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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
ゴダール諸島
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囚われのミロイ

 アレフォス島から船で東に三日ほど行ったあたりに、岩場も浜も入り江もない、平らな小島があった。

 だがこの島に上がってみれば、海のうねりを受けてわずかに上下していることに気づき、普通の島ではない浮き島であることが分かるはずである。

 島は五角形をしており、アレフォス島の奥の院にあったスダジイを中心とした五界櫓で仕切られた区画よりもひと回りは大きい。

 島の土台は、ロイバブという木を何万本も組んで(いかだ)にしたものでできている。

 ルナデア島に群生するこのロイバブという木は成長が非常に早く、一年で人の背丈の倍ほどに、四、五年で空に突き出るような高さにまで成長する。外皮は硬くて油分を含んでいるので腐食に強く、中はいくつもの節で仕切られた空洞になっているので水の上に浮かべる筏にはもってこいの素材である。また、切り込みを入れて開閉できる蓋を作れば、節ごとに水や食料などの物資を貯蔵することができ、海水で常に冷やされているので長期間の保存も可能なのであった。

 筏の上には同じロイバブを使った建物が、外周に沿ってぐるりと建てられている。

 波浪と防風、湿気の対策として床は高く上げられており、屋根は風に飛ばされないように何重にも縄で縛られていて、建物自体もいたるところに縄で土台の筏と結び付けられていた。

 この建物の一角、細いロイバブを組んだ床に敷かれた(むしろ)のうえに、ミロイは胡坐(あぐら)をかいて座っていた。

 目を閉じ、両腕は力を抜いて垂らしている。

 一見、静かに瞑想しているように見えるが、その首には鉄の首輪がまかれ、後ろの柱と縄で繋がれていた。動ける範囲は莚の上だけだった。

 アレフォス島から連れ去られて気を失っていたミロイが意識を取り戻したとき、薄暗く狭い部屋の中で両手両足を縛られて横になり、身動きできない状態だった。揺れる床と波の音から船の中だということが分かり、同時に自分が敵に捕らわれてどこかに連れて行かれているのだということも理解できた。

 しばらくして、部屋にしなやかな体つきの痩せた女が現れ、縛っていた縄を解かれたときは何をされるのかとびくびくしていたが、女は部屋の外から食事を運んでミロイの前に置くと無言で出て行った。

 置かれた食事は緑色をした何かのスープのようだったが、食べる気にはなれなかった。

 再び女が現われ、ミロイの手足を縛り、手を付けていない食事を手に取ると、特に咎めることもなく無言で部屋から出ていった。

 翌日も、ミロイは水を少し飲んだだけで、出された食事を口にしなかった。口に含んだとしても、飲み込むことはできなかっただろう。

 いっそこのまま死んでしまったら楽になるのに、と、そんなことが絶えず頭に浮かんできていた。

 奥の院が襲撃される前、一の院で火事が出ていると誰かが言っていたことからすると、敵はロクトの施設を狙って攻撃していたに違いない。

 島の人たちは今、どうなっているのだろう。ライアンは無事だろうか。

 囚われの身となったミロイの頭に繰り返しよぎるのは、アレフォス島が襲われたあの夜、意識を失う前に見た、数歩先でコバックがガンズという異形の男に背中を刺し貫かれた光景だった。

 おそらく、コバックは生きてはいないだろう。

 それを思い出すたびに、悔しさと切なさで胸が千切れそうになる。自分が敵に掴まらなければ…、もっともっと強ければ、コバックが死ぬことはなかったはずだった。自分の不甲斐なさのせいで、大切な肉親を失ってしまったのだ。そう思うたび、滲んだ涙が下瞼から溢れて頬を伝って流れ落ちていく。

