第八章 探索
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
百蔵がお陸の拷問に耐え続けて3日目の朝、鷹狩に出かけるため、中ノ国の皇帝と皇宮内に住む男性皇族と皇帝の愛妾:桃香、さらに重鎮たち並びに近衛兵が皇宮を出立した。
一行は皇帝の叔父の住居である武王府から南に50Km下った所にある山に登り、その中腹に広がるだだっ広い広場に陣を構えた。皇族、貴族の宿営は、それぞれ個別の四方を厚い布で囲った天幕があてがわれ、野外であっても普通の部屋に居るかのように木の床が張られ、ベッドや机なども普通の居室のように配備されたものにする必要があった。
そのため準備にはそれなりの時間がかかるので、この地までは父と共に馬車で来た真面目にくそがつく仲邑波留は、その待ち時間に練習しようと連れてきた馬によっこらしょと跨った。
その姿をいち早く見つけた皇太子の成多照挙は、すぐに馬を走らせ波留の横について馬を止めた。
「小波留、ちょっと一緒に走らせよう。」
照挙はそう言うとサッサと先に馬を走らせ始めた。
波留は馬にか細い声で恐る恐る「チヤー」と掛け声をかけたが、馬は走り出さずゆっくりと歩き始めた。一緒に乗馬の練習を続けてきた彼女の馬:梓号は、騎手のレベルがよくわかっていたので絶対に走り出そうとはしなかった。
照挙は遠くから「馬が走らないのか。しょうがないな。ハハハ。」と言って笑っていたが、それを父で皇帝の成多照宗は自身の天幕の中から苦笑しながら見ていた。神経質な成多照宗は、外国の脅威レベルがグーンと下がると、今度は自分が勝手に内敵と思い込んでいる宰相の仲邑備中のことが気になって、気になってしょうがなくなっていたのだった。
”全く備中も備中だ。口実を付けて断ればいいものを、嫁入り前の娘を本当に連れてくるとは。”
照宗は宦官に顎で合図すると、彼は一度奥に引っ込んでから第二皇子:照明の母で、称号のない側女、皇帝の愛妾:桃香を連れてきて自身はまた奥に引っ込んだ。
成多桃香は、中ノ国京陵一番の遊郭:萬殷楼の元No.1芸妓で、在職中は、春は売らないものの、その類まれなる美貌と芸と知恵だけで人気もお花代もNo.1を維持し続けた伝説の芸妓だった。
成多照宗がまだ皇太子だった頃、当時の皇帝の市中視察に同行した際、街中にある屋外ステージで踊り子として踊っていた彼女に一目ぼれし、彼が皇帝になった時に周囲の反対を押し切って彼女を後宮に入れたのだった。ただ、中ノ国における芸妓という身分は、卑し過ぎて、たとえ相手が貴族であっても家に入れられず外囲いが関の山だったので、皇帝が芸妓を後宮に入れたことは異例中の異例だった。
しかし、後宮を管理するのは皇帝ではなく皇后であることから、桃香には女官が一人と下女が数人あてがわれただけで、男子を産んでも妃はおろか側室の称号もない側女でいつも肩身の狭い思いをして暮らしていた。
「陛下、お呼びでしょうか?」桃香がしなを作りながら皇帝の天幕の前にやってきた。
「おお、来たか来たか。ささ、ここへ。いつも後宮では皇后と妃の間で肩身が狭いであろう、鷹狩の時くらい朕の側で羽を伸ばしたらよい。」
「ありがとうございます、陛下。」
滅多に笑わない照宗だが、寵愛している桃香が側に来ると嬉しそうに微笑んだ。
しばしお互い向き合い照宗が他愛もないことを一人で言っていたが、話し疲れてふと視線を外に向けた時、彼は今回の鷹狩で一番見たくないものが目に入ってしまった。
照宗は顔をしかめると、こう吐き捨てた。
「あれが見えるか?まったく次の皇帝になろうというような男のすることか?臣下の娘を同伴しおって、品位にかけるわ。それに比べ照明は年少なのにしっかりしていて頼もしい。分別もあるし、何より朕に従順である。全くどっちが身分の高い者から生まれたのか、これではわからないではないか。」
