青春売ってます
「青春、売ってます」
寂れた商店街にある怪しげな看板が掲げられた建物。
外観を見るに元は飲食店であったようだが、中は見ることが出来ない。
そんな怪しげな建物の中からうっすら会話が聞こえてくる。
「あー、今日も暇だ!」
派手な髪とメイクで、まさにギャルという言葉がぴったりの女子高校生、岩崎朱莉いわさきあかりが不満を漏らす。
「まぁ、いつものことだね。」
スマホから顔を上げることなく、そう返すのは気怠げな男子高校生は温水優樹ぬくみずゆうき。
現在、この部屋には2人しかおらず年頃の男女であればもう少し華やかな会話があってもいいはずなのだがそんな様子は一切ない。
「マジでさ、ここ始めてから誰も来ないとか有り得んよね??
何がダメなんやろ??」
そう疑問を投げかけてくる朱莉に優樹はすぐ答えを返す。
「いや、だって怪しすぎるでしょ。
青春売りますって看板掲げてる店に入ろうって思う?」
そんな会話をしていると、店の扉が開いた。
「おー、2人とも早いな!今日は誰か来たか?」
身長と声が大きい彼は石川宗輔いしかわそうすけ。
「いや、見ての通り閑古鳥が鳴いてる。」
「マジで誰も来ないよー。どうしたらいい?」
2人がそれぞれ返すと宗輔は爽やかな笑顔を浮かべた。
「うーん、まぁ頑張ろうや!」
何の具体性もない回答に2人は自然と笑顔が溢れてしまう。
これは仲良し3人組が青春を売る物語。
「じゃあ、とりあえず人を呼ぶにはどうするべきか考えてみるか。」
「うーん、やっぱり看板と外観が怪しいんやろねー。
何か色々飾り付けてみる?」
「確かに、この外観は怪しすぎる!
俺も初めて見た時はやばいところだと思ったわ!」
僕の問いかけに朱莉と宗輔がそれぞれ答える。
「そうだね。とりあえず、看板変えてみようか。
でも、俺らが何を売ってるのかは明確にしたいな。」
「んー、そうねー。
青春売りますってだけじゃ伝わらんやろうし、でもそれ以上表現のしようもないしね。
そもそも青春を売るって意味わからんよね!」
笑いながらそういう朱莉。
確かに青春を売るという行為自体、意味不明であり文字だけでは理解出来ないだろう。
「なら、表に料金表と説明書きを貼ればいいんやないか?」
「それいいかも!うちが作るよ!」
宗輔の言葉に朱莉が賛成する。
「料金表って、更に怪しくなりそうか気がするんだけど。」
僕のツッコミに対する反応はなく、既にどのような料金表を作るか話し始めていた。
「ねぇ、僕も混ぜて。」
随分と楽しそうに計画を立てる二人にそう言って僕も加わり、三人で料金表作りに取り組むことにした。
「出来たー!めっちゃ時間かかったね!」
朱莉の言う通り、料金表作りはかなりの時間を要した。外はもう真っ暗だ。
「確かに時間はかかったが、いいものが出来たな!」
「とりあえず今日は帰ろう。ちょっと遅くなっちゃったし。」
帰る準備をするよう促し、三人で店を出る。
「明日が楽しみだね!」
「そうだな!あの料金表さえあれば、きっとお客さんも来てくれる!」
スキップしながら歩く朱莉とそれに釣られて少し跳ねている宗輔。
「そうだね。細かいところはまた明日見てみよう。」
僕の言葉に頷く二人。
それから僕達はいつものようにくだらない話をしながら、それぞれの帰路についたのだった。
「おつかれ!今日は二人とも早かったね!」
元気のいい挨拶とともに朱莉がやってきた。
「せっかく料金表を作ったからな!」
それに負けないぐらい元気よく宗輔が答える。
「間違いがないか、貼る前にもう一回確認してみようか。」
二人にそう言いながら作った料金表を机に広げた。
「青春の体験 ・・・私達と青春を体験出来ます。
料金 1時間 三千円
青春の追体験・・・他人の青春を体験出来ます。
料金 1時間 六千円
青春の再体験・・・自分の青春をもう一度体験出来
ます。
料金 1時間 六千円
青春のやり直し・・・自分の青春を一部やり直せま
す。
(一部分だけ) 料金 1時間 三万
青春のやり直し・・・自分の青春をやり直せます。
料金 1回 百万円〜 」
改めて料金表を見るが、これだけでは意味が伝わらない気がする。
「勢いで作ったけど、意味分かるんやろか?」
