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亡者 鈴木???? との会話

人が自らその時間を止める際、様々な思案を巡らし、それでも逃げ道が無くなった時、最後の最後、それを決定する。だが、この男の場合は……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふう……じゃあ話すか……その前に自己紹介。俺は鈴木だ。ここに来る前、製造業で働いていた。そこを辞めて……だな……うむ、そういう事にしよう……で、何もかも失い、失意の中、気付いたらここに居た」


「そう……でも何か言い方に含みがある気がするのよねえ……もしかしてクビになったとか?」


「そ……そうかも知んねえな……」


「やっぱり……何かそんな気がしたんだよ。で、下の名前は? アリサは名乗ったよ? 鏑木アリサって! フルネームは? 鈴木何さん?」


「すまねえ……覚えてねえんだ」

ほう?


「え? そうなんだ……なら別にまあいっか……え? 何で? でもまあ……」


「そして……二度と思い出せない……」

ぬ?


「え? 何で? 自分の名前だよ? それくらい頑張れば思い出せるでしょっ! てかそれ以前にそれ位覚えとかなきゃ! あんたそんな頭悪いの?」 


「うーん、まあそこまで良い方じゃないが、残念だがそういう問題じゃないんだよなあwむしろそれ以前の問題w」

それ以前の問題だと? どういう事だ? 


「え? 分かんない……でも大丈夫だよ。いつか思い出せるって! 頑張れば!」


「いや、それは、それだけは絶対に、無い……」


「え……何よ、その自信満々の感じ……? 思い出せない割には堂々としてない? ねえ!」


「何でもねえよ」


「ふーん。まあいいや。よく考えたらそこまで興味なかったw」


「だろ? 所詮こんな腹の出たおっさんの名前だ。そこまで知りたくはねえだろ? スルーでおkだ」


「うん。で、製造業って色々あるけど具体的には何を作っていたの?」


「俺は金属加工の製造業で働いてたんだ」


「金属かあ」


「ああ……でもあの時の事は思い出したくねえな。実は俺、自殺しちまったんだ……」

ほう。


「ええ? やっぱりいじめ?」


「そうなんだが、ちと違う」


「え? じゃあ逆にいじめてたとか?」


「違う違うw直接の原因は、実は俺毎日日記を書いてて……それを読み返していた時に、次第に次の職場でもやっていけるかが不安になってきてよ……その道を選んじまった。崖から飛び降りて」


「え? まさか直接いじめられた時は耐え抜いたけど、その後日記を読み返して死のうと思ったって事?」


「ああ、その早口言葉みたいな原因で死んだ。無職になり暇なので一気に読んだんだ」


「うん」


「そしたら今までどんな事があったかをゆっくり読み返す事になる。で、そうなっちまった……遺書も何にも残さずにな……今は本当に馬鹿な事をしたと思ってる」


「どういう事よ……日記を読んだだけで死にたくなる? そんな話聞いた事ないわ……」


「俺も初めて口にしたわ。そして言ってて違和感しかないぜ……はあああ……」

深い溜息。


「そうよね。貴重な体験を教えてくれてありがとう……って何言ってんだ私は……でもさ、過去に書いた思い出を見返しただけで普通死ぬ? その日記さ、死の日記じゃない? 結果自分で書いて自分で死にたくなる様に……意図せず積み重ねられた文章……心が弱っている時に自分に牙を剝く様に組み立てられた文章って事でしょ? ……怖すぎる……」 


「ああ、怖いな……俺もまさか自分の心を攻撃する文章をずっと書き続けていたなんて夢にも思わなかった」


「だ、だよね? って事はどんだけ酷い思い出があったのよ……途中で投げ捨てれば良かったのに」


「ああ……だが、探したんだ……最後まで読めばあるんじゃねえかって……」


「何?」


「いい、思い出を……」


「でも実際には見つかる前に死のうと言う気持ちの方が先に出て来ちゃったって事?」


「そうだ……」


「受けた事がそれほど酷かったって事でしょ? 会社のせいって事ね?」


「そうだ。いや、そうかなあ? いや、もしかしたら俺が弱かっただけかも知れんな……」


「言われて見れば確かに……ごつい割に何か頼りなさそう……」

その亡者、上腕二頭筋は発達しているが腹は異様に出ている。先程アリサも質問していたが、この世界では階級が低い程腹が出てしまうとの事。だが腕は生来の姿のままという事か? だとすれば相当の腕力を誇っていたと思える。そして腹筋も6つに割れていたのかもしれない。そうでないと釣り合わない程に今の体格が不自然だからだ。