桃香は照宗が見ている先をチラっと見ると、心の中でニヤリと笑った。そんな心の内を一切表に見せることなく、彼女は従順そうな声で囁いた。
「陛下、どうかお気をお鎮めになって。。。では、、、照明殿をお呼びしましょうか。」
桃香は元芸妓だけあって情報通で、素知らぬ顔を貫きながらこの数年風向きが追い風になっていることに気づいていた。そうでなくても、臣下間で皇太子照挙の評判が悪く、照明を皇太子に推すという地下のムーブメントに気づいていたので、皇帝の愚痴にもさりげなく照明をプッシュすることを彼女は決して忘れなかった。
桃香は一見分別があり、彼女自身は皇帝の寵愛を一番受けながらも後宮の権力争いには加わらず大人しく自分の楼に閉じこもっていたが、本当の彼女は分別が無く、自分の身分の低さを顧みることなく照宗が自分に気があると知ってから野望を持っていた。いや、その表現は正確には正しくない。なにしろ照宗が、彼女を気に入るように彼女自身で仕向けたのだから。正攻法だけで春を売ることなくNo.1芸妓になれるほど、芸妓の世界は甘くない。そんな世界で生き延びてきた彼女にとっては、どんなにドロドロな後宮であろうと、権力争い渦巻く皇宮であろうと、子供の遊びのようにしか見えなかった。
ところが、皇帝は桃香の問いに答えることなくしばらく沈黙してしまった。
”もしかしてあからさまだったかしら......”
桃香は心配になってチラッと皇帝の顔を見た。
彼はまだ皇太子照挙と仲邑波留が仲良く乗馬しているのを忌々しそうに見つめていた。そんな皇帝の姿を横からジッと観察し、桃香はまだ動く時ではないと思った。
皇帝の視線の先にいる照挙は、何を思ったのか「小波留行くぞ!」と言うと、いきなり鞭を振り上げて波留の馬:梓号のお尻を打った。
梓号は驚きのあまり自分の背中に波留が乗っていることを忘れ、いきなり猛スピードで走り出した。
波留が完全に馬を乗りこなせていると信じている能天気な照挙は「なんだ、走れるじゃないか。」と言うと、梓号の後を馬で走って行った。
梓号は走れる。
だがそれを制御できない波留は、梓号の首に抱きついて振り落とされないようにするのが精いっぱいだった。
波留は助けを呼びたかったが、何しろ恐怖で声もでない。
そして照挙は全く波留の異変に気づかず、笑いながら後ろを馬で走っている。
しかし、ドドドという馬の足音に異変を感じた第二皇子の照明は、慌てて自分の馬に飛び乗ると、梓号の横から猛スピードで追いつき、片手を伸ばして梓号の手綱を引いた。すると梓号は慌てて、両前脚を挙げクールベットの姿勢になったので波留は梓号から振り落とされてしまった。
鷹狩に来ていた全員の視線を浴びながら波留があっと声を上げた瞬間、驚いて何もできない照挙の前で、照明が自分の馬からパッと飛び降りて落ちていく波留を抱きかかえ波留を救った。
一瞬静まり返った広場は、次の瞬間、照明を称える歓声と拍手で溢れかえった。
その中で2人だけ苦虫を嚙み潰したような顔をしている人物がいた。
仲邑備中と皇太子である。
仲邑備中は皇太子に怒り心頭になりながらも、娘が心配で事故現場に向かって走りながらこう思った。
”他者の馬に鞭打つとは。娘を殺す気か。皇后が遠い親戚でなければこんな奴の所に娘を嫁に出したくないわ。”
そして皇太子の怒りの矛先は、何故か第二皇子の照明だった。
照挙は照明に対して”なんで自分のお株を取ったのだ。私が小波留を助けられたのに。”と思っていた。
そして波留は当然このようなきっかけを作った照挙にはよい印象であるはずがなく、大丈夫かと声をかけてくる照挙を無視して、照明に深々と頭を下げて礼を言った。そこに父である仲邑備中がやってくると、やはり照明に礼を言ってから皇太子を無視して娘の肩を抱いて陣の方へと向かった。
