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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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海戦の将は

 ガルーアの娘と別れることを最期まで拒んでいたデニスだったが、王家に連なる名家であるブリューワ家にルマン島の娘を妻として迎える訳にはいかず、かといって家を出て生きていけるほどの才覚も無いと悟ったデニスは、渋々ながらも父親に従うしかなかった。

 あのときの、我が子ながら情けない顔をしたデニスのことを思い出すたびに、砂を噛んだときのような味が口の中に広がるのをオズマンは感じてしまうのである。

「デニスに務まりますかな」

「私が命じておるのだ」

 オズマンは深いため息をついて、「わかりました」と言った。

「しかし、考えてみれば不思議なものだな」

「何がです」

「私を含め、ほかの島の当主へ書簡を送るなど、未だかつて無かったはずだ。ルマン島のエルドファやメヒア、アレフォス島のロクト、知識として知ってはいたが、千年の歴史の中で、ゴダールの王として、彼らと(よしみ)を通じようということはなかったのではないかと思う」

「ほかの島の光石や(まつりごと)についての関心を失わせる、何か大きな力が働いていたことは間違いありません。陛下のおっしゃるようなこともその力の影響でしょうし、町同士で覇権争いを繰り返してきたルマン島も、隣の豊かな島アレフォス島を味方につける、あるいは侵略して版図を広げ、自分たちの戦いを有利に進める、などといったことを起こした者はいないはずです。その力がこの数カ月で、まるで霧が晴れるように消えてしまった。その原因は、ゴブルとザレが奪われたことにあると私は思います」

「それがどんな結果をもたらすかは分からぬが、とんでもない厄災が始まってしまったことは確かなようだな。しかし、ゴダールの平和は守る。アグーを敵の手に渡すわけにはいかぬ。オズマン、しばらく商売を縮小するのはやむを得んな」

「はい」

 答えたオズマンは、ピガンダに視線を移した。

「ところで、船が集まったとして、誰が指揮を執るのだ。ピガンダの言い方でいえば、海戦を経験したことがなど、誰もないぞ」

「さきほど話題に上がった、マックス・ドラン様のご子息、アイザック様はいかがですか」

「アイザック、を、だと」

「ええ」

「どうしてアイザックがでてくるのだ」

「インシュル島で毎年行われる、豊漁を祈願するお祭りで、船のレースがあるのをご存じですか」

「ああ。見たことはないが」

「そのレースで、前人未到の五連覇を果たしたのがアイザック様です」

「くだらん。祭りの余興の話だろ」

「ただの祭りの余興ではありません。レースは緑軍と白軍に分かれてインシュル島から少し離れた無人島までを競うもので、大将の乗る船が早く無人島に着いた方の勝ち。緑軍が勝てば夏の、白軍が勝てば秋の豊漁が約束されるという神事なので、レース自体はどっちが勝ってもいいものなんですが、大将船を含めて両軍とも十艘ずつで争うこのレースは、言ってみればなんでもあり。弓矢や刀などの武器は使えませんが、船を体当たりさせて沈めたり、大将船に乗り込んで制圧してしまったりと、どちらの軍も大将船が沈められて決着つかず、なんて年も良くあるそうです」

「両方とも沈んだら、夏も秋も不漁になってしまうではないか」

「そこはまあ、オズマン様の言うとおり、祭りの余興という位置づけなのでしょう。ですが、大将船ですら沈まされかねないこのレースで五連覇したのは、後にも先にもアイザック様だけです」

「ドラン商会の惣領息子に皆が遠慮したんだろう」

「それがそうでもないんです。レースはお祭りの一部ですから無礼講です。ドラン家のぼんぼんに、たまには一泡吹かせてやろうと相手の船乗りたちは躍起になったらしいんですが、アイザック軍は強かった。それは何故か」

