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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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敵の目的は

 オズマンの話がルナデアという東の果ての島のことになったとき、女官がお茶を持って部屋に入ってきた。

「オズマン、部屋を移そう。ヘクターとピガンダも聞いておいた方がよかろう」

「ええ、確かに」

 ヘクターは王宮の家宰を務める男で政務全般を担っており、ピガンダは王宮近衛隊の隊長である。

 女官に二人を呼ぶように命じると、ナブー女王はオズマンたちを引き連れて館の二階に上がり、女王が執務を行う部屋に入っていった。

 部屋の中央に大きなテーブル、奥には書類が散らかった横長の机が置かれ、月明かりがさざ波に瞬く夜の湖が開放的な大きな窓に映っていた。床や壁にはふんだんに木が使われていて、部屋全体を柔らかく包んでいる。

 今しがたまで女王がここで仕事をしていたのか、左奥の暖炉には火が入れられていて、部屋の中は十分に暖かかった。

「まあ座れ」

 テーブルの端に座った女王はオズマンに席に着くよう指示すると、入り口に立っているポトに目をやった。

「オズマンの従者も遠慮するな、隣に座りなさい」

 ちょっと驚いた顔をしたポトは、「失礼します」と言ってオズマンの隣に座った。

 ポットを持った女官が、ガボアの葉を煎ったお茶を三人のカップに注いでいった。

「お忙しいようですな」

 後ろの長机を振り返り、散らかる書類を見ながらオズマンが独り言のように呟いて、茶をひとくち啜った。

「そうなの。王宮の人手不足は深刻なのよ。ヘクターも、最近さらに老け込んでしまってねぇ。日々の祭事から年中行事であたしも忙しいってのに、あっちで橋が壊れた、こっちで道に穴が空いた、王宮の壁が崩れた、とか、もう修理ばっかりで。その費用はどうするのかってときにヘクターが役に立たなくて、しょうがないからあたしが金勘定までしてんのよ」

「そりゃ大変だ」

 ひげを撫でながら頷くオズマンを、女王は横目で睨んだ。

「あんた、他人事だと思ってるでしょ」

「そんなことはありませんよ」

「そう。それならオズマン、あんた王宮に入りなさいよ」

「はぁ」

「バカ息子も落ち着いて、楽隠居して遊び呆けているんだから、暇でしょ」

「遊び呆けているとは随分な言われようだな」

「あんたらはいいわよねぇ。商売だっていって、あちこち旅行して、女をつくって、美味いもん食って…」

「ちょっと待て、なんだか色々誤解しているぞ」

 身を乗り出したオズマンには構わずに、「そうだわ」と言って、ナブー女王は入り口に立っている女官を呼んだ。

「大事な話だから、ジンも呼んできて」

「ジン王女様は、グラックス先生の診療所から、まだお戻りになっていません」

「まだ、って、もうこんな時間よ。ちょっと、誰かやって、連れ戻してきなさい」

「承知しました」

 大きなため息をついて女王は頭を抱えた。

「ジン王女はグラックスの所で何をやっているのかな」

「儀式も勉強もそっちのけで、パラレに夢中なのよ、あの子は。最近はなんだかあたしのこと、避けているみたいで、呼んでも生返事しかしないし」

「まあ、年頃だからな。十六だったかな」

「十七よ」

「ナブーもそれくらいのときは同じようなもんだっただろ」

 ナブー女王が目を細めてオズマンを見る。

「あんた、あたしより一つ年上だからって、いやに上から目線じゃない」

「な、なにをおっしゃいます女王陛下」

「言っとくけどねぇ、あんたはパラレであたしに勝ったことは一度も無いんだからね」

「ほらほら、そういうところ、姪とはいえ、ジン王女にもナブーの血が入っているってことさ」

 しばらくオズマンの顔を見つめたナブー女王は、ふんっ、と言って横を向いた。

 女官がドアをノックして部屋に入ってきた。

「申し上げます、陛下」

「なんだ」

「ヘクター様は、すでにお休みになっており、こちらには来られないとのことでございます」

「あの老いぼれが。緊急だと言って、起こしてまいれ」

「承知しました」

 女官が慌てて出ていくと、入れ替わりに、「ピガンダ参りました」という低い声とともに大柄な男が部屋に入ってきた。

 萌黄色の短い貫胴衣が分厚い胸で盛りあがり、黒髪を乱雑に後ろで束ねたピガンダ隊長は、鋭い眼光で部屋を見渡すと右拳を胸に当てて一礼し、女王が手で差したオズマンの正面の椅子に座った。

