君と僕の距離感
小説としては初投稿になります。
お手柔らかにお願いします。
ある日、僕はショッピングモールを訪れていた。
特に何か理由があった訳じゃない、と思う。気が付けばここに来ていた。
本当にただそれだけ。本当に理由はない。
地元の大型ショッピングモールは、平日だというのにかなりの賑わいだった。
何度か訪れてことがある場所だが、久しぶりに来れば新しい発見があるというものだ。
「こんな店あったっけ?まぁいいや。」
僕は見たことのないその店の中に入っていった。
「え〜っと、スープ屋??」
その店はスープ系の商品のテイクアウトの店のようだ。
正直、聞いたことはない。そんな店があることも、そんな店が流行っていることも。
僕自身は流行りに敏感なタイプではないが、おそらくこの考えは正しいものなのだろうきっと。
そこで確証が持てない自信がないのは僕の昔からの癖だ。
あまりいいものではないとは思うが、この性格は変えられないでいた。
「・・・」
店内でそんなことを考えていると一人の女性店員が僕を睨みつけていた。
・・・早く注文しろってことだろうか?
このまま店の中で突っ立っていてもしょうがない。そして店に入ってしまったのもまたしょうがない。
僕は何か注文する為にメニュー表に目を落とした。
「すいません。味噌スープ、大盛りで。」
何も考えず目に留まったメニューを注文する。中年の男性スタッフが対応してくれた。
店内は混んでいる訳ではなく、すぐにでも注文は届きそうだと少しだけ安心した。
「・・・」
少しだけ自分の体の左側に違和感を感じる。
何かの勘違いだろうと、意識を右側に向けようと思った。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
しかし、一度気になってしまったものはどうすることも出来ず、気が付けば左のそれへと意識は持っていかれてしまっていた。
「あの〜、店員さん?」
「なんでしょう?」
「顔が、すごく、近いです。」
「どのくらい、近いですか?」
僕がこのまま左に向けばキス出来そうなぐらいです。
とはとても言えなかった。
「ふぅ〜」
「うわぁ!」
そうした僕のドギマギした感情を知ってか知らずか、店員さんは僕の左耳に息を吹きかけてきた。
僕は驚いて大きな声を上げる。
思わず左側を向いていた。
「あはは!」
そこには子供じみたいたずらが成功して、声を上げて笑う女性の店員がいた。
「あれ?」
この人、どこかで?
「相変わらず、いい反応をするねぇ。」
「・・・あ!」
「今頃気が付いたんだ。」
顔を見て、やり取りを交わして思い出した。
店員さんは僕の大学のサークルの同期で、とても仲良くしていた女の子だった。
サークル卒業後も少しだが連絡を取っていたが最近は疎遠になっていた子だった。
少しだけ、大学時代に戻ったような感覚だった。
「久しぶり、元気だった?」
「・・・うん、元気だったよ。」
「それはよかった!ていうか、分かってるなら声をかけてよ!」
「キス出来そうな距離まで近づいても分からなかったのは、誰かなぁ??」
「・・・顔は見てないし。」
昔からこうだった。いつも揶揄われる。いつも僕の方が負ける。別にそれが嫌だという訳ではない。楽しく過ごしている日常のありふれた一コマだった。
「声で分かりそうなものだけどなぁ。」
「・・・それは確かに。」
痛いところを突かれた。サークルの同期だった彼女とはおよそ4年間一緒に活動していた。最近聞いていなかったとはいえ、声を忘れることなどありはしない。
でもなぁ、久しぶりだからか聞いても分からなかったんだよなぁ。
「悲しいなぁ、4年の間一緒にサークル活動していたというのに、私の声はもう忘れられてるのか・・・」
「いやいや!そんなことある訳ないじゃん。ちゃんと覚えてるよ。それにほら!顔だって憶えてるし。」
「それじゃあ、私の名前は?」
「・・・」
名前、名前・・・
あれ?出てこない・・・。
いや、ほら急に度忘れすることってよくあるじゃないですか?いや、よく度忘れしてもそれはそれで困るんですけどね?
