=マルヤーナ》です」
「よろしくお願いします! 精一杯やらせていただきます!」
「そうか、頑張ってくれ。早速、屋敷内の掃除をして来てくれ」
「分かりました! 行って来ます!」
小者頭は意地悪そうな顔をしている。
歳としては30代後半くらいか。
自己紹介をしてから直ぐ屋敷の中を掃除してくるように指示して来た。
俺はニコッと笑って返事をする。
掃除道具を渡されて屋敷の中の掃除を始める。
「おっ! もう働いているんだな」
「あっ! レオンさま、お出かけでしょうか?」
「あぁちょっと出かけてくる。どんどん働いくれ」
掃除をしている時に、外行きの服を着ているレオンがやってくるのである。
俺はレオンを見た瞬間、深々と頭を下げて挨拶する。
レオンは頑張るように言ってから立ち去る。
「よぉし! 頑張るぞ!」
俺は初めての出勤日なので、とてつもなく張り切りまくっている。
屋敷の俺の担当のところを、完璧にピカピカにした。
小者頭であるバジャも「お おぉ……」と驚くくらい綺麗にしたのである。
それだけじゃなく季節は、まだ3月で外は肌寒い。
「バジャ小者頭っ! 桶はありますか?」
「お 桶? 何に使うんだよ?」
「そこは秘密にしたいんですけど……ダメですか?」
「ま まぁ別に良いけど、変な事はするなよ?」
「はい! もちろんレオンさまの為です!」
俺は良い事を思いついて、小者頭であるバジャに桶はあるかと質問するのである。
桶を何に使うのかとバジャは疑問に思う。
しかし俺は内緒ですと言った上で、それじゃあ貸して貰えないかとウルウルした目で聞く。
バジャは困惑しながらも許可を出した。
桶を受け取った俺は、その桶にお湯を入れてレオンが帰ってくるのを待つ。
そしてレオンは帰って来た。
俺は深々と頭を下げてレオンを出迎える。
レオンは、まさか俺が待っているとは思っておらず驚いている。
俺は用意していた桶を取り出す。
「これは何だ?」
「足湯というものです! この季節は、まだ足元が冷えますので、これで温めて下さい!」
「おぉ! 気が効くじゃ無いか、ちょうど足が寒いと思っていたところだったんだ!」
俺が用意したのは足湯だ。
この世界の装備では足元への防寒が薄い。
だからきっと足湯は気持ちいいだろうと考えてだ。
レオンも喜んでくれたのである。