「だよな? 何となく分かってたさ」


「あ、ごめん」


「いいんだ。仕方ない事だ……覆水盆に返らず」


「やっぱりその時の話は言いたくない感じ? すごい興味ある」


「そうか? うーん、でも思い出したくねえなあ……聞いても何一つ得をしないぜ? 後悔する。100%な……」


「聞きたい!」


「そうか? それでもかよ……日記に書いてあったのはほとんど自殺する原因になった話だぜ? 言わばこれからアリサちゃんが戻る場所で起こった話。そんな話聞いて絶望して帰りたくなくなっちまうかもよ?」


「大丈夫だよ! 私はそんなに弱くない。これだよ? 神裔Ⅳだよ?」

頭上を誇らしげに指差すアリサ。


「う、うう……そうだよな……アリサちゃんは俺とは比べ物にならない経験を経て、この階級に至ったんだもんな……」


「そうね」

そうではない。始めからだ。だが、堂々と発せられた嘘は、真実となる。


「そんなお方が俺みたいな下々の者に声を掛けてくれるだけでも奇跡だって言うのに、更には俺の昔話なんかを聞きたいとまで仰って下さるなんて……初めてだ、こんな高い階級の人と話す事自体よ……」


「ああ、楽にしてくれていいよ。私は神裔Ⅳの中でもフレンドリーな神裔Ⅳなの。10億人に1人よ」


「そう言われて見りゃそうだな」

え? アリサのどこにそんな要素あるの?


「それにしても自殺だとやっぱり地獄に来ちゃうのね……あんたは言わば会社に殺された被害者でしょ? おかしいよね?」


「そうだな……だが、直接手を下したのは間違いなく俺。俺が、


【俺を殺した】


いわゆる殺人罪だ」


「ああ、そういう事……言われて見ればそうね……自分を殺すと書き自殺だもんね……でも地獄に落ちる理由としては弱い気が……」


「そうだな……だからと言えばいいのか? 俺の責め苦は釜茹で所だ。比較的苦痛が少ない地獄とされる地獄だな」


「そうなんだ」


「人間の体は、神様からの預かり物。それを自分だからと言って傷つける事は絶対にいけないんだ」

両肩を落としながら寂しげに話す。


「うん……」


「閻魔様も呆れてたよ……弱いなってw」


「メンタル弱い感じ?」


「そこまで低くはねえと思っていたが、実際は弱いんだと思い知らされたよ……強ければこの道は選ばなかった筈だからなあ。やられた事一つ一つは大した事は無いんだがな……暇な時に一気に読んでしまったのが駄目だった。絶望が押し寄せて来た……俺ってここまで嫌われてたんだなってな……救いが一つもなかったからよ」


「新しい職場ではそういう事が無いと信じ切ればよかったのに」


「仰る通りだよ……返す言葉もねえ……」


「まあ過去の嫌な思い出が強すぎて身動き取れなくなっても仕方ないよね……でも自殺はいけないと思う。ちょっと深呼吸して8時間寝ればその時の自殺衝動だって消えてたかもしれないのよ?」


「そんな冷静ではいられなかったな……だが言っている事は今なら分かる……アリサちゃんと会って思い出すまでケロッと忘れてたからな」


「そうなんだよ。一時的感情で行動に移しちゃうのが駄目だったね」


「次の人生あるならば、自殺だけはしないと誓うぜ」


「それがいいわ! 因みにどんな目にあったか言える? 教えて!」


「うう」


「あら? どうしたのよ? さっき話すって言ってたじゃん! 急に怖気づいた? でも、私もさっき閻魔様から課された試練を経たら復活出来るかもしれないの。だから、その会社が悪いんであれば復活した後に文句くらい言いに行ってあげられるしさ。ちょっとでもいいから教えてよ」


