第八章 探索
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
備中は娘に医師がついている安心感とこの数日の目まぐるしい日々の疲れから自室の机についた途端、座りながらそこで寝てしまい、家臣に肩を揺り起こされるまで自分が寝ていることにすら気づいていなかった。
「宰相殿、宰相殿、起きてください。」
その言葉でようやくなんとか目を開いた備中は、寝ぼけた状態で「なんだ」とだけ答えた。
「皇太子殿下がいらしています。」
「!?」
その言葉で完全に目が覚めた備中は、慌てて立ち上がったため、机に当り机上にあった筆がコロコロと転がって落ちた。
備中はびっこを引きながら慌てて廊下に飛び出すと、向かい側から頭を低くした家臣に連れられて照挙が歩いてくるのが見えた。
照挙は普段派手な格好を好む。
朝廷ではいつも深紅の地に金糸銀糸をふんだんに使った総刺繍の着物だし、先日の鷹狩でさえ、皆汚れを気にしてそこそこの着物にしていたのに、彼だけは目の覚めるような青地に色とりどりの花鳥刺繍をあしらった上等な着物を着ていた。
それなのに、今日は茶の光沢の無い地味な着物を着ていた。
備中はさらに短い脚の回転を早めて廊下を進み、照挙の前まで来ると手を重ねて深々と頭を下げた。
近くで照挙をよくよく見ると、その着物は、地色と同じ色で見事な幾何学模様の刺繍が全面に入っており、この人物の身分が高いことを地味ながらもしっかりと表していた。
「小波留はどうだ?」
照挙は、御典医4人と共に帰郷し、その後も御典医団に囲まれてようやく今朝目覚めた皇帝の状態と仲邑家の馬車に乗っていた御典医2名から聞き出した仲邑波留の容態を思い出し、不安げに暗い声でそう聞いた。
備中は一度上げていた頭をまた下げながら、
「おかげさまで先ほど少し意識を取り戻しました。」と囁いた。
ここに御典医を連れてこようと思ったものの、手の施しようが無いときっぱり言われてしまっていた照挙は、今自分の耳で聞いた備中の言葉をにわかには信じられなかった。
照挙は驚いて「ああ」とだけ答えると、備中が自ら波留の部屋まで案内してくれる後ろをボーっとしたままついていった。
波留の部屋の扉が開けられて照挙が目にしたのは、奥のベッドに力なく横たわる仲邑波留の姿だった。彼は、彼女の側にすぐ駆けつけると「小波留、小波留、大丈夫か?」と囁いた。
勿論彼女からのそれに対する反応は何もなかった。
彼女の顔は包帯でグルグル巻きにされており、照挙は目の前で横たわっている人物が本当に彼女なのか判別ができなかったが、とにかく波留だと言われている人物の手を取って優しく親指で彼女の手をさすった。
そこにちょうど食事を終えた劉煌とお陸が入ってきた。
備中は、照挙に向かって
「殿下、こちらが医師の小高蓮です。」と劉煌を手で指しながら言った。
”殿下、、、ということは中ノ国の皇子か。三か国の祭典では会えなかったから私の顔は判別できないだろう。確か中ノ国の皇子は2人、、、年恰好からすると皇太子だが、いくら宰相宅とは言え、娘の怪我の見舞いに皇太子が来るはずがないし。”
劉煌は殿下と呼ばれた人物へ深々とお辞儀をしながらそう考えた。
そう紹介された照挙は、備中が劉煌に照挙を紹介する間もなくすぐに劉煌に向かって
「小波留が目覚めたというのは本当か?」
と食ってかかった。
こ・は・る
その響きに、ここに来て患者の顔を見てからずっとくすぶり続けていた小春への情念が再燃してしまった劉煌は、思わず「こ、小春?」と聞き返してしまった。
皇太子に向かってあまりに無礼な発言に備中は怒り心頭になり、自分がまだ相手を劉煌に紹介していないことを棚に上げて「お前、頭が高いぞ。こちらにおられるのは皇太子殿下だ。本来ならばお前が直接話せる相手ではないのだ!」と怒鳴った。
”そんなこと言ったらアンタの方がよっぽど失礼なんだよ。西乃国の皇太子にむかってさ。”
普段その皇太子を顎で使い、しかもお嬢ちゃんと呼んでいる自分のことをすっかり棚に上げて、お陸は自分の愛弟子を怒鳴りつけた仲邑備中につめたーい目線を送りながらそう思っていた。
劉煌は慌ててその場にひれ伏すと「これは大変失礼いたしました。殿下どうぞ命だけはお助けを。」と言って取り繕ったが、照挙はそんなことよりもとにかく仲邑波留の状態を確認したい思いから「それより、小波留は?目覚めたというのは本当か?」と眉毛を八の字にして今にも泣きそうな顔をして聞いてきた。