少し笑いながら朱莉が俺達に聞いてくる。
「分かんないかもね。」
「大丈夫!」
苦笑いでそう返す僕と朱莉の肩に手を回す宗輔。
「本当に求めてる人にだけ伝わればいいんよ!」
宗輔の力強い言葉に僕と朱莉は互いを見合って笑った。
「確かにそうだね。」
「うんうん、宗輔の言う通りだ!」
僕達の肯定に笑顔で応える宗輔。
「あとさ、ちょっと気になったんだけど、この金額って高くない?」
朱莉の問いかけに、今度は僕が答えた。
「この値段は適正だと思うよ。
でも、朱莉の言う通り、高いって感じる人がほとんどだと思う。
だから、最初は1時間無料体験をさせるんだ。」
頷く二人を見ながら、僕は説明を続ける。
「そうすれば、絶対にまた来てくれる。
どんな人間でも青春をやり直したいとかもう一度体験したいって思ってるだろうから。」
僕の説明を聞き、納得したと頷く二人。
「なるほど!流石優樹だ!」
「うんうん、うちもいいと思う!」
それから、朱莉を中心に細部に装飾を施し、無事に料金表が完成した。
僕達は店の入り口に貼ってあった金髪美女のポスターの上から料金表を設置し、その下に「初回一時間無料」と書かれた小さい看板を貼り付けた。
「よし、これで大丈夫だな!」
「うん、めちゃくちゃいいね!」
「後は誰が来るのを祈るだけだね。」
三人で貼り付けた料金表の前で手を合わせ、しっかりとお祈りし、いつものように店の中でお客さんを待ち続けるのだった。
「これでお客さん来てくれるといいけどねー。
来ない時はどーしよっか??」
表に料金表を貼り出してからまだ二時間。
当然ながら、未だ来客はない。
「きっと大丈夫だ!
ここまでしたんだから1人ぐらい来るさ!」
朱莉の言葉に明るく返す宗輔。何の根拠もない言葉であるのに、宗輔の言葉には妙な説得力があった。
宗輔の言葉に自然と笑みをこぼしてしまう僕と朱莉。
カランコロンカラン
そんな僕達に、店の入り口に設置されている来客を知らせる鐘の音が届いた。
初めての来客に、僕達三人の間に緊張感が走る。
(誰か来たよ!)
(どうする!?)
(とりあえず、僕が対応する。)
素早くアイコンタクトを交わし役割を決めた僕達は一斉に入口へと目線を向けた。
店の入り口に立っていたのは、少し背の高いスーツを着た女性だった。
「いらっしゃいませ!」
「あ、どうも。」
僕が元気よく挨拶をすると、少し戸惑いながらも挨拶を返してくれた。
「あの、ここって青春を売ってるんですか?」
「はい。どのような青春をお求めでしょうか?」
女性の質問を肯定しつつ、何を求めているのかを尋ねてみる。
「本当に青春をやり直したり出来るんですか?」
ただでさえ怪しい上に、店先にいるのが明らかに未成年であるとなれば、警戒するのは当然だろう。
僕はこのチャンスを逃すまいと、できるだけ丁寧に説明する。
「もちろんです。青春をやり直すことも、もう一度体験することも可能です。
もし宜しければ、詳しくお話を聞かせてもらえませんか?」
僕の問いかけに対して、少し戸惑いを見せたが、女性はゆっくりと口を開いた。
「あの、私、今人生が辛くて。仕事も全然楽しくないし、何も楽しいことなくて、何かもう何のために生きてるか分かんなくって。
でも、この看板見て、高校生の頃楽しかったなって思って。もし本当にもう一回体験できるならって思って。」
辿々しくそう答えてくれる女性に僕は笑顔を作って言葉を返す。
「ありがとうございます。
では、こちらの「青春の再体験」などはいかがでしょうか?」
僕がそう提案すると、女性が再び口を開く。
「それってどんな内容なんですか?」
「こちらはあなた自身の青春を再度体験することができるメニューです。
あなたの記憶の中で最も戻りたい瞬間を選んでいただき、そこに戻って再度同じ経験をすることができます。
いかがでしょうか?」
女性は僕の説明に静かに耳を傾けてくれる。
「青春に戻れる…。
でも、どうやって?」
もっともな疑問だ。
どうやってそんなことができるのか、逆の立場であれば僕も同じ質問をしただろう。
「そうですね。口で説明するのは難しいので、もしよろしければ一度体験しませんか?