でも今まさに私は彼女の名前を度忘れしていた。うん。非常にマズイ状態だなぁこれは。
こういう時に自然体でいつも通りに振る舞うことが出来ればいいのだが、生憎僕は顔にも身体にも非常に出やすいタイプであった。
何にも書かれていないのに右上の天井を見つめ、特に意味もないのに右の手を顎に当てて考えている振りをしてしまう。もうその段階で、名前を憶えていないことなんて明白だと言うのに。
「もしかして、憶えてないの?」
「ソンナコトナイヨ」
「動揺した時に棒読みになる癖、変わってないんだね。」
「ぐっ・・・」
「あと、考え事する時に上を見たり、顎に手を当てるのも変わってないね。」
「ちくしょー、なんでそんなどうでもいいことばっかり憶えてるんだ?」
「どうでもいいことじゃない、としたら?」
「え?」
「あーそれとも、私の名前や声はどうでもいいことだから覚えてないってことなのかなー。あー、きずついちゃうなー。」
「いや違う!それは違う!断じて違う!」
なーんにも傷ついてなんかいない時にこういう言い方をする。変わってない。
それに対して分かってるのに必死に弁明する僕。これも変わってない。彼女との関係が続いたら僕は一生揶揄われる気がする。
僕の予定通りの反応を見て彼女は満足したのかケラケラ笑った。これももちろん変わってない。
「それじゃ、もう一度聞くよ。私の名前はなんでしょう?」
「・・・坂上田村麻呂。」
「困った時にしょうもないボケで切り抜けようとするのも変わってないね。」
僕の身に降りかかった危機的状況はなんとか去った。彼女の名前をどうにか思い出すことに成功した僕は、久しぶりの再会と会話に花を咲かせていた。
「さてとそろそろいこっか。」
「え、どこに?」
さも、それが当然のように君は言い始めた。
僕はどこかに行く用事があっただろうかと少しの間思案してみるが、何も思い浮かばなかった。
どういうことなのだろうかと彼女に聞いてみた。
すると彼女はポカンとした表情でこう答えた。
「何言ってるの?今日は久しぶりにサークルの皆で集まろうって話だったじゃん。」
「え?」
そうだったっけ?と思ったが、少しだけ考えればおのずと答えは出てきた。
そう言えばそうだった。今日は久しぶりに皆と会うんだった。
大学のサークルの同期のメンバーだけでの集まり。しかも今日に関しては全員参加。本当に久しぶりだ。卒業後はそれぞれの道に進んでいる為、なかなか都合が合わず会うことが出来なかった人もいる。
「本当だ。忘れてた。」
「そうだよ。だからほら、持って。」
「え?何を?」
さっきから僕は聞いてばかりな気がする。
彼女は店内の一角を指さしながら答えた。
「味噌スープ。」
「・・・これ?」
「うん。そう。味噌スープ。」
「本当にこれで合ってる?」
「うん。合ってるよ。」
僕がさっき注文した味噌スープは出来上がっていたらしく店内の一角に鎮座していた。
いやしかし、テイクアウトで味噌スープを頼んだのは僕だが、これは大きく予想外だった。
「これ寸胴だよ?」
「うん。寸胴だね。」
銀色の寸胴、ラーメン屋とかでしか見たことがない物がテイクアウトの道具に使われているのは正直度肝を抜かれた。こんなのは流石に見たことがない。
保温性とかは確かにいいのかもしれない。そこまで詳しくはないけどきっとそうだろう。
しかし、お持ち帰りにしては多すぎる量と重さを両腕にずっしりと感じる。
これを持って今から少しの間賑わっているショッピングモールの中を歩くのはとんだ辱めだった。
「さぁ、いこっか。」
目の前で君はそんな僕を見ながらニコニコと笑っていた。
僕たちはショッピングモールの中を歩いていた。
寸胴は重く、一歩一歩のろのろと進んで行く。幸い僕の手荷物は多くなかったのが救いだった。
僕は行きつくまでに悪態の一つでもついてみようかと思った。
「どう考えてもさ、人数分の味噌スープは必要なかったと思うんだけど。」
「細かいことは気にしないの。」
「・・・」
僕の発言は一撃をもって粉砕された。これが力の差。大学時代の4年間に培われ、植え付けられた人間格差である。
より少し重くなった寸胴と足取りをなんとか引きずりながらふと思った疑問を彼女に投げかけた。
「そう言えばさ。」
「何?」
「今の君って店員さんなんじゃないの?」
彼女があの店に居たのは店の従業員だったからだ。何も考えずしれっと抜けてきて一緒に歩いているがよくよく考えれば店は大丈夫なのだろうか?
シフトのことや人数のこともあるだろうし、気になった。
というかよく考えれば、サークルの集まりのある日になんで彼女はバイトを入れたのだろう?
頭の中で疑問は増えてきたのと同時に彼女は答えた。
「あっ、そうだった。」
「えー・・・。それはまずいよ。仕事はちゃんとしないと職務放棄だよ?」
「今日はもうお仕事終わり。」
「終わり!?」
彼女はこともなげにそういった。さもそれが当然であるという風に。
「そう、終わり。」
「仕事ってそんな簡単に抜けれる物だっけ?いや、もしかして最初からそういうシフトだったとか?」
「いいや、店長にさっき連絡したらいいよーって。うちの職場ホワイトだから。」
果たしてこれはホワイトなのだろうか?湧き上がる疑問を処理しきる前に彼女は言葉を続けた。
「私の職場、福利厚生が手厚いのよねぇ。」
果たしてこれは福利厚生に入るのだろうか?湧き上がる疑問を感じながらも、まぁいっかと思ってしまった自分がいたのでこれ以上深く詮索することはしなかった。
多分、何を言ったところで僕は彼女に言いくるめられるのだろう。世界はそういう風に出来ているのだ。悲しいことにね。
彼女と共に歩いていた僕だったがあることを彼女に尋ねた。
「その、つかぬ事お伺いしますが。」
「なんか変な口調な時は聞きにくいけど聞かなければならないことを聞く時だね。」
本当になんでも見透かされてる。昔も確かにこんな感じだったけど、ここまでだっただろうか?
