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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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復興へ

 ルナデアの民の襲撃を受けたあの夜から二カ月近くが経った今になっても、ザレを奪われ、それによって命を枯らしたスダジイの支えを失ったことで起きた山崩れの爪痕は、島のあちこちに手付かずの状態で残っていた。

 オグロー川の鉄砲水はアドリラ川にぶつかって流量を増し、溢れた水が濁流となってバーラの町の家々の多くを海にまで押し流した。ほぼ同時に起こった山崩れは、奥の院と一の院、そいて下院の建物のすべてを呑みこみながら土石流となってアドリラ川に押し寄せ、堰き止められた川の水は西側に流れ込んでその川筋を大きく変えてしまっていた。

 戦闘や濁流に呑まれたであろう死者と行方不明者、そして怪我をした者は三百人以上にのぼる。そのうち、エグサは八十七人。その多くはロクトの施設にいたため、ほとんどが行方不明のままになっていて、コバックやコーエン導師の遺体もまだ見つかっていない。実に半数近くものエグサがこの世から居なくなってしまったことになるが、エスキーが命がけで走って危険を知らせた修学院の生徒が全員無事だったことが、せめてもの幸いというものだった。

 バーラの町の北寄りにあるロクト行政庁は被災を免れ、そこを拠点としたミテルス導師の指示のもと、町では土砂やがれきの片付けがかなり早く進み、流されたり倒壊したりした家屋の再建が少しずつ始まっている。行政庁の前の広場には、家を失ったり住めなくなったりした住民の多くが仮設のテントで暮らしているが、最近になって漸く、皆が前を向いて動き出しはじめていた。

 深刻なのは流路を変えたアドリラ川である。もともとアドリラ川の西側には、穀物を栽培する畑やトンフを放牧する牧草地が果てしなく広がっていた。

 今、その緑の大地にはアドリラ川が蛇行しながら海に向かって流れており、水に浸かっていないところは倒木や大小の石が転がる荒れ地に変わってしまっていた。調査によれば、面積にして七割近くの畑が消失したと見積もられていて、収穫期を前にして甚大な被害に遭ったことになる。今年はロクトで備蓄している食料で何とかしのいでも、このままいけば来年以降の食糧難が予想される。

 行政庁の一室では机の上に広げられた地図を前にして、ミテルスとスラック、ジェシカの三人が、アドリラ川をもとの流路に戻すか、それとも今の流れのままで護岸工事を進めるか、という難題をずっと議論していたところだった。どちらの工事を選択しても大変な事業であり、さらに豊かな畑や牧草地を取り戻すためには無数に転がる石くれを取り除いて土を耕し、土壌を改良しなければならないという途方もない作業が待っている。誰が見ても、農家の人たちだけで処理できる規模ではなかった。

 結論が出ずに、頭を抱える議論を続ける日々がずっと続いていたのだった。


「じゃあ、あたし独りで行く。ミテルス導師。船員付きの船を一艘、用意してよ」

「ちょっと待ちなさい、ココ」

「いいや待てないよ、ジェシカ教官」

 (まなじり)を決したような顔をして、ココが言った。

「うちのババアがさぁ、柄にもなく、ずっと家に閉じこもってめそめそしているんだよ。あたしはあの人のそんな姿を見ていたくない。コバックの(かたき)をとって、ライアンと一緒にミロイを取り返してくる」

 ソニアとココのパン屋は被害を受けていなかったが、コバックを失ったショックからか、ソニアが寝込んでしまったためにパン屋はずっと休業していた。ミテルスたちは、最近になってコバックとソニアがもうすぐ夫婦になる予定だったことを知ったのだった。

「そうか…。具合が悪いとは聞いていたけど…。だとしたら、ココはソニアの側にいてあげたほうがいいんじゃないか」

 ジェシカの言葉にココは首を振った。

「ババアはそんなに弱い人じゃない。かえってあたしが側にいない方がいいんだ。あたしが行くことを、きっと賛成してくれるはずだよ」

「少し落ち着け、ココ」

 ミテルス導師の優しい物言いに、まだ何か言いたげなココは口を閉じた。

「これは島の将来を左右する、重大な話だ、と私は思う。誰か遣いをやって、リュート導師とグラントリー律師をここに呼んできておくれ」


 ダチュラ支所で支所長のベンと一緒にアドリラ川の改修に向けての調査を行っていると思われていたリュートは、意外にもバーラの町なかで頭をかきながら歩いているところを見つけられ、すぐに行政庁にやってきた。