初めの一時間は料金もかかりませんので。」
僕の言葉にしばらく考える女性。
僕達三人もそれをただただ見守る。
「じゃあ、お願いします。」
意を決した様子でそう言う女性。
その言葉に僕達は心の中でガッツポーズする。
「承知しました。
では、まずお名前を教えていただけますか?」
「水篠ありさです。」
「水篠さん、あなたはどの青春に戻りたいですか?」
「えっと、高校ニ年生の時の学園祭でお願いしたいです。」
「時間の指定等はありませんか?」
「時間ですか。どうしようかな。えっと、じゃあ11時でお願いします。」
「では、こちらに立っていただけますか?」
必要な情報を聞き出し、僕達三人の近くに立つよう促す。
こちらに来た水篠さんを手を繋いで囲み、互いを見合わせた。
僕達の奇妙な行動に戸惑いを見せる水篠さん。
「大丈夫。そのまま目を瞑って、戻りたい時を強く願ってください。」
できるだけ優しく聞こえるような声を出し、目を瞑るように促す。
僕の言葉に従い、固く目を瞑る水篠さん。
それに合わせて、僕達も目を合わせ、呼吸を合わせる。
中心に立つ水篠さんを徐々に淡い光が包んでいく。
そして、三人で何度も繰り返し練習した呪文を同時に紡いだ。
「「「時は戻る。あなたの望むままに。
時を戻す。あなたが強く望むなら。」」」
水篠さんを包む光が激しさを増していく。
「「「時よ。彼女の望む時に誘いたまえ!」」」
こうして、僕達三人と水篠さんは意識を失った。
「あの掛け声さ、可愛くないよね?」
「確かに、可愛くはないな!」
見たことのない制服を身に纏い、そう愚痴をこぼす朱莉。
呪文に可愛いも何もない気がするが。
「しょうがないじゃん。あれじゃないと望んだ過去には来れないんだから。」
そう言う僕に頷いて肯定する宗輔。
「そうなんだけどさー。ちょっと固すぎん?」
気持ちは分かるが、こればかりはどうしようもない。
店の中に残されていた古びた手帳。
それには先程の呪文と必要な人数、それを唱えるとどうなるのかが記されていた。
原理など何一つ分からない。
しかし、この部屋で三人以上で唱えなければ、過去に戻ることはできなかった。
「話してる場合じゃないぞ!早く水篠さんを探さないと!」
確かに宗輔の言う通りだ。
水篠さんは突然高校生に戻るという、にわかに信じがたい状況に置かれている。
早く探して、現在の状況とルール等説明しなければならない。
僕達は手分けして水篠さんを探した。
「水篠さん!」
友達と思われる集団に紛れ、キョロキョロと落ち着かない様子の水篠さんを見つけた僕は、そのまま手を引いて集団から連れ出した。
「え、誰!?彼氏!?」
集団の一部からそんな声が漏れ出ているが、そんなことに構っていられない。
「あの、これって!」
僕だと気付き、説明を求める水篠さん。
「ちゃんと説明しますので。」
そう言いながら、朱莉と宗輔に連絡を取り、人気のない場所で合流する。
「あの、これって、本当に戻ってるんですか!?」
そう驚く水篠さんを宥めながら、僕は説明を行う。
「そうです。ここはあなたの高校ですよね?」
「私の学校です!これって何ですか!?」
「現在、あなたは高校三年生に戻っています。
