アイザック
三月前、ルマン島で起こったメヒア一族の間の抗争事件。
そして、アレフォス島を襲ったルナデアの者がルマン島の火光石ゴブルを持っていた、とライアンは言っていた。
ルナデアの者が本当にゴブルを持っているとしたら、ルマン島での事件は同族間の勢力争いではなく、ルナデアの者がゴブルを奪うために仕組んだ事件だったと捉えたほうがいいのかもしれない。
と、オズマンはあごひげを引っ張りながら考えていた。
「そのルマン島の船乗りたちは、ルマン島の火光石ゴブルのことを話していなかったかい」
問われたアイザックはきょとんとした顔で、「火光石ゴブル。なんですかい、それは」と言うと、ぼりぼりと頭をかいた。
「あいつらの話に、そのゴブルとかいう石の話は無かったっすねぇ。ほかの島にもアグーのような光石があるんですか」
アイザックはにやりと笑ってオズマンの顔を見た。
「ポトの話だと、おやっさんたちはルマン島のごたごたを知らなかった。なら尚更、アレフォス島の周遊を早めに切り上げた理由が気になりますね。そのゴブルとかっていう石が関わっているんですか」
「お前には関わりのない話だ。さあ、さっさと荷物を積んでくれ」
「ちょっとぉ、おやっさん、そんなつれないこと言わないでくださいよ」
「余計なことに首を突っ込まず、早く積み荷を用意しろ。我々は一刻も早くゴダールに行かねばならんのだ」
「おお、怖っ。わかりましたよ。じゃあ、ポト、一緒に必要なものを船に積むから手伝ってくれ。おやっさんは先に船に戻っててくださいよ」
ポトを促してアイザックが店の奥に向かって歩いて行き、出口に向かって歩きかけたオズマンは、あっ、と顔を上げて振り返ると大声でアイザックを呼んだ。
「すまんがこの手紙をアレフォス島に届けてほしい。もうすぐゴダールの定期巡回船が来る頃だろ」
アイザックは手渡された手紙を顔の前でひらひらさせると、急ににんまりと笑った。
「ココ様…。おやっさん、隅に置けませんねぇ、アレフォス島に愛人を囲ってるなんて。バロッカ様に言いつけちゃおうかなぁ」
バロッカはオズマンの妻である。年は十も下なのだが、オズマンはこの妻に頭が上がらない。尻に敷かれているのである。
オズマンがアイザックの頭を平手打ちに叩くと、ぱちん、といい音がした。
「馬鹿なこと言うな。このアホが」
船に戻ったオズマンが荷物の整理をしていると、アイザックとポトが水と食料などを乗せた台車を押しながらやってきて、てきぱきと船に積みはじめた。ほとんどの荷を積み終えたころ、積み込んだ荷物を改めていたオズマンが、「なんだ、これは」と声をあげた。ひょいと顔を上げたアイザックが、「おっ」と言った。
「さすがおやっさん、お目が高い。それ、ルマン島で買った最新の釣り竿ですよ。なんとか、っつう新しい金属を使ってまして、軽いのにしなやか、さらにストッパーのついた糸巻き機と丈夫な釣り糸も最新ので、高かったんだよなぁ、これ」
「そんなことを聞いてるんじゃない。なんでお前の釣り竿がここにあるのかと聞いておるんだ」
「そりゃぁもちろん、俺もこの船に乗るからですよ」
「なんだと」
アイザックは顔を真っ赤にするオズマンに顔を寄せて、「おやっさん」と言った。
「ポトから、あらましは聞きました。ゴダールも危険だということであれば、俺も黙って見ているわけにはいきません。まあ、おやっさんの盾ぐらいにはなりますから。あと、途中にいい漁場もあるから新鮮な魚もごちそうできますよ」
「ポトも余計なことを」
ポトは頭を掻きながら、「すいません」と言った。
「偉そうなことを言って、お前は面白いことに顔を突っ込もうとしてるだけじゃろ。それに、ここの店番はどうするんじゃ」
「ああ、それならご心配なく。店番って言っても、もともと人は余ってますからね。トッグ主任にも言って、許可はもらってますから」
「お前、手紙はどうした」
「あ、それもご心配なく。トッグ主任にお任せしました。俺なんかよりもきっちりした人なんで大丈夫です」
急に真面目な顔になったアイザックはオズマンの耳元に口を寄せた。
「おやっさんの火遊びのことはくれぐれも内密に、と念を押しときました」
「まったくお前は…」
呆れるオズマンに、ポトが「まあまあ」と割って入った。
「アイザックは操船技術も信頼できますし、一緒だと私も助かります。それに腕っぷしも強いから、いざという時には頼りになりますし、私からもお願いします」
オズマンは溜め息をつき、「勝手にしろ」と言って操舵室の方に歩いて行った。アイザックに拳で胸を小突かれたポトは苦笑いをした。
「あんまりオズマン様に心配させないようにしてくれよ。アイザックのことを気に入ってるんだから」
「それはないだろ。跡取り息子のデニスを博打にのめり込ませた悪い奴だと思ってるに決まってるじゃないか」
「まあ、それはそうだろうけど、オズマン様はアイザックの、その裏表のない性格が好きなんだろうな」
「褒められてるんだか、けなされてるんだか」
「もちろん褒めてるんだよ。俺やデニス様と違って、アイザックは同じことをしても憎めないところがあるからな」
「お、さすがに当主になったデニスには『様』づけか」
「当たり前だろ。もう、幼馴染の子どもじゃないんだ。アイザックも立場的には雇い主なんだから、『様』づけで呼んだ方がいいんじゃないか」
「ふぅん。ポトもデニスも固いというか、一途というか、融通が利かねぇからな」
「真面目なんだよ、デニス様は」
「真面目かねぇ。真面目なやつが博打にハマるとは思えないけどな」
アイザックはそこで言葉を切って背伸びをした。
「あとでライアンって子の顔を拝みに行くかな」
「熱が下がって目を覚ますといいんだけど」
「急に環境が変わって疲れが出たんだろ」
「それもあるとは思うけど…。とにかく、早くゴダールに行ってグラックス先生に診てもらった方がいい」
「そうだな。ま、もし起きたら釣りを教えてあげるかな」
アイザックの言葉が終わらないうちに操舵室から怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前たち、いつまで油を売っとるつもりだ。早く出航の準備をせんか」
ポトが「はい」と、アイザックが「へいへい」と答え、 積み荷を片付けるために動きはじめた。
一行にアイザックが加わり、慌ただしくチュベキ島を離れてゴダール島に向けて舵を切ると、マストに大きく張った帆が風をはらみ、ズミーヤ号は舳先を上下させながらスピードを上げて海原を進んでいった。




