行動開始
時折記憶を整理しながら、リュートは順序だてて昨夜からの出来事を話した。
眠りについていたリュートが夜半に人が騒ぐ声で目覚めて外に出ると、宿舎の方で火の手が上がっているのが分かり、慌てて着替えて駆けつけるとすでにコーエン導師がいて、何者かに襲われていると聞かされたこと。
コーエンとともに見えない敵と戦いながら、そこにいた何人かで消火活動と救助活動を行っていたが、敵の攻撃で最後に残ったのはコーエンとリュートのほかに四人になり、敵の攻撃が止んだのを見てコーエンは奥の院に向かったこと。
入れ違いにエスキーに会い、奥の院の惨状を聞き、コーエンを助勢するため奥の院に向かう途中でゼルマン律師に成りすました者に襲われ、リュートは傷つき、他の者は殺されてしまったこと。
そこにライアンとクロウが現れ、二人を追って奥の院に向かい、スダジイの力を得たライアンが敵に捕らわれたというミロイを追って東の方に飛んでいったこと。
そして、クロウのおかげで一緒に奥の院を脱出することができ、山崩れと川の氾濫に巻き込まれずに逃げ延びて、ミテルスに助けられたところまで一気に語ると、リュートはカップのバフ茶を飲みほしてミテルスを見つめた。
話を聞き終えたミテルスは、両手に挟んだカップをもてあそびながら、テーブルの上をぼんやり見つめていた。ごくり、とベンが唾を飲みこむ音が響いた。
「ライアンの話では、敵はルナデアという島の者。そいつらがザレを奪っていった、と。ザレを失ってスダジイが枯れ、それが山崩れを引き起こしてこの惨状になった、ということだな」
「そうです」
答えたリュートの横で頷くクロウをちらっと見て、ミテルスは「ルナデア」と呟いた。
「聞いたことがないな。リュートは知っていたか」
リュートは無言で首を横に振った。
「敵の正体も、目的も分からんが、ザレが奪われたというのは本当だろう。リュートたちを襲った敵がゼルマン律師に化けていたということを考えれば、敵は用意周到に、島民のなか、ロクトのなかに潜りこんで情報を得、今回の襲撃を決行した。…なんとも恐ろしいことが起こってしまったようだ」
ミテルスはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げると三人をゆっくり見渡した。
「ザレを奪われたとは、絶対にあってはならないことだ。奪われたものは必ず取り返す。しかし、島の復興も急務だ。コーエン導師が亡くなられたとなれば、私とリュート、二人が先頭に立ち、皆で力を合わせてこの困難に立ち向かうしかない」
ミテルスを見つめる三人が頷いた。
「一番の優先事項は、被害状況の把握だろう。それによって対応の仕方も違ってくる。バーラの状況はグラントリー律師の帰りを待つしかないが、ここでもできることは沢山ある。まず、堰き止められて流路が変わってしまったアドリラ川がどこを流れているか、西側から調査して地図に落とし込み、渡河できるところはないか探ることと、山崩れの土砂がどこまで広がっているかを確認すること。それと並行して、連絡が取れない者の把握と被災者の捜索を行う。敵の襲撃でやられた者と、山崩れに巻き込まれた者もいるだろう。多くは土砂に埋まっていると思われるが、できるだけ捜索にあたり、生存者がいれば救助したい。そしてもう一つ、食料と医薬品の確保だ。リュートの話では、流れを変えたアドリラ川は、牧場が多い地域と穀物の栽培地域を流れてしまっているようだ。食料が不足することが予想される。ここと森林監督庁に備蓄してある物資の確認をしてもらいたい」
ミテルスは少し間を置いて、「リュート」と言った。
「お前はここに残って、いま話したことについて人員を割り振り、ベンと協力して早速作業に当たってくれ。少し休めばすぐに体力も元に戻るだろう」
少し驚いたような表情をしたリュートだったが、すぐに「わかりました」と答えた。
「バーラとの交通が遮断されている現状では、とりあえずこのダチュラ支所を仮の本部にするしかないだろう。リュートは本部の責任者として陣頭指揮にあたってくれ。森林監督庁にいる者も、根こそぎ動員して構わん」