今からここでのルールをお伝えしますので、しっかり覚えていてください。」
「え、あ、はい。」
驚きを引き摺る彼女だが、僕の言葉は届いているようだ。
「まず、ここにいられるのは今日だけです。日付が変われば、元の世界に戻ります。
また、途中で戻ることも可能ですので、その時は僕達に行ってください。」
僕の言葉に頷く水篠さん。
「ここではある程度自由に行動できます。でも、未来を変えることに繋がる行為はできませんので、ご注意ください。もちろん、僕達の存在もあなたの友人は覚えていないので、お気をつけください。」
ここでは未来を変えられない。
時間の強制力とでもいうのだろうか。
例えばここで水篠さんが死のうとしても、絶対に死ぬことはできない。
未来を生きる彼女がここで死ぬと未来が変わってしまうから。
「最後に料金になりますが、今回初回ですので、一時間は無料です。
それ以降は一時間ごとに六千円かかりますので、ご注意ください。
では、青春をお楽しみください。」
最後にしっかりと料金を伝えて、水篠さんを青春へと送り出す。
「ありがとうございます。」
そう言って深々と頭を下げて走り出す水篠さん。
その姿を三人で眺めてから、互いに顔を見合わせる。
「やったな!これで無事に最初のミッションは完了だ!」
「初めてだから緊張したよー!」
「おじさんでは何回も実験したけどね。」
僕達の店を貸してくれている、僕の叔父を使って、何度も時間を超える実験は行なっていたが、それでも不安は拭えなかった。
無事に送り出せたことに安心しつつ、僕達は水篠さんの後を追った。
「あの、何年生ですか!?」
「え、めっちゃかっこいいんだけど!」
「一緒に周りませんか?」
「メアド教えてください!」
校内に戻った水篠さんを追い、校内に入った僕達は女子生徒に囲まれていた。
いや、正確に言うと宗輔を取り囲む女子生徒に僕と朱莉は巻き込まれた。
宗輔は高身長で筋肉質、おまけに顔も良い。
まさかこんな事態になるとは想定しておらず、僕と朱莉も巻き込まれてしまったのだ。
「ちょっと待ってくれ!」
宗輔の言葉は興奮している女子生徒には一切届かない。
僕と朱莉は何とか抜け出したものの、宗輔は未だに動けていなかった。
僕と朱莉は顔を見合わせ、互いに頷くと宗輔の方を見る。
何かを悟ったように、悲しそうな表情を浮かべる宗輔。
僕達はそんな彼に向けて手を合わせ、走って水篠さんを追いかけた。
「薄情者ー!」
宗輔の恨み言が聞こえたが僕達は決して振り返らない。
「宗輔、安らかに眠ってね。」
「やめなさい。」
悲しげに目を瞑って、そんなことを呟く朱莉に笑いを堪えながらそうツッコむ。
そんなやり取りをしていると、楽しそうに友人達と話している水篠さんの姿が見えた。
僕達は足を止めて、気付かれぬように様子を見守る。
「良かった。楽しそうだ。」
「うんうん、良かったよ!」
「あぁ、よく笑ってるな!」
いつの間にか戻ってきた宗輔。
「おかえり。」
「モテモテだったねー!」
「見事に二人とも見捨ててくれたな!」
豪快に笑いながらそう言う宗輔に僕達も釣られて笑う。
「でも、本当に良かったな!