「オズマン様。お久しぶりでございます」

「おう。相変わらず、素手でボッサムを倒せそうな体つきだな」

「恐縮です。体を鍛えることが健康の秘訣であると信じているもので。ところで、オズマン様は確か、アレフォス島に行っておられたのでは」

「そうなのだが、帰らざるを得なくなってね」

「なんと、そうでしたか。いったい何があったのです」

 オズマンは女王の顔を窺う。

「もうよい。オズマン、最初から話せ」

「よいのですか」

「どうせ、ヘクターは起きてこぬだろう」

「わかりました」

 テーブルに視線を落とし、オズマンはアレフォス島でのことを話しはじめた。

 滞在していたアレフォス島の宿で異変を感じて、バーラの港から急いで船で避難してライアンを救助し、島が崩れるのを目の当たりにしたこと。

 救助したライアンの話によれば、それがルナデアという東の果ての島の者による襲撃によるものであり、アレフォス島の守護石である風光石ザレが彼らに盗まれたこと。

 ルナデアの者はアレフォス島襲撃の前にルマン島の火光石ゴブルを奪っており、次に狙われるのは水光石アグーである公算が高いこと。

 いままでアグーのほかに光石があるとは考えもしなかったが、それは何か大きな力によって思考そのものが封じられてきたもので、いまその力が無くなって光石の存在が明らかになり、残る二つの島、マキシマ島とダグダイズ島にもあると思われる光石も合わせ、敵は五つの石すべてを集めようとしていると考えていること。

 連れ去られた弟を救おうとしているライアンの左手には、ザレと同等の力を持つと思われるものが取り込まれていて、いまグラックスに診てもらっていること、などを、時折ガボア茶で喉を潤し、忘れたところはポトに補足をしてもらいながら、オズマンはしゃべりつづけた。

 語り終えたオズマンが椅子に深々と座り直すと、テーブルの上を重い沈黙が満たした。

「ただでさえ忙しいというのに、こんな厄介ごとが降ってくるとはねぇ」

 ため息交じりにそう呟いて、ナブーは窓の外の月に目をやった。

「敵がアグーを狙うとして、どれぐらいの猶予があるとオズマン様はお考えですか」

 腕を組んだまま微動だにしなかったピガンダが身を乗り出した。

「不意を突いたとはいえ、統率の取れたアレフォス島のエグサは手強かったに違いない。敵にもかなり犠牲が出ているとすれば、態勢を立て直すのに最低でも三月はかかるだろう」

「三月か…、短いですね」

「向こうが船団を組んで、真正面から攻めてくれば、の話だがな」

「…というと、真正面から来ない可能性もあるということですか」

「敵の目的がゴダールへの侵略ではなく、あくまでアグーを奪うことにある、とすれば正攻法で攻めるのは犠牲が出るばかりで得策ではないだろう。虚を衝いて、アグーを直接狙いに来ることも十分にあると考えておかねばならんだろう」

「案ずるな」

 窓の外を見ながら話を聞いていたナブー女王が振り返って言った。

「アグーが祀られている場所は、王宮でもごく限られた者しか知ってはおらぬ」

「だが王宮のどこかにはあるのでしょう。それに、敵が卑劣な手段で来るとすれば…、例えば、ジン王女を人質にとってアグーの在りかを言えと女王に迫れば、言わざるを得ない状況に追い込まれる」

「えっ…」

「例えばの話だよ」

 オズマンは三つ編みのひげを撫でまわしながら、ふーっ、と大きく息を吐いた。


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