第1話「森での目覚め」
朝靄の立ち込める森の中で、レオンは目を覚ました。
頭上では枝葉が風に揺れ、どこからともなく鳥のさえずりが聞こえる。湿った土の匂いが鼻をくすぐる。朝露に濡れた草が、彼の頬に冷たく触れていた。
「ここは......どこだ?」
自分の声に驚いた。それが自分の声だと分かったのは不思議なことだった。なぜなら、今の自分には記憶がほとんどないのだから。
空は薄明るく、夜明け前の静けさに包まれていた。遠くでフクロウの鳴き声が響き、森が少しずつ目覚めていく気配を感じる。レオンはゆっくりと周囲を見渡した。見知らぬ木々が、まるで見張りの兵士のように立ち並んでいる。
名前がレオンであることは分かる。しかし、なぜここにいるのか、どこから来たのか、何者なのか——それらは霧の向こうにあるように、手が届かない。まるで夢の中にいるような感覚だった。
立ち上がろうとして、レオンは自分の服装に気がついた。黒い革の上着は高級な作りで、所々に刺繍が施されている。丈夫そうな布地のズボンも、ただの旅人のものとは思えない上質さだった。腰には空の鞘が下がっている。その作りは見事で、かつてはきっと立派な剣が収められていたのだろう。
「うっ......」
急な頭痛に襲われる。何か思い出そうとすると、決まってこうなるようだ。こめかみが締め付けられるような痛みに、レオンは顔をしかめた。
その時、低い唸り声が聞こえた。
茂みの向こうから、一匹の狼が現れる。灰色の毛並みは美しかったが、片足を引きずり、明らかに怪我をしている。血の跡が地面に点々と残されていた。レオンは反射的に身構えたが、狼は威嚇する様子もない。その目には痛みと疲れが浮かんでいた。ただ、苦しそうに地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か......」
なぜ自分がこんな声をかけているのか分からなかったが、体が勝手に動いていた。まるで何度も同じことをしてきたかのように、自然な動きだった。狼に近づき、その傷に手を当てる。温かい体温と荒い呼吸を感じた。
すると、驚くべきことが起こった。
レオンの手から柔らかな光が溢れ出した。淡い青白い光が、まるで水が流れるように狼の傷へと広がっていく。傷口が徐々に癒えていき、裂けた肉が再生し、失われた毛が生え揃っていく。狼は驚いた様子で立ち上がり、レオンを一瞥すると森の中へ駆け去っていった。その足取りは完全に治癒していた。
「これは、いったい......」
自分の手を見つめる。確かにたった今、不思議な力を使った。しかし、それが何なのか、どうやって使ったのかは分からない。ただ、体が覚えているように、自然と力が働いたのだ。
突然の疲労感に襲われ、レオンはその場にしゃがみ込んだ。使ったことのない力を使ったせいか、体から急激に力が抜けていく。目の前が暗くなり、意識が遠のいていく。木々が揺れ、空が傾いていく。
最後に聞こえたのは、誰かの足音と、慌てた様子の声だった。
「君、大丈夫か!?」
その声に答える前に、レオンは完全に意識を失った。倒れる直前、かすかに感じた既視感。まるで、以前にも同じような状況があったかのように——。
しかし、その記憶も闇の中に溶けていった。