水篠さんが青春を楽しんでくれてるなら、タイムスリップした甲斐があった!」
宗輔の言う通り、彼女が楽しんでくれているかどうかが重要である。
今の表情を見れば、楽しんでくれていることは明らかであった。
「そうだね。とりあえず、このまま見守ろうか。」
「いや、それじゃダメでしょ!」
僕の言葉に朱莉から思わぬ反論が飛んできた。
「何でだ?」
僕と宗輔が疑問を浮かべていると、朱莉がやれやれといった表情でため息をつく。
「あのさ、他人の青春も大事だけどさ、うちらの青春も大事じゃん!
せっかくの学園祭なんだからさ、うちらも楽しまないと!!」
その言葉にハッとした表情を見せる宗輔。
「確かにそうだな!俺達の青春も今しかない!」
頷きあう二人。
その様子につい笑ってしまうが、朱莉の言葉には僕も同感だ。
「じゃあ、水篠さんを追いかけつつ、僕達も青春を楽しもうか。」
「よし!青春タイムだー!」
「「おー!」」
(本当に高校時代に戻ってる…)
自身が身に纏う制服を懐かしく感じながら、私は本当に過去に戻ったことに驚いていた。
「ありさ、大丈夫?」
私の変化を心配する友人に対して、笑顔で返答したが、戸惑いを隠しきれない。
「水篠さん!」
(さっきの男の子だ。何でうちの制服を?)
そんなことを考えながら、引かれるがまま付いて行く。
遠くから「え、誰!?彼氏!?」と騒ぐ声が聞こえ、弁解しに戻りたくもなるが、今は現状を把握する方が優先だ。
素直に付いて行くと、あの店にいた男の子と女の子が待っていた。
合流して、少し息を整えた私は三人に問いかける。
「あの、これって!」
焦りのあまり、何の主語もない質問になってしまったが、丁寧に説明してくれた。
「最後に料金になりますが、今回初回ですので、一時間は無料です。
それ以降は一時間ごとに六千円かかりますので、ご注意ください。
では、青春をお楽しみください。」
最後に料金をきちんと説明するのを見て、この男の子が接客していた理由が分かった。
青春の楽しさなんて、遠い昔の思い出だった。
もう二度と味わえないと思っていた。
でも、あの頃に戻れたらと何度も何度も願っていた。
(そうだ。私はここに来たかったんだ。
もう一度来るために、あの店に入ったんだ。)
仕事もどうにもならなくて、何をしてても楽しくなくて、何だか上手く生きてけなくて。
(今の私から逃げたくて、私はここに来たんだ。)
「ありがとうございます。」
私は三人に向かったお礼を言い、友人達の元へと駆けて行く。
年齢のおかげか、それとも青春のおかげか。
駆ける足がひどく軽く感じた。
「ねぇ、さっきの彼氏!?」
「何年生?」
「私聞いてないんだけど!」
合流するなり行われる質問攻め。
その勢いに圧倒されつつも、ただの知り合いだと弁解する。
「やっぱりかー。」
「ありさは悠太ゆうた先輩一筋だもんね。」
久しく忘れていた名前。
(そうだ。私は悠太ゆうた先輩が好きだったんだ。)
その名前を聞き、記憶と共にその恋心も思い出し、心拍数が上がった。
私は一つ上の同じ部活に所属していた先輩で、その優しさと可愛らしい笑顔に惹かれていた。
「今日本当に告白するの?」
そこで私はようやく、この時代に戻ってきた理由を知った。
戻りたい青春を聞かれた時、私の頭に真っ先に浮かんだのがこの日だった。
自分でも何故この日に戻りたかったのか、正直分かっていなかった。
ただ何となく、私の青春で最も楽しかった気がして選んだつもりだった。
でも、違った。
(私は悠太先輩に告白したかったんだ。)
ようやく、私の青春が始まった。
「高校の学園祭ってこんなに凄いんだね!」
両手にお菓子や食べ物を抱えてた朱莉がそう言いながら笑顔を浮かべる。
「うちの高校のも楽しみだな!」