リュートは小さく頷きながら、遠慮がちに訊いた。
「ミテルス導師はどうされるんですか」
ミテルスは少し微笑み、クロウに向き直った。
「私は明日の早朝、クロウと一緒にライアンを探しながらバーラに行くことにする。キーリャム山脈の尾根伝いの道を行けば、山崩れを迂回しながら東に行けるはずだ。身が軽く、森を知っているクロウはお供に申し分ないし、そして何より鼻が利く。東に向かったというライアンが、奪われたザレに関する我々に残された唯一の手がかりだ。異存はないな、クロウ」
ミテルスを見つめたまま、クロウは、こくっ、と頷いた。それを見ていたリュートがミテルスに顔を向けた。
「わかりました。敵が島外の者だとすれば、今頃はすでに船で逃げてしまっているかもしれません。外洋を行き来できる船となれば、それなりに大きな船なはず。だとすれば、バーラの港か、スーザの港のどちらかから敵は逃げたと思われます」
「小舟で外海に停泊していた大型船に乗り換えたのかもしれん」
「ここ最近はずっと海が荒れています。小舟で外海に出るのは難しいかと」
「確かにな。私も、敵はスーザにいた、もしくはまだいるかもしれないと考えている。ライアンの痕跡を追いながらスーザに行き、その後でバーラに向かうつもりだ」
ミテルスが一同を見渡すと、みな同じように頷いた。
「よし。ではさっそく、行動開始だ」
ミテルスはクロウに三日分の水と食料を用意しておいてくれと指示をだし、隣に立っていたリュートに目配せして、「少し、外で話そう」と部屋を出た。
建物の外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。周りに誰も居ないことを確認して、ミテルスは振り返って頭二つ分も背の高いリュートを見上げた。
「今回の件。時が来た、…いや、来てしまった、と言うべきか。そうとみて間違いないと思うが、どうだ」
そう問われたリュートは少し考えて、「おっしゃっているのは、『理の書』のことですね」、と言って言葉を続けた。
「島外の者に、ザレを奪われた。こんな未曽有の事態が起こったからには、いまがまさにそのとき、なんでしょうね。ですが…」
言い淀んだリュートに、ミテルスは目だけで頷いた。
「そうなのだ。知っての通り、『理の書』はムラジ大導師の石像の台座に奉納されていると伝えられている。今回の山崩れが一の院の本堂も押し流してしまったとすれば、土砂に呑みこまれてしまっているだろう。運よく見つけられれば良いが、なかなか難しいかもしれん」
「行方不明者の捜索とともに探してみます」
「頼む」
リュートは両手を上にあげて背伸びをしながら、「あーぁ」とため息まじりに声を吐いた。
「千年続く導師の言い伝えが、我々の代で現実になるとは思ってもみなかったです。…ムラジ大導師は、こうなることを予見していたんでしょうか」
「さあな。私も長いことザレと向き合ってきたが、その正体はいまだに分からん。『理の書』を呼んでも、たいしたことは書いていないかもしれんな」
リュートが真剣な表情で、「ミテルス導師」と呼んだ。
「ライアンの捜索。くれぐれも気を付けてください。先ほどミテルス導師がおっしゃったように、敵はかなり前から島に潜りこんでいたんだと思います。まだ、残党が隠れているかもしれません」
「お前の言うとおり、それも放ってはおけんと思っている。グラントリーに残党狩りを任せようと思っていたのだが、彼が帰ってきたらリュートから指示を出してもらえるか。ゼルマンのように島民に化けていたら厄介だが、まずは島外の者の身元調査を徹底的にしなければな。しらみつぶしにやっていけば、向こうから尻尾を出すかもしれん」
「承知しました」
人の気配がして二人が顔を向けると、角灯の灯りをちらつかせながらクロウが近づいてきた。
「俺の家の近くの道を行けば、尾根伝いの道まで登らなくても山崩れを迂回して東に回れるかもしれない」
「そうか。よし、道はクロウに任せた。明日は一番鶏が鳴く頃には出発できるように、支所の二階で少し休め」
「クロウ。ミテルス導師を頼んだぞ」
「わかった」