それでも僕は彼女に対して反撃の口撃を持ち合わせてはいないので、そのまま疑問を投げかけた。
「今日の集まりの集合場所ってどこだっけ?」
「なんだそんなことか。近くの公園だよ。」
僕は今回の集まりの集合場所を全く覚えていなかったのである。普通に考えてそんなポカをやらかすのはおかしい。
しかし彼女はあっさりと答えてくれた。僕は何か揶揄われるのではないかと身構えていたが、杞憂に終わった。
「何か揶揄われると思ったの?」
「・・・いや、別に、そんなことはございません。」
彼女はケラケラと笑った。
「ちゃんと誘導はするからさ。寸胴持ってると目立つし、動きにくいしね。」
「それはどうもありがとう。」
最初から寸胴の味噌スープなんて物を注文しなければよかっただろという心の声は胸の中に収めた。
言ったところで勝てるはずがないのである。僕は無謀な戦いはしないのだ。
彼女と二人、歩きながら僕は昔を思い返してみた。
彼女とはサークルで知り合った。地元も違うし、学科も違う。本当にサークルでの友人。
凄く、不思議な子だった。他の人達とは違う、独特の雰囲気を纏っていた子だった。
最初の挨拶の日に彼女に言われた言葉を今でも覚えている。
「君は、犬だね。」
僕の目を見ながら、少し口角を上げて、彼女は僕にそう告げた。
今思えばあの時から、僕たちの関係性は決まったのだと思う。
「どうしたの?黙っちゃって。」
「いや、昔を思い出してて。懐かしいなぁってさ。」
「ふふ、そうだね。大学卒業した後に忙しくなって、なかなか会えなかったからね。」
彼女と再会するのは大学の卒業式以来だった。サークルの集まりも何度かあったが彼女は一度も参加しなかった。なのでこうして再会するのは本当に嬉しかった。
「なんか、こう言ってはどうなのか分からないんだけどさ、変わってないね。」
「そうかな?」
「うん。見た目もそうだし、話しやすいとことかも全く変わってない。後は、笑い方!揶揄った後にケラケラ笑うところが本当に君だなぁって思う。」
彼女は僕の言葉を聞いた後、ケラケラと笑った。
「私としては、結構変わったんだけどなぁ。」
そう呟く彼女の横顔を少しだけ、悲しそうだった。
僕はほんの少しだけ、明るい口調で話した。
「でも僕は嬉しいよ。また君と話せて。」
「それは、よかった。」
彼女は少しだけ影を増した表情でそう答えた。気にしながらも僕は続けた。
「卒業した後皆忙しくてさ、なかなか会えなくなっちゃったけど、それでも定期的に集まりたいって言ってて、時々飲み会もやったりしてさ。」
「うん。」
「君は予定が合わないからか、なかなか来れなくてだから偶然?にもお店で会えたのは本当に嬉しかったし、なによりビックリしたよ。」
「ビックリした?」
「うん。とても。」
「嬉しかった?」
「うん。とっても。」
「それは、よかった。」
普段とは少し違うはにかんだ笑顔を浮かべた君の表情を珍しく思いながら、僕は君の顔を見続けた。
いつの間にか君と視線が合っていた。僕は慌てて目を逸らした。
そんな僕の反応を見てか、君はいつも通りにケラケラと笑った。
「本当によかった。てっきり君は僕に会いたくないのかと思ってたんだ。」
「なんで?」
彼女は首を傾げながら聞いてきた。
「前に一回、サークルの集まりに来ないか?って連絡しただろ?その時の文面が僕はそっけなく感じてさ。もしかしたら大学の時の人間関係はもう要らないのかなぁとかそんなことを考えてた。」
「ごめん。あの時、ちょっと忙しくてさ。」
「責めてる訳じゃないよ。ただ少し、寂しかっただけ。」
「そう。」
君の表情は、今の僕では読み取ることは出来なかった。
嬉しいような悲しいようなそんな複雑な表情をしていて、僕はそこで大人になった彼女を見たような気がした。大学時代の子供のような、大人のような、そんな中途半端な存在ではなくて、本当に大人の女性になったのだと、そう感じた。
「会いたかったよ。本当に。」
「うん。嘘だなんて思ってないよ。」
大人な彼女の子供のようなストレートな言葉は僕の胸に確かに届いた。まっすぐに突き刺さった。
「君は、変わってないなぁ。」
「え?」
「あの頃のまま。綺麗なまま輝いてる。」
「それは成長していないってこと?」
「違うよ。変わらないからこそいいこともあるってこと。」
僕と同い年のはずなのに妙に大人びたことを言う。昔からそうだったんだけどね。
僕より一歩半ほど先に行っていた彼女。君はいつもそうだった。
僕より賢くて、僕より冷静。
どこか手の届かないようなオーラを纏っていた、そんな君だった。
卒業前に彼女の進路を聞いていたことを僕は思い出した。
「そういえばさ、国家資格の勉強をするとか言ってなかったっけ?」
彼女は僕なんかじゃ聞いたことないようなとても難しい資格と、それを使った職種に就くと言っていた。僕は当時素直にカッコイイと思ったのを覚えている。
・・・・・・
あれ・・・?