今から二ヶ月後に行われる学園祭を楽しみだという二人を横目に、僕は水篠さんの様子を伺う。
友人に囲まれながら、未来では見ることのできなかった笑顔を浮かべているその姿に安堵しつつ、時間を確認する。
「もう16時だし、そろそろ終わるんじゃないかな?」
終わりが近づいていることを教えると、寂しそうな表情を浮かべる二人。
それに苦笑いしつつ、どうするかを話し合う。
「そろそろ一回声を掛けてみようか。」
「んー、でもさ、あんなに楽しそうにしてるの、邪魔しづらくない?」
その問いに宗輔も共感する。
「確かに話しかけづらい雰囲気ではあるな。」
確かに、せっかくの青春に水を刺すのも申し訳ない。
どうするべきか迷っていると、水篠さんが友人に連れられて人混みから逃げていく。
見失わぬよう付いて行くと、友人に背中を押されて、男子生徒に声を掛けている水篠さんがいた。
「あれ、絶対告白じゃん!」
朱莉の言葉に僕の頭に疑問が浮かぶ。
「あれってさ、元々告白してたのかな?」
高校時代にも告白していたのであれば何の問題もない。
むしろ告白を行うのがが正しい行動である。
しかし、もしそうじゃなかったら。
それは決して実ることのない恋だ。
「そんなの分かんないよ!でも、もし過去ではしてなかったとしても、今するってことじゃん!」
「何でそんなことするんだ?」
宗輔がそう問いかけると朱莉はジト目でこちらを睨んだ。
「何でって、好きだからに決まってんじゃん!」
好きだとしても、もし過去では告白してなかったとしたら。
その過去は決して変えることができないものだ。
もし変わってしまったら、今の未来は存在しないから。
時間は厳格で、誰にも贔屓することは無い残酷なものだから。
「とりあえず、見守ろう。」
僕達にできることは、それだけだから。
「頑張って!」
「絶対大丈夫!」
「待ってるからね!」
そう言って私のことを送り出してくれる友人達。
その声を背に受け、私は先輩の元へと向かっていく。
私は一度逃げ出してしまった人間だ。
そんな私が告白するなんて、許されることでは無いのかもしれない。
そもそも、ここで告白しても未来は何も変わらない。
(でも…)
これが許されることのないことだとしても、私はこの気持ちをもう二度と捨てたくないから。
背中を押してくれた友人達の元へと今度は笑顔で帰りたいから。
だから私は、告白する。
「あの、悠太先輩!」
震える手を押さえつつ、友人達と談笑する先輩に声をかけた。
「おー、水篠!どした?」
(あぁ、悠太先輩だ。)
振り返り、私に気付くと笑顔でそう答えてくれる。
その笑顔に私の心拍数は急激に上がった。
(先輩のこと、こんなに好きだったんだな。)
先輩が高校を卒業してからは会うこともなくなって。
連絡をする勇気もなくて。
だから気持ちに蓋をした。
「ちょっとだけ良いですか?」
「おお、大丈夫だけど。」
でも、もう一度だけ勇気を出して。
今日こそ、私の青春を終わらせる。
学園祭も終わり、生徒達が片付けに勤しむ中、誰もいない教室に水篠さんと一人の男子生徒がいた。
僕達は決してバレないように息を潜めて教室の外から様子を伺う。
「悠太先輩ってずるい人ですよね。」
沈黙を破ったのは水篠さんのそんな言葉。
それに対して、悠太先輩と呼ばれた男子生徒は苦笑いで疑問を投げる。
「俺の何がずるいって?」
「そういうとこですよ。」
水篠さんの言葉にバツの悪そうな表情を浮かべる悠太。
「全部分かってるくせに、何も分かってないふりして。
答えだって決まってるのに。」
明らかに無理した笑顔でそう言う水篠さん。
彼女はそのまま言葉を紡ぎ続ける。
「でも、そんな優しい先輩だから、私は好きになったんです。」
先程までとは違う、真剣な表情で悠太と向き合う水篠さん。
「悠太先輩、私は先輩が好きです。」
水篠さんは真っ直ぐな言葉でそう伝えた。
