鈴木の手紙 後編
今回でゾロ目文字数は終わりにします
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「そろそろ始めましょう。ごめんね。慣れない環境で疲れてしまって……」
「いやいやアリサちゃんの選んだコーヒー美味かったよ。助かったぜ!」
「お金だけはあるからね」
「いやいや! 戦力だってあるじゃねえか! しかもかわいいし、賢い! 才色兼備だぜ!」
「うん。全て持っているとなんか誰彼構わず優しくなれちゃうのかもねえ」
横柄であるなあ。アリサよ、謙虚さだけでご飯を食べてるんじゃないのか?
「しかしすげえなああの日記。大人が書いたんじゃねえかって程だw一回も噛んでねえし……」
「流石に自分の書いたのを忘れないよ。それにね」
「ん?」
「普段はあんな長く書かないよ。特別な事が起きた翌日に書いた日記だからあんなに長くなって内容も覚えていただけ」
「そんなもんか? しかし本当に3歳の時に書いたのかい?」
「うん。でね、これを思い出そうって決めた理由は鈴木さんに対抗したかったから」
「俺なんかに?」
「謙遜よ……あんな文章力見せつけられて……火が点いたのよ……私の心に……で、私の日記の中で一番良く書けた奴を思い出して私だって出来るんだって所を見せたかったのよ!」
「そんなにか? 神裔様に嫉妬されるレベルなのか?」
「そんなによ!!」
「何か嬉しいわ。でもアリサちゃんの日記も本当にすごい内容だったぜ? でもこれでこの内容を忘れちまう事になるぜ? 日記の中では忘れる程脳はやわじゃないって自信満々だったのにな」
「え? そんな訳ないじゃん」
「え? あ、そういやこれ、
【具現】
してないから忘れないか……って事はさっきの全部覚えてたのか?」
「そうだけど?」
「ぜ、全文を思い出すなんて……とんでもねえ子だなあ……」
「何それ? 具現ってさっきの奴? それにもし忘れたとしても蘇った時に読み直せば思い出せるわ」
「そうか、蘇りの試練を超えれば……羨ましいなあ……え? 何で? だってもう……あれえ? まあいいか」
ぬ?
「どうしたの?」
「いや、思い過ごしだと思う」
「ふーん」
「でもそのデスブックシルフってのにちょいと興味が湧いて来たが、我慢して続き行くぜ?」
『その時は、私に捏造している事を報告され、私にはそれがバレている事を分かった上でこんな事を言った訳です。あの時内藤さんが言うべき目標は
「私は指示書の捏造を行っていました。ですが、全て見透かされていた事を知り、2度とやらないと決めました」
とみんなの前で報告するのが正しい目標の発表ではないでしょうか? この時です。彼は絶対に積極的に自分の行った犯罪を白状しないなと確信したのは。恐らく隠し通した上で、定年退職まで社員として頑張って行こうと決めたんだと思いました。やっている事は古屋君よりも遥かに酷い事を1年4か月続けて来たのにです。まだ罪を重ねようというのです。
もしもの話ですが、2009年の3月。捏造をばらされた瞬間に即刻社長に報告し、その時点でクビになっていたと仮定すれば、その時点で給料を支払うのはストップ出来た筈です。それを報告せず、この会社に居座り続けた事の弊害は大きいと思います。
本来もう退社している筈なのに、自分の罪を黙っている事でずっと社員待遇で給料を受け取り続けているという事になります。
しかも、仕事が遅いから次はもっと早くやるぞ! という向上心は無く、まったりマイペースに仕事を終わらせて本来掛かってしまった時間を捏造で自分に都合の良い時間に書き換える事で、仕事も早くてミスの少ない優秀な社員という事を意図的に見せようとする人に、そんな無駄なお金を払うのは馬鹿馬鹿しいと思いませんか? アルバイトとして頑張っている人も、内藤さんの真実を知れば怒ると思いますよ』
「鈴木さんもバイトだもんね……悔しいよね……」
「ああ……」
『現在内藤さんは、捏造してそれを報告せず、定年まで社員待遇で働く犯罪者になってしまっています。