当然照挙は面白くない。
何しろ照明に自分の御株は取られるは、大好きな仲邑波留から初めて無視されてしまったのだ。
照挙は照明に因縁をつけてきた。
「お前が勝手に手綱を引いたから小波留が落ちてしまったじゃないか。勝手なことをするな。」
第二皇子と言えども身分の違いをわきまえている照明は、おかしいと思いつつもそれをおくびにも出さず「皇兄、申し訳ありませんでした。」と頭を下げて謝った。
それにふんと言って顔を背けると、照挙は自分の陣へと戻っていった。
ところが自分の陣には、いるはずの小波留がおらずむしゃくしゃした照挙は、陣の前で警護している小鉄を呼び入れた。
「小鉄、喉が渇いた。小波留を呼んで来い。」
ところが、小鉄はそこで叩頭したまま全く動こうとしなかった。
「何をしている。小波留を、、、」照挙が言い終わらないうちに小鉄は頭を地面にこすりつけながら返事を返した。
「波留様は陛下のお召しで、、、」
それを聞いた途端、照挙は癇癪を起し、近くにあった茶器を手あたり次第掴んでは投げ、掴んでは投げた。
この照挙の暴挙も、小さい頃から側にいる小鉄には想定内、どころか予想通りであったため、小鉄はサッとその場から逃げていて直接の被害には至らなかった。ただ、茶器の一つが柱にあたって砕け散り、その破片が四方八方に飛び散り、その一つが小鉄の頭頂の簪に当たった。そこへたまたま第二皇子の照明と神事官が鷹狩開始儀式のための下見に、馬に乗って通りかかったのだが、小鉄にあたった茶器の破片が運悪く神事官の馬の尻に突き刺さってしまった。
馬はけたたましくいななくと神事官を乗せたまま暴走を始め、その拍子に茶器の破片は尻から地面に落ちた。
また馬の暴走を見た第二皇子の照明は、神事官を救おうと馬を走らせ始めたものの、トップスピードになる直前に突然彼の乗っていた馬は茶器の破片を踏んでしまって、悲鳴をあげて前足から崩れて行った。
何が起こったかわからない第二皇子の照明は、完全にリズムが狂い、彼の身体は走っている馬に乗っている形のまま空中を前に進み、放物線を描くように頭からドーンと地面に落ちた。
神事官も結局馬から振り落とされ、その馬は狂ったように右に行ったり左に跳ねたりしながら、抑え込もうとする人々をすべてなぎ倒し、こともあろうに皇帝の陣中に飛び込んでしまった。
馬が突入した時には、皇帝の陣には、宦官が4人、宰相の仲邑親子と皇帝がいた。
彼らはいったい何が起きたのかわからず、ちょうど点てた茶を皇帝に渡そうとしていた仲邑波留を蹴とばして馬はそのまま頭を低くしてつきすすみ、馬の頭が皇帝を奥へと推し進めている途中で、仲邑備中が馬の首を切り落として馬の暴走は終わった。
その間わずかに3秒のことで、一瞬の出来事に皇帝の陣は悲鳴と戦慄と血しぶきとで騒然となった。
すぐに御典医が呼ばれ皇帝の体調と怪我の手当にあたったが、共に落馬した第二皇子の照明と神事官、それに馬に蹴られた仲邑波留の3人はもっと重傷で深刻な状態にも関わらず後回しだった。
皇帝負傷の知らせを受けた照挙は、真っ青になって直ちに皇帝の陣に駆けつけた。
皇帝の陣に一歩足を踏み入れた照挙は、その目で見ている光景が信じられなかった。正面の陣の白い天幕には飛び散った血がベタっと貼りつき、所々赤黒く染まっていた。そしてその手前に横たわっている皇帝と彼を診ている典医がいた。
照挙はその惨劇を見てすぐに口に手を当てると、吐き気を抑えながら父である皇帝:成多照宗の元へ駆けつけた。
「陛下!照挙が参りました。」そう照宗に向かって言うと、その横にいる典医に「どうだ?」と心配気に尋ねた。