その時僕の中で何かが動き始めた。
もちろん身体の中に何か他の生き物がいるわけではない。何か、こう、心が身体を動かすようなそんな不思議な感覚だった。
「あれ?じゃあ、なんでスープ屋で働いてるんだ?」
両手に持つ寸胴の重さを感じながらそう聞いた。しかし、疑問を口に出した時、今まで蓋をしていた様々な思考がどんどん僕の頭を巡っていった。
今日、僕はこのショッピングモールに何をしに来た?
スープ屋なんて店、そんな店があるのか?
あったとして、味噌スープってなんだ?今思えばただの味噌汁だろうそれは。
寸胴まるごと持っていく客がいる訳がないし、寸胴を持ち帰りの容器にする店もあるはずがない。
それに、楽しみにしていたサークルの皆との集まり、それも君が参加する集まりを僕が忘れるはずがない。それだけは絶対にありえない。
今までの数分?数十分?数時間?もはや彼女と共に過ごした時間の感覚すら失われていた。
気付けば両手に持つ寸胴の重さは無くなっていた。最初からそんなものは無かったかのように。
ぼんやりと靄が掛かったような思考と視界が少しずつクリアになっていく。
僕は慌てて君の顔を見た。もう君の表情は見えなくなっていた。
何か、声を掛けなきゃ。僕は咄嗟にそう思った。
なんでもいいから、なんでもいいから。
しかし、そんな時に限って、僕の口は上手く動いてくれなくて。
「・・・私、先に行くね。」
彼女は僕のそんな感情を見透かしたかのように口を開いた。
彼女が遠くに歩いていく。僕は追いかけようとしたが、足がもつれて動けない。
いや、違うな。足が無いような感覚だった。どこか甘美で溶けていくような感覚。
足は溶け、地面と交わる。思考も視界も全てが甘く崩れて行った。
「・・・!!・・・・!!!」
口も上手く回らない。言いたいこと、伝えたいことは山ほどあるのに、それが音にならない。
視界が滲む。いつの間にか開けた場所に立っていた僕は、遠くに消えていく彼女の背中と光り輝く大地を見ながら意識を失った。
「・・・。」
そして、数秒後僕の意識は完全に覚醒した。
僕は全てを察した。
ああ、本当に、そういうことかと。
目の前に広がるのは見知った天井。いつも通りの自分の部屋。
そしていつもと違う自分の思考と感情。
寝起きだとは思えない頭の回転と感情の氾濫だった。
僕は思いついた言葉を口にしてみた。
「待ってよ・・・。」
今度は上手く言葉に出来た。それが彼女に伝わっているかは分からないけれど。
僕は体を起こした。
辺りを見渡す。昨日となんら変わらない自分の部屋。
キョロキョロと見渡す。どこかに何かがあるのではないかと。あったところで目に見えるかは確かではないのに。それでも、僕は部屋のどこにいるかもしれない彼女に対して声を出した。
「わざわざ、僕に会いに来てくれたのかな?嬉しいな、僕も会いたかった。君もそう思ってくれていたなら嬉しい。」
僕は机の上に置いてある充電器の刺さったスマートフォンを取り出した。
起動したのは一つの連絡ツール。日本人のほとんどが使用しているアプリ。
彼女との最後のやり取り。1年以上前に交わした最後の言葉。
素っ気ない彼女の文面と、必死に会話を続けようとする自分。彼女に伝えたかったことは伝えきれずに終わった消化不良の内容がそこには綴られていた。
「これが最後だと、悲しいもんね。最後に幸せな時間をありがとう。そして、さようなら。」
目の前にはいつもの僕の部屋が広がっていた。
文章を書くことは難しいですね。
脳内のイメージを表現出来ているか非常に怪しいですが、楽しんでくれれば幸いです。