前編
黒髪黒目の日本人だった頃、わたしは17歳で死んだ。
タイトルもうろ覚えな乙女ゲー───全攻略キャラの最後のスチルが黒地に赤が飛び散った殺害スチルであるという最悪の評判が有名だったクソゲーな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい、現在は金髪碧眼であるわたしもまた、最終学年を迎えたばかりの17歳だ。
心底認めたくないことだけど、わたしはその殺害スチルでころ……、言いたくないいいいい! ……つまりその、ころ、ころん、ご臨終、される側だ。言い方をマイルドにして見ても変わらなかった。悲しい。とにかく、ひどすぎる結末を迎える側だ。
わたしに残された生存ルートはただ一つ、ヒロインが誰とも結ばれないままノーマルエンドを迎えることだけだ!
この生存ルートもといノーマルルート、入れるかどうかは、ヒロイン以上にわたしの実力がものをいう。なぜなら、ヒロインが攻略キャラとの恋愛ルートに入るためには、毎月のテストでわたしに勝つ必要があるからだ。
闇の宝石をもちいて学園中を魅了し、支配下に置いている悪役令嬢、悪の女帝であるわたしに!
うーん、思い返してみても、ツッコミどころが多すぎるクソゲーだ。
乙女ゲームとは攻略キャラとのいちゃらぶを楽しみつつ、ときにシリアスなシナリオに涙するものであって、悪役令嬢たる生徒会長を倒すものではない。
せめて悪の理事長で、哀しい過去持ちのイケオジだったらアリかもしれないけど。ファンからラスボスルートを熱望されるやつだ。ファンディスクで追加攻略キャラになるあれだ。
でも、同じ生徒を倒すなんて後味が悪すぎるだろう。最後は殺害スチルだし。
まあ、シナリオが破綻していることでも有名で『厨二な雰囲気ゲー(※伏線が何も回収されないという意味)』とも呼ばれていた気がする。うろ覚えだけど。
わたしもブック〇フで投げ売りされていたのを安さに釣られて買って、ノーマルエンドだけクリアして終わった。『攻略に必須なのにクソ面倒』といわれていたパラ上げが結構楽しかったので、それだけはせっせとやっているうちに、誰も攻略しないでエンディングを迎えたのだ。
そのときは殺害スチルは出てこなかった。
なのでわたしが目指すのは、常にパラメータでヒロインを上回っていることで可能となる生存ルートだ!
もちろん現実の実力はミニゲームでは伸ばせないので、勉強も運動も魔法の訓練も必死にやった。貴族の令嬢として礼儀作法も身につけ、優雅に上品に振舞った。
生徒会の役員となってからは、決断は迅速に、判断は冷静に、裁きは公平にと、みんなが楽しい学園生活を送れるように奔走した。そのかいあって二年生のときには生徒会長に選ばれた。
あれ? 選ばれてよかったのかな? 会長にならなかったらゲームのシナリオから外れたのでは? と思ったのは大ホールで盛大な拍手を受けた後のことだった。手遅れすぎる。
まあ……、どのみち生徒会長にはなってしまっていたと思う。なぜならわたしにはこの闇の宝石が付いた呪いのネックレスがあるからだ。
お父様から15歳のときにもらった誕生日プレゼントで、一度付けたら外れなくなった。最悪である。
冷酷で野心家なあの父親が珍しく直接手渡してくれたからって、喜んで付けるんじゃなかった。娘をより高位貴族と縁付きになるための道具としか見ていないあの男に、親子の情なんて存在しないのだ。
わたしのうろ覚えなゲーム知識によると、悪役令嬢であるわたしは、この闇の宝石の力で学園中を魅了して支配下に置いている。
とはいえ、操り人形にしているだとか、意識を乗っ取るほどの力ではない。ただ、持ち主に圧倒的なカリスマ性を与えるのだ。
現代日本だったら、これを付けているだけで悪徳宗教の教祖になれてしまう。何も凄くないのに、周り中から『何かわからないけどすごい』と思われて尊敬されてしまうのだ。
まともな神経だったら普通にメンタルを病むタイプのアイテムだ。これを嬉々として使えるのは異常者だけだろう。一瞬気持ち良くなっても、その先には延々と続く猜疑心の地獄が待っている。
まあ呪いのアイテムだからね。わたしも人生二度目じゃなかったら耐えられなかったと思う。二度目でも結構きついです。
周囲の人々を操っている罪悪感や、望んでしていることじゃないという怒り、兄や友達から向けられる親愛の気持ちを一切信じられなくなってしまう絶望、いつか真実が明るみに出たときへの恐怖。
わたしが自分のパラ上げを頑張ったのは、偽りを少しでも現実に近づけるためでもあった。いつか、本当のことがみんなに知られても、それでもわたしが自分で培った実力と、積み重ねてきた努力だけは本物だ。そう、胸を張れるように。
……まあ、そんなシリアスな気持ちだけじゃなくて、好きな人にいいところを見せたいという邪な考えもあったけどね!
