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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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ゴダール島

 陽が昇り、漂っていた霧が徐々に薄くなっていく海の上を、オズマン・ブリューワの所有するズミーヤ号がゆっくりと進んでいく。波は穏やかだが、海を渡る風は上着がないと少し肌寒い。

 チュベキ島を出航して十日目の朝、予定通りゴダール諸島近海に入った船は、ルナデアの者の襲来を警戒しながら、いくつもの島の間を縫うように舵を切っていた。

 もっとも、ズミーヤ号で戦力と言えそうなのはアイザックとポトしかいない。

 敵に見つかったらひとたまりもないだろうが、それでも舳先に立つアイザックは望遠鏡を片手に近づく島の様子や島影を注意深く観察していた。

 しかしオズマンたちの心配をよそに、ゴダールの島々は見る限り常と変わらない様子だった。

 オズマンの本拠地であるテキラニア島の港も沖から眺めた限りでは、肩透かしを食らったように人々が行き交う当たり前の日常が広がっていたのだった。

 ルナデアの者たちはまだゴダールに攻め込んできていない。

 ゴダールが蹂躙されているかもしれないという心配が杞憂に終わり、ひとまず胸をなでおろした一行は、テキラニア島には寄らずにそのまま隣のゴダール島の港を目指して船を進めた。

 ルナデアの民がアグーを狙って襲ってくるかもしれないことを王家に報告することと、一刻も早くグラックスにライアンを診てもらおうとしたためである。

 チュベキ島に着く直前に意識を失って倒れたライアンは、翌日の夜には目を覚ましたが、微熱が続いて体のだるさが取れないようで、寝たり起きたりを繰り返していた。


 大きさの違う、三角の形の島が並んでいるゴダール島とテキラニア島は、ゴダール島の方がテキラニア島よりも倍近くは大きいのだが、どちらも二日もあれば歩いて一周できるほどの大きさである。

 はるか昔は陸続きだったらしいが、両島の間にあった細い岩の道は長い年月の波や雨による浸食で海に呑みこまれ、今は二つに分かれてしまっている。だが、もともと一つだった二つの島の景観はとてもよく似ていた。

 島の大部分は白みがかった灰色の岩石でできており、そそり立つ氷山のような岩肌の崖や雨風によって細かく砕かれた岩が積み重なってできた砂浜が、島の土台を白く輝く雲が広がっているように見せている。

 白い岩を切り出して加工した石材は住居や道路などにも使われていて、岩々に囲まれた家並の白を基調にした景色はとても美しい。さらに、その間を縫うように広がって小高い山の頂上まで覆う木々の緑、晴れた日の海と空の青が織りなすコントラストは、思わず感嘆の声をあげずにはいられないほどの絶景である。

 半年ぶりにテキラニア島とゴダール島を目にしたオズマンは、毎度のことながらやはりこの二つの島が世界で一番美しいと思っていた。

 アレフォス島やルマン島にも風光明媚な場所はいくつもあったが、ゴダールの景色には到底及ばない。

 船の上から見える美しいゴダール島をぜひ見てもらいたいと思っていたのだが、船室で横になっているライアンは目にすることができないまま、ズミーヤ号はゴダール島の北側にある入り江の中に入っていった。

 入り江の奥にある港に船を泊めると、オズマンとポトは王宮へ、ライアンはアイザックに背負われてグラックスが院長を務める診療所へと、それぞれ分かれて行動することになった。

 港には数隻の漁船が泊っていて、朝の漁で獲れたのだろうか、籠に入れた魚を水揚げしている人たちが忙しく動き回っていた。

「アイザックさん、歩けますから降ろしてください」

 港から東に向かってゆるやかに昇っていく道の途中で、ライアンがアイザックの肩を叩いた。

「病人はおとなしくしていなさい。ずっと船の上にいると体がなまっちまってね。これもいい運動だよ」

 安定感のある広い背中の筋肉と太い腕のどこもなまっているようには見えなかったが、ライアンは言われたとおりに背負われつづけた。

 病人ではないと言いたいが、確かに五分も歩けばその場にへたり込んでしまいそうな気がする。熱は下がっていたが、手や足に力が入らない感覚はずっと続いていた。

 やっと起き上がれるようになったときに初めて紹介されたアイザックを一目見て、ライアンは好感を持った。「よろしくな」と言ってアイザックは微笑んだだけなのに、年の離れた親戚のお兄ちゃんに久しぶりに会ったような、そんな不思議な気持ちになったのだった。

