口封じ
「お前たち、見かけない顔だな。どこの村の者だ」
二人は答えない。
ミテルスは問いかけながらゆっくりと左側の部屋に近づいて行く。部屋の中にいる無精ひげの男は両腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「それともほかの島の者か。例えば…、ルナデア、とか」
無精ひげの男の手が、ぴくっと動いた。
「ルナデア…、知らんなあ。俺たちはルマン島から来たんだ。…その恰好は、あんたら、エグサの人だろう。な、何か、問題でもあるのかい」
後ろの小男の声は上ずっていた。
「おお、そうだったか。いやいや、問題は無いよ。ちゃんとロクトに申請していればな」
ミテルスは無精ひげの男を一瞥して部屋の中をざっと見渡すと、小男を振り返った。小男は、目をきょろきょろとして、一歩後ずさりながら無精ひげの男を見た。
「工具に交じって矢がたくさんあるけど、おたくは武器も扱っているのか」
「ああ、あれはルマン島に持っていくんだ。矢の軸棒には、アレフォス島のカン竹をもっぱら使っているんで」
「ほう…。ルマン島で使う弓を、アレフォス島で作っているとは知らなかったな」
言い終わらないうちに、背後から近づいてきた無精ひげの男がミテルスを羽交い絞めにした。細い腕に似合わない力でミテルスの関節を極め、首元に短刀を突き付けている。
「動くな」
男はミテルスを盾にしながら左の部屋に後退して壁を背にした。
「ふふ。意外と簡単に正体をばらしてくれるのだな」
「黙れ」
男はミテルスの首に回している腕に力を込めた。だがそのとき、死角になっていたミテルスの左腕が、淡く青紫色に光りだしたことに男は気づいていなかった。
「おい、お前、武器を床に出せ」
ミテルスの腰から拝領小刀を鞘ごと取って床に投げると、男はクロウに向かってあごをしゃくりながらそう言った。
クロウはちらっとミテルスの顔を見てからゼンガと背負い袋を外し、拝領小刀も抜いて床に置くと、両手を挙げてゆっくりと立ち上がった。
「お、おい、どうするつもりだ」
小男がその場でおろおろしながら大声で言った。無精ひげの男の行動は、小男にとっても予想外だったらしい。
「うるせぇ。床の武器を取って、そいつを縛って動けないようにしろ」
男は唾を飛ばしながら小男に命じた。小男はちょっと躊躇ってから、恐るおそる床に置かれたクロウの荷物を抱えてカウンターの上に置き、横にあった縄でクロウの腕を後ろ手にして縛り上げて座らせた。
「どうする、私たちも殺すのか。大勢の島民を殺したように」
落ち着いた声音でミテルスが問いかける。
「ああ、ここまで知られたら、死んでもらうしかない。運が悪かったと思ってあきらめてくれ。もう少しでここを撤収して、俺たちも逃げるはずだったんだ」
「そうか…、私は昔から運が悪くてな。今日は最高についてない日らしい。だが何も知らないままでは、死ぬに死ねないから教えておくれ。ルナデアとはどこにあるのだ」
男は少し考えてから、ふん、と笑った。この女の運命は俺が握っている、とでも思って笑ったのだろうか。
「ここよりずっとずっと東にある島さ」
「先に逃げた仲間は、この島の少年を連れて行かなかったかい」
「ああ、少年か知らねぇけど、動かねぇ人間をひとり、袋に入れていたな。死んでたんじゃねぇか」
「さっき逃げると言っていたが、どこに逃げるのだ」
「ははっ、死に際だっていうのに随分と訊くじゃねえか。まあいいや、教えてやるよ。知ったところで、今更あんたらにできることなんかねえしな。この近くの海に、ルナデアの浮きしろらら…、られ、ろうらっれん…」
男はミテルスから手を放し、わなわなと震えながら壁にもたれかかった。
「思ったよりも早く効いてしまったか」
男を振り返り、突き出したミテルスの左手からは青紫の薄い光が湯気のように立ち昇っていた。
