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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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ゼルマン そしてライアンからの手紙

 アルゴの笑顔につられて、ミロイは口元だけ少し微笑んで、すぐに真顔になった。

「それより、鏡心の術をかけられているとき、何か気になりませんでしたか」

「気になるって…、クレスに心を読まれていること以外にも、何か感じたのか」

「何か、違和感というか…」

「違和感、どんな感じだ」

 ミロイは俯いて少し考えこんだ。

「うまく説明できませんし、思い過ごしだったのかもしれません」

 そのとき、人が来る気配がして扉が開き、後ろの男に突き出されて一人の男が部屋に飛び込んできた。前のめりの体勢からゆっくり顔を上げて部屋を見回した男は、ミロイの顔を認めると驚きの表情をみせた。

「ミ、ロイか…、ミロイじゃないのか」

 ミロイの名前を呼んだ男は、細長い顔にぎょろりと大きい目が目立つ、特徴的な顔立ちをしていた。

「私だ、ゼルマンだ。覚えていないかい」

 大きく目を(みは)ったミロイは、「ゼルマン律師」と言って体を起こした。

 ゼルマン律師はアレフォス島の地質や気候を研究しているエグサの一人で、短期間ではあったが修学院で気象に関する講義をしてくれたことをミロイは思い出した。聞いた話によれば、ゼルマンは風を操り、乱気流を球体にまとめる能力があるのだそうだ。それがどんな役に立つのかは定かではないが、その才能はコーエン導師に認められ、ゼルマンは若くして律師に取り立てられた、と生徒たちが噂していたのを聞いたことがあった。

「ゼルマン律師…、どうしてここへ」

 ゼルマンはミロイのベッドに腰を下ろすと、アルゴを見つめて、「この方は」とミロイに訊いた。

「こちらはアルゴさん。ルマン島からこの浮き島に連れてこられたんです」

 ゼルマンは何度も頷きながら、「私もそうだ」と言った。

「時間の経過が良く分からなくなってしまっているのでどれくらい前のことか判然としないのだが、夜中に寝ているところを何者かに拉致されたのだ」

 ゼルマンの話によれば、拉致されて目隠しをされた彼は、すぐに船に乗せられてこの浮き島に連れてこられ、その後はずっと軟禁状態が続いたという。そして、どこかの島に連れて行かれて左腕に何かを装着されられたところで記憶が無くなり、目を覚ましたのはつい二日前なのだと言いながら、左手の袖をめくった。

「やつらが何を取り付けたのかは分からないが、私の左手はこんな有様になってしまった。痺れて上手く動かせない」

 ゼルマンが見せた左手は、手首が大きく腫れあがり、肘のあたりまで赤黒く変色していた。

「ゼルマン律師は、ザレを埋めたブレスレットを左手に着けられたんだと思います」

 ミロイの言葉を聞いたゼルマンは、「な、ザレ…、何を言っているんだ」と言って絶句した。

「ミロイ、いったいどういうことなんだ。ミロイはなぜここに居る。やつらは何者なんだ。ザレがここにあるなんて、島に何が起こったんだ」

 ミロイの肩を掴み、矢継ぎ早に問いかけるゼルマンに、「落ち着いてください、ゼルマン律師」と投げかけて、ミロイはゼルマンに向き直った。

「僕も、拉致されてここに来ました。あいつらはルナデアというはるか東にある島の者で、アルゴの住むルマン島で火光石ゴブルを奪い、そして、アレフォス島でザレを奪いました」

 ゼルマンは口を開けたまま、言葉を失った。

 ミロイはアレフォス島が襲撃されてから身に降りかかったことを、しばしば眉間を押さえながら、ゼルマンに話して聞かせた。

「それじゃあ、コバックは」

「おそらく…、生きてはいないと、思います」

 ゼルマンは、「そうか…」、と呟いてベッドに視線を落とした。

「それにしても…、『鏡心の術』。さらには、『月鏡縛魂』と言ったか。どちらも、恐ろしい術だな。身体と心を乗っ取られてしまうんなんて…」

 このゼルマン。

 アレフォス島襲撃の際、ゼルマンに成りすました者が一の院の建物に火を点けて回り、さらにはリュート導師に重傷を負わせたことなど、この場に居る三人はもちろん知る由もない。

