第八章 探索
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
一方、中ノ国皇宮では旧北盧国を含む西乃国の情報がupdateされればされるほど、当初警戒していたほどの大事:すなわち西乃国の中ノ国への侵攻には当面至らないという楽観論が増えてきた。
そして北盧国の皇帝が暗殺されてからひと月も経つと、中ノ国の楽観論は、もはや論ではなく事実となった。
中ノ国皇帝である成多照宗は、ここのところ外敵の脅威レベルが危機状態を表すレベル4だったのが、低のレベル1までひとまず落ち着いたことで、ようやく安心できるようになった。
まったく北盧国の自殺行為のせいで少なくとも10年は寿命が縮まったと信じ込んでいる照宗は、ずっと延期していた鷹狩で、そのうさを晴らそうと思い立った。思い立ったら吉日、照宗は早速朝廷で延期になっていた鷹狩を、どうせ他の国は参加しないので3か国の祭典の代わりに1か月後に行う宣言をしたのだった。
それを聞いた瞬間、皇太子である成多照挙の顔はパッと明るくなった。
つまらない3か国の祭典に出席しなくていい上に、仲邑波留と約束していた鷹狩に行けるのだ。
以前から彼が勝手に結婚宣言はしたものの、父である皇帝からは色よい返事の聞けていない宰相の娘の仲邑波留を、実際に鷹狩に連れていくことで既成事実として外堀を埋める作戦を練った途端、近隣諸国の不穏な政局で今迄鷹狩が無期延期になり機会が得られなかったことが、何の策を施すこともなく向こうからやってきたのだ。
今度の鷹狩に同行させたい一心で照挙は、その日も彼の囲碁の相手をしていた波留に対局が中盤になってから囁いた。
「そうだ、小波留。私の言った通り乗馬の練習はしているか?」
波留は俯いて碁石を打ちながらそれにただ「はい。仰せの通りに。」とだけ答えた。
実は波留は乗馬の練習はしているのだが、こと乗馬だけはいくら練習しても上達せず本当に困っていた。
それでも今迄は西乃国の暴挙のため狩りがずっと延期になり安心していたのだが、1か月後に鷹狩が決まったことを昨晩父から聞かされ、その際皇太子の今の質問と同じことを父から聞かれていたのだった。
その時は「父上、練習は毎日しているのですが、何故かお華やお琴のように上達しないのです。どうしましょう。」と彼女は答えたのだが、父からは「練習しているのかと聞いたのだから、それにだけ答えればいいのだ。誰も上達したかとは聞いておらぬではないか。聞いてもいないことを馬鹿正直に言う奴がどこにいるか。」と叱責を食らったばかりだった。
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波留は乗馬はからっきしだったが、囲碁の腕はさらに上がっていて、最近の照挙との対局は、彼に対してかなり手加減をしていた。しかし、照挙の質問に焦った波留はつい手加減するのを忘れて打ってしまい、照挙はその打たれた碁盤をしばらく見続けてから低い唸り声を挙げてしまった。
波留は慌てて「無造作に打ったところが完璧になってしまいました。お許しを。」と言ってひれ伏した。照挙は波留を立ち上がらせると「次は負けないぞ。」と言って笑ったが、波留の顔色が悪くなっていることには全く気づかなかった。
その頃、そこから5kmほど離れた京陵の中心部の大通りでは、しばらく閉まっていた商店に大きな看板が掛けられて2週間が過ぎようとしていた。
当初何屋が入るのかと気を揉んでいた隣の刀剣屋は、隣に医者が入ると聞き、武器購入者が怪我をしてもこれで安心と訳の分からないことを言って喜んでいた。
劉煌は小高蓮という名の医師として、12年ぶりに男の姿で毎日過ごすようになったものの、アファメーション迄して11年強すっかり板についてしまった女性モードがなかなか抜けず、ついなよっとしたり、小指がたってしまったり、お姐言葉になってしまっていた。
彼が知っている『医者が仕事を行う場所』は、患者宅は別として、皇宮医院か呂磨のドクトル・コンスタンティヌスの所だけだった。
この賃貸物件を医院として開業するにあたり、まさか皇宮医院を模