009:最悪の夜が明ける
俺は曲者と戦闘を行なうが、正直なところレベルは向こうの方が上。
しかし不思議だ。
こんな男に負ける気がしない。
とにかく弱気になって剣を振るったら、危険だと考え思い切り振るう事を意識する。
我流でやって来た俺に対し、きっとこの曲者は道場とか有識者から学んだのだろう。
俺と曲者の違いは型があるか無いかだ。
俺の方は自由自在に、振るいたいように振るう。
「おい! どうした! 手を出さないと思ってたが、もしかして手が出せないんじゃ無いのか!」
「饒舌になって来たじゃ無いか……まだ俺に一撃も当ててない事を忘れてるんじゃないかぁ!」
曲者は俺の攻撃に対し、斬り返して来ずに受け流すだけで踏み込んでこない。
だからとりあえず煽ってみる。
やはり分かりやすく乗ってくる事は無いが、それでも俺の攻撃を弾く剣が強くなった。
これは付け入る隙だと、俺はニヤッと笑う。
俺は1度距離を取ってから、勢いをつけて曲者に向かって走り出す。
けっこうな速度が付いている。
曲者も間合いに入ったら全力で剣を振り下ろし、俺の剣ごと叩き切ろうとしているみたいだ。
俺は間合いに入るか、入らないかくらいのタイミングで地面に滑り込んで背後に回り込む。
地面を滑って背後に回って来た事に、曲者は驚いて急いで振り返る。
俺は滑っている勢いを使って立ち上がる。
そのまま曲者に向かって剣を振り下ろした。
曲者のガードはギリギリで間に合わず、胸を縦に一文に傷を与えたのである。
「クッ……こ こんな事が………」
「さっさと立てよ、こんなもんで終わると思ってんの? 舐めんじゃねぇぞ、ここに来た事を後悔させてやるよ」
「調子に乗るんじゃねぇぞ、ガキが! たかだか一撃当てただけで、鬼の首を取ったような気でいるのか!」
「なら殺してみろよ、そっちこそ殺すとか言ってるけど出来てねぇじゃん? ただの口だけなら雑魚だぞ」
俺はひたすらに曲者を煽る。
平常時なら俺の煽りなんて気にしないのだろう。
しかし舐めていた人間に一撃与えられ動揺し、痛みから頭が回っていないのだ。
明らかに俺の挑発に乗っているように見える。
立ち上がった曲者は、俺との戦いで初めて向こうから斬りかかって来た。
正直なところ正常な状態だったら、10回やっても勝てない相手だろう。
だが、この戦況に持って行ったのは褒めて欲しい。
俺は動かずに、曲者が向かってくるのを迎え撃つ。
曲者が間合いに入ったところで、曲者は腕を振り上げて斬りかかろうとする。
しかし力むと胸の傷から血が吹き出す。
痛みで本当にコンマ何秒か止まってしまう。
この隙を俺は見逃さなかった。
俺は剣を体にピッタリと付けて、通り魔が人に包丁を刺すように、曲者に体を預けながら刺した。
何が起きているのかと曲者は、動けなくなり口からゴボッと吐血する。
そのまま剣をボトッと落とした。
そしてズルズルッと体は落ちて行って地面に倒れる。
「た 倒したぁ……」
俺は無事に倒せて安堵する。
だがこんなところで休んでいる場合じゃないと、屋敷の中に俺以外の人間はいないかと声をかける。
しかし応答は無かった。
屋敷の人間が、全員やられてしまった事に俺は悔しさを隠せずにいる。
こうなったら1度寮に戻ってカーツたちに、この事を伝えなければいけないと思った。
アニス夫人の首を布で包んで、寮の方に戻る。
寮の中に入ろうとした瞬間、中から血の匂いがした。
屋敷の事もあって、俺はゾッと血の気が引く。
行かないわけにはいかないので、ゴクンッと固唾を飲んで寮の中に入る。
するとそこには白目を向いているグレッグと曲者、そして虫の息のカーツがいた。
「か カーツさん!? だ 大丈夫ですか!」
「あぁマルセルくんか……無事で良かったよ」
「一体なにがあったんですか」
「いやぁ曲者が来てねぇ……そこのグレッグも、どうやら一口噛んでたみたいだよ」
「グレッグが? そんな事が」
俺はカーツの口から何があったのかを聞いた。
カーツは寮で起こった事を伝える。
曲者がやって来て、今回の騒動を内通していたのはグレッグであると教えた。
それを聞いた俺は、まさかグレッグが裏切っていたなんて驚いた。
カーツは最後の仕事をしたかのように、笑みを浮かべながら涙を流し息絶えた。
「カーツさん……くっそ」
俺は自分の非力さに涙を流してしまう。
どうしてこんな事が起きてしまったのか。
どうしてグレッグは裏切ったのか。
沸々と目の前で起こっている理不尽に、俺は怒りが溢れ出てくるのである。
とにかくもっと情報を集めたい。
グレッグの私物が置かれているところに向かう。
そして有益な情報は無いかと、隈なく探していると本棚の1番見えないところに手紙の束があった。
「ん? この家紋、どこかで見た事があるような……とにかく中身を確認してみるか」
俺は手紙に書かれている家紋を、どこかで見た事があるような気がした。
しかしどこのどの家紋なのかが思い出せない。
とりあえず手紙の中身を確認する事にした。
手紙を開いてみると、そこには屋敷内の地図を手に入れて渡す事や、屋敷からルーフェン代官がいなくなる日を教える事などの指示が書かれていた。
やはりグレッグは、黒幕と内通していたのだ。
「どうして早く気づかなかったんだ……もしも気がついていたら、こんな事にならなかったのに」
俺はグレッグの裏切りに気づかなかった事への罪悪感が、津波のように押し寄せてくる。
だが後悔したところで、もう死んだ人は蘇らない。
ルーフェン代官が無事である事を祈る。
いきなり色々な事が起こってしまって、俺は気を失うように眠りについた。
すると日が明けるか、どうかのところで屋敷に馬車がやって来るのである。
その音で俺は目が覚ました。
急いで馬車に駆け寄ると、数人の兵士と深傷を負ったルーフェン代官が降りてきた。
これらから襲撃を受けた事は一目瞭然だ。
「な 何があったんですか?」
「分からない、いきなり宿屋を襲われ逃げるように帰って来たんだ……」
「こんなに人数、少なかったですか? もしかして」
「あぁお前の想像通りだ。襲撃者から逃げているうちに家臣の皆様のほとんどが討死なさった……ルーフェンさまが生き残っている事が、何よりの救いだ」
宿泊していた宿屋に、謎の襲撃者が現れて逃げるように帰って来たという。
その逃げる際、ルーフェン代官だけでも逃す為に家臣のほとんどが討死したらしい。
何とかルーフェン代官が生きている事だけが救いだ。
兵士たちは急いで、ルーフェン代官を屋敷の中に運ぼうとするが、血まみれの屋敷を見て騎士は俺のところに状況を説明するように求めて来た。
俺は隠す事もできないので、アニス夫人が死に小者であるグレッグが裏切った事も伝える。
「あ アニス夫人が……何という事だ」
生き残った騎士たちは、アニス夫人の死を知って涙を流しながら、その場に崩れていくのである。
それくらいアニス夫人の死は大きい事だ。
今はルーフェン代官に伝えるべきでは無いと判断し、傷が良くなってから伝えようと決まった。
屋敷の中を綺麗にし、ルーフェン代官を治療する為の医者を早急に手配した。
これによりルーフェン代官は一命を取り留める。




