迎え撃つために
「私の先祖のオリバーの話はご存じですかな」
真剣な眼差しのオズマンの言葉に、ナブー女王はゆっくりと頷いた。
「知っているぞ。嵐で漂流して、確か東の果ての島に行きついたという…」
ナブー女王は、「まさか…」と言って、手で口を押さえた。
「もしかして、そういうことか」
「そう。今から百五十年前、乗っていた船が遭難して漂着した島のことを、一年後に帰ってきたオリバーは、『ラディー』と言っていたそうだ。発音は少し違うが、おそらくそれがルナデアだと私は思う」
「百五十年前に、すでに敵と接点があったということか」
「ゴダールの遥か東の海域には、ボッサムの王、『バルバロの通り道』と呼ばれる非常に激しい流れの海流が流れている。蛇行して、常に場所を変えて流れるこの海流に捕まったら最後、どこに流れ着くか分からない。古来、数多くのゴダールの船乗りたちが行方知れずとなった魔の海域だ。オリバーの船も、時化に遭って、おそらくバルバロの通り道に迷い込み、ルナデアに流れ着いたのだろう」
「前置きが長い。バルバロの通り道など、ゴダールの船乗りなら誰でも知っていることだ」
「まったく、相変わらずせっかちだな」
「いいから、まだ話したいことがあるのだろ」
「今回の件があって、色々考えたのだよ。オリバーは、遭難した一年後に島に帰ってきた。だが帰ってきたのは、オリバーと航海士の男の二人だけ。しかも、二人はまともな会話ができないほど精神を病んでしまっていた。そんな状態で、バルバロの通り道を通って、どうやって東の果てのルナデアから帰ってきたのだ」
オズマンが、ナブー女王とピガンダを見渡す。
「なるほど」
ピガンダが顔を上げた。
「ルナデアの者がその船に乗っていた、そうオズマン様はおっしゃりたいのですね」
オズマンが頷く。
「ルナデアの者は、バルバロの通り道を渡れる場所、流れが弱くなるところを知っていた、あるいは激しい海流を渡ることのできる何らかの方法を持っていた、としか思えないのだよ」
「だとすると、百五十年前にはすでにゴダールにルナデアの者が辿りついていた、そしてその子孫が今も何食わぬ顔をして、ゴダールに住みつづけている、ということですか」
ピガンダの話を聞いて、ナブー女王は眉を顰めた。
「島に来たルナデアの子孫がいる、ということはもちろん、ルナデアから来て新たに住みついた者が多いのではないかと思う。最初の頃の活動は、あまり活発ではなかったかもしれない。なにせ、ゴダールからルナデアまで、往復するだけで数カ月はかかるだろうからな。だがそうやって、ゴダールに来た者は収集した情報をルナデアとやり取りし、やがてルナデアとゴダールとの間の航路を確立して、人知れず、百五十年という長い歳月をかけてゴダール社会の隅々にまでに浸透していった。ゴダールのほかにも島が存在すると知った彼らは、同じようにルマン島やアレフォス島、マキシマ島、ダグダイズ島にも渡って行ったのだろう。あくまで仮定の話だがね」
「まるでアリのようですな。気づいたときには庭中に巣を広げている」
オズマンは苦笑いをしながら、「そうかもな」と言った。
「敵が真っ向勝負で来るなら三月、すでにゴダールのあちこちに潜入していて準備を進めていたとするのならひと月あるかどうか。猶予はそのくらいかのぉ」
「島の者を募って、王宮近衛隊を中心に守備隊を増強するしかあるまい」
横目でちらっと女王を見たピガンダが低く唸った。
「王宮近衛隊は全部で二十八人。そのうち現役で任務に就いているのが二十人。みな猛者ぞろいですが、私を含めて実戦経験などなく、ましてや私と副隊長以外は家業と兼務している者ばかりで、戦力と呼べるほどの力はありません。島の人たちも、いつまでかかるか分からない任務に手を挙げるかどうか…」
「守備隊として専従する者には、その間の給料を王宮から出そう」
