1.ある男の物語:幼少期~青年期の話
昔、ある女性と約束をした。
「こんど、ヨウコのおたんじょうびのときに、あの木の下でプレゼントあげるね。」
「わかった。おたんじょうびの日に、あの木の下でタカシをまってるね。」
約束といっても、何しろ幼稚園の頃の話だ。女性というより、女児とでも表現したほうがいいかもしれない。
相手は、隣の家の同い年の女の子。
同い年で、家が隣というのもあって、昔はいつも一緒に遊んでいた。
今思えば、なぜ、あの木なのか、なんで誕生日に木の下で待たなければいけないのか、意味が不明。
でも、当時まだ幼稚園児だった自分は、よく意味も理解せずに、隣の家の女の子と謎の約束をしてしまった。
そして・・・、
隣の家の女の子、ヨウコの誕生日の日、幼稚園児ながらに、約束を忘れずに例の木の下で彼女を待った。
家の裏の川の土手にある小さな桜の木。木というよりも苗木とでも表現した方がいいほど小さな木だ。
しかし、彼女がその木に来ることはもう二度となかった。
あとで親から聞かされたが、隣の家は父親の仕事の関係で遠い所へ引っ越してしまったらしい。
当時、幼稚園児だった自分には、そんなことも理解出来るわけもなく、家の裏の川の土手に、一本だけ生えている小さな桜の木の下で一日中、隣の家のあの子を待っていた。
まだ幼稚園児でよく理解できてなかった自分には、年に一回、彼女の誕生日に一日中、その木の下で来ることのない彼女を待つという謎イベントを翌年も行った。その翌々年も行った。
でも、彼女がその木のところへ来ることは決してなかった。
「日課」という言葉があるなら、「年課」とでも表現するのか。それは『習慣』になっていた。
引っ越しでいなくなった隣人のあの子を桜の木の下で、一日中待つという年一回の謎イベントが出来上がっていた。
幼稚園児の頃は、よく理解もせず、「隣のヨウコちゃんを待つの!」と騒いでいた気がする。
小学生になると、さすがに状況を理解する。
でも、一度、習慣になってしまうと辞められないんだ。
小学生になっても年に一回のそのイベントは忘れない。
親は不思議な顔していたが、学校から早めに帰って、すぐに、家の裏の川の土手の木の下で待ったさ。
中学生になった。中学生になると女子を意識する。中二的な病にもかかりやすい。
いつか、彼女がこの桜の木の下に現れ、映画のような奇跡的な再会を成し遂げるという淡い想いを抱きながらも、その日、桜の木の下で彼女を待った。
でも、彼女は来るわけがなかった。
高校生になる。
高校生ぐらいになると、女子から告白された。モテない自分に、女子からの告白は生涯に二度とないだろう。
ちょうど、習慣となったその日の前日のことだった。
彼女が来ないのはわかってる。
けど、万が一の奇跡を信じる自分がどこかにいた。
俺はその女子からの告白を断った。他に好きな子がいるからと。
もちろん、桜の木の下で待っても、彼女が来ることはなかった。
その女子からの告白をOKしとけばと、どれだけ後悔したか。
大学生。
独り暮らしを始めた。幸い実家から遠くはない。
その日だけは実家に帰り、いつもの習慣をこなした。天気は暴風で最悪だ。
親に心配されたが、それでも、習慣となったイベントは確実にこなす。
当時はまだ小さな若木だった桜の木も、幹はしっかりして立派な桜の木になっていた。