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中編


ゲーム内に顔は存在しない。パッケージにもスチルにも出てこない。ただ全ルート共通の初期スチルに出ていた後ろ姿からして、黒髪ロングということだけはわかっていた。


しかし魔法板の情報によると、転入生三人とも黒髪ロングだ。


せめてデフォ名───デフォルトネームのこと。プレイヤーが名前を入力しなかったときにはこの名前になる───だけでも覚えていたらよかったのだけど、全然思い出せない。だってわたし、本名プレイ派だったから……!


顔も名前もわからなくても、最終学年の始まりにやってくる転入生という設定だけで、誰がヒロインかなんて一目瞭然だろうと思っていた。それがまさかの、同時期に転入生三人!!!


「どうしよう……。こうなったら、三人全員と仲良くなれるように頑張る……?」


頭を抱えて呻く。

もうそれしか生存ルート&呪い解呪ルートへ進む方法はないように思われた。





しかし、数日後。


悩みに悩んで、緊張と不安にも苦しんで、寝不足を気力でごまかしながら、ついに新学期を迎えたときだ。

顧問の先生が、転入生三人を生徒会室へ連れてきてくれる。

わたしは生徒会会長として「困ったことがあったらいつでも頼ってくださいね」「遠慮も気兼ねもいりませんわ」「生徒会はみなさんの学園生活が素晴らしいものになるように応援しています」等々の挨拶を述べるつもりだった。


けれど、生徒会室内に並んだ三人のうち、右端の女子生徒を見た途端、わたしは頭のてっぺんからさーっと血の気が引いていくのがわかった。


右端の女子生徒。


彼女だけ───、顔がなかった。


輪郭はある。

髪もある。

だけど目がない。鼻がない。口がない。

これぞ前世でいうところののっぺらぼうだ。


パニックに陥りながらも周りを見回したけれど、わたし以外は誰も驚いている様子はなかった。それで瞬間的に察する。彼女がのっぺらぼうに見えているのはわたしだけだ。前世の記憶の影響だろうか? わからないけれど、恐らくわたし以外には普通に見えている。普通に振舞わなくては、変に思われるのはわたしのほうだ。


はくはくと喘ぐように息をして、必死に彼女から目をそらそうとした。けれど視界に焼き付いた姿は消えない。異変を察したように彼女がいった。


「どうかしましたか?」 


口が見えないのに、確かに彼女から聞こえる声。

視覚と聴覚の情報が一致しない。

わたしは内心で恐慌状態に陥り……、そのまま意識を失った。




リアルで見るのっぺらぼうって、かなり心臓に悪いなあ。

そんなことを、逃避のように思ったのが最後だった。





次に目を覚ましたとき、わたしはベッドの中にいた。周囲には水色のカーテンが引かれていて、ここが保健室だとわかる。わたしは未だにぼうっとしつつも身体を起こした。


倒れた原因には寝不足もかなりあったんだろうと、あくびをかみ殺しながら思う。


身動きの気配を察したのか、カーテンの外から声がかけられる。わたしは返事をしつつ、久しぶりに聞いた保健室の先生の声にうっとりした。攻略キャラでもないらしいのに、保健室の先生の声はかの有名な石〇彰だ。鬼に金棒、物憂げな保健医に〇田彰。最高の目覚めを感じる。


カーテンが引かれて、美声で美形な保健室の先生が姿を見せる。

さらにその後ろに副会長の彼の姿を見て取って、わたしは慌てて手櫛で髪を整えた。まさか彼がいるなんて思わなかった。いるならいるって言ってほしい!


保健室の先生は魔道具でわたしの体温と脈を測り、異常がないことを認めて、授業へ戻る許可を出した。


「身体がだるいなら、家の者を呼んで帰ってもいい。子供のくせに、寝不足と過労で倒れるんじゃないよ」


「いえ、大丈夫です。授業へ戻りますわ」


「どうか無理をしないで」


そう心配そうにいうのは、副会長の彼だった。


「まだ顔色が悪いよ。今日はもう帰ったほうがいい。君はすぐに無理をするから心配だ」


「少し寝不足だっただけよ。ベッドで眠ったからすっきりしたわ。でも、突然倒れてしまうなんて、迷惑をかけたわね。ごめんなさい」


「迷惑なんてことがあるものか。僕はただ心配でたまらなかっただけだ。君に迷惑をかけられたことなんて一度もないよ。僕はもっと君に頼ってほしいと願っているのに」


真摯で熱のこもった眼差しでそういわれて、わたしは思わず顔をそむけた。

もう、この人がそういうことをいうから、学園中からお似合いの恋人たちなんて見なされてしまうのだ。わたしはデートの誘いはすべて断っているのに!