「大事には至らぬと思うのですが。私だけでは何とも。」
中ノ国の鷹狩は神事的要素が強く、病人・怪我人とも一度も出たことが無いことから典医も一人しか同行していなかった。
「なぜお前だけではわからないと言うのか。」照挙は掴みかかる勢いで御典医を責めた。
御典医は皇帝はただの脳震盪で大事には至らないとわかっていたが、万一余計なことをして皇帝の具合が悪くなれば自分の命がないことから、自分に責任がなるべく及ばないように言う。
「陛下のお怪我は落馬ではなく、馬に突然腹部を突進されたことが原因でございます。そのような事例は診たことがないので、他の典医の見解も聞かぬところでは何ともお答えしようが無いというのが現状でございます。」
「・・・・・・」
「つきましては、すぐに皇宮に戻られるのがよろしいかと。」
照挙はすぐに顔を照宗に向けると「陛下!父上!わかりますか?」と聞いた。
横たわっている皇帝は薄目を開け力なく頷いた。
照挙は続けた。「陛下、皇宮に戻りましょう。」
皇帝はまた頷くと目を閉じた。
照挙は改めて周囲を見直すと、皇帝の陣には宦官がいるだけで、宰相も第二皇子とその母もいなかった。
照挙は宦官達に宰相と第二皇子を連れてくるように伝えた。
すぐに宰相の仲邑備中は天幕に駆けつけたが、第二皇子は姿を見せずその代わりに迎えに行った宦官が真っ青になって戻ってきた。
「照明殿下は落馬され重体でございます。」
照挙は驚愕して「何だと?」と叫んでから「さっきは落馬しそうな者を助けていたではないか。それなのに落馬だと?嘘をつくな。」と宦官に食ってかかった。
「それが、走っている最中に馬の足が突然折れたそうで。間違いなく落馬で、、、」
皇帝も皇弟も話ができない状況に、照挙の中で何かが大きくシフトした。
”まず医師が足りない。これでは助かるものも助からぬ。”
「床についている皇帝陛下に代わり、これからは皇太子である私が指揮をとる。まず早馬を出し、皇宮から医師を多数派遣するよう伝えよ。皆にはすぐに鷹狩を中止し京陵に戻るよう伝えよ。準備できしだい出立だ!」
そう照挙が宣言すると照挙は宰相に向かって「第二皇子も皇帝の馬車に乗せ、典医を同乗させよう。あとは怪我人はおらぬか?」と聞いた。
返事のないことにイラついて再度備中を見た照挙は、宰相の顔を見て驚愕した。
彼は死人のような全く血の気の無い顔をしていたのだ。
「備中、お前も怪我をしたのか?」
「いえ。」
「違うのなら良かった。」
「それが、私が代わりたい位です。」
「?」
「波留も同じ馬にやられました。」
それを聞いて真っ青になった照挙は、慌てて皇帝陣を飛び出すと一目散に宰相陣に向かって走り出した。
宰相陣に飛び込んだ照挙の目に映ったのは、意識無く横たわる、顔から何から傷だらけの仲邑波留の姿だった。
照挙は「小波留!小波留!」と叫びながら彼女の元に駆けつけるとポロポロ涙を流し始めた。
”どうしてこんなことに!”
”2人で楽しく過ごそうと思っていたのに!”
照挙は、自分の体裁などお構いなしに波留の側に駆け寄り、彼女の血だらけの顔を自分の絹巾を取り出しそれが汚れることも全く気にせずそれで優しく優しく彼女の顔を拭いた。
照挙の後を追って自身の天幕に戻った備中は、その姿を見て仰天した。
それは今迄見たことのない照挙の優しい姿だった。
”殿下にこんな一面があったとは....”
”先ほどのリーダーシップといい、立派な皇太子になられた。これなら中ノ国も心配ない。”
備中は照挙に近づいて声をかけた。
「殿下、ありがとうございます。ただ殿下は今陛下の代わりに、、、」
そこで照挙は顔を上げた。
照挙は泣いていた。
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