いつの間にか、立っていた床板の隙間から青々としたいくつもの蔓草が男の足元から這いあがり、体中を伝って腕や首に巻き付いていた。ミテルスの右腕の光の揺らめきに呼応して、蔓草は蛇がゆっくりと這うようにその触手を伸ばしていくように見える。
草木を爆発的に成長させ、意のままに操るミテルスの術である。
ミテルス自身の気力、あるいは他の植物の生命力をその力の源として使う術で、成長が早く生命力の強い蔓草は、比較的少ない力で術を発動させることができるのだった。
男は全身を震わせ、歯ががちがちと音を立てている。
「エンジュ草の葉には細かい棘があって、そこに毒があるのだ。毒といっても、少しならかぶれる程度だが、一度に沢山触れると体中が痺れて動けなくなる」
無精ひげの男は両腕をだらりと下げ、声にならない声をあげながら震えつづけていた。
「大丈夫だ、死にはせん。これからたっぷりお前たちのことを話してもらわなくてはならんからな」
床に落ちていた拝領小刀を拾って腰に差し、ミテルスが小男の方へ振り向いたその瞬間、「ミテルス導師」と叫ぶクロウの声が耳に届いた。
視界の端に捕らえたのは、カウンターの方にいた小男が、今まさに何かをミテルスに向かって投げつけようとしている姿だった。
扉の前で後ろ手に縛られて両膝をついていたクロウが床を蹴って左足を大きく蹴りだした。
男の手から放たれた細身のナイフは、クロウが伸ばしたつま先をわずかに掠め、反射的に体を回転させて床に倒れこんだミテルスの長い髪の毛を数本切り裂いて一直線に飛んでいった。
ミテルスの後ろで、男のくぐもった声が聞こえた。
声がした方を見上げると、無精ひげの男の喉元に小男が投げたナイフが突き刺さっていた。
ごふごふっ、と血を吐いて、無精ひげの男は崩れるようにして倒れこんだ。
縛られた手を抜いたクロウが流れるような動きで足払いをかけて小男を床に転がし、あっという間に組み伏せると、小男の口の中で、がりっ、という音がして、血が一筋流れ落ちた。
ゆっくりと立ち上がったミテルスは、床に顔を押さえつけられた小男の前で膝をつき、ふーっ、と溜め息をついた。
「口封じか。初めからあの男を狙ったのだな」
小男の大きく見開いた目が充血しはじめた。
「口の軽い男は粗忽で困る。前からずっと俺をバカにしていた嫌な野郎だった」
「毒をあおったのか」
「俺は武闘派じゃないから、あんたらとやりあっても勝てる見込みはないからな」
「あのナイフの投げ技。なかなか見事だったぞ。充分、武闘派ではないか」
「ふん。あれくらいルナデアの者なら誰でもできる」
男はせき込んで、血の交じったガラスの欠片を吐き出した。
「虜囚になるなら死を選ぶか。ルナデアの者は忠誠心に厚いのだな。もっと情報を得たかったが、お前はもう何も話すまい。クロウ、起こしてやれ」
クロウは押さえていた手を放すと、小男を起こしてカウンターの壁に寄りかかるように座らせた。小男の息が荒くなっていた。
「あんた、ミテルス導師だったんだな。植物を生かしたり枯らしたり、自由自在に操る技、噂には聞いていたが、すごいもんを見せてもらった。あれも、ザレの力ってやつかい」
「さあな」
小男は、ふっ、と鼻で笑った。
「ルナデアは、五つの光石を集めている。ルマン島のゴブルと、そしてアレフォス島のザレ、二つを手に入れて、残るは三つだ」
「…ほかの島にも光石があるというのか」
ミテルスの問いかけに構わず、小男は言葉をつづける。
「ルナデアは…、我らマツイ族は、ずっと虐げられてきた。その歴史を変えたいのは、俺も同じだ。だが、こんなやり方は間違っている。殺戮とその屍の上にある希望など、邪悪な野望でしかない。俺はここで終わりにできて、ちょうど良かったのかもしれない」
「五つの光石を集めて、何をする気なのだ」
小男の目はすでに虚ろだった。
「マツイの巫女は…、人の心を操る。せいぜい…、気をつけるんだな…」
大きくせき込んだあと、がくっと頭が落ちた男は、口から血を滴らせながらそれきり動かなくなった。