「ありがとう。」
想いを伝えた水篠さんに感謝の言葉を返す悠太。
「でも、水篠の気持ちには答えられない。ごめん。」
そう言って、頭を下げる悠太に水篠さんが声をかける。
「やめてください。そんな先輩見たくないです。」
そう言って頭を上げさせる水篠さん。
「それに、分かってたんです。断られるって。
でも、私の気持ちを伝えたかった。
そうじゃないと、ずっと先輩を想ってしまうから。」
涙を堪えている水篠さん。
しかし、その表情には何故か悲しさは感じられない。
「悠太先輩。大好きです。私に青春をくれて、ありがとうございました。」
そう言って教室を出る彼女の表情は晴れやかだった。
教室から出た水篠さんに見つかった僕達は、彼女に言われるがまま、近くにある公園へと来ていた。
「ここで良くみんなと遊んだんです。コンビニでアイス買って、どうでも良い話をして、ここも私の青春です。」
そう言って、僕達にアイスをくれる水篠さん。
「今日はありがとうございました。」
お礼を言う彼女に声を掛けたのは朱莉だった。
「水篠さん!よく頑張りましたね!」
涙を浮かべて抱きついてきた朱莉に驚いた表情を浮かべる水篠さんだったが、朱莉に釣られたのか、涙を流し始める。
「私、頑張ったよ。答えは分かってたけど、辛いって分かってたけど、でも、頑張った!」
そう言って涙を流す二人を僕と宗輔は黙って見守った。
「お見苦しいところをお見せしました。」
謝る水篠さんに、僕達はそれぞれ声をかけた。
「うちも抱きついてごめんなさい。」
「全然大丈夫です!」
「水篠さんは大丈夫ですか?」
僕の問いかけに大丈夫と答える彼女。
「水篠さん、これからどうされますか?」
日付が変わるまで、まだあと五時間程度ある。
あとは水篠さんがそれを望むかどうかだ。
「そうですね。そろそろ帰らないとですよね。」
僕達は肯定も否定もせず、水篠さんの言葉を待つ。
「もう大丈夫です。私を未来に連れて帰ってください。」
彼女は晴れやかな表情で、僕達三人に向けてそう言った。
「分かりました。」
こうして、水篠さんの青春は終わった。
現代に戻った僕達と水篠さん。
「無事に戻ってこれましたね。」
何事もなく過去への旅を終えたことに安心する。
「あの、本当にありがとうございました。」
改めてお礼を言う水篠さんに僕達もお礼を返す。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
「学園祭、楽しかったです!」
「うちも水篠さんに勇気をもらいました!」
お礼を言う僕達を見て、笑顔を浮かべる水篠さん。
「これ、受け取ってください。」
手渡してくれた封筒には、十万円入っていた。
「こんなに受け取れません!」
あちらにいた時間は九時間、そのうち一時間は無料であるため、料金は四万八千円だ。
「お礼の気持ちです。」
その言葉に僕達は顔を見合わせる。
「私の青春は後悔ばかりでした。
でも、あなた達のおかげでようやく青春を終わらせることができた。
本当にありがとうございます。」
改めて頭を下げてくる水篠さん。
「きっとあなた達は大丈夫だと思うけど、精一杯青春を楽しんでくださいね。」
そう言葉を残して、水篠さんは店を後にした。
「後悔のない青春ってあるのかな?」
再び三人になった店内で、朱莉が僕と宗輔に問いかける。
「どんな青春でもきっと後悔はするんじゃないかな。」
僕がそう答えると、宗輔が突然立ち上がった。
「未来のことは分からない!
だが、水篠さんの言ったように、今の俺達の青春を全力で楽しめばきっと大丈夫だ!」
「うん。そうだね!うちらならきっと大丈夫!」
「うん、きっと大丈夫だね。」
そう言いながら、三人で笑い合った。
こうして、僕達の初めての青春が終わったのだった。