 十分ほど歩くと白い石を組んで造られた二階建ての建物が見えてきた。

 手前の広場では、数人の子どもたちが片足をあげて、何かの踊りのようなものを踊っている。奥にいるのが先生役の子だろうか。ライアンと同い年くらいの若い娘ともう少し年上に見える背の高い男性が、ライアンたちに気づいたようだ。

「アイザック」

 陽光にきらめく金髪を編んで頭の両側で丸めた若い娘が、手を振りながらこちらに向かって走ってきた。

「おっ、え…、ジンか。大きくなったなぁ」

「3年ぶりくらいかしら。ブリューワ家の果ての島へ流されたと聞いたけど、無事に戻ってきたみたいね」

 ゴダール島の岩と同じような白が勝った灰色の瞳で、まっすぐアイザックを見つめる娘が笑った。

「おいおい、島流しとはひどいじゃないか、ジン。あ、いけねぇ、ジン王女様か」

「ふふ、ジンでいいわよ」

 ジンは、「それより…」と言いながら、背中に背負われたライアンを覗きこんだ。

「この、ひ弱そうな少年は誰」

 ひ弱、と言われてちょっとむっとしたライアンだったが、目の前の娘をアイザックが王女様と言ったことを思い出し、危うく言葉を呑みこんだ。

「ああ、この子はアレフォス島のライアン。グラックス先生に診てもらうんだ」

「あらまぁ、病気だったのね。先生は診療所に居るわよ」

「そうか、ありがとう」

「ねえ、後で手合わせしてよ。私、とても上達したのよ」

「ほう、そりゃ楽しみだ」

 そう言って歩きだそうとしたアイザックが足を止め、ジンを振り返った。

「あそこで子どもたちにパラレを教えている青年は誰だい」

 アイザックがあごを振った先に首を向け、ジンが、「ああ」と言った。

「シャルロね。グラックス先生の親戚の子。確か伯母さんの娘の子とか言っていたかしら」

 十歳前後に見える四人の子どもたちの中心で、シャルロと呼ばれた青年が舞を舞うように手足を伸ばしてゆっくりと身体を動かしている。

 エグサがサージェンで舞う奉剣演舞の動きに少し似ているな、とライアンは思った。

「なかなか筋がいいな」

 アイザックの言葉を聞いたジンの頬が、ぴくっと動いた。

「そうね。私の助手としては、まあまあの腕前だけど、私は一度も負けたことないわよ」

「あのねぇ、王女様。あんまりそういうことは言わない方がいいんじゃないかい」

「あら、どうして。王家の者がパラレをしていけないことはないでしょ」

「それはそうだが」

「それに私、来年はブリンガにも出るつもりよ」

「おいおい、ブリンガに出る王女なんて、聞いたことがないぜ」

「王家の者がブリンガに出てはいけないという決まりもないでしょ」

 アイザックは目に手をやって、「うーん」と唸った。

「ブリンガに王女が出たら、相手はまともに戦えないだろ」

「それこそいけないことだわ。ブリンガで手を抜くなんて、許されない行為でしょ」

 手をひらひらとさせ、ライアンを背負いなおすと、アイザックは、「まあ、後でお手並み拝見するよ」と言って、診療所だという白い建物に向かって歩きだした。

「彼女、王女様なんですね」

「ああ。ナブー女王の一人娘、ジン王女だ」

 ライアンが振り返ると、ジンは子どもたちの輪に戻り、屈んで小さい子に話しかけている姿が目に映った。

「年頃になればちょっとはお(しと)やかになるだろうと思っていたのに、相変わらず、やんちゃなお姫様だ」

「やんちゃですか」

「気が強いと言った方がいいのかな。でも、根はいい()なんだぜ」

 なぜか周囲の女性は気が強い人ばかりだな、とライアンはふと思った。

 気が強いばかりでなく、皆けんかも強そうだ。

「ジンは、女王の実の子じゃないんだ」

「え…」

「ナブー女王にはジンよりも5歳年上のハンナ王女という娘がいたんだが、海で泳いでいるときに何かの生き物に体中を刺されて、亡くなってしまったんだ。子どものいなかった女王は、妹の娘、姪のジンを養女として王宮に迎えたんだけど、ナブー女王とジンは折り合いが悪いらしくてね。そんな境遇もあって、常に気を張っているようなところもあるんだ、と俺は思っている」


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