ミテルスの考え
「皆さんの心意気は私も賛成です」
グラトリーは、ひとつ咳払いをした。
「ザレを奪還する。ライアンとミロイを助ける。世界を変えようとしているルナデアの野望を阻止する。どれも異論があるはずもありません。しかし、あまりにも情報が少なすぎます。水を差すようで恐縮ですが…」
「よい。続けろ」
ミテルスの顔を見て、グラントリーが「はい」と答えた。
「そもそも、東の果てにあるルナデアとは、どれほどの距離があるのでしょうか。船で果てしない距離を航行して五つの島に来ているのだとすれば、造船と操船に長けた海洋国家であることは間違いない。次にどれほどの大きさの島なのか。いや、大きさよりも人口ですね。つまり、戦闘にどれくらいの戦闘員を投入できるのか。アレフォス島の襲撃には少なくとも二、三十人はいたと思われます。さらに、リュート導師の話にあったように、ゼルマン律師に化けた敵もいた。敵は何十年も前からアレフォス島に潜りこんで島に溶け込み、ロクトの統治体制を探り、ザレがどこに、どのようにあるのかも突き止めていた。つまり、非戦闘員も含めれば、さらにその倍以上の人数の敵がこの島にいたのではないか、と私は思います」
「何十年も前から、そんなに多くの敵がこの島にいたっていうのか…」
ひとりごとのように呟くリュートを横目で見ながらグラントリーは続けた。
「どのくらい前かは分かりませんが、最初は少ない人数で来たんでしょう。島民に同化しながら情報を集めて次第に人数を増やしてあちこちに潜入し、用意周到に準備を進めていた。そうでなければ一夜にしてザレを奪い、ロクトを崩壊させるなんてできるはずがありません」
そこでグラントリーは一つ咳払いをした。
「皆さんは一騎当千の強者です。一対一の勝負なら、どんな相手でも、決して引けを取ることはないでしょう。しかし、ルナデアが何百、いや何千人単位で攻め込んできたらどうです。迎えうつゴダールの守りが、敵の人数よりはるかに少なかったら…。敵の実態が分からない状況で、たった四人が行ったところで、犬死する可能性が高いのではないでしょうか」
「じゃあグラントリー律師は行くことに反対ってことだね」
ジェシカが強い口調でそう言うと、グラントリーは少しうんざりしたような顔を向けた。
「そうは言ってないだろう。人を遣るにはもう少し情報を得てからにするべきだ、と言っているだけだ。私が臆しているように言うのは止めてもらいたい」
「別にそんなことは言ってないじゃないか」
「二人とも熱くなるな」
ミテルスが割って入ると二人は顔を伏せた。
「グラントリー、いい意見だ。ありがとう。では、ここまでの議論を踏まえたうえで、私の考えを聞いてもらいたいのだがどうだろう」
四人の視線が集まると、ミテルスは前に乗り出してテーブルに肘をついた。
「ゴダール諸島はサンヤット王家の女王が国を治めていると聞く。ジェシカとスラックはクロウとココを連れてゴダール島に渡り、ゴダールの女王にロクトからの親書を手渡してほしい」
「親書、ですか」
「何かおかしいか、スラック」
「あ、いえ、親書を送る、などということは、いまだかつて無かったのではないかと思いまして」
「そもそも、それもおかしな話だと思わんか。国と国との間で交易はしているのに、長い歴史の中で統治者による公式な交流が一度もないというのは不可解なことだ」
「確かにそうですね。…、で、どのような内容の親書を送るのですか」
「我々は、奪われたザレとミロイを奪還すべく、人を派遣する。ついてはゴダールがルナデアを迎え撃つ戦いに加えていただきたい、とな」
「ふふ。千人規模の軍隊を派遣するなら向こうも歓迎しそうですが、四人ばかりが来ても拍子抜けしそうですがね」
「二つの島がお互いの共通の目的のために行動する第一歩だ。数がどうこう言われる筋合いはない」
すっとジェシカが手を挙げた。
「一つ、いいですか」
「なんだ、ジェシカ」
「私たちが行くのは当然だとしても、クロウとココはまだ子どもです。戦闘に参加させるのはまだ早いかと」
ジェシカがそう言うと、ミテルスは微笑んだ。
「二人は十分に大人だよ。それも、並みの大人より余程しっかりしている。私も二人が危険な目に合わないでほしいと願うが、ライアンとミロイを助けたいと誰よりも思っているのはあの二人だろう。なあ、リュート」
「そうですね。確かに、クロウがいなければ、俺は間違いなく死んでいたでしょう。口数は少ないが、信頼できるやつです。ココのことはあまりよく知らないが、なぁに、鬼のスラック教官のクラスの生き残りだ。エグサに選ばれなかっただけで、実力は折り紙付きでしょう。どうですか、スラック教官」
「ミロイ、クロウ、ココ。そして、ライアン。私の教官としてのキャリアの中でも、ずば抜けて優秀な生徒たちです。一緒に行ったらお荷物なのは、目の見えない私の方でしょう」
「それに、だ」
ミテルスは、ちらっとグラントリーに目を向けた。
「グラントリーの言うとおり、今は分からないことだらけだ。ゴダールを治めているサンヤットにしても、どのような王家なのかまるで分かっていない。もしかしたら無理な条件を突きつけられるかもしれない。スラックとジェシカは現地で状況を判断して、安全かつ最善の行動を選択しなければならないという難しい任務になるだろう。場合によってはゴダール軍と別行動になっても構わないと思っている」
思案顔のジェシカが、ポキポキと指を鳴らす音が部屋に響いている。その様子を見ていたリュートが口をはさんだ。
「えーと、そうすると、俺は何をすればいいですか」
「リュートとグラントリーには違う任務を頼もうと思っている。こちらも厄介な仕事だ」
二人の顔が思わず引き締まった。
「二人にはまず、ルマン島に行って光石に関する情報を集め、さらに残る二つの島、マキシマ島とダグダイズ島に行って光石を持つ者を探し、我らとともに戦うよう、味方に引き入れてきてほしい。ライアンの手紙によればルマン島は内戦状態らしいし、マキシマ島とダグダイズ島は交易もないから全く情報がない。しかも、敵の目標がゴダールではなかった場合、どちらかの島で、敵と戦わねばならなくなる可能性もある。緻密さと臨機応変が求められるこの任務は、二人が適任だと思う」
「わかりました。良い結果が出さるよう全力を尽くします。頼むぞ、グラントリー律師」
「了解しました」
隣り合ったリュートとグラントリーが握手した。それを見ていたジェシカは、組んでいた逞しい腕を解いて咳払いをした。
「私も了解しました。クロウとココは、私とスラック教官が責任をもって守ります。いいですね、スラック教官」
「もちろんです」
微笑むスラックを見て、ミテルスも表情を緩めた。
「皆、私の考えに特に異論はないようだな」
四人がそれぞれの表情で頷いた。
「では早速準備にかかってくれ」
「はい」
「どちらのチームも連絡は密にしてくれ。最低でも二週間に一回は情報が欲しい。島の復興の目途がついたら、私もどちらかのチームに合流するつもりだ」
四人が立ち上がって部屋から出ていったあと、ミテルスはテーブルの上に視線を置いたまましばらくじっと佇んでいた。




