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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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代償

 ゆっくりとオズマンたちに視線を戻したナブー女王は、首に巻いていたレース編みの白い布を取り、「これだ」と言って、喉元から鎖骨にかけてうっすらと広がる網目状の赤黒い痣を見せた。

 女王の首筋に広がる痣は、ライアンの左手に現れた痣よりは範囲が狭く、色もかなり薄いようにオズマンには思えた。

「王家に伝わる秘事ゆえ、これまで女王と女官頭の者しか見たことはないだろうが、このような事態になっては致し方あるまい。このこと、他言無用じゃぞ」

 オズマンとポトが頷く。

 女王は白い布の下に身につけていた、ペンダントの飾りを指先で触りながら語りはじめた。


 少し長い話になるが、私が母から聞いたこの国の物語を聞いておくれ。

 ボッサム退治に出てくるワナロア女王の六代前、ゴダール初代女王となるサラは、数人の供の者を乗せた小さな船で、はるか遠くの国からこのゴダール島にやってきた。

 サラの手には水光石アグーがあり、その力を使って起こした大波に乗って、一行はわずか三日でこの地にたどり着いたのだそうだ。サラが、どうやってそのアグーを手にしたのかはわからない。

 千年前、テキラニア島と陸続きだったゴダール島は、百人に満たない漁民が暮らすばかりの寂しいところだった。塩分を多く含む岩場を流れる川の水は塩辛く、飲み水は雨水を溜めて飲むような有様。その状況を見たサラは、小高い丘に登り、アグーを手に大地を踏みつけた。すると、サラの足元の大地に無数のひびが入って真水が溢れ出し、やがて川になって流れだした。いまは女神セリーンの聖堂広場となっている場所だ。

 飲み水に困らなくなった漁民はおおいに喜んで、サラを神と崇めたそうな。

 サラは水を(やいば)のように噴出させて岩山から石を切り出して建物や道路、水路を造り、海から大きく丸い海水の球を取りだして砂浜に撒き、一瞬で水を蒸発させて塩を作ったり、雨雲を操って嵐を鎮めたりして、ゴダールの発展に尽くした。

 死の間際、娘に女王の座を譲り、アグーを埋めた白銀製の王冠を与えたサラ女王は、以後、女王の直系の女のみが王の座につき、ゴダールを統治することも定めた。

 サラの血を受け継いだ子孫たちは同じような力を発揮して、人が住むには厳しいゴダールを、白く輝く豊かな島へと変えていった。

 ボッサムの王、バルバロをセリーンの力を借りて退けたワナロア女王から、女王は水を氷に変える力と人の病気や怪我を直す治癒の力を使うこともできるようになった。

 そうしてゴダールの人々が笑顔で暮らす日々が続いていくなか、異変は起こった。

 ワナロア女王のひ孫、ドナ女王は子を産めないまま亡くなってしまった。一人娘だったドナ女王の近親に女はおらず、さて次の女王を誰にするか、と皆が思案する中、ドナ女王の夫が自分の弟の娘を女王にすると決めてしまったのだ。

 サラ女王の血を引かない女が初めてゴダールの王位についたのだが、結果は無残なものになってしまった。

 彼女がアグーに触れた途端、指先から赤黒い痣が網の目のように広がり、瞬く間に全身に伝わって、そのまま息絶えてしまった。

 恐れおののいた人々は、アグーは操る者を選ぶことを知った。サラ女王の血が流れているものでなければ、アグーを扱うことができないのだ。

 王宮の者は急遽、サラ女王の直系の子孫を探した。

 そうして選ばれたのが、港の先で診療所を開いていたベリー家、さらにその先のテキラニア村で塩を作っていたブリューワ家、無人島だったインシュル島に渡ったドラン家だ。幸い、三つの家には娘がいたのだが、ブリューワとドランの娘は二人とも婆さんだったので、ベリー家の娘、モンヌが王位を継ぐことになった。ドナ女王の夫は姪があっという間に死んでしまったショックで後を追うように亡くなっており、モンヌは許婚とともに王宮に入ったのだ。

 ん。

 なに、そんな経緯をオズマンは全く知らなかった、と。

 サラ女王の血が入っていない者がアグーに触れて、ほぼ即死したなどという忌まわしきことは固く秘せられたのだろうな。

 以来、女王の世継ぎが絶えそうなときは、ベリー家、ブリューワ家、ドラン家、いずれかの娘を次の女王とすることとなった。長い歴史の中で、三家とも女王を出しているが、一番多いのはベリー家だったはずだ。私のひいひい婆さんも、ベリー家の娘だったそうだ。

