考察
ライアンの身に起こったことがおおよそわかってくると、想像を超えた内容にオズマンとポトの二人の顔が青ざめていった。ルナデアという島の者たちがアレフォス島の光石ザレを奪っていったという、信じられない事態が間近で起こったことに戦慄を覚えずにはいられなかった。
ザレを奪って、彼らはいったい何をする気なのだろうか。
「そんな辛い体験をしていたとは思わなかったよ。よく話してくれた、ライアン」
「スダジイは、襲ってきた奴らが火光石ゴブルを持っていると言っていました」
「なんだって」
思わず叫んだオズマンが、体勢を崩して椅子から転げ落ちそうになった。
「火光石ゴブルって、何ですか」
椅子に座り直しながら、「アレフォス島の前に、すでにゴブルを手に入れていたということか…」とオズマンは呟いた。
「ポトはどう思う」
正面にいるポトは腕を組んでしばらく考え込んだ。
「ゴブルは内戦で行方不明になっているということでしたが」
「わしらが島の人たちから聞いたなかではそういう話だった。だが、ルナデアの連中はゴブルの在りかを探りだしたんだろうよ」
「もし、そのルナデアの者たちがルマン島のゴブルを持っていたとして、そして今度はアレフォス島のザレを奪った。彼らはゴブルとザレを手に入れて、何をする気なんでしょう」
「そこが一番重要だな」
オズマンが背もたれに寄りかかり、編み込んだひげをゆっくり撫ではじめると、じっと見つめるライアンの視線に気がついた。
「おお、すまん。ライアンにも分かるように説明しないとな」
オズマンは軽く咳払いをした。
「ルマン島にもアレフォス島のザレと同じように光石があるんだ。それを赤の火光石ゴブルといってね。火光石というだけあって、それを手にすれば火や炎を自在に操ることができるのだそうだ。ルマン島で温泉がいくつもあるのはゴブルの恵みだと言われていたよ。そして光石はゴダールにもある。それは白の水光石アグーと言って…」
そこまで言ってオズマンは動きを止め、ぶつぶつと独り言を言いはじめた。
「奴らは三つの島それぞれに光石が存在することを前々から知っていたのか…。我々が光石のことを記憶できないという縛りは、彼らには影響がなかったということだ。そうだとしたら…」
ポトが血の気の引いた顔で「オズマン様…」と言うと、オズマンが「ああ」と応じた。
「次に狙われるのはアグーということだ」
「まさか」
「まさか、ということが、すでにルマン島とアレフォス島で起こっておる。奴らが同時並行で作戦を進めているとしたら、すでにゴダールは襲われているかもしれん」
しばらく三人は互いに視線を合わすこともなく、オズマンが指で軽く机を叩きつづける音だけが響く、重たい沈黙が部屋を満たしていた。
「ほかの島にも光石はあるんですか」
ふいにライアンが口を開いた。何を言っているんだこいつは、という顔でオズマンとポトはライアンを見つめた。
「アレフォス島、ルマン島、ゴダール諸島のほかに、確かマキシマ島とダグダイズ島という島があるんですよね。そこにも同じように光石があるんですか」
オズマンの顔は次第に強ばり、顔を上げてポトを見つめた。
「ポト」
「はい」
「ライアンの指摘はもっともだ。我々は、なぜ光石が三つだと決めてかかっていたんだろうか」
「確かに。考えてみれば、五つの島すべてに光石がある可能性は極めて高いと言えますね。そして、もしそうだとしたら、次の敵の狙いがゴダールのアグーだとする確率は三分の一になります」
「敵がマキシマ島とダグダイズ島の光石をまだ持っていないとすればな」
オズマンはあごひげが千切れるのでないかというくらい強く引っ張りながら、「うーむ」と唸った。
「マキシマ島とダグダイズ島に光石があるかどうか、もしあったとしてもすでに敵の手に渡っているかもしれん。とすれば、次に敵が狙うのはゴダールのアグーだと考えて行動することに越したことはない。もちろん、アグーがまだ奪われていないという前提での話だが」
「マキシマ島とダグダイズ島の光石も入れて全部で五つ。五つの光石を集めて、奴らは…、いったい何が目的なんでしょうか」
問いかけるライアンを真っ直ぐに見つめ返し、オズマンは「分からん」と言いながら首を振りつづけた。
「我々がこれまで築き上げたものが一変するような事態が起こるのかもしれん」
ライアンが顔を上げて、「オズマンさん」と言った。
「俺はミロイを助けたいです」
「ああ、分かっている」
頷きながらオズマンはポトに向かって手を上げた。
「ポト、すまんが、みんなに何か飲み物を作っておくれ。喉がカラカラだ」
「夕飯がまだですが、どうしますか」
