表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
アレフォス島
18/74

強奪

 あの日、雷撃拳をわしは我がものとした。

 以来、怠ることなく鍛錬を重ね、己の肉体の限界と思える高みにまで撃拳を昇華することができた、とわしは思うておる。だが、先生。結局、あなたは次の修行とは何なのかを教えてくれずに旅立たれてしまわれた。もし先生の教えがあったら、もっと違った形のものになっていたのかもしれぬ。

 コーエンは血が滲むほど奥歯を噛みしめると、両腕を交差させて前に突き出し、手のひらを開いて気合を入れた。

 バチバチと放電しながらコーエンの前の空気が歪んでいく。

 わしなりに出した、これが答えじゃ。先生、あの世から見ておいてくだされ。

 コーエンの顎から汗が滴り落ちる。ゆっくりと右手を引くと、目の前の歪んだ空間が徐々に人の顔ほどの大きさに圧縮され、あちこちに青白い電流の火花が(ほとばし)った。


蒼火雷撃拳(そうからいげきけん)


 裂ぱくの気合を込めて、コーエンは平手のまま右手を突き出した。

 弾き出された空気の塊は瞬間的に先端が尖った細長い弓矢のような形状に変形し、閃光と火花をまき散らしながら一直線に進んでいく。

 向かう先にいるアルゴは回していた手を止め、その手をぱっと開いた。すると、渦の中から五つの炎の塊が尾を引いて飛び出し、紅蓮の鱗を持った竜のように波打ちながら、迫ってくる尖った空気の塊に噛みついていった。炎の竜が噛みつくたびに激しい火花が散るが、蒼火雷撃拳は(ことごと)くそれらを弾き飛ばす。蒼火雷撃拳は少し速度を落としながらも火花をまき散らし、さらに突き進んでアルゴの前の炎渦に激突した。激しい閃光とともに、ずしん、と大気が揺れた。

 コーエンの渾身の雷撃拳は先端が炎渦を貫くところまでいったが、アルゴの鼻先まで伸びたところで巻き付いた炎の渦に(から)めとられて動きを止め、徐々に光を失って、炎とともに消えていってしまった。

 アルゴの頬に刃物で切られたような筋が走り、端からすっと血が流れ落ちた。

 痛みすらも忘れてしまったかのようなアルゴは、佇立(ちょりつ)したまま、顔色ひとつ変えずに、じっとコーエンを見つめていた。

 蒼火雷撃拳が炎渦に飲み込まれるのを目にしたコーエンは、がくりと膝をついた。

 喘ぐ口から洩れる息が、ヒューヒューと音を立てている。

 からからに乾いた喉が焼きつくように痛かったが、コーエンは顔を上げるとアルゴを睨みつけた。

 まだじゃ。まだあきらめるわけにはいかぬ。もう一度、蒼火雷撃拳で、今度こそ、あの炎の渦を突き破ってみせる。

 戦慄(わなな)く足を引きずりながら、コーエンが残った力を振り絞って立ち上がろうとすると、アルゴが右手を突き出して、ぱっと指を開いた。

 ブレスレットに埋め込まれたゴブルが赫黒く輝き、そこから立ち昇る幾筋もの赤紫色の光が徐々に集まると、光は揺らめきながら真っ赤な炎に姿を変え、するすると這いずりながら指先まで伸びていくと一気に空中に飛び出していった。五本の指から放たれた炎の竜は体をくねらせ、先を競うようにコーエンめがけて進んでいく。

 アルゴは拳を握りしめ、今度はその拳を思い切り大地に叩きつけた。

 みしみし、と音を立てて地面に亀裂が走り、裂け目から赫く眩しい火柱が噴き出す。

 すると、湖に張った氷が一気に裂けるように、地を這う炎の割れ目がコーエンに向かって恐ろしい速さで伸びていき、空を突き進む五匹の竜を追いかけていった。

 なんとか構えをとったコーエンの目前で、五匹の炎竜は、それぞれ違う方向に分かれ、前後左右から同時に挟み込むように襲いかかった。

 炎竜の動きを見切ったコーエンは、拳、肘、膝、踵と矢継ぎ早に繰り出し、雷撃拳を盾として炎竜の攻撃をすべて弾き飛ばす。

 休む間も与えず、コーエンの足元にまで伸びた大地の裂け目から、轟音とともに紅炎色の火柱が噴き出した。

 咄嗟にコーエンは右足で地面に雷撃拳をぶつけ、その反動を利用して仰け反りながら火柱をなんとか(かわ)した。

 はずだった。

 コーエンの足に、雷撃拳を放つ余力はもう残っていなかった。

 右足を火柱に搦めとられたコーエンの体はその勢いでくるりと回転し、別の裂け目から噴き出した赫い火柱に頭から飲み込まれると、すぐに見えなくなってしまった。

 人の背丈の何倍もの大きさまでになったいくつもの火柱は、身をよじりながら互いに近づいて大きな一つの竜巻のような火柱になり、そのままふわりと浮かんで、やがて降りしきる雨が落ちる暗い空に消えていった。