ナブー女王の提案に、オズマンが、ぽんっと手を叩いた。
「それはいい。テキラニア島は私が集めるとして、マックスにもインシュル島で声をかけて隊員を集めてもらうとしよう。ただし、敵が混じる可能性があるから、身元のしっかりした者を選別する必要はあるな」
「わかった。マックス・ドランには私から話しておこう」
「あ、いやいや。長男のアイザックをわしのところで預かっていることも話しておきたいから、マックスにはわしから話そう」
盛り上がる女王とオズマンの前で、ピガンダは難しい顔をしたまま腕を組みなおした。
「テキラニア島とインシュル島で隊員を募ったところで、百人も集まるかどうか。百人集まったとしても、近衛隊と同じく、戦闘経験の無い、言ってみれば烏合の衆です。敵がもし、正目きっての戦を仕掛けてきたら、ひとたまりもありません」
「敵が船団を組んで真っ向勝負を仕掛けて来るなら、こちらも島に残っている商船を集めて迎え撃つしかないな。なあに、ゴダールの船乗りたちは王家のためなら命を捨てて戦うはずだ」
ピガンダは目を閉じ、考え込んだ。
「その場しのぎで集めた船で、まともに戦えるでしょうか」
ぱっと目を開けたピガンダは、黙ったままのオズマンを真っすぐに見つめた。
「船の戦は、交易で目的地まで航行するのとはわけが違います。敵船の数と隊列、潮流に風向き、水深などを瞬時に判断して、自軍の船を有機的に戦場海域に展開しなければなりません。統率の取れていない船団では、各個撃破されて壊滅しかねません」
「では、ピガンダはどうしたらいいと考えるのだ」
「三ヶ月で戦争用の新しい船を造るのは無理です。ならば、交易用の船を一部、海戦に備えて供出できないでしょうか。乗組員も含めて、テキラニアから十隻、インシュルから十隻、王宮から二隻。この二十二隻を三ヶ月の間、軍船として訓練し、来るべき海戦に備えるのです。もちろん、さきほどの守備隊増強もあわせて行い、王宮の守りも万全にいたします」
オズマンがひげを掴んで唸った。
「船を集めるには、一つ大きな問題がある。メヒア一族どうしの抗争で、ルマン島から帰れなくなっているゴダールの船がかなりあるはずだ」
「ルマン島が内戦状態になっているというオズマンの話を聞いて、なんとかせねばならぬと私も思っていたところだ。百年前のルマン島の内戦では、巻き込まれたゴダールの船が何艘も沈められたと聞いておる。私はゴダールの女王として、ゴダールの船と乗組員、ルマン島に暮らすゴダールの者の安全を確保し、ゴダールへの渡航をできるように、海上を封鎖しているというジャン家のグルーガー軍団長に書簡を送って要請しようと思う」
「内戦状態の混乱で、グルーガーが主権を握っているかどうか、今どうなっているかは分かりませんぞ」
「その通り。ルマン島へ行く者は、その場で状況を判断し、臨機応変に対応することが求められる。そこでだ。ルマン島へゴダールを代表して私の書簡を持っていく者は、オズマン、お前の息子、デニス・ブリューワに行ってもらう」
「え、なんですと、うちの息子に」
「デニスは一時期、ガルーアの有力者の娘と同棲していたというではないか。ルマン島の情勢に明るく、知己も多いデニス以外に適任者は居るまい」
オズマンの息子、ブリューワ家の現当主であるデニスは、アイザックに誘われて行ったルマン島最大の都市ガルーアで博打にはまり、テキラニア島に帰ってこなくなったという過去がある。
店の金を使いこみ、借金も嵩んだデニスは、ガルーアの金属加工の親方で金属加工組合の組合長を務める男の娘と良い仲になり、同棲しながら博打をうつという堕ちた生活を続けていた。当然、娘の父親である親方は大いに怒り、デニスは父親のオズマンに助けを求めた。オズマンはガルーアに出向いてデニスの借金を返し、親方には多額の和解金を払うことで娘と別れさせ、なんとか事を収めたのだった。




