011:新たな出会い
俺はソネット家を離れる日がやって来た。
行くところも無いので、生まれ育ったボロック州に戻る事になっている。
しかし帰る前に俺はアニス夫人のお墓参りをする。
守れなかった事を墓前で謝罪したかったからだ。
そしてルーフェン代官に、最後まで仕える事ができなかった事も謝るのである。
俺はホールジューク郷を出発した。
ボロック州から来た時のように、帰る時も2週間かけて帰郷をする。
こんなタイミングで家に帰るわけにはいかない。
そう思った俺はホールジューク郷には帰らず、ガージー郡の中に留まる事にした。
仕事もしなきゃいけないので、俺は手先の器用さを生かしてハンカチに刺繍細工をする仕事を選んだ。
あぁ母さんにも、こんな風に布を買って刺繍をしてプレゼントしたなぁ……。
まさか異世界に転生してまで、こんな事をしてるなんて思いもしなかったな。
とりあえず今は仕官先が決まるまで食い繋がなきゃ。
「あら! このハンカチ、可愛いわね!」
「あ ありがとうございます! これは市販のハンカチに刺繍をしていますが、お金をプラスで頂ければ持ち込んだ物に刺繍をしますよ?」
「そうなの? それじゃあ、これにもできるかしら?」
「これにですね、問題ないです! 少し時間をいただく事になるんですが、大丈夫ですか?」
1人のご婦人が、俺の刺繍入りハンカチを気に入ってくれた。
どうやらこの人は現在いるガージー郡プトント郷の代官の姉だというのだ。
俺の仕事の良さを知り合いの武家の奥様方に、素晴らしいと口コミを入れてくれた。
これにより巷で話題となったのである。
武家の夫人たちから大量の依頼がやって来た。
それを1ヶ月以内で納品する運びとなり、毎日のように徹夜を続けて刺繍を入れた。
ギリギリで全てを納品し、かなりの儲けを手に入れ、これならば当分は働かなくて良いと1週間は休む事にしたのである。
あれ?
俺がやりたいのって、こんな風に刺繍を入れる仕事だったか?
確かに武家の夫人たちが、大量に金を入れてくれてるから、このままいけばお金持ちにはなれる。
だけど俺が目指してるのって、こんな事じゃなくて、騎士になって成功する事だよな。
ただの小銭稼ぎで始めた刺繍業が、思っているよりも成功している俺は、自分の本来の目的を忘れていた。
騎士になりたいという夢を思い出した俺は、危なく刺繍屋になるところだった。
しかしどこに仕官しようかと俺は本気で悩む。
すると宿泊している部屋の扉が、コンコンッとノックされて扉を開くと宿屋の店主が立っていた。
「どうかしましたか? あっ、もしかして今月分の宿代出し忘れてました!?」
「いやいや、しっかり貰ってるよ」
「じゃあどうかしたんですか?」
「下に君に会いたいって人が来てるんだけど、服装からして武家か貴族の人みたいだよ……喋り方とか的には、武家の坊ちゃんみたいな人だけど」
「俺にお客ですか? 分かりました、直ぐに行きます」
俺は宿賃を渡し忘れていたかと焦ったが、どうやら宿賃を貰いに来たわけじゃない。
宿屋の下に、俺を訪ねて来た客がいるらしい。
わざわざ宿屋まで仕事の依頼をしに来たのかと、俺はビックリしている。
店主が言うには、客は服装からして武家か貴族かだと言ってくるのである。
話し方が荒々しいので武家の坊ちゃんぽいと、小さな声で教えてくれるのだ。
とりあえず俺は服装を整えてから宿屋の下に行く。
そこに待っていたのは、俺よりも少し歳上くらいの若い少年だった。
しかし俺は少年を見た瞬間、足がピタッと止まる。
それは同世代くらいのはずなのに、目の前に歴戦の猛者が立っているようなオーラを感じた。
まさしく脚がすくむとは、この事なのだろう。
俺は威圧感にやられて動けなくなっていると、その少年の方から俺の方に歩いて来る。
「お前が最近、噂になっている刺繍屋か?」
「は はい! そ そうです!」
「そうか、お前が噂の……」
少年は俺を睨みながら刺繍屋かと確認して、頭からつま先を往復してみる。
虎に睨まれている子鹿のように動けなくなる。
すると少年は俺の肩を、ポンッと叩くと満面の笑みを浮かべて「やっと会えた!」と言うのだ。
どういう事かと俺は困惑する。
「お前の事を、ずっと探してたんだぞぉ! この1ヶ月間、どこを探してもいないんだからよぉ!」
「さ 探していた?」
「あぁ! お前に仕事をして欲しくてな!」
「依頼というわけですか?」
どうやらこの少年は、1ヶ月間も俺の事を探していたみたいだ。
仕事の依頼なのかと聞く。
少年は「あぁそうだ!」と言った。
「詳しい話は、俺の屋敷でしないか? そこで依頼内容と報酬について話したい」
「わ 分かりました」
言われるがままに少年についていく。
すると案内されたのは、デカい城だった。
明らかに、この少年は只者では無い。
これまた豪華な客室に案内されるのである。
「さてとまずは自己紹介からだな。俺はこのモルフェイ城の城主をしている《レオン=ソロー=ジルキナ》だ」
「なっ!? レオンさまだったんですか!?」
「お? 俺の事を知ってるのか?」
「も もちろんですよ!」
俺は自己紹介を聞いて驚きを隠せない。
目の前にいるのは〈ソロー=ジルキナ〉家の嫡男、つまり次期当主になる人間だ。
このソロー=ジルキナ家は、ボロック州タールド郡の郡長である〈ギルツ=ジルキナ〉家の家臣にして分家であり、ギルツ三政務という家柄だ。
ソロー=ジルキナ家は、ジルキナ家で分裂し、その中で勢力を上げている一族である。
そこの次期当主が目の前にいる。
これで緊張しない方がおかしい。
「レオンさまのような方が、私のような者にどうして依頼を?」
「俺はそこら辺にいる底辺とは違う。力を持っている人間には、それなりの評価をする」
どうして自分のような下層な人間に、レオンのような方が依頼をするのかと俺は質問した。
その答えとして帰って来たのは嬉しい言葉だ。
レオンは下層の人間だろうと、実力を持っているのならば評価すると言うのである。
この若さにして、覇気というべきオーラに加えて、適材適所を信条とする感性。
こんなにも素晴らしい人間がいるのか。
「先に報酬の話からさせていただいても宜しいでしょうか?」
「良いだろう、お前はどれだけ欲しいんだ?」
「今回の仕事が成功した暁には、レオンさまの小者として雇ってはいただけないでしょうか!」
「俺の小者?」
「はい! 元々この仕事は誰かの小者になる為の、その場しのぎに過ぎないんです!」
俺は先に報酬の話をさせて貰った。
レオンは背もたれにもたれかかって、俺が報酬にどれだけ望むのかを聞いてくれた。
そこで俺は正直に、仕事が成功したらレオンの小者にして欲しいと頼んだのである。
これにはレオンもキョトンとして聞き返して来る。
大きく頷き返事をし、今は誰かの下で小者として働く場所を探しているのだと伝える。
「そうか……それは面白い、良いだろう! この仕事が成功した暁には、お前を俺の小者として雇ってやろう」
「ありがとうございます! 精一杯やらせていただきますので、よろしくお願いします!」
面白そうだからとレオンは、俺が提示した報酬を承諾してくれたのである。
俺はガッツポーズをして仕事を全力でやらせて貰うと約束した。