 雨の音だけが満ちる水溜まりに、動かなくなった黒焦げのコーエンの体が静かに横たわっていた。

「すげえな」

 そう独り言(ひとりご)つガンズを横目で見ながら、クレスは踵を返してスダジイの方へ歩きはじめた。

「やはりエグサは厄介だな。新手が来ると面倒だ。急ぐぞ」


 北風に煽られた大きな雨粒が横なぐりに吹きつけるなか、クレスたちはスダジイを囲む回廊殿堂の中に入っていった。

 風が当たって建物ががたがたと鳴っていたが、スダジイの森のように広がる枝葉で雨が直接当たらないせいか、回廊殿堂の中は思ったよりもひっそりとしていた。

「アルゴ。早速始めよう」

 クレスの声に顔を上げたアルゴは壁のように見えるスダジイに歩み寄り、ざらざらとした木肌に右手を押し当てて目を閉じた。

 ブレスレットのゴブルが、赫く黒く、眩いばかりの光を発しはじめると、アルゴの右手が熱せられて溶けた鉄のような灼熱色に変わり、押し当てている手から白い煙が立ち昇って木が焦げる臭いが立ち込めてきた。

 スダジイの幹を覆っている外皮がみるみる赤く染まり、目が(くら)むような金色の輝きを見せたあと、すぐに白い灰となってぼろぼろと崩れだした。

 崩れ落ちた穴はやがて人が入れるほどの大きさになり、右手をかざしてアルゴはさらに奥へ進んでいく。

 苦痛に喘ぐように、ぎぎっ、ぎぎぎぎとスダジイの幹が音をたて、灰となった白く小さな木片が回廊殿堂の中に入り込んだ風に巻かれて舞っていった。

 しばらくして、アルゴの動きが止まった。

 同時に、幹に穿(うが)たれた横穴の奥に瑠璃色の光が満ちはじめ、それは穴の外で見守っていたクレスたちの顔を青や緑の光で照らしていった。

 誰かが、おお、と感嘆の声を漏らした。

「アルゴ、私と代われ」

 穴から出てきたアルゴが、急に右手を抱えて呻き声を上げた。がくっ、と膝をつき、どさりとその場に倒れると、泡を吹きながら昏倒してしまった。

 アルゴの右腕、がブレスレットを中心に赤紫色に変色し、次第に薄くなりながら肘の方まで赤い発疹のようなものが浮かんでいた。

「繋ぎ合わせの不完全な状態で石を使ったことの副作用か、それともアルゴは光石の真の継承者ではないということか。どちらにしろ、役目は十分に果たした。誰か介抱してやれ」

 そう言うと、クレスは腰の革袋から黒い手袋を取り出して手に付け、穴の中へ入っていった。

 十歩ほど奥に進むと、真綿のような白いスダジイの燃え尽きた白い灰の上に、艶めかしい青や緑に見える光をゆらゆらと放つ、赤ん坊の拳ほどの大きさのものが、そこにはあった。

「これが、風光石ザレか」

 クレスはしゃがみ込んで慎重に右手でザレを掴むと、左手のひらに乗せ、目を細めた。

 光る石本体は、交差する銀色の金属のリングに覆われており、金属の表面には細かい図象がいくつも彫り込まれていた。

 光が強くて石がどのような形をしているのかは分からないが、手のひらで少し揺すると、金属のリングの中でザレがカラカラと音をたてて回り、アーモンドのような形をした隙間から青緑色の光がゆらゆらと漏れ出していた。

 クレスがザレを腰の革袋にそっとしまうと辺りは何も見えない暗闇に変わり、クレスは後ずさって幹の中心部から外に出た。

「ザレが手に入った。急いで船に戻ろう。ナイ、念のため、追手があった場合の足止めとして、何人かで殿(しんがり)を務めてくれ」

「わかりました。私とジロウニでやりましょう」

「我々が船まで行ける時間が稼げれば、それでいい」

「はい」

 ナイに背を向けて歩きだそうとしたクレスは短いうめき声を漏らし、眉間を指で押さえつけてよろめいた。

「大丈夫か」

 ガンズが慌ててクレスを抱きとめ、揺さぶった。

 顔を上げたクレスは荒い息を吐いている。いつの間にか、クレスの目の下にあった白い模様が消えていた。

「大丈夫だ」

 ガンズの手を払い、ふらつきながら歩きだしクレスが、ふと立ち止まり、背中で問いかけた。

「ヨシとダイキの怪我の様子はどうだ」

 ナイが近づいてきて、頭を少し垂れた。

「二人とも息絶えました」

 少し間を置いて「そうか」と短く言うと、クレスは振り返ってナイを見つめた。

「救援にコーエンしか来なかったということは、陽動が功を奏しているのだろう。まず追手は来るまい。ある程度の時間稼ぎができたら、ナイ達も島を離れよ」

「お任せください。しばらく町に潜伏して、ルマン島の商人のふりでもして、我々も船ですぐに追いかけます」

 ばきっ、という大きな音がして、人の顔ほどの大きさの木片が飛び散り、ぎぎぎぎ、と軋む音が辺りに響き渡った。

 クレスたちが仰ぎ見ると、スダジイの外皮にアルゴが開けた大穴から無数の亀裂が走り、穴に近い部分から徐々に白い灰となってぼろぼろと崩れ落ちていった。

「この大木も、ザレという支えを失って、朽ち果てようとしているのかもしれませぬ。さ、行きましょう」

 ナイの言葉に促され、クレスたちは頭巾を目深にかぶり直して、土砂降りの雨の中に駆け出していった。

 スダジイの巨木から発せられる、木が裂け、擦れあう音が、しぶきをあげて叩きつける雨の音をかき消すように大きくなっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