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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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アルゴの過去

「俺は、あんたに借りがある」

 アルゴが上を見上げて呟いた。

 建物の上から海鳥が盛んに鳴いている声が聞こえる。魚の群れでも見つけたのだろうか。

「確かにあなたは僕の島を破壊した。何の罪もない島の人達を殺して、そしてザレを奪った。だけど、あなたは操られていたんだ。罪を償うべき奴は他にいます」

 軽く波打つ金髪を無造作にかき上げると、アルゴは短く咳払いをした。

「それは、申し訳ないと思っている。だけど、俺が言っているのは、あんたが現れてくれたおかげで、ゴブルを扱う者としての役目から俺が解放されたってことだよ。海の上の浮き島じゃあ、逃げることもできないから自由になったわけじゃないが…、見てみろよ、これ」

 アルゴは右手を突き出して、「ゴブルを使った代償さ」と言った。突き出した腕には赤黒い染みが網目状に広がっている。

「あれは呪われた石だ。炎を自在に操ることができるけど、それと引き換えに、俺の右手は引きつって指を動かすこともままならない。だが、あんたはどうだ。ゴブルとザレの力を使ったのに、それに対する反応はとても軽いように、俺には見える」

 アルゴの言うとおり、ミロイの両腕にはうっすら赤い筋がいくつか伸びているものの、アルゴのように目立ってはいない。

「あんたは光石との相性が余程いいんだろう。あいつらにしてみれば、究極の人材を掘り当てたってことになるんだろうが、あんたにとっちゃ、とんでもなく悪いことにしか思えねぇ」

 突き出していた手を引っ込めると、また両腕を組んで溜め息をついたアルゴは、「俺は、いいって思っていたんだ。光石を使ってその代償を払うことになっても、もとはと言えばあいつらに騙されて、いい気になって、つけあがった俺の…、身から出た(さび)ってもんだからな」と言って俯いた。

「俺の育ったところはルマン島の山奥でさ。小さな温泉宿が二軒あるだけの(ひな)びた村だけど、出る温泉が関節の痛みに効くっていうんで、遠くからはるばるやってくる湯治客のおかげで毎日どうにか食っていける、そんなところだ。俺の家は二軒ある宿屋の一軒で、親代わりの爺さんが死んじまったんで、思わず宿屋のあるじになったのが七年前。あるじ、って言っても、年寄りの従業員が三人いるだけのちっぽけな宿屋だ」

 目を(つぶ)ったまま眠ってしまったようなミロイにお構いなく、アルゴは話しつづけた。

「そんな環境が、俺は嫌でね。ぽつぽつ来る客を相手に商売しながら、飯を食って寝るだけの、代り映えのしない毎日がただ淡々と過ぎていく。味気ない田舎の村を出ることもなく、そのうちどっかの村の娘を嫁にもらって、子どもが生まれて年老いて、そして朽ちるように死んでいくんだ、って、そんな未来がもう決まっているような気がしてた。本当にそれでいいのか、俺にはもっと、ほかにやるべきことがあるんじゃねぇのか。そんな思いが強くなっていたところに、あいつらがやってきたんだ」

 部屋の外で話し声が聞こえ、二人の男が談笑しながら扉の前を通り過ぎていった。それをやり過ごしてから、アルゴはまた話しはじめた。

「そいつらは、俺はかつてルマン島を統治していたエルドファ家の血を引く者だって言うんだ。うまい話を持ちかけて金でも盗ろうっていうつもりかとも思ったが、考えてみりゃぁ盗られるほどの金もない。よくよく思い出してみると、確かに俺の爺さんが、『その昔、エルドファの王様が狩りの途中でこの村を訪れて宿に泊まり、世話をしていた娘が夜のお供をした。やがてその娘は王の子を産み、その子が我が家の祖先になったのだ。だから、お前にも尊い血が流れているんだよ』、ってなことを話してくれたことがあった。尊い血が流れているっていっても、薄汚れた宿屋の主人をやっているようじゃ、先祖も浮かばれないってもんだ。しかも百年前の戦争で、エルドファの一族は、メヒア王家に根絶やしにされちまっている。尊い血は仇となって、エルドファの血を引いているっていっても何の得にもならねえ話だと、その時は思っていた」

