二つの光石
ガンズはじりじりと足を運び、飛び込めば切っ先が相手に届く間合いに入った。
依然としてミロイは無表情に突っ立っているだけで、その顔つきを見ていると、何だか馬鹿にされているようでガンズは無性に腹が立ってきた。
あれこれ考えてもしょうがねぇ。セオン爺さんの得意の突き技、『貫穿』で急所を狙おう。
腰を落としながら後ろ脚に力を込めて蹴りだすのと同時に、下段に構えた刀の切っ先を振り上げる。
足を斬られると思う相手が、避けるか、刀で防ぎに行くところを、がら空きになった上半身めがけて刀を一直線に繰り出す。その間、瞬きをする間である。初見であれば避けるのは困難で、ましてやミロイは武器を何一つ持っていなかった。
刀は確実にミロイの心臓めがけて突き進んでいき、切っ先は皮膚を貫いた。
と、ガンズは確信した。
ぶおんっ。
心臓を捉えていたはずの切っ先は、滑るようにミロイの肩先に抜けていく。
な、何だ、これは…。
それは何か、ぬめぬめとした弾力のあるものに刀が柔らかく弾かれたような感覚だった。
初撃を躱されたガンズは、すれ違いざまに身体をひねらせて、無防備なミロイの背中を袈裟懸けに斬り落とした。
ぶおぉんっ。
今度もまた同じだった。
確実に背中を斜めに斬ったはずなのに、何かよくわからない柔らかいものに刀の軌道を変えられてしまったように感じた。
「どうしたガンズ、手加減はいらんぞ。ミロイもザレの力を意識して使うのだ」
ミロイの後方に飛び退って距離をとったガンズは、クレスの言葉を聞きながら、何が起こったのかを理解した。
違うぜクレス。こいつは、すでにザレの力を使っている。
見た目には分からないが、あいつの脇を通り抜けたときに感じた違和感。
あれは風の流れだ。あいつの体の周りには小さな気流が渦巻き、その風の流れを自在に操ることで俺の刀の軌道を変えていやがったんだ。
くっ…。
これじゃぁ、刀も弓矢も通用しねぇ。体に触れることができないのなら、鉄壁の守りじゃねぇか。
どうする…。
ガンズが唇を噛んで考えていると、向こうを向いているミロイが左ひじを後ろに突き出した。
すると、突き出した肘の周りの空間が歪み、バチバチと放電する小さな丸い塊になってこちらに飛んでくるのが見えた。
やべぇ。
小さいけど、あれはコーエンとかいう爺さんの術と同じやつじゃねぇのか。
考える間もなく横っ飛びに避けたガンズの足先を、歪んだ大気の小さな玉が、物凄い速さで通り抜けて海の方に消えていった。
その様子を見ていたクレスが、おおぉ、と感嘆の声を漏らした。
「ザレを取り込んだのか。もう十分だ、ミロイ、ブレスレットを外せ」
クレスの方をちらっと見たミロイは、ゆっくりとガンズの方に向き直ると、何かを呟いた。
「ん、何だ。何か言ったか」
「僕を…、あや…つるな…」
「なんだと…」
クレスとガンズが見ている前で、ミロイの瞳が青緑色に縁どられていく。
ふいにミロイは左手を後ろに引き、何かを投げるように下から上へ向かって腕を振り上げた。
弧を描いたその動きに合わせるように、目の前の地表が弾け飛び、無数の石くれとなってぐるぐると回転しながらガンズに襲いかかっていく。
動物的な勘で危険を察知したガンズは、ミロイが動いた瞬間に横に大きく飛んでいたが、拳ほどの大きさの石が脛に当たると、体勢を崩して背中から地面に落ちて動けなくなった。
クレスが舌打ちをする。
「あり得ん…。ゾウビルで増強した鏡心の術で縛られていながら、またも自我を取り戻したというのか…」
再び動き出そうとするミロイを見て、クレスは前にいたアルゴを呼んだ。
「ミロイを止めろ」
命じられたアルゴはミロイに向かって走り出す。
アルゴが突き出した右腕のブレスレットからゴブルの紅い閃光が放たれると、火を吐く炎の竜がミロイのいる方向に飛び出していった。
ミロイは腕を振り上げて地表を砕き、空に広がった石礫の飛沫がガンズに向かって飛んでいく。
間一髪、アルゴの放った炎の竜が大きく口を開け、ガンズに襲いかかる石礫を吞みこみながら地面に落ちていった。
ミロイとガンズの間に、地に落ちた炎竜の残骸が一直線にめらめらと燃え上がっている。
揺らめく大気を背に、ミロイが顔を曲げてアルゴを見た。
口を歪ませ、ふっ、と短く笑った。
「邪魔はさせない」
ミロイが無造作に左腕を突き出すと、青緑色に光る空気の渦が腕に絡むように回転しながら、アルゴめがけて恐ろしい速さで飛び出していった。
迎え撃とうとするアルゴは右手をぐるぐると回し、炎の盾を作ろうとした。
だがそれよりも早く、ミロイの繰り出した風の渦がアルゴの右手を弾き飛ばし、そのまま急上昇すると、渦は鈍い音を引きずりながら、大きな放物線を描いてミロイの元に戻っていく。
ミロイが右腕を突き上げて落ちてきた風の渦を受け止めると、渦は徐々に速度を落として最後は緩やかな風になって空に消えていった。
右手を挙げ、立ち尽くすミロイを見て、クレスたちは息を呑んだ。
その右手には、アルゴが身につけていたゴブルのブレスレットが嵌められていたのだった。
ふいにブレスレットのゴブルが紅い光を放ちはじめ、ミロイの右手に波紋のような赤黒い痣が重なり合って広がっていく。
激痛に耐えるように、ミロイは咆哮した。
すると、ミロイの右腕に紅い火花を放つ渦が、ぐるぐると回りはじめた。
「まさか…、ゴブルの力までも取り込んでしまうというのか…。予想を上回る成果だが…」
「爆破しましょうか」
クレスの隣に控えていた給仕の女が、矢の先端に爆薬を仕込んだシューリンゲンを構えながら訊いた。
「それには及ばんが、…止むを得んか」
そう言うと、クレスは開いた両手の指先をつけて三角の形を作り、額の前に持ってくると、聞き取れないほどの声で何かを唱えはじめた。
その瞳が黄色く輝きながら、渦を巻いていく。
「ヌクリ、コクウ、イル、イクパ」
クレスが呪文を唱え終わった瞬間、ミロイが仰け反った。鼻血を噴き出しながら、そのまま仰向けにどさりと倒れたまま、ミロイは動かなくなった。
「死んだんですか」
「死んではいない。言いつけを守らない悪い子に、お仕置きをしただけだ」
くっくっくっ、とクレスが笑いだした。
「計画変更だ。複数の光石を扱える、究極の器を手にしたのかもしれん。あいつを上手く手懐けなければならんがな」
妖しく黄色く光るクレスの目には、仰向けになったまま、ぴくりともしないミロイの姿が映っていた。




