語らい
また別の夜、「ルマン島の話を聞きたいか」とオズマンが言う。ライアンが頷くと、「ちょっと長くなるが聞いてくれ」とオズマンが語りだす。
しゃべりたいのである。
ゴダールの島々やアレフォス島が概ね安全で豊かな自然の中で人々が穏やかに暮らしてきたのと違い、ルマン島は長きに渡って島内での覇権争いを繰り返してきた、血の気の多い者どもが住む島なんだ。
はるか昔から島を治めていたのは、島の西側にあるバネロという町を拠点にしたエルドファという一族だ。
西の端にあるキリ山という山からいつも噴煙が上がっていてね。過去に何度も噴火したことがあるらしい。だがその火山があるおかげで、温泉がいたるところで湧き、島の西部には様々な資源がある。エルドファ一族は採掘した鉱物や火薬で強い軍隊を持ち、島を統治していたんだ。
五百年ほど前、時のエルドファの当主は、人口が増えて手狭になったバネロのほかに島の中央部にスガイという町を作り、長男にバネロを、次男をスガイの町を託して死んだ。この次男はなかなか優秀だったらしく、スガイでは武器や農工具、調度品、装飾品などの金属加工が発展して繁栄した。豊かになったスガイはやがて島の覇権を求めてバネロの町と争いを繰り返すようになっていってね。なんとこれが二百年も続いたそうだ。
そして今から百年前、バネロとスガイは二年に及ぶ大きな戦闘の末、バネロが陸海の会戦に勝利してスガイの街は降伏した。バネロの当主はスガイの影響力を削ぎ、何かことが起こった場合はスガイの背後を衝けるように、島の最北にある小都市ガルーアに、会戦で数々の武功を立てた重臣のダリオ・ジャンを配置して、大規模な海軍を造るように命じた。水軍の長だったダリオは都市開発の才能もあったらしく、ガルーアの町を何倍もの大きさに広げてスガイから様々な職人を大勢呼び寄せると、造船所で軍船が造られ、金属加工の職人が武器や装飾品を作り、町はどんどん賑わっていった。
周辺の町とも連携して発展するガルーアを見ていたバネロのエルドファ当主は、今度はダリオが海軍を率いてバネロに攻めてくるのではないかと疑うようになってしまったんだ。
謀反を疑われて後に引けなくなったダリオは、結局エルドファに反旗を翻す。
激しい攻防の末、一年後にダリオはバネロを陥落させた。敗れたエルドファ一族は、船でマキシマ島に脱出しようと試みたが暴風雨で一族郎党すべてが海に消えたそうだ。
ルマン島の統治者となったダリオは一族の名前をメヒアに改め、死の直前、四人の子に四つの町を分け与えた。その結果、長男のジャン家がメヒア一族の当主としてガルーアの町を、次男のヤンロン家がスガイ、長女のオーズ家がバネロ、三男のバリ家が島の南にあるレッジオを治めるようになったのだ。ダリオは皆が協力して未来永劫、当主であるジャン家を盛り立てるように願いながら死んだというが、ルマン島の伝統なのか、四つの家はそれぞれ互いにいがみ合い、隙があれば当主の座を奪おうといつも狙っているという噂だ。
表面上は戦争のない平和な百年が続いているが、当主同様この四つの町の住民も仲が悪く、いつ戦争になってもおかしくない、というのがわしらが調べたルマン島なのだ。島の歴史がそうさせたのか、もともとが気の荒い者が多かったのか分からんが、ルマン島人は喧嘩っ早いところがわしは気に食わんがね。
え、行方不明になっている火光石ゴブルはどこにあったかって。ライアンは記憶力がいいな。
わしらが聞いたところでは、前の統治者のエルドファ一族がゴブルを持っていたと言われておる。その力で金属を加工し、火薬を作り、温泉を掘り当てたんだそうだ。だが百年前のダリオ・ジャンとの内戦の折に行方が分からなくなった、船で逃げたエルドファ一族とともに海に沈んだとも言われていた。だが、ルナデアの者が本当にゴブルを手に入れたとするのなら、メヒア一族の誰かが持っていたのであろうな。ダリオ・ジャンがエルドファからゴブルも奪ったとすれば、宗家のジャン家にあったとみるのが妥当だと、わしは思っておる。
赤の火光石ゴブル。青の風光石ザレ。白の水光石アグー。そして、マキシマ島とダグダイズ島にもあるかもしれない未知の光石。性質が異なり、その力を使うこともできる光石とはいったい何なのだろうか。
揺れる船のなかでのひと時の会話は、自然と光石の話題になることが多かった。
「最近分かった光石に関する不思議な話をライアンに聞かせてあげよう」
オズマンはそう言って、ほかの島の光石への記憶や関心が、つい最近まで何らかの力によって封じられていたのではないか、と考えているのだと話した。
「何らかの力って、なんですか」
ライアンの問いに、オズマンは二本の長いあご髭を撫でながら考え込んだ。
「おそらく、それは光石の起源と深い関係があるのではないかとわしは思う」
「光石の起源」
「うむ。五つの島に一つずつある、異なるパワーを持って島に恵みをもたらし、同時に島民から守られる存在でもある光石。そしてほかの島の光石との関りは、何か大きな力によって遮断されていた。これらのことを合わせて考えれば、光石は誰かがある意図をもって五つの島にそれぞれ配置したのではないかと思わざるを得ない。配置したのが誰で、何の意図を持っていたのかは謎のままだが、しかし、ルナデアの者はそれを知っていた、あるいは知った、そして光石を集めると何が起こるかということも」
「単純に考えれば、一つでも超自然的なパワーを持つ光石をいくつも持てば、圧倒的な破壊力を持つでしょうね」