本当に犯罪者を普通の人と一緒に働かせる余裕がこの会社にあるんでしょうか? 朱に交われば赤くなると言います。内藤さんの傍で働いている人はどんどん捏造に手を染めていくかもしれませんよ? そんな人はバッサリ切り落とし、もっと若くて仕事が出来る人を採用した方が良いと思いますが……嘘の様な本当の話ですが、彼の捏造に気付いたのは隣で一つの品物の小さい斜め穴を2つ開けるだけの作業です。そんな簡単な作業に、7時間も掛けて終わらせたんです。遅いなあと思いながら見ていましたが、なかなか人には聞かず、一人で解決しようとしてもたもたしていました。最終的に井村君を頼り完成させ、結果7時間後です。なのにそれを2時間と偽り報告した指示書を見た時が私が彼の捏造を初めて見た瞬間なんです。根が真面目そうに見えた分本当に驚きました。
そして、捏造を報告した日を境に、逆恨みでもするかの如く嫌がらせをしてきました。
彼が、自身の口からこの事をいつかは報告してくれると信じ、黙っていたのですが、私が誰にも話さないと分かったら、いい気になって色々細かい攻撃をしてきました。辛かったですね。ですが分からないでもないです。
彼からすれば、
「折角毎日楽しく自分の良いように指示書を捏造していたのに、もう2度と出来なくなってしまったんだ。
鈴木め! 勝手に人の指示書を覗いて見破らないで欲しいんだよ!」
と言った所なのでしょうね……身勝手な人だと思いませんか? 実際最近の内藤さんの指示書を見ると開始時間をしっかり記入していて、正しい作業時間を書く努力をしています。ここは唯一評価できますね。因みにここでは受けた嫌がらせの内容は趣旨が違うので省きますが、彼の性格は非常に悪質だと感じました。私もかれこれ20年務めてきて大体120人程でしょうか? ここに入社して、色々な理由で辞めて行った人々を見てきましたが、その中でも間違いなく最低です。ワースト1です。断言します。
ですが、これで名前も分かった事ですし、心置きなくISOの方に報告できますよね?
報告が遅れてしまった原因は、自分が彼を信じ、彼自身の口から報告してくれると思い込んでいた甘さから来た事です。心から反省します。
ですが、社長が面接を経て厳選し採用した優秀な人材です。その人を初めから疑う従業員は居ません。優秀な才能を持っているからかなりの高齢でありながら社員として入って来れたんだ。と、心の底から思っていました。
今はこれっぽっちも優秀とは思っていませんがね。
確か今年の9月には外部監査が来るとの話がありました。
内藤さんが捏造をしていて、今まで怖くて言う事は出来なかったが、今年ようやく秘密を握っていた人に教えて貰ったので報告します。と、ISOの監査官にしっかり話して、この事が継続する時に問題があるのか質問して、捏造の件を入れて審査して下さいと言って謝るべきです。当然内藤さんも土下座で謝らせてほしいです。
最悪ISOが継続不可になってしまったらそれはそれで仕方のない事です。
もし、捏造者がいて、それを報告しなくては継続出来ないと言う内容のルールがまだISOのルールの中に無いとしましょう。でもそれは現時点での話です。私はそこまで調べていません。だからそんな事を言う必要ないよと思うかもしれません。ですがこれが明るみに出れば、必ず新ルールにその内容が追加される筈です。根拠を説明します。
考えてもみて下さい。内藤さんが捏造で実際7時間かかった仕事ですが、2時間と噓をつき完成させた品物を欲しいお客さんがいるとします。その人は、日付を間違えて覚えていて、調べてみたら納期まで3時間しか無く、早く仕事が出来る会社はないかと探していたとしましょう。そんな時、2時間で終わらせる事が出来る内藤さんが木林製作所にいるという事を突き止め、彼に白羽の矢が立ったとしましょう。
まあレアケースですが、絶対にないとは言いきれない事です。今でも現役で働いていますからね。
で、蓋を開けてみたら7時間かかってしまい、納期を厳守する事が出来ずその事に腹を立てたお客さんがツイッターで
「木林製作所の内藤さんは2時間で終わらせる事が出来ると書いていたのに、実際は5時間もオーバーしていて納期に間に合わなかった」