「ふーん……まあ確かにまだみんな元気に仕事してると思うし、会おうと思えば会えると思うけどよお。今更俺の事なんて覚えてねえと思うなあ。もうあれから10年経ってる」


「いいの!!! もう! ほら! これを良く見て?」

くいっくいっ

再び頭の上の階級を指差し威圧する。

ドン 


              ★神裔Ⅳ★


「うっ……随分階級(それ)に頼るねえ……断りずれえ……卑怯だぜ……」


「へへーんw」


「じゃあ仕方ねえ……(しかし試練だって? さっきから何言ってるんだこの子? そんな試練なんてあったか? だってその気になればいつでも……いや、それとも達人の俺ではまだ知りえない秘密があるのかも? まあいい)もう死んじまってるしな。良く考えたら奴らに殺られた様なもんだ。殺された礼としてはささやか過ぎるが……どうしよ……聞きたいんだよな?」


「そうそう。言えば楽になるかもしれないし!」


「まあここで言ったところで何も変わらんがw……ふう……分かった。言うよ。但し、長くなるかもしれないぜ? 何せ20年分の思い出を語る訳だからな」


「別にいいよ。時間は無限にあるし」(長いと言ってもせいぜい2~3万文字程度でしょ……余裕よ)

せいぜい2~3万文字程度と言って馬鹿にするのは良くない。確かに2~3万文字は多いか少ないかで言えば少ない方だ。そう、たった2~3万文字だ。でも2~3万文字でも積もれば山となるのだ!


「そうかい? じゃ、その前にちょっと椅子を持って来るわ。立ちっぱなしじゃ辛い」

ダダダダダ

ガラッ ごそごそ

そう言うと30m程離れた自宅らしき長屋の真ん中の扉まで走って行った。これは長くなる事を鈴木も感じての事だろうな。

ダダダダダ


「お帰り」


「探したが椅子は一つしかなくてな。座布団しかないが、それで良ければ座ってな」


「ありがとう」

ちょこん

鈴木は椅子に、アリサは座布団の上に正座する。しかし自宅が傍ならばそこで話してもいい気もするが……まあ、女子を自分の部屋に連れ込む行為を避けたのだろうか? アリサはそんな事等全く気にしない娘なのだが……鈴木は紳士なのだな。


「じゃあ言うぜ? ……ええと、俺は旋盤と言う金属加工する機械を担当していた。それで丸い棒状の金属を削って加工出来るんだ。例えばチェスの駒」


「ナイトとかも? あれは違うけど? あれは馬の生首みたいな奴だし」


「知ってるぜ。左右非対称は無理かなあ。キングも厳しいな」


「ああ頭に十字架付きの王冠が付いてるもんね。流石にあんな複雑な形は無理よね」


「あれは十字架付きの王冠部分を別の機械で作って、旋盤で作った王冠無しキングと溶接して作る感じだな。旋盤のみで作れるのはポーンとかルーク、クイーン、ビショップもだな。そういう左右対称の物だな。ナイトは金型に溶かした金属を入れて作る感じだ。うちではやっていなかったな。まあそんな感じで金属製の駒も作れる。で、大きい物であれば真ん中を繰り抜いて筒状にする加工も出来る。例えば銅鑼衛門の空気大砲みたいな筒もな」


「うん知ってる。ニヤニヤ動画で見た事ある!」


「へえ、今はそんな便利な物があるのか。また上界に戻りたいなあ……まだまだ先の話だ……」


「それでそれで?」

上界、まだまだ先。など、地獄内のシステムに関するヒントとなる色々なワードが出てきたが、それに関しては一切興味がなく、鈴木の過去に関する事のみに興味がある様だ。


「俺は結構長い事やっていて、20年やってもバイトだった」


「へえ」


「その途中でよ、何故か


【喧嘩ゴマ】


って言う大会の参加者として俺が推薦された」


「独楽って書いてコマ?」


「そうだよ。製造業の従業員同士で争うコマ回し大会だ。全国から集まるんだぜ。製造業らしく自分の工場の旋盤で材料から作ったんだ」


「面倒臭そう」


「そうだろうな。だから俺より先に社員達にも同じ話が来ていたとは思うが、全員断った結果、バイトの俺に回って来たんだろう」


「成程」


「まあ断る事も出来んかったので、嫌々ながらやってみる事にした。まず、旋盤で先を尖らせて……こんな感じかな」

ゴリゴリ

│ │

│ │

\ /

V

地面に形を書く鈴木。

「後は上に指で回す為の棒を取り付ける」


ー ー 

│ │

│ │

\ /

V


それで完成」


「鉛筆みたいに縦長なのね?」


「この長さがこのコマの特長だ。加工に関してはチェスの駒と変わらん。だけど重さが規定を超えると失格になる。そこは自分の頭で形を図って、ノギスで計って、重量計で測って、作り上げたんだ。規定を越えたら失格だから慎重にやったぜ? 同じ重さなら、細長くするしかない」