 そこでアルゴは自嘲気味に笑った。

「だけど俺は、あいつらの、下にも置かない扱いに有頂天にさせられちまった。生まれて初めて連れて行かれたバネロの街の大きさにまず度肝を抜かれ、食べたことのない旨い料理を食べ、見るからに上等な服を着させてもらった。この世の者とは思えない美女たちに“若様”と呼ばれてちやほやされ、夜ごと高い酒を飲んでバカ騒ぎをして酔いつぶれていた。それが罠だったとは、今になってようやく分かっても遅すぎるわな。そのうち、エルドファの旧家臣だっていう奴らが来て、メヒア王家を倒し、ルマン島を取り返そうなんて物騒な話になって、この浮き島に連れて来られたんだが、実際は、メヒア一族から奪ったゴブルを俺に装着させ、光石を扱うことができそうだと分かると、単なる道具としてアレフォス島を襲わせやがったんだ」

 頭を抱え、短く呻いてミロイが寝返りを打った。

「ああ、すまねぇ。具合が悪い所に、昨日、相部屋になったばかりの男の身の上話を聞かされたんじゃ、たまったもんじゃねえよな」

「大丈夫です。だいぶ、良くなってきました」

「あ、いや、違う違う。俺が本当に言いたかったのは、身の上話じゃないんだ。俺は、ほら、騙されたとはいえ、自分から飛び込んじまったんだから、自業自得と言われれば反論のしようもねえ。だけど、あんたが現れて、ゴブルを使う人間兵器としての役は無くなった。まあ、あんたに何かあったときのスペアとして、解放はしてくれないらしいけどな。でもそうなったのは、あんたが自分の意思とは関係なく、俺の身代わりになってくれたからなんだ。そう考えると、なんだか居たたまれねえんだよ」

 アルゴは立ち上がり、ミロイのベッドに腰かけると、「だからさ」と辺りを(はばか)るように小さな声で言った。

「あいつらは、他の島にある三つの光石をまだ集めるんだ、って言っていた。てことは、また、どっかの島に上陸するってことだろ。そのタイミングを見計らって、あんたがザレを、俺がゴブルを使って、一緒に逃げねえか。ゴブルとザレの力を使えば、もう誰も止めることはできねえ」

 ミロイはゆっくり目を開けるとアルゴを見つめ、首を振った。

「それは難しいと思います」

「なんでだよ」

「感じませんでしたか。鏡心の術をかけられている間、こちらの心が読まれているということを」

「なっ…、クレスに操られている間に、心も読まれていたっていうのか。俺は、まったくわからなかった」

「多分、そんな気がするんです。お互いの心が同期する、というか…、頭の中を、ざわざわと手で触られている、というか。今日かけられた術は、もっと強くそう感じました」

「じゃあ、脱走の計画を立てても、やつらにバレる可能性が高いってことか」

「はい。共謀する可能性もあるのに僕たちを同じ部屋にしたのは、そのリスクを承知の上で、対処できると踏んでいるんでしょう。それに…」

「それに」

「アルゴは入れられませんでしたか。呪いをかけたゾウビルという虫を」

「なんだそれ。虫、を入れられるって、どこにだよ」

 ミロイは人差し指を立てて自分の鼻に向けた。

「鼻から入れられたゾウビルが、今も中にいます。やつらの意に沿わない行動を僕がとったら、そいつが頭のなかで暴れて、頭が粉々に砕けるような強烈な痛みを発するんです」

 アルゴはごくりと唾を呑んで、「やつら、そんなひどいことを…」と小さく言って溜め息をついた。

「ところで、あんたにも読めたいのかい、クレスの心が」

「いえ、それは完全にガードされている感じでした」

「そうか…。でも、俺は諦めねえぜ。俺にはそのゾウビルってやつは入ってないしな。何か作戦を考えて、やつらを出し抜いてやるぜ。だから、希望を捨てるんじゃねえぞ」


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