 オズマンは目を閉じて、ずっとひげを撫でている。

「アイザック様は何をやっても人並み以上にできてしまう、天才肌の人です。刻々と変わる状況を冷静に見極める能力も高いのでしょう。ですがやはり一番は、人を使うのが上手いのだと、私は思います。人懐っこくて鷹揚な性格が皆に受け入れられ、さらにやるときはやってくれる、この大将について行こうと思わせる何かを持っている、ということなのだと思います。その結果、自軍の船を手足のように操ることができ、敵軍は大将船に近づくことすらできなかったのだそうです」

 それまで黙っていたナブー女王が、ぽんっと手を打って、「よいではないか」と言った。

「アイザックがルマン島の船乗り同士の争いで大暴れしたという話は私も聞いておるぞ」

「喧嘩と戦は同じではありますまい」

「ほかに当てもないのであろう」

「あいつは、かなりの気分屋ですぞ。言っても承知するかどうか」

「それも含めて、オズマンはマックス・ドランに話をつけよ」

 オズマンは渋々ながらといった感じで、「わかりました」と言った。

「ピガンダは、兵が集まり次第、守備隊として機能するよう最善を尽くせ」

「承知しました」

 話がひと段落して、ガボア茶を口に含んだナブー女王は、テーブルの端をじっと見つめるピガンダの様子に気がついた。

「どうした。まだ何か言い足りぬのか、ピガンダ」

 はっと顔をあげたピガンダは、「ええ」と言って、しばらく口を(つぐ)んだ。

「オズマン様の話を聞いて、疑問に思ったことがありまして…」

「なんだ。話してみよ」

 頭の中を整理するように、ピガンダは腕を組んで天井を見上げた。

「ルマン島のゴブル、アレフォス島のザレ、ゴダールのアグー。オズマン様がおっしゃるように、おそらくマキシマ島とダグダイズ島にも似たような光石が存在するのでしょう。そしてそれは、石の特性を反映した大きな力を使う者に与えてくれる。敵の目的ははっきりしませんが、五つの石を手にすることで得られる強大な力、それを使って何かを起こそうとしていることは間違いない。しかし一方で、アレフォス島のライアンという少年は、左手にザレの結晶らしき何かを取り込み、その力を使ったために寝たり起きたりの生活を余儀なくされている。また、グラックス様も、左眼にアグーの涙を取り込んだせいで顔の左半分に雪の結晶のような痣が広がり、いまもお体の具合はあまりよくないと聞いております」

「光石の力を使うことは、それなりの代償を伴うことになるということについては、わしも考えていたよ」

「そこです、オズマン様」

「ん、どこだ」

「光石の力を扱うには代償が必要なのか、それとも光石を扱える資質を備えた者が使えば代償など必要ないのか。そのどちらか、もしくは両方が正しいとすれば、敵は五つの光石を集めるほかに、光石を扱える資質を持つ者、もしくは光石を使うことへの代償に耐えうる者も集めなければならないはずです」

 今度はオズマンが、うーんと唸って天井を見上げた。

 筋肉と眼光の鋭さばかりが目立っているが、海の上の船戦(ふないくさ)の話に、光石を扱うことの代償の話など、ピガンダという男は、なかなかどうして頭の切れるやつじゃないか。(いか)つい顔と理屈っぽい話の内容が合っとらんので、ついついイラっとしてしまったが、王宮にも人材はいるのだな、ナブーよ。

「なるほど。良い視点だよ、ピガンダ」

 オズマンはそう言って、ゆったりとガボア茶を飲んでいるナブー女王に目を向けた。

「で、どうなのですか」

 振られた女王は、なんだ、という顔でオズマンを見返した。

「光石を扱える資質を持った者には代償など必要ないのか、という疑問に対する答えですよ。水光石アグーを扱うサンヤット王家の女王は、光石を扱うことの代償を払っているのか。陛下がアグーの力を使うところを見たことはないが、実際のところ、どうなんだい。アグーの力を使って、その副作用みたいなことは起こっているのかね」

 今度はナブー女王が、ふーっ、と大きく息を吐いて天井を見上げる。

 沈黙はしばらく続いた。


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