「皆と話をしながら、さっきからずっと気になっていることがあるんだ。お腹が空いているだろうけど、いまのうちに話しておきたいんだが、どうかね」
「大丈夫です」
「わかりました」
ポトはコンロで湯を沸かし、バフ茶の茶葉が入ったカップをテーブルの上に並べて湯を注いだ。
「トンフのミルクが無くなってしまったので、ライアン君はストレートのお茶、オズマン様と私はガボア酒を少々入れてあります」
「おお、あったまりそうだな」
ガボア酒とは、ゴダール島の特産物であるガボアという柑橘を発酵させて作る酒である。
ガボア酒の香りが漂うバフ茶を口に含み、カップを右手で持ちながら焦点の合わない目でテーブルを見つめるオズマンは、左手であごひげを上から下へ撫でることを繰り返しながら、何から話そうか考えているようだった。
「わしの先祖にオリバーという人がいるんだが、生きていたのは、そう、百五十年も前の昔の話だ。オリバーはブリューワ家の分家の生まれで、本家の交易業を手伝ってアレフォス島やルマン島を船で行き来する生活を送っていた。あるとき、船長を務めていたオリバーの船が航海の途中で嵐に遭ってマストが折れ、風と海流に乗って東へ東へと流されて見知らぬ島に漂着したらしい。オリバーと乗組員の二十八人はその島の人たちに助けられ、一年ほどして帰って来たんだが、島に戻ってきたのはオリバーと櫂の漕ぎ手の二人だけだった。しかも二人ともまともな会話ができない状態で、みんなはオリバーたちが気が触れて戻ってきた、海の悪魔に魅入られてしまったと噂したそうだ。オリバーの言う話は確かに支離滅裂で、周囲の人からは「ほら吹きオリバー」などと言われたそうだが、自分は遥か東の海の果てまで行った、そこには島があって人が住んでいた、と彼は何度も口にしていたんだが、ほら吹きオリバーの言う、遥か東の海の向こうに人が住む島があるなんて話は誰も信じなかったそうだ。この話をしてくれたわしのおじいさんも面白い昔話として話してくれたんだろうが、わしはこのオリバーの冒険譚が好きでね。いまこうやってほかの島を回って旅をするなんて暮らしをしているのも、その影響があるのかもしれない。その、オリバーが行った遥か東の果ての島を、彼は『ラディー』と言っていたそうだ」
オズマンはライアンとポトを交互に見やると、「もう分かるだろ」と言った。
「ライアンがスダジイから聞いた『ルナデア』、オリバーが行ったという『ラディー』、どちらも東にあるという島。少し違うが、どちらも似た響きを持つ名前だ。ライアンとオリバーの話が本当だとすれば、この二つは同じ島のことを指しいるのではないか」
ライアンは少し考えて、「じゃあ」と言った。
「オズマンさんは、ルナデアがあると思いますか」
ふーっ、と大きく息を吐いて、オズマンは「うむ」と言った。
「わしはルナデアが本当にあると信じるよ。オリバーはルナデアに漂着して、仲間が犠牲になりながらも島に帰ってきた。そして今度はルナデアの者がアレフォス島を襲ってザレを奪い、大勢の島の人たちを傷つけて、ミロイ君をさらっていった」
オズマンはライアンの方に向き直ると、「ライアン」と言った。
「君は弟を探し出して助けたい。アレフォス島での敵も討ちたいだろう」
「はい」
「我々は、ゴダールの民として、アグーを守りたい」
目が合ったポトが頷いた。
「現状は、まったくもって我々が不利な状況だ。敵が明確な意思を持って先制攻撃を仕掛けてきたのだからな。わかっていることと言えば、敵は東のルナデアの島の者だということ、ルマン島のゴブル、アレフォス島のザレを奪い、次に狙っているのはゴダールのアグーかもしれないということ、これくらいしかない。敵の情報は圧倒的に少なく、なおかつ、たった三人では大したことは何もできない。これは最早、戦だ。我々の住む島々が千年の歴史の中で初めて経験する、ほかの島からの戦争だと言っていい。戦争ならば組織で戦わなければ勝ち目はない。だからわしはゴダールに帰って島の人たちに警告して敵を迎えうつ準備をする。ライアンにとっても敵は同じだ。そして、ライアンが宿しているザレの力。それとどう向き合っていくのかを考えるのにも、わしはゴダールに行くべきだと思うが、どうだろう」
ライアンは広げた左手のひらに目をやり、押し黙ったまま拳を握りしめるとゆっくりと顔を上げ、「ゴダールに行きます」と言った。
「アレフォス島の人には手紙を書くといい。ライアンのことを心配しているだろうし、いま分かっていることをエグサの人たちに知らせるべきだと思うしな。これから寄るチュベキ島でゴダールの船に手紙を託せば届けてくれるだろう」
ライアンが頷くと、「よし、夕飯にしよう」とオズマンはウインクした。