「そうね」


「何度も作り直し、ようやく完成した」


「バイトなのにすごいじゃん」


「ありがとう! 俺も初めての事ですごく緊張した。で、これは社員に格上げになるチャンスかもしれねえって思って旅立ちの前、社員が揃っている所で、


『〇〇製作所の顔に泥を塗らない様に頑張ってきます』


と言い、そのコマを胸に抱き旅立った」


「うんうん、かっこいいじゃない! え? 〇〇製作所? それじゃ分からないよ。何製作所で働いていたの?」


「いやいや……言いたくねえよ……そんな言葉、発したくもねえ……」


「そこまで嫌いなのね……」(この話、鈴木さんも言ってたけどもしかして途轍もなく長い話になるかも……それこそ文庫本一冊分の……10万文字規模になる様な、そんな気がする……もしそうなら、折角地獄に来たのにその内情をほとんど見せずにここで世間話だけで10万文字って事になりえるかも? そんな小説あり得る? あの見回りの鬼さんがエピソード3で教えてくれた戦力や階級の件は一切出てこなくなる訳だし……後書きでも詳しく説明して、これからそれを沢山使っていくぞおって矢先に鈴木さんに足止めされた感じになってる……それに、地獄内のあれやこれやを見せる事もなく進む……そうよ、私達が今やっている事って、地獄と言う異世界に転移して、そこでの苦しみや地獄ならではの発見をして感動するって事ではなく、座布団の上で正座して


【ただの雑談】


をしているだけだもんね……それに仮にこの雑談が早めに切りあがっても、残る目的と言えば4つの増魔石? あれさえ集めてしまえばもう卒業……そう、私の行く先々で地獄内で残されたタスクって、石集めだけなのよ……誰でも出来る軽いミッション一つ終わればもうクリア……そう、もうゴール間近なのよ……今私、最後の町で買い物を終え、ラストダンジョンをクリアする直前なのよ……それだけでこの世界ともうおさらヴァ。こんなのさ……


【折角地獄に行ったのに、雑談して帰って来ただけの雑魚幼女】


と言われてもおかしくない。ねえアリサ様? ヒロインとしてこんな事になっちゃって本当にいいの? こんなのさ、読者様への完全なる裏切りよ……これでアリサを嫌いになっちゃう読者様だって出てきちゃうよ? 私それだけは絶対に嫌! そうなっちゃったらもうそんなの死んだ方がましよ。そんな小説未だかつて一つも無い……だって、地獄に飛ばされて、そこでRPG要素を含めた心躍る様な世界観だぞって臭わせて、まだ何もしてへん……最低だ……まあこの小説が、


【異世界転生したけども何もしない系ジャンル】


のパイオニアって事で……いっかあ)


アリサが小説界に新たなジャンルを発明した様だ。めでたいな。しかし、アリサも現実を知り諦めてしまった様だ。だが小説はそうでなくてはな。地獄に来てその特有の施設をガン無視し、10万にも及ぶ雑談を行い帰宅と言う奇抜な内容は、ほぼ確実に読者の予想を裏切る形になるし前代未聞。そう、ある程度読み手の予想を裏切った方が良い小説なのだ。読者のほとんどがもう数千億と言う異世界転生の話を体験した猛者ばかりであるしな。

そんなところに


読者『また異世界転生か……』


と惰性で読み進めて下さっている方も中には居る筈だ。だが、この小説の凄い所は、


【全くそんな事が無いという事】


なのだ。そう、別に地獄に落ちたからと言ってその世界を深堀りせねばならないというルールは無い筈。おまけに大量の文字を使用している事からとっても良い小説の烙印はしっかりと押されている。だがまあ一つの会社の話だけで10万文字は流石に無いであろうwそうなってしまえば文字数稼ぎの首領である私でもドン引きである。故にそこまで膨大な文字量にだけはならないと