 結った髪を角のように何本も立たせていた異形の男、ガンズ。あいつもこの船のどこかにいるのかと思うと、吐き気がしてくる。

 できることならこのまま飛んで行って、刺し違えてでもコバックの(かたき)をとってやりたい。

 だが、今の自分がガンズを倒すことなど到底無理なことだと分かっていた。

 強くなりたい。強くならなければならない。強くなって、必ず復讐する。

 そのために、回りを敵が埋め尽くす中でただ一人、孤独で無力な自分に何ができるのだろうか、とミロイは考えつづけていた。

 生き延びてやる。

 ライアンはきっと無事で、そして必ず助けに来てくれる。そう信じる。だから何があっても生きて、生き延びて、襲ってきた奴らをライアンと一緒に殲滅(せんめつ)するんだ。ライアンだって、コバックの(あだ)を討ちたいはずだ。きっとそうに決まってる。

 それがミロイの出した結論だった。

 次の日の朝、出された食事をミロイは口に入れた。塩辛いスープだったが魚介が多く入ったまずまずの味で、ミロイは残さずにスープを飲み干した。

 給仕をする女は空になった皿を目にしても気にする様子もなく、やはり無言で片付けて部屋を去っていった。それから、日に二回の食事とトイレのとき以外は手足を縄で縛られていたが、ほかに何をされるわけでもなく、浮き島に上陸して船よりはいくらか広い部屋に移された後もミロイに対する処遇は変わらなかった。

 浮き島に来て、今日で三日になる。

 いまのところ、自分が殺されることはなさそうである。何かしらの利用価値があるのだろうか。

 襲撃されたあの夜、クレスと名乗るリーダー格の女は、コバックに向かってこう言っていた。

『我々は、遥か昔に奪われたものを取り返しに来た。それは五つの島にある光石で、すでにルマン島のゴブルを手に入れ、今夜アレフォス島のザレを頂く。五つの光石は世界の真理で絶大な力を持つ。それによって世界を一つにするのだ』と。

 ゴブルとザレが手に入り、残りの三つの光石を奪うべく、敵は作戦を進めているのだろう。ということは、敵の野望はまだ道半ばということだ。ザレ以外にも光石が存在したことは驚きだったが、ザレを含めた光石が何なのか、その正体を知ることにはミロイも興味がある。

 ライアンたちが助けに来るときまで、自分は敵の情報を集めよう。奴らが何者で、何をしようとしているのか。そして、隙があれば逃げ出そう。敵のあらゆることを知るために、たとえどんな惨めな状況になったとしても、耐えてみせよう。

 修学院のスラック教官は言っていた。

『どんな難しい局面に向き合ったとしても、心を平らにし、いま出来ることを一つひとつ積み重ねて行けば、必ず道は開ける』

 首輪をつけられ、自由を奪われた最悪の状況の中であったが、師の言葉を思い出したミロイは、澄みわたった青空のような心持ちで瞑想していたのだった。

 だが、時折その晴天に、どす黒い雨雲が現れるときがあった。

 敵の女、クレスだ。

 奥の院でクレスに眉間を押さえられ、その黄色く紅い瞳に魅入られたとき、震えるような感情が一気に全身を駆け巡った。

 …この人の言葉に従いたい…

 それは魂が求める、抗いがたい悦楽への誘惑だった。

 クレスの発する声を聴くだけで、痺れるような快感で全身が溶けていきそうに感じたことを覚えている。クレスに思考を支配される、あのときの感覚を思い出すだけで体中の毛が逆立ち、鳥肌が立った。

 あのとき、なぜかミロイはクレスの呪縛を解くことができた。

 体の奥底からふいに湧き上がった自己防衛の力が、血液に乗って隅々に行きわたり、体中のすべての細胞でクレスのささやきを拒絶したように感じ、咄嗟に拳を地面に叩きつけた痛みによって正気に戻ることができたのだった。

 だがもう一度、あの恐ろしい目で見つめられたとき、果たして次も打ち克つことができるのだろうか。

 波打つ心を持て余しながら瞑想を続けるミロイに、そのクレスとの対峙はすぐにやってくることになる。


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