と呟かれたらどうでしょう? もしかしたら炎上してしまうかもしれませんよね? 因みに炎上とは、ある人物のツイッターやフェイスブック等のSNSでの投稿が、引用リツイートなどで沢山の人に広められ拡散する事で、多くの人にその内容が伝えられ、取り返しがつかない事になり、最悪、ネタ元が嘘だとしても大きな被害を受けてしまう事ですよね? その企業の信頼を著しく低下させてしまいます。
まあ今回のケースは、実際内藤さんに任せたらそう言う結果になるのは分かっていますし、十分起こりえる事ですが。
悲しい話ですが、良い噂だとそこまで広がりませんが、悪い噂は物凄い速さで広がるという事も知られています。
折角ISOの資格を持っていても炎上してしまえば、新年の新聞にISO継続企業の発表の欄に木林製作所の名前が載っていたとしても
「ここは捏造する奴が居るから別の会社と仕事しよう!」
と、同じISOを持っている会社の中でも優劣を付けられ、どこからも仕事が貰えなくなる可能性もあると思います。
ここで質問ですが、この場合一番悪いのは誰でしょうか? 2時間で出来ると指示書にも書いてあって、ISOを取得しており、2年も継続が出来ている木林製作所だから安心だと信じ、まんまと引っかかったお客さんが一番悪いのでしょうか? それとも? 捏造した内藤さん本人でしょうか? どちらも違うと思います。
一番責任を負うのは当然木林製作所だと思います。理由は内藤さんへの教育不行き届き、いつでもチェックできた指示書のチェック不備、そして捏造している人がいると2年前に既に私から聞き知っていたのに、名前が正確に分からないという理由でそれを碌に調べず過ごして来た事。そしてそれを続けていたら今後どうなるかという事を明確にイメージできなかった深謀遠慮の無さも大きいですね。
だから、結果お客さんが迷惑をかけてしまう事に繋がる危険性があるので、今までは無かったとしてもそう言う人がいると判明すれば、その内容をルールに追加しないなんてありえないと思うんです。今は無いとしても、次の年度のルールには追加される可能性は高いです。木林製作所がそのルール追加に一役買う事にもなるので、ISOの歴史に加担できる偉業ですよね? それを見た他の会社も
「成程こういう事もあるのか……気を付けよう」
となるでしょう。ルールを作成する時、色々どういう事が起こりえるだろうかとみんなで想定しながら作っていく筈ですが、内藤さんの指示書の捏造はそのルール作成段階で想定できなかった事だったという事でしょう。そんな酷い事をやる人なんかいないよ。と、最初から切り捨てていたから出来ていなかっただけだと思います。だから今出来ていないとしても、必要と判断されたのならいずれ追加されるでしょう。
考えてもみて下さい。社員、バイトと一丸となって勉強会も食堂で何度も開催した末に苦労して取った資格なのに、たった一人の我儘のせいでこんな大事になってしまうんです。内藤さんの行った罪は深いと思いませんか? これがバレてしまえば持っていないと同じ、いいえ、それ以下になってしまいます。
皮肉な物で折角信頼を得るために取得した資格が、逆にそれを持っている時に悪い事が発覚してしまうと、かえって大きくイメージが下がってしまうという悲しみがありますよね。ですから一旦剥奪されたらされたで諦め、再度勉強し直した後で取り直す。
そうやって正しい木林製作所を貫きましょう。
それでもやはり言い出すのは恥ずかしい気もしますか? では例え話を一つします。
例えばISO継続出来た企業のトップのみが参加可能な船上での飲み会があると仮定します。そこで
「いやあ今年の監査は本当苦労しましたねえ」
「本当にそうです……通って良かったです……」
と苦労話に花を咲かせていた、正しいルートを通って継続を果たした社長達。そこに木林製作所の社長が割って入り、
『うちはね? 指示書捏造をした人がいましたけど、揉み消す事で継続楽勝でした!』