【断言しよう】


だがな? 地獄に来たからと言って血の池で苦しんだりするだけでは正にナンセンス。地獄に来ても敢えて世間話で盛り上がる様な奇抜さも大事なのだ。


「どうした? 考え事か? もう終わりにするか?」


「何言ってんのよ! 冗談でもそんな事は言わない! 続けて」


「おう、戦いの様子は、テレビでも放送された。作成の段階でもうちの工場にテレビ局のカメラが入ってきて、コマの加工工程まで撮影してくるんだ」


「緊張するね」


「大会の様子は社長が録画していて、2階の食堂で皆で見たんだ。俺は2回戦まで勝ち上がった。そこで負けちまったけど最下位は免れた」


「みんな誇りに思ったでしょうね」


「そうあって欲しかったよ……だがその勝ち方が少し違うって話になっちまって」


「どこが違うのよ? 勝ちは勝ちよ! 変じゃない?」


「喧嘩ゴマだから基本的にはぶつかり合う。そして弾き飛ばしたりして残った方が勝ちっていうルールだが、俺はルールを隅々まで読んだ。そしたら、最後まで回っていたコマが勝ちと言うのもあったんだ。だから俺はそのルールで勝つコマを作った」


「そんな事出来るんだ。でも、大変じゃなかった?」


「ああ、だがやりがいはあった。どの選手もぶつかって吹き飛ばすコマを回している。触れれば一触即発。何せ細長いからな」


「相手のは同じ重さでも太めの駒で戦って来たって事?」


「そうそう。そのフィールドはおわん状になっているんだが、大体フィールドの形に従い、中央に流れて行ってぶつかりながら戦う。だが俺はフィールドの隅、斜めになっている所でもずっと回れる様に考えて設計したんだ。何十回も試行錯誤してな。そして細長くする事で斜めの部分で安定して回れるような駒が作れると突き止めた。普通に作られたコマの相手は一人フィールドの中央で力尽き、隅で回っている俺のコマは勝利を勝ち取る」


「凄い技術じゃん」


「だから一切当たらず、相手が倒れるまで回っていての勝利だったんだ」


「何か問題でもあったの?」


「あったんだよ……」


「聞きたい!!」


「そうかい? じゃあ話すよ……はああ辛いけど……」


「わくわく」


「俺のコマが勝って、ガッツポーズをしている俺の姿を見た正社員の一人が、


『あれのどこが喧嘩ゴマだ?』 


って言い出したんだ。続いて、


『喧嘩ってのはぶつかり合うのが普通だろ! あんなの喧嘩ゴマじゃない。逃げゴマだ!』


って。そしたら賛同する社員が騒ぎ出してよ。まあそいつらは隅々までルールを見ていないから仕方ないんだけど」


「酷いね」


「製造業ってのはさ、結構喧嘩っ早い奴が多いんだよ。だからああいう消極的な戦い方で勝っても誰も喜ばないんだ。それに何より俺が負けて悔しがる様を見たかったという面もあった筈」


