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BOUNDARY ~境界線~  作者: 八木 康
アレフォス島
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襲撃

「分かっていると思うが、一の院も奥の院も、ロクトの施設はみな木造建築だ。修学院でも、火の管理には厳しかっただろ」

「はい」

「一の院には、火回りっていう役の警護士がいて、常に建物の周りを見回っているし、水を張った桶もいくつも用意してある」

 ごくっ、とミロイが唾を飲みこんだ

「つまり、火は出ても、大きな火事にはならないはずなんだ。ましてや、サージェンを中止にして消火に当たるなんて、俺は聞いたことがねえ」

「さっき、森が騒いでいるって、言ってましたよね」

 スミフは、「ああ」と言って外に視線を移し、そのまま口を(つぐ)んだ。しばらく二人は無言のまま、闇に包まれた一の院のある方に目をやっていた。

 ふいに、ひゅーっ、という鳥の鳴き声のような音がして、何かが櫓の屋根に当たる音がした。

「なん、ですかね」

 ミロイの問いには答えず、スミフは振り返って音のしてきた方を凝視した。反対側の戸は閉め切ったままなので外は見えない。

 次の瞬間、ぎゃっ、という叫び声が、階下から聞こえた。

「おい、ターラン、どうした、何があった」

 スミフが身を乗り出して大声を上げると、ひゅっ、ひゅっ、と短い音がした。

「いかん、矢だ、攻撃されている。ミロイ、中に入ってろ」

 ミロイの肩に手をまわして振り返ったスミフが、がはっ、と声を出し、崩れるようにその場に膝をついた。見ると、うなじから喉元に矢が貫通している。

「スミフさん、スミフさんっ」

 スミフは何か言いたげにミロイを見つめていたが、ごふごふっ、と血を吐き、喉を掻きむしりながら、やがて眼を見開いたまま動かなくなった。

 顔から血の気が引き、頭が真っ白になったミロイはその場にへたり込んだ。

 何が、いったい何が起きたんだ。

 さっきまでリル酒に少し顔を赤らめながら話をしていたスミフの亡骸を、呆然としながら眺めているミロイには、事態を飲み込むことができなかった。

『攻撃されている』

 スミフの言った言葉が頭に蘇る。

 攻撃…。誰が、何のために…。

 ミロイは腰から拝領小刀を引き抜いたが、剣を持つ手が震えて力が入らない。喉元で経験したことがないような鼓動が波打ち、頭がぼうっとして倒れそうになる。

 遠くで人の悲鳴のようなものが聞こえた。スダジイの回廊殿堂がある方向だ。

 はっ…、コバックは…、コバックは無事だろうか。

 ミロイは這いずりながら北側の壁際まで移動し、静かにゆっくりと戸を開けて、外の様子を探ってみた。そして、信じられない光景に、目を見開いた。

 目の前に見える三つの櫓から火の手が上がり、石畳と敷石で組まれた空間が昼間のように明るく照らしだされていた。特に空界櫓は火の粉をまき散らし、渦のような炎が空に向かっていくつも巻き上がっている。ここから見えるだけで、三人の人影が倒れて動いていなかった。

 さっき櫓の屋根に当たったのは、おそらく火矢だったのだろう。一ノ門櫓には、たまたま火が付かず、敵の目標が五界櫓に移ったのか。

 屋根に当たった矢と、スミフがやられた矢の方向を考えると、あの時は東と南西の二方向から矢を射かけられたのだと思う。敵は高い木の上から矢を射かけたのだろうか。風が無かったとはいえ、この闇夜に、下の篝火の光があまり届かない櫓の上を狙うのは相当の射手に違いない。いずれにしてもここにいては危険だ。いつ火が出てもおかしくない。

 ミロイは階下に降りて、まだ燃えていない、コバックのいるはずの天界櫓を目指すことにした。

 スミフの虚ろな目を見ながら、ミロイは溢れてくる涙を拭った。

 手に巻いた縛り紐を額に押し付けると、ミロイは短く息を吐いて動き出した。足が震えて力が入らない。辺りを見回しながら、ゆっくりと梯子段を降りていく。

 鞘に納めた小刀の柄を握りしめながら、途中まで降りたところでふわりと地面に降り立ち、すぐに地面を蹴って櫓の柱の陰に隠れた。

 少し先に、警護士のターランが胸を射抜かれて横たわっているのが見えた。

 櫓の影から慎重にスダジイの方向を窺ってみるが、人影は見えない。だが、確実に人の気配がする。東の方向、一番燃えている空界櫓の先の木立の中から、今にも人が飛び出してきそうな気がしてならなかった。

 幸いに敵には見つかっていないようだったが、目の前にあるターランの遺体をどうすることもできず、ミロイは心の中で彼に謝った。

 相変わらず動悸が速い。ひりつく喉が燃えるように痛い。

 木が焦げる臭いと熱気が波のように押し寄せてくる。櫓の延焼で空気が巻き上げられ、少し風が出てきたのかもしれない。

 その時、回廊殿堂の軒下から、人が飛び出してくるのが見えた。

 コバックだ。

 はっきりとは分からないが、ミロイは人影がコバックだと確信した。ミロイの心臓が早鐘のように波打ち、全身に血液を送っているのがわかる。

 コバックは走りながら東の闇に向かって何かを投げつけ、受け身を取りながら水界櫓の下に滑り込んだように見えた。

 ミロイは炎の明かりが届いていない西側を迂回しながらコバックになんとか近づこうと思い、隙を見て飛び出せるように体勢を入れ替えた。

 大きく息を吸い込むと、ミロイは暗闇の木立をめがけて走り出していく。

 体勢を低くして走り出すミロイのその姿を、一ノ門に近い暗がりの木々の中に潜んで視界に捕らえた男がいた。その男は音もなく、ゆっくりとミロイの後を追いはじめた。


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