 うん。モンヌはアグーに触れて、無事だったのかが気になるか。

 アグーに触れたモンヌにも、赤黒い、網目の痣は出た。だが、亡くなった娘のようなことにはならず、痣は指だけで止まり、それ以上広がることはなかった。やはり、サラ女王の血がアグーを扱う者には必要だったのだな。

 さらに、モンヌ女王の孫、マーサ女王の代に、不思議なことが起こりはじめた。

 白銀の三叉の鉾に納められたアグーが汗をかき、その水滴が台座の上に(したた)って、白く丸い小さな玉になっているのをマーサ女王が見つけた。小さな種くらいの大きさの玉に触れたマーサ女王は、それがアグーから生まれた結晶だと悟る。

 これが、アグーの涙だ。

 アグーの涙も本体に近い力が、特に治癒効果に高い能力を持っている、とマーサ女王は感じたらしい。

 長い年月をかけ、小指の先ほどの大きさにアグーの涙がなったとき、アグーの周りについていた水滴がぴたりと止まった。そのアグーの涙は、やがてベリー家に下賜されて、いまはグラックスの左眼の中にある。

 十数年の間を置いて、アグーの周りに再び水滴がつきはじめ、もう一つ、アグーの涙ができた。それが今、私のこのペンダントの飾りの中にあるもの。

 アグーそのものは、白銀でできた三叉の鉾に納められたまま、ずっと祭壇に祀られているので、私が触れたのは五歳の時、ある儀式での一度きりだ。

 その儀式とは、モンヌ女王の娘の代から、その子が五歳になったときに義務づけられたもので、私が今つけているネックレスの飾りの中に本物のアグーを入れて首につけ、アグーを扱うに足る資質を持っているかを見定めるものだ。

 私の首にあるこの痣は、そのときにできたもの。無くなりもせぬ代わりに広がりもせぬ。これといった体の不調も無い。もっとも、私がアグーの涙の力を使うのは、祭事のときに限られるし、しかもアグー本体ではなく、アグーの涙の力をほんの少し使うだけだから、お前たちの言う、光石を使うことの代償が少ないのかもしれないね。


 語り終えたナブー女王が大きく息を吐いて肩の力を抜くと、オズマンが、「なるほど、なるほど」と呟きながら何度も頷いた。

「光石は使う者を選ぶ。適性が無い者が使えば、最悪の場合、死に至る可能性もある恐ろしい石。適性の度合いによって受ける代償にも差が出る。また、使う光石の能力によっても差が出るかもしれない…。なるほど、なるほど…、そういうことか」

「なるほど、なるほど、って、うるさいな」

 睨むナブーを気にすることなく、「なるほど」と繰り返すオズマン。

「何が、なるほどなのだ、オズマン」

 ナブーに問いかけられ、我に返ったオズマンは、ぐいと身を乗り出した。

「風光石ザレを守護石とするアレフォス島を治めるロクトという寺院は、修学院という所で十三歳から十五歳までの島民を集めて学ばせ、最後にナルッサと呼ばれる儀式を行うのです」

「ほう、儀式か」

「ナルッサでは、ザレをその身の奥深くに抱くスダジイという巨木に手で触れ、ザレに選ばれし者は表皮のひだの割れ目から、瑠璃色の光がにじみ出るのだそうです。ナルッサで選ばれた者はロクトの僧であるエグサとなり、絶え間ない修行を経ることでザレと同調し、光石の力を扱えるようになる」

「ふん。面白い趣向だな」

「千年前、ロクトを創設したムラジ大導師という人物が、なぜそのような仕組みを作ったのかはわかりませんが、ゴダールでは初代サラ女王の血統が光石を扱える者の証だったのに対し、アレフォス島ではエグサがザレを扱える者であったのです。ルマン島はおそらく、ゴダールと同じように、かつての島の統治者、エルドファ一族の者が火光石ゴブルを扱える者だったのでしょう」

「それぞれの島で初めて光石が使われたのが、ちょうど千年前、という時期も符合しますね」

 横から口をはさんだポトをちらっと見たオズマンは、「うむ」と短く言って腕を組んだ。


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