でも、わかっている。わたしの頬は今、隠しようがないほど熱を帯びてしまっている。わたしがこういう態度なのもよくない。口では何といおうと、彼が好きなことが伝わってしまうのだろう。彼への気持ちを必死で隠しているつもりなのに、隠しきれていないのだろう。


彼は察しの良い人だ。気配りもできて、紳士的だ。その彼が、わたしが何度断っても諦めず、露骨に好意を示してくるのは、わたしが『素直になれないだけで彼のことが大好き』という人間に見えているからにちがいない。前世でいうところの理不尽なツンデレになっている気がする。素直になれないくせに相手を振り回すタイプだ。最悪だ。辛すぎる。


だけど『前世の記憶によるとわたしは魅了持ちの悪役令嬢で、あなたはわたしに好意を操られているの』なんていえない。彼が信じてくれてもくれなくても大問題になる。


わたしは上がってしまった熱を冷ますように咳ばらいを一つして、再び彼のほうを向いた。


「転入生たちは大丈夫かしら? 目の前で生徒会長が倒れるなんて、ただでさえ緊張しているでしょう彼らに、余計な不安を与えてしまったわ」


「僕から説明しておいたよ。君はとても素晴らしい生徒会長だけど、ときどき無理をしすぎることがあるんだってね。そこだけは反面教師にしてくれと言っておいた」


「まあ」


ひどいわといいながら、くすくすと笑ってしまう。

彼もまた優しい顔で笑った。濃い青の瞳が、愛しさを込めてわたしを見つめる。


「あー、二人とも、いちゃついているところ、悪いんだけどね」


わたしはいつの間にか近づいていた彼の顔から、慌ててパッと距離を取った。ベッドの上に座ったまま、大急ぎで端へ寄る。彼がひどく残念そうな顔をした。


「会長サンにお客さんが来てるんだよ」


保健室の先生が、親指でくいと廊下をさした。

お客? と首を傾げるわたしの視界の隅で、彼が顔色を変えたのがわかる。


「転入生の一人だよ。理由は知らないが、そこの副会長が断固拒否したから、室内には入らずに廊下で待ってるっていってね。君と二人きりで話をしたいそうだ」


「先生、その件については……!」


「俺は黙ってるなんていってねえよ。訳ありにしたって、生徒をいつまでも廊下に立たせておくなんてのは気分が悪い。さっさと話をつけてくれ。会長サンが会わないというなら、あの子だって諦めるだろう」


「会います」


即答していた。わたしに会いに来ているのが三人のうちの誰なのか、考えなくてもわかる。

ヒロインだ。ヒロインに決まっている。もしかしたらここが最初の分岐点かもしれない。絶対に仲良くなってみせる。

そう内心で腕まくりをしていたわたしに、彼は剣呑な眼つきのまま耳打ちしてきた。


「なにか事情があるんだろう? 僕だって気づくさ。君は彼女を見るなり倒れたんだ。どうしても会うというなら、せめて僕を同席させてくれ」


「……大丈夫よ。倒れたのは寝不足だったから。危険はないわ」


彼はわずかに顔を歪めた。わたしが彼を突き放すと、濃い青の瞳はいつも苦しそうに伏せられる。そのたびに申し訳なさでいっぱいになるけれど、わたしは何もいえない。差し伸べられた手を取ることはできない。だって、いつか魅了の効果を消すことができたら、そのときにはおぞましい記憶へ変わるだろう恋だ。深めることなんてできない。


彼は結局、いつものように黙って引いてくれた。

本当に、ごめんなさい。

もしも生存ルートをクリアできずに殺されるとしても、それがあなただったら仕方がないと思う。そのくらいしか償えないもの。





また倒れてもいいようにと、保健室のベッドに腰かけたまま待つ。

先生と彼が出て行って、少ししてから入ってきた彼女は、やっぱりのっぺらぼうだった。


こ わ い 。


魅了なんて最悪のアイテム持ちが何を言っているんだと思われそうだけど、顔の輪郭はあるのに眼も口も鼻もないのは違和感が凄まじい。太ももの上で両手をきつく握りしめても、彼女が一歩ずつ近づいてくるたびに、身体が逃げを打ちそうになる。ううう、怖い。


彼女は椅子を持ってきて、わたしの前に腰かけた。

そして、場違いに感じてしまうほど明るい声でいった。


「やっぱり、生徒会長には見えるんですね!?」


「見えるというと……、なにがかしら?」


わたしがびくびくしながら尋ねると、彼女は、多分表情が見えたなら喜色満面だろうという声でいった。


「わたしのこの顔です! なにもないでしょう!? 眼も鼻も口も! なにもない! なにも……っ、なくなってしまったんです……!!」


あっけにとられるわたしの前で、彼女のあごから雫が伝う。涙だ。どこにあるのか見えない眼から、零れてきたのだろう涙。わたしはとっさにハンカチを差し出していた。それ以外なにもできずに、ただ話を聞く。




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