なんて……言えますか? 口が裂けても言えないですよね? その話を聞いた人は、例え今はルールに無いとしてもそれが人間としての基本的な事が守られていない事は当然分かっています。なので怒りを露にする筈です。下手したらその場で袋叩きの後に海に捨てられ鮫の餌です。そんな、人に言えない事をずっと続けるのは変ですよね? 損得勘定が出来る人ならどちらが得策か分かる筈です。
だから潔く自分の口から言うしかないと思います。秘密を隠して
『今年も無事継続出来ました! ww』
と嬉しそうに報告されても、全てを知っている私からしたら寒いですよ……恥ずかしくなってきます……言わば計量で体重超過したプロボクサーが適正体重の選手に勝って喜んでいる様な物です。違法した人間が評価される事は無いですよ? 他の従業員もそれを知れば、
『なーに一人で盛り上がってるんだか……やれやれ……』
と鼻で笑われるのが目に見えています。そんな陰口を聞いたら、聞いた方も言った方も嫌じゃないですか? 誰も得をしないんですよ。それなら素直に報告しましょうよ。例え一時的に炎上したとしても、批判する方々の中から味方も現れ励ましてくれます。
「よく白状した! そんな素直な木林さんならまだ付いて行くよ!」
と、言って支えてくれる人も出て来ると思います。
そして、一定数は残ってくれると思います。ですがずっと黙っていて、誰かの密告でバレてしまったら炎上の質は変わってくると思います。擁護してくれる人は誰も無く、次々と離れて行き、最悪孤立する危険性もあります。
出来ればすぐにISOの本部に内藤さんを連れて行き、謝るのが普通ですが、今回の外部監査で報告するのが良いのではないでしょうか? 確か9月に来る事を聞いていますがそのチャンスを生かしましょう。謝る際、言い訳など一切言わずに素直に無垢に純朴に謝るのが一番です。その澄んだ目で謝れば、もしかしたら継続できるかもしれないじゃないですか? 今は不況だから……とか本当の事を話しても社員のみんなが悲しむから……とかそういう理由でこれ以上先延ばしにするのは、ただのおためごかしです。どんな理由であれ、あれこれ言い訳にして何とか逃げ道を探そうとするのでは進展しません。まさかこれからずっとこの時期は、
『いつバレるかな? 怖いな……』
『今年もバレませんようにお願いします……』
と、怯えながら過ごすのですか? 海千山千のプロの監査を未来永劫出し抜ける事が出来ると本気で思っているのですか? らしくないです!! 例え会社内の人達を押さえつけてこのままの状況を維持していたとしても、世間が知れば許してくれるとは思えません。
世間だって長引く不況で、今までとは違う社会の変化で苦しんでいるんですから。
ああ、そもそもこんな常識、アルバイトの私に教えて貰う程の事ではないと怒られてしまうかもしれませんね。
そうです、簡単な事です。信用を得るにはISOを取得する事では無いんですよ。そこがゴールではなく、安定して正しい道筋でISOを継続する事で、もし内部で悪事が発覚したら、積極的に報告し、全て吐き出す。これしかないんです。誠実が売りの木林製作所です。
ここまで読み、来たる外部監査の時に心を込めて謝るぞ! と言う気持ちで溢れかえっている事と思います。
もしそれでも迷っているならいっそのこと、QMSミーティングでどういった感じて切り出そうか? などを相談するのもありだと思います。まだ時間はあるしゆっくり考え、監察官の心を揺れ動かす様な謝り方を皆ですり合わせてみましょう。ぎくしゃくしていてバラバラになりかけていた絆がひょんな事から深まるかもしれませんよ? 悪い事をしたら出来るだけ早く心を込めて謝る。幼稚園児でも出来る事です。遠回りも近道も無い。ただ心を込め謝るだけ。
そんな単純な事が出来ない会社ではないですね。安心しています。慌てても落ち着いていてもその時は来てしまいます。泰然自若に心構えして待ち、その日が来たらしっかりと心を込めて謝って判断して貰い、正しい木林製作所に軌道修正して貰いましょう!』
ゴトッ
最後のブロックを床に置く。
「ふう。と、言う内容だ」