会話に加わったポトが続ける。
「ライアンの話では、アレフォス島のザレは風と雨を呼んで島を緑あふれる豊かな自然を育んだ。そして、歴代のエグサたち、特に導師と呼ばれる人は、風や雨を自在に操って様々な術を駆使していた。ライアンがスダジイからもらった力、これはザレの力だと言っていいでしょう、その力で獣のように飛んで走ることができた。そんな力を出せる石はいま、ルナデアの者の手にある。火を自在に扱えるというルマン島のゴブルと合わせれば、すでに大きな脅威ですね」
「ゴダールの水光石アグーには、どんな力があるんですか」
ライアンの問いに、オズマンとポトは顔を見合わせた。
「アグーについて言えば、アレフォス島のザレほど我々に身近な存在ではないんだよ。王家以外の者がアグーを見ることもできない。わしらはアグーがどこにあるかすら知らんのだ。唯一の例外はグラックスのベリー家だ。宮廷医官のベリー家は、アグーそのものではないが、アグーの涙と呼ばれる副産物を使うことを許されている。聞いた話によれば、アグーには病や怪我を治す力、治癒力があるらしい。それを使ってベリー家では新薬の開発をしているらしいのだが、まあ詳しくはグラックス本人に聞いたほうが早いだろう」
「ゴダール神話のセリーンのボッサム退治に出てくる、ワナロア女王の白銀の槍。あれはアグーの涙でできていたと言われていますよね。神話が本当なら、アグーには水を氷に変える力もあるのかもしれませんね」
「アグーの真の力はそちらの方かもしれんな。それぞれの光石の二つ名がその石の能力をすでによく表している。赤の火光石ゴブル、青の風光石ザレ、白の水光石アグー。ほかの二つの島の光石にも似たような二つ名があるのだろう」
光石の話はいつもルナデアの者の真の目的は何かという話に移っていった。だが、雲を掴むような話は思うような進展もなく、会話が途切れがちになると、「そろそろ寝るとするか」とオズマンが言うのだった。
夜語りの話題は尽きなかった。
航海の話、星座の話、ルマン島の鉄を製錬する方法やテキラニア名物の魚介類の揚げ物の話。ライアンがアレフォス島のヨックの肉を使った料理の話をすると、アレフォス島にいるうちにぜひ食べてみたかったとオズマンとポトが悔しがった。ヨックといえば、オズマンのあごから伸びる編みこんだ二本の長いひげが気になって尋ねてみた。なぜヨックが出てきたのかというと、ヨックのあごの先にも似たよう長いひげが生えているからだった。
「これはな、ゴダールでの身分の違いを示しているんだよ。王家の者は三本、王家に準ずる者、つまりベリー家とブリューワ家、ドラン家の三家の者は二本、そのほかの者は一本のひげを伸ばし、編み込むことと古くからそういう決まりになっているんだ」
ヨックのひげに似ていると言わないで良かった。
「ポトさんはひげを伸ばさなくていいんですか」
「これは身だしなみのようなものだからね。王家ではさすがにいないけど、最近の若い子は面倒くさがってひげを伸ばさない子も多いんだよ。それに、俺は島の生まれではないしね。伸ばしたくてもひげが長く伸びないんだ」
ポトは自分が幼いころ、ライアンと同じように海で漂流しているところをオズマンの船に助けられたのだと話した。それからオズマンの家で家族同然に育てられ、航海に関することや商売のいろはに至るまでオズマンから直接教わったのだそうだ。助けられる前の記憶はなく、生みの親の両親や家族の顔もわからないが、オズマンに拾ってもらった自分は幸せ者だと言った。オズマンのことを、主人でもあり、父親でもあると思っているのだろうということが、ポトの言葉から伝わってきた。
父親であるオズマンにはデニスという実子がいる。デニスとポトは年が同じくらいで、二人は兄弟のようにして育った。この二人の幼なじみ、二人よりは少し年上で、インシュル島のドラン商会の御曹司であるアイザックを加えた三人はどういうわけかウマが合い、島々を探検したり、釣りをしたりと三人はよく一緒に遊んでいたそうである。
しかし、大人になり、アイザックは商売で行ったルマン島で博打を覚えた。このアイザックに誘われたデニスはアイザック以上にルマン島での博打にのめりこみ、やがてルマン島の女と同棲してテキラニアには帰ってこなくなってしまったのだそうである。一人息子で跡取りのデニスがそんな状態では、オズマンは念願の隠居生活ができずに商売に専念するしかなくなってしまった。だがしかし、六年前、どうにかこうにかデニスがテキラニアに戻ってブリューワ家を継ぎ、御家騒動も落ち着いてオズマンはようやく冒険の航海に出ることができたのだとか。
その人の来し方を知ると、人となりが分かってくる。
ライアンはいい人に助けてもらったと思った。そして何より、知らなかった事象や物語を吸収すればするほど、周りの世界が急に開けていくように思えた。修学院での講義は退屈で、あまり身が入らなかった自分が今は新しい知識を求めている。船の上は閉ざされた空間だが、頭のなかの空間は無限に広がっていけるのだということをライアンは知った。充実した船旅はあっという間に過ぎ、明日はもうチュベキ島に着くとポトに教えられた。
だが…。
チュベキ島がどんな島かと三人で夕食を摂りながら語り合っていると、体が斜めになりながら崩れるようにライアンが椅子から床に落ち、そのまま意識を失ってしまったのだった。




