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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
アレフォス島
24/74

肉薄

 泣いている場合じゃない。考えろ。敵ならどうする…。

 記憶が正しければ、この川はオグロー川。下流でアドリラ川に合流してバーラの港に通じている。ここからもう少し下に行くと橋があって、右に行くとロクト下院の方に通じる道が、左に行くと山道を下った先にスーザという小さな漁港があるはずだ。

 もしかしたら、敵はこのあたりから舟に乗り、オグロー川からアドリラ川に出てバーラの港からさらに大きな船で逃げる気だったのかもしれない。だけど、この水量では舟で行くのは無理だ。なら、徒歩かマナフ(馬に似た動物)でバーラの町に行ったか…、いや、バーラの港には船も多いし、街道は人目にもつく。やっぱりスーザの方に行ったのかもしれない。…でも船が多いほうが紛れることができる。スーザの港では逆に目立ってしまうか…。どっちだろう…。

 そのとき、対岸の先の森の木々がそこだけ強い風が吹いているようにわさわさと大きく揺れつづけていることに気がついた。

 あれはスーザに行く道の方だ。スダジイの仲間の木々がまた教えてくれたんだ。やっぱり敵はスーザに向かっている。

 ぶーんという虫の羽音のような音が聞こえてくると、ライアンの体の周りに青緑色の薄い膜が広がっていく。

 高く飛び上がろうと足に力を入れたとき、しゅっ、という短い音がして何かがライアンの顔を掠めるように横切って背後の岩に当たり、乾いた破裂音とともに小指の先ほどの固い小石のようなものが無数に飛び散って襲いかかってきた。

 瞬きする間の一瞬のことだったが、ライアンの目が捕らえた光景は、間の抜けたひどくゆっくりした映像だった。

 顔の横を通り過ぎていったのは、先端に何かが仕込まれた矢だった。後ろの岩に当たった瞬間に矢の先端が破裂し、中に詰めてあった無数の小石のようなものが猛烈な速さで飛散していった。

 小石のようなものは、傍にいた者の体に突き刺さり、あるいは貫通し、人をハチの巣にしてしまうものなのだろう。

 飛び散った無数の小さな固いものは、ライアンの後頭部から背中、後ろ足の先まで、ばちばちと容赦なく当たっていった。だがライアンを覆う青緑色の膜に触れた途端、それは米粒ほどの重さに変わり、傷をつける威力も失って、ぱらぱらと下に落ちていった。

 ライアンは身に纏っている薄い膜が、敵の攻撃を無力化してくれたことには考えが及ばずに、破裂音のあとに背中にぱらぱらと撃ちつけてきたものは何だろう、とちらっと思いながら、流れていく矢の姿を目の端にしっかりと捉えたことで、どこからか敵に攻撃されていることを瞬時に理解した。

 敵が待ち伏せしていたのか…。

 ライアンは矢が飛んで来たと思える方向をぐっと睨み据えた。

 驚いたのは矢を射かけた男も同じだった。

 …シューリンゲンを至近距離で受けて無傷だと…。あいつはいったい何者だ。

 クレスからの指示で、追っ手の進行を阻むため、ここに張り込んでいたマツイ族精鋭部隊の長であるナイが心の中で呟いた。

 ナイが放ったシューリンゲンとは、火の島ルマン島で開発された、着弾と同時に着火装置が働いて中の火薬が起爆するシューリンという小型の装置を矢の先端に装着し、その周りに百個ほどの小さな鉄の玉が仕込んであるので爆発と同時に小さな鉄玉が周囲に飛散する、極めて殺傷能力の高い矢のことである。

 ちなみに、一の院や奥の院の建物に次々と火の手をあげさせた火矢は、鉄玉ではなく引火性の高い油の入った筒を先端にはめていて、シューリンボウという。

 ライアンの推測は概ね当たっていた。

 アレフォス島を襲撃したクレスたちは、当初、ザレを奪った後の脱出ルートを二つ用意していた。

 奥の院から山肌を縫うように走る間道を抜け、いまライアンたちがいる場所のもう少し上流にある舟宿に出て、暗いうちに舟でオグロー川、アドリラ川を下って一気に外洋に出て、海で待つルナデア島の大型船に合流する組と、舟宿からマナフで街道を走り、スーザの港に出てそこから舟で沖に出て同じく大型船に合流する組の二つに分ける作戦だった。

 しかし、長雨の影響でアドリラ川の水位がかなり上昇していたため、氾濫の危険を考慮して川を舟で下ることは断念し、マナフでスーザに向かうことにしていた。

 舟宿に着いたクレスたちはオグロー川が川底を露わにしているのを見て、小川のようになったオグロー川を舟で行くことはできなくなり、結果的にスーザに向かうとした判断が当たっていたことを知ったのだった。

 脱出用の舟やマナフを用意していた舟宿は、川舟で人や物を運ぶ運送業を営んでいたが、一年ほど前からルナデア島の者たちが密かに移り住んでいた隠れ家でもあったのである。

 ライアンが河原に出たときは、舟宿を後にしたクレスたちがマナフでスーザに向かってから、かなりの時間が経っていた。おそらく、スーザの近くまで行っているだろうと思ったナイは、クレスたちが逃げるのに必要な時間は十分稼げたと判断し、この少し前に相棒に選んだジロウニをバーラの町近くでの潜伏先の確保に一足先に向かわせていた。

 もう追っ手は現れないだろうと思いはじめた矢先、対岸に人影を認め、人影が大きな岩の上で周囲を警戒している様子を敵だと判断して、ナイはシューリンゲンを放ったのだった。

 シューリンゲンを受けてもかすり傷も負わない相手に驚愕したが、いまからクレスたちを追いかけても追いつかれる心配はない。アレフォス島のエグサと言えば、導師のコーエンのように人智を超えた術を使える者も多くいるのだろう。この状況でいたずらに体を張って戦闘に及ぶ必要性もない。目の前の敵は放っておいて、自分も脱出した方がいいかもしれない、と考えたところで、すぐにそれを改めなければいけないことを悟った。

 目の前の敵、ライアンが飛びあがった。それも人の背の十倍はあろうかと思われるほどの高さに。

 月明かりを正面に受けて見えたその顔はまだ子どものようだったが、鋭い眼光は真っ直ぐにナイの方を見据えていた。

 見つけられた。

 ふわりと空から河原に降りたライアンは、一直線に、跳ねるように、恐ろしいほどの速さでこちらに向かってくる。

 あの異常な速さはなんなんだ。ウラウの能力を使うガンズよりも数段速い。あの速さで行かれたら、クレス様たちが追いつかれるかもしれない。ここでやつを仕留めるしかない。ナイは矢をシューリンゲンに変え、ライアンが着地する間合いを見計らって躊躇うことなく放った。

 これで火だるまになりやがれ。

 放った矢が当たる瞬間、ライアンの姿は消え、岩に当たった矢が火柱をあげると、何事も無かったようにさらに距離を詰めてライアンがこちらに迫ってくるのが見えた。

 そうは簡単に行かねぇか。

 ナイは腰から刃幅の広い両刃の大刀を抜いて身構えた。筋骨隆々のナイは、大刀を振り回して周囲の敵を薙ぎ払い、相手を組み敷いてねじ伏せる接近戦を得意としていた。

 とんでもねぇ速さだが、着地の瞬間はやつの姿が見える。俺に攻撃を仕掛けるなら、できるだけ近い間合いで着地するはずだ。その瞬間、この大刀の餌食にしてやる。

 ナイはつるつるの頭を、ぱしっと叩いて気合を入れた。

 はっきりと顔が分かるまで肉薄したライアンが、腰の拝領小刀を抜いて構えたところでまた姿を見失った。

 次にはもっと距離を詰めてくるだろう。

 ナイは下唇を湿らせて、ニヤリとした。

 そんなナイフみたいな刀で、俺の大刀と勝負しようって言うんなら、かなり舐められたもんだな。

 ナイは重量のある大刀を軽々と担ぎ、間合いを見切った瞬間にライアンを横薙ぎにするつもりで身構えた。


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