ひれ伏している劉煌がなんと言っていいのか戸惑っていると、横から皇太子についてきた宦官がいち早く察知し「皇太子殿下は親しい方をお呼びするのに名前に小の字をつけてお呼びするのです。」と劉煌の頭の上から冷たい声でささやいた。
劉煌はなるほどと思いながら照挙に向かって再度叩頭しながら言った。
「仲邑波留嬢は、先ほど一度意識を取り戻しました。」
「では、なんで呼びかけても反応しないのだ?」
「今は薬で眠らせていますので。そうしなければ意識が戻っても激痛で耐えられないでしょう。」
それを聞いた照挙は涙をポロポロこぼしながら波留の方に向きなおすと、首を振りながら彼女の手を両手で握って「頼む。治ってくれ。」と呟いた。
ひれ伏しながらチラッと様子を伺っていた劉煌は、照挙の顔つきから皇太子は宰相の娘と恋仲なのだと悟った。宰相の娘という肩書きだけでも充分診察するのはプレッシャーなのに、さらに皇太子の恋人ともあれば、それは御典医達が尻込みするのも無理もない。まして、生存確率が限りなく低いこの症例であれば尚更のことだ。
しかし、劉煌は、自分の身を案じる前にこの皇太子の人となりをすっかり気に入ってしまった。
身分的に女は選り取り見取りであるのに、宰相の娘とはいえ、決して美しいとはお世辞にも言い難い彼女をここまで心配しているのは、皇太子が政略的な問題ではなく純粋に彼女を愛しているからだ。
劉煌は、3か国の祭典に最後に出席した時のことを思い出していた。
ー『いやー、参りました。愚息が今度は足を折ってしまって。去年は病気で出られませんでしたし、本番に弱いというか、何というか。』ー
あの時、中ノ国の皇帝がこのように愚痴っていた皇太子を目の前にして劉煌は、自分のお尻に火がついていることも忘れて微笑んでいた。
~
その頃、案の定お陸の家を抜け出した百蔵が、万蔵に会っていた。
「百蔵、お前、もう焼きが回ったのか?そんな馬鹿な話を真に受けるとでも?そんな物を....」
”皇帝が秘密裏に探させる訳がないではないか!”と心の中で万蔵は叫んでいた。
「でも本当なんすよ。俺だってそんな訳ないって思ったから、裏取るためにこれだけ時間が......」
「そんな、質屋にあっただと?」
「間違いだったら火口衆が襲ってくるわけないじゃないっすか。」
「うーん。」
「物を買った奴は禁衛軍にいやしたが、そいつも皇宮の詰所も実家も全部漁ってもどこにも無かったっす。親しい奴のところを全部探っても......」
「買った奴が禁衛軍なら劉操の命で買ったのでは?」
「禁衛軍ってたってノンキャリ組の奴ですよぉ。」
「下請けだったという線は?」
「そいつも全部調べましたよ。そもそも質に出したのが禁衛軍のキャリア組の奴ですよ。」
「......意味不明だな。」
しばらくの沈黙が続いた後、この案件の依頼主が誰なのか知らない百蔵は思い切ってこう言った。
「頭、いっそ造ったらどうなんすか?型とってきやしたから。」
「型?」
「皇宮にあった場所を見つけたんす。埋もれた隠し部屋を掘り起こしてったら壁に変な凸凹があったんすよ。そこに粘土を入れたらこんなのができやした。」
百蔵はそう言うと粘土の塊を見せた。
”こ、これは......!?”
それは粘土でできた3寸ほどの観音像だった。
「蒼石でこれを彫れば......」
万蔵は、”そんな誤魔化しが通用するか!”と思った瞬間、宰相の仲邑備中の顔が脳裏に浮かんだ。
あの時の宰相と自分の会話を万蔵は思い出していた。
ー『それよりも、もし我らの推察が正しければ、皇帝が門外不出のことをほのめかしたということは、これが成功しても失敗してもこれに関わった人間は、、、』
『、、、始末されるということですね。』
『まだそうと決まった訳ではないが、十分に注意せよ。』ー
”どのみち殺されるのなら偽物を渡せば時間を稼げるかもしれない。百蔵がこれだけかかっても見つからなかったってことは、西乃国にはもう無いのかもしれないし。”
備中の警告を思い出した万蔵は目をギュッとつぶって囁いた。
「百蔵、これを彫れるくらいの蒼石を探してこい。」
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