きらめく銀の髪に、深く濃い青の瞳。名門公爵家の次男である彼は、優雅で気品があるという言葉がこれ以上なくぴったりだ。誰に対しても物腰柔らかで、穏やかに接する彼は、当然ながら女子生徒たちから人気があった。
だけど積極的にアプローチする生徒はいない。なぜなら生徒会の副会長を務める彼が、会長であるわたしに惚れこんでいることは一目瞭然であり、お似合いのカップルだと思われているからだ───! 泣きたい。
いうまでもなく呪いのアイテム効果だ。すごいよね、あんな世紀の美形を虜にしちゃうんだから。そう、たそがれた気持ちで思う。
いっておくけれど、付き合ってはいない。そこは噂が間違っている。彼からは何度も、観劇のお誘いだとか、音楽会へのお誘いだとかを受けているけれど、すべて断っている。
だって、好きだけど、大好きだけど、だからこそダメだと思う。それは人としてダメだ。この呪いのアイテムのせいだとわかっているのに、彼をいいようにしてしまうなんて、絶対にだめ。
でも、と思う。
いずれわたしが生存ルートをクリアできたら。ヒロインと仲良くなって、希少な光魔法が使える彼女に、この呪いを解いてもらえたら。そのときはもう、彼はわたしを好きではなくなっているだろうけれど。自分の心を操っていた相手なんて、おぞましくて口もききたくないだろうけれど。それでも、一度だけ、素の彼に、素のわたしが、きちんと気持ちを伝えられたらいいなと夢見ている。
そう、ヒロインは希少な光魔法の使い手だ。
それも、今はまだ眠っている資質が開花したら、いずれは聖女の称号を授けられることになるほどの優れた魔法使いだ。
彼女は能力を認められて、三年の最終学年からこの魔法学園へ転入してくる。
わたしの目標は自分のパラ上げによる生存ルート、および、彼女と友達になってこの闇の宝石を粉砕してもらえないかという下心満載の友情ルートの開拓だ!