「そうなんだね」


「そしてトドメの一言。これは本当に効いたよ……クリティカルヒットって奴だよ……


『こんな奴はうちに相応しくない!!』 


だってよ……頑張ったのによ……」


「うわあぁ……」

涙ぐむアリサ。


「俺は自分のスキルではぶつかり合って勝つのは得策じゃないと考えた。だから、違った視点で勝つ手段を考えただけなのに……」


「頑固よねえ」


「俺はそれからその社員に酷いいじめを受けた。とある日靴箱を何気なく開けた時……」

ガチャ……プス


『ん? うわぁ? いてええぃEeEええXE!?』


「何があったの?」


「画鋲だよ。靴箱の蓋の手を入れるくぼみの裏に仕掛けてあって、それを引き開けようとした時に刺さって指を怪我した」


「陰湿ね……」


「ああ、


『ひゃははははwうわぁ? いてええぃEeEええXEだって? 情けない悲鳴だw』


との事だ」


「え? 傍で様子を見ていて笑っていたの?」


「ああ、それが?」


「しかしそいつすごいね」


「え? 何が?」


「今、悲鳴を完璧にコピーしていたよ? しかもあの複雑な悲鳴を1文字たりとも違わずに……そいつ天才なの?」


「そこを食いつかなくていいんだぜwただのコピペだしなw」


「え? こ、コピペ? どういう意味?」


「知らねえよwで、


『痛ててて……お前がやったのか? せこい男だ』


『お前だと? 鈴木! 口の利き方に気を付けろ! このバイトが! お前! 泥を塗らない様に頑張りますって出て行って、あんな戦い方して……しっかり塗ってくれたなwこの嘘吐きの恥さらし野郎!』


『確かにな……あの戦いには好き嫌いが別れる』


『好きな奴なんかいねえよ!』


『くっ、だからってこれは傷害罪だろ? 笑ってたって事は自白してる様な物だぞ。そんなに馬鹿だったのかお前』


『バイトに人権はない。俺を裁ける訳がない』


との事だ。こういう奴が社会を回してると思うと情けなくなってくる。社員がそこまで偉いのか? 明らかに犯罪」


「うわあ……」(刑法204条の傷害罪よ……)


「まあそんな理屈は通用しない訳で、警察にしょっ引かれてクビになったからすっきりしたけどよ」


「まあそうよね……こんな馬鹿ばっかりならいいんだけどね」


「そうだな。で、テレビに出ちまったもんだから、それを見ていたお得意さんにも色々言われちまって……」


「酷いねそれは」


「逃げたかったがそれでも俺はその会社に拘った」


「何でよ? 転職した方がいいのに……留まる理由は何なのよ」


「そんなの言えんよ」


「駄目! 言いなさい! ほら! 神裔Ⅳだよ?」

どういう事だ?


「くっ……分かったよ……実は好きな子がいてよ、それでそこに留まるしかなかったんだ」


「どんな子?」


「大人しい子だ。アリサちゃんみたいに金髪でな。その子は正社員だった。俺はただのバイト。敵わぬ恋だったんだが、いずれ社員になれるとも思っていた。そうすれば仲良くなれるんじゃないかって……」


「でも夢は潰えたって事?」


「ああ……コマ大会に出た後少し自信が付いたので、仲良くなろうとその子に血液型を聞いたんだ。それでおどおどしながら教えてくれた」


「第一歩って感じね」


「ああ、教えないという選択肢もあった筈だ。でも教えてくれた。嬉しかった。で教えてくれた上で同じ血液型だった場合のみ用意していたギャグを出すと決意した」


「すごいね。運命感じるじゃん。好きな子が同じ血液型なんて……私はAB型で同じ人がクラスにも少ないけど」


「で、同じB型だったから、宇宙のナベアツのギャグのオモローイのパロディで


『オソローイ!』


ってギャグを見せたんだ」


「へえ、結構勇気いる行動よ」


「そうだ! 当然血液型が合わなかったら、ああそうなんだって言うつもりだったんだ。血液型を聞けただけでも良しだったし、少しずつ仲良くなっていこうって思ってたからな。でもまさか4分の1で同じになるとは思わなかったからよ、で、焦りながらのオソローイだったぜ!」


「うん」


「それでもしっかり笑ってくれてよ。よっしゃって思った。いい笑顔だったぜ……俺の中で血液型も聞けたし笑顔も見れてその瞬間だけは最高だった。だがその子、それを会社中に言いふらしたんだ」


「ゲゲゲゲゲエ最悪じゃん……」


「一時オソローイが会社中で流行ってよ。専務もあのポーズ

挿絵(By みてみん)


をして得意そうにやっていたな」


「何もない時に?」


「ん? 何もない時にって? 何が?」


「そのオソローイってギャグさ、誰かと共通点がある事が分かった後に言うのが最適解よね? なのに何でもない時にそれを言っても笑いにはならないと思う」


「確かにそう考えると何でもない時に使用する奴ってただの馬鹿だな。共通点があって初めて使えるギャグを、何もないタイミングでやっても、何言ってんの? って言われるのが落ちだな」