「ダチュラ支所ではなく、こっちにいたのですね、リュート導師」

 ジェシカに声をかけられたリュートは、何か悪戯を見つけられた子どものように目を()らした。

「流されてきた土砂の中でも大きな岩なんかを梃子(てこ)の原理を応用して動かす道具を思いついてね、バーラの工場を借りて試作機を造っていたんだ」

 ジェシカが大きな肩を揺すって笑った。

「事務仕事をしているより、そういう細々したことが好きですもんね、リュート導師は」

「段取りとか、調べてまとめるとか、支所長のベンが上手いんだよ。彼に任せておけば安心だ。適材適所っていうやつだな、うん」

「誰が適材適所だって」

 遅れて部屋に入ってきたミテルスに腕を叩かれ、リュートはもじもじしながら、「あ、いやぁ、そのですね」と呟いた。

「足の傷の方はどうだ」

「ええ。歩くときに少し引きつる感じもありますが、もう大丈夫です。ミテルス導師のおかげです。ありがとうございます」

「そうか、それは良かった。で、アドリラ川の件は進んでいるか」

 リュートは咳払いをして顔を改めた。

「改めて調査したところ、形が変わった山のあちこちから湧き出している水は五十五か所確認されていて、一部では滝のようになっているところもあります。そのため、アドリラ川に堆積した土砂を取り除いて元の流路に戻す作業を行うとすれば、新たな土砂崩れの恐れもあるので慎重にやらなければなりません。今の流れのまま、アドリラ川の川筋を整えて護岸工事を進めることについては、バーラの町から川が遠くなることに反対する者も多いと聞きました。しかし川が離れることは、バーラの町の水害の危険性を減らせる効果もあるということです。反対に、川が流れるようになった畑の持ち主は、作付できる土地が減るうえに水害の危険性が増すために元の位置に川を戻してほしいと言っています。行方不明者の捜索もあるので、アドリラ川に積もった土砂もいずれは取り除かなければならないとすれば、どちらの案を取ってもそれぞれに利点と欠点がある、ということですかね。後はもう、ご判断かと」

「なかなか難しいな」

「はい。それで…、急に私をお呼びになって、何かあったのですか」

 ミテルスは椅子に座るようにリュートを促すと、目の前に封筒を置いた。

「今朝、ココが持ってきたのだ」

 リュートは封筒から手紙を取り出して読みはじめた。

「なんと、ライアン、生きていたか。良かった。いやぁ、本当に良かった」

 大きな声をあげて喜びを表したリュートだったが、手紙を読み進めるにつれて眉間に皺が寄っていく。読み終えた手紙を机に置くと、ふーっ、と大きく息を吐いてミテルスに顔を向けた。

「東の果てにあるルナデアの島の民。ゴブル、ザレを手に入れて、次はゴダールのアグーを狙っている、か。オグロー川の小屋でミテルス導師が遭遇した男の話と一致しますね。それにしてもライアンのやつ、一人でミロイを救いに行くとは水臭い」

「ジェシカが言うには、ぼーっとしているように見えて、ライアンはなかなか目端の利く子だそうだ」

 腕組みしているジェシカが頷いた。

「成績はあまり良くはなかったけど、やればできる子ですよ、ライアンは」

「アレフォス島が大変な状況になっていることは彼も承知しているだろうから、助けを求めるような気は最初から無かったのだろう。とりあえず無事で、それを知らせてくれただけでもあの子は良くやってくれたよ」

「まあ、そうですけど」

「しかもルナデアの情報を我らに送ってくれた。グラントリーに残党狩りをやってもらっているが、見知らぬ者が出入りしていたというバーラの骨董屋はすでに(もぬけ)の殻だったから、ライアンからの手紙で漸くザレに関する状況が動いたことになる」

「グラントリー律師の方は、それから何か進展は」

 リュートの問いに、ミテルスが首をゆっくりと振る。

「あとでグラントリーも来るから聞いてみるが、ルナデアの者はおそらくもうアレフォス島から逃げてしまっているのだろう」


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