※
だけど、三年の春休み。
生徒会顧問の先生から渡された転入生についての資料は、なんと三人分あった。
「………え?」
呆然とするわたしの前で「同じ時期に同じ学年で三人も転入生がいるなんて珍しいよなあ」と先生が豪快に笑う。珍しいけれど、でもそれだけだ。悪いことじゃない。わたし以外の人にとっては。
わたしは、三人の情報が記録された魔法板を抱えて大急ぎで生徒会室に戻り、誰もいないことを確認してから情報を浮かび上がらせた。前世でいうところの3Dホログラムだ。この世界は魔法技術が発展しているので、多くの場合、情報はこういった立体画像になる。
三人分の外見画像を確認して、わたしは頭を抱えた。
全員女子生徒だ。
そして全員、希少な光魔法の使い手だ。
貴族の子供ばかりが通うこの名門の学園に途中で転入してくるとなると、平民かつ光魔法の使い手と認められた場合が大半なので、珍しいことではないんだけど、時期が悪すぎる。
「誰がヒロインか、わからない……っ!」
わたしは会長用の机に突っ伏して呻いた。
※
乙女ゲームは、大きく二種類に分けられる。
ヒロインが個性ありか、無個性かだ。
なにをもって“個性”というか? といえば、ずばり顔グラだ。顔のグラフィック。
乙女ゲーで『このゲームは個性ありヒロイン』という場合は、そのヒロインには明確に顔があって、スチルにも表情が描かれる。
個性ありヒロインの乙女ゲームは少女漫画に近いともいわれる。ヒロインに顔があり、キャラも濃かったりするからだ(もちろんヒロインのキャラが濃すぎると賛否両論になりがちなため、万人受けする仕様に仕上がっていることが多いけれど)
逆に『このゲームは無個性ヒロイン』という場合は、そのヒロインには顔がない。
といっても、首から上がないとかそんなホラーな話ではなく、顔の輪郭はあるけどスチルでは常に後ろ姿であるとか、攻略キャラの手でうまいこと顔が隠されているとかだ。ギャルゲーを想像してもらうとわかりやすいかもしれない。
主人公=プレイヤーという没入感を増すための要素として、ヒロインの顔は出てこないのだ。
個性ありヒロインは有名所でいうと、『アンジェ〇ーク』や『遙かなる時〇の中で』辺りだろう。無個性ヒロインで有名なのは断トツで『ときめきメモ〇アルGirl's Side』だ。天下のコ〇ミによる超有名作だ。
ただ、わたしが前世で事故死したのは、記憶が正しければ2011年の冬だった。だから、現在の日本で乙女ゲームがどうなっているかはわからない。
今のわたしが17歳である以上、時間の流れが同じなら、日本は今頃西暦2028年だろう。
もしかしたら、科学技術の発展で、乙女ゲーも3Dグラフィックになっているかもしれない。どこでもドアが発明されているかもしれないし、わたしが楽しみに読んでいた漫画の数々も完結を迎えていることだろう。あぁ、ハンター〇ンターの結末まで読みたかったな。そういえばFATE/Z〇ROのアニメも一期しか見れなかった。ランサーが好きだったから、彼が幸せになるだろう二期まで見たかった。過去の名作ももう一度読めるものなら読みたい。スラム〇ンクとか、2028年にはもうタイトルも知らない人のほうが多いんだろうけど、わたしは大好きだった。
まあ、最低でも遙かシリーズはフルボイスになっているはずだ。なっていてほしい。わたしは遙か5までしかプレイできなかったけれど、2028年には遙か15くらいまで出ているかもしれないし、その頃にはさすがにパートボイスは改められているはずだ。
ちなみにパートボイスというのは、スチルがあるような重要なシーンでだけキャラが音声付になるというシステムだ。とき〇モ好きの友達に「嘘でしょ、遙かってまだフルボイスじゃないの? 今時そんな乙女ゲーあったんだ?」と嘲笑われた屈辱は転生してもなお忘れられない。ううう、天下のコナ〇作品推しだからって調子に乗りおって……! コーエ〇にはコー〇ーのよさがあるんだよ!
とはいえ、当時はすでにマイナーレーベルでさえフルボイスが当然だったので、返す言葉はなかった。
ちなみにこの殺害スチルで有名なクソゲーですらフルボイスであり、わたしが前世の記憶に目覚めてしまったきっかけも、
『お兄様の声って妙に懐かしさがあるわよね……どこかで聞いたような……どこかで……そうだミキシンじゃないこの声!? まってミキシンってなに!? いや何ってミキシンでしょミキシン……ミキシン!?』
と気づきを得てしまったことによる。最悪の気づきだった。
でもお兄様の声がミキシンなのは、前世で青龍から落としていた身としてはちょっと嬉しい。
わたしは生徒会室で一人、机に突っ伏したまま、つらつらと考えた。完全な現実逃避だ。
三人の転入生のうち、ヒロインが誰なのかわからない。
そもそもヒロインの顔がわからない。
なぜってこの乙女ゲームは、無個性ヒロイン物だったから!!!
乙女ゲーム転生の悪役令嬢物で無個性ヒロインってあんまり見ないなと思って書きました。軽い気持ちで読んでください。