「そうよ。その専務、笑いのセンスがないわね」


「ああ、そうだな。例え最高のギャグでも使い所を間違えれば滑る事になる。奴は俺のギャグを汚した最低のセンスの無さだ。いわば、センスが無い→セン無→専務って事だな」


「www」


「そして社長もそれを知った事を知った。まあ悪い噂はすぐに広まるからなあ。まあ、その事に関しては別に気にしていない」


「どうして?」


「少なからずこのギャグを通し、みんなが笑顔になってくれたから……かな?」


「待ってよ……それってみんな嘲笑っているって事よ……ぐすっ」


「そうは思わない。俺は自分のセンスを信じ、そのギャグをアレンジし届けた。それには偽りはない。それを笑ってくれたって事実は俺がどういう身分であれ変わらない」


「優しすぎる……くすん」


「そんな事で泣くなよ」


「酷過ぎる……」


「過ぎた事だ。でも納得いかねえのは仕事を頑張っている姿は一切広まらねえのなw」


「確かに……おかしいよね。不思議」


「恐らくだがそこ止まりだから……かなあ? 話してても面白くも何ともないから。奴らは笑い合いたいんだ。俺の滑稽な姿をな。頑張っている姿を話題にしてもそれであざ笑う事は出来ない。そして、自分には決して出来ない事だから広めたくない。だから広まらない。

奴らはバイトの癖に、恥を掻いて来いと思って送り出した大会で、一回だけだが勝利した事にすら嫉妬し、一斉に俺の戦い方を非難した。笑えなかったから。そこでも俺を笑いたかったから……」


「そうだったんだ……」


「そもそもの原因は、自分やりたくないから俺に押し付けただけなのに、そうだ。活躍できるチャンスを自分自身で捨てただけなのによ……むかつくぜ」


「分かる……」


「俺より技術があった社員だったら俺以上に活躍で来ただろうよ」


「そうよね……」


「で、オソローイの件がバレて数か月後、事務所から20m位離れた所に行って探し物をしていたら、事務所の外で社長と何人かの社員達が、


『鈴木はこれから告白して付き合おうとしているんだろうねwどうやって告白するんだろうねw』


と、話していた。にやにや笑いながらな。はっきりと聞こえた。恐らく俺とあの子の事を言っていたんだと思う」


「え? それって……」


「そう、仕事の真っ最中だった。なのに、自信満々で俺の陰口だ。まあ社長だしある程度私語をしても怒る相手はいない。やりたい放題だ。あの時、


『社長! なんか楽しそうな話してますねえw何の話してるんすか? ところで仕事中に私語っていいんすか?』 


って割って入る事も出来んかったしな。自分の事を言われていると確信してたから。それに、みんな俺の噂で盛り上がって楽しんでる中で噂の人物が来たら嫌な気分になるだろうし……何より多勢に無勢」


「酷い……みんな嫌がって出なかったコマ大会に出てくれた唯一の人間に悪く言うなんて」


「それはそれ。社長はお礼を言う事は無い」


「そうなんだ」


「そうだ、で、奴はまるで絶対成功しないという事を確信しつつ、馬鹿にした感じを漂わせながら話していた。そして取り巻きの社員共の蔑んだ笑い声もな。それを聞いてしまった。偶然ではあるが、そういう話を耳に入り気分が落ち込んでいた直後に、社長はこっちに向かって歩いて来た。その時、俺を見たんだが社長の見下した感じの顔……辛かったぜ……まるで人間を見る目じゃなかった……この人は俺なんかは同じ人間として見てくれていないんだなあって感じた。

まあそりゃそうだ。こっちはバイト、相手は社員。だが、奴は陰口だけでは我慢が出来なかったのだろうか? 更に追い打ちをかけてきた。お前はバイトなんだし出しゃばった事はしないでくれという様な感じを、わざわざ社長自らバイトの俺に教えて来た強烈な出来事があるんだ。ビックリするぜ?」


「聞く!!」


「そうか? アリサちゃんならそう言うと思ったよ……分かったぜ! 言うよ。まさかとは思うけど、泣くんじゃねえぞ?」


「うん!」


「行くぜ!! あの野郎……新入りのパートの還暦位のおばさんが来た時、その人を紹介の際、普段と違う一言を付け加えたんだ」


「え?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


社長さん、一体どんな事を口走ったのでしょう?

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