「ミロイの話によると、彼らは他の三つの島にもある光石を手に入れ、ミロイに装着させて何をする気なのだろう」

「光石とはもともと、彼らが持っていたものだと言っています。五つの光石の絶大な力を使って、かつて滅びた王国を復活させることが目的のようです」

「そんな身勝手な主張で多くの人が傷つけられるなんて、許されるはずがない。それに、今でさえ、かなり具合が悪そうなのに、五つも光石を身につけたら君の身体が壊れてしまうんじゃないか、私はそれも心配だよ」

「僕は大丈夫です。どんなことがあっても耐えてみせます」

 ゼルマンはちらっとミロイに目をやり、肩に手を添えると深く溜め息をついた。

「スダジイからザレを取りだしたなんて、俄かには信じがたいが、そうだとしたら島は今も大変な混乱に陥っていることだろう。それでもやはり、なんとかしてこの状況を島に伝えたいが、逃げ場のない絶海の浮き島に捕らわれているのでは、打つ手なしだな」

 それまで黙って二人の話を聞いていたアルゴが、くつくつ、と笑いだした。

「いいことを思いついたぜ」

 ミロイとゼルマンが揃ってアルゴの顔を覗きこむ。アルゴは二人に顔を近づけた。

「さっきも二人で脱出することを話していたんだが、クレスに鏡心の術で心を読まれれば、たちまちその計画がやつらにバレてしまうから無理だってミロイに言われたんだ」

 アルゴは二人の前に人差し指を立ててみせた。

「だが一つだけ、やつらの裏をかいて脱出の計画を進める方法がある。危険な賭けには変わりないかもしれないけどよ、試してみる価値はあると思うぜ」

 二人を交互に見やったアルゴは、ニヤッと笑った。


 場面はアレフォス島、バーラの行政庁の会議室に移る。

「やっぱり、あの天然ボケがちゃっかり生きてたってよ」

 部屋に入って来るなりそう言ったココが、手にしていた封筒をミテルスの前に放り投げた。椅子から身を起こしたミテルスは、封筒を手に取ると慌ただしく中身を取り出して一気に読み終えた。

「そうか…。まずは、ライアンが無事だったようで何よりだ」

 隣に座ってそれを聞いたスラックが、「ああ、ライアンが生きておりましたか。それはよかった」、と見えない目をミテルスに向けて微笑んだ。反対側に座っていたジェシカが手を伸ばしたのでライアンからの手紙を渡すと、ミテルスは、ふーっ、と大きく息を吐きだした。

「それで、ライアンは何と」

 そう尋ねるスラックの顔を見たミテルスは、「ああ、すまん、すまん」と言って咳払いをした。

「手紙によれば、ライアンはあの夜、ミロイを追っていったオグロー川で敵と遭遇して、その敵と渡り合っているうちに増水した川に流されて海にまで運ばれていったそうだ」

「なんと…海に」

「ああ。だが海を漂っているところをオズマンという商人の船に助けられ、今はそのオズマンの暮らすゴダールに向かっているそうだ」

「アレフォス島には戻らずに、ゴダールに行ったというのですか」

「そうだ。我らの島を襲った敵は、ルナデアという東の果てにある島の者。彼らはルマン島のゴブルを奪い、そしてザレを奪い、さらに残る三つの光石を手に入れようとしており、次の標的はゴダールの水光石アグーではないか、というのがライアンたちの見立てだ。この話、オグロー川の小屋にいた男の話と一致する。ザレが奪われた背景に、ルナデアの民がいるのは間違いなさそうだな」

「それで、どうします」

 手紙を読み終えたジェシカがミテルスに向きなおった。

「アグーを奪いにやってくる敵からミロイを奪い返す、とライアンは言っているが…」

 ミテルスの言葉を遮って、ココが両手で机を叩いた。

「あのボケが、独りでそんなこと簡単にできる訳ないでしょ」

「いや、ココ。オズマンというゴダールの商人がゴダールの女王に状況を説明して、敵を迎え撃つ準備をすると書いてあるぞ」

 横からそう言ったジェシカを、きっ、とココが睨む。

「ゴダールの人は、アグーという光石を奪われないための戦いをするんだろ。ミロイとザレを取り返すのはライアン独りでやるってことじゃないの。それを、あたしたちは指をくわえて何もしないでいるって言うの」

「ココ。いまアレフォス島がどんな状況に置かれているか、お前も分かるだろ。島の復興は、まだまだ手を付けたばかりで人手がいくらあっても足りない状況だ」

 ココは何かを言いかけて口を(つぐ)み、反論する言葉を探すように足を踏み鳴らした。


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