忍び寄る敵
驟雨が夜の森の木々を覆い、気まぐれな風が赤や黄に染まった葉を揺らすと、巻き上げられた水滴がひとしきり地表に降り注ぎ、落ち葉の浮いた水たまりに騒がしい音をたてて飛沫が上がった。
雨は弱くなったが依然ぶ厚い雨雲が居座っているのだろう。樹上を仰ぎ見ても枝葉と夜空を分ける境は見分けがつかない。
辺りは重く湿った闇が支配していた。
ひと抱えはある大木の根元にうずくまる小男は、小一時間もそこにいるだろうか。ベニツルイモの茎で編んだ帷子の隙間から染みこむ雨水で、体は芯まで冷え切っていた。
ふいに漆黒の森がゾワゾワと揺れ、小男が顔を上げると、いつの間にか九つの人影が音もなく目の前に立っていた。
人影たちは濃紺の布のようなものを体中に巻き付けて、目だけを晒し、小男と同じく濃い緑色の帷子を身に着けていた。
「状況は」
先頭にいた女が、立ち上がった小男に尋ねた。闇夜に怪しく光る女の黄色い瞳に射すくめられた小男は、ぶるっと身震いした。
「進入路に当たる見張り台の要員は間もなく交代となりましょう。クレス様の指示があれば、いつでも一の院を焼き払う準備、できております」
クレスと呼ばれた女は小さく頷いた。
ほっとした小男は、ふとクレスの後ろに見知らぬ背の高い男がいることに気づいた。
「クレス様。もしやその男が例の…」
クレスは横目で男を見ると、ふっ、と小さく笑った。
「そうか、お前は初見だったな。この男がアルゴ、火光石の継承者だ」
アルゴと呼ばれた男の目は、虚ろに黄色く光っていた。
「すでにクレス様の意のままのようですな」
クレスは天を見上げ、雨雲に遮られて見えぬ夜空の月を見て小さな吐息をついた。周りに立つ者たちを見まわしたクレスが右手の人差し指を眉間にあてると、ほかの者たちも皆それに倣って指を立てる。
「すべてはアビの召すままに」
「すべてはアビの召すままに」
全員が復唱すると、小男を残してクレスたちは森の奥に音もなく消えていった。
小さく息を吐いた小男が黒い空を見上げると、まとわりつくような霧雨が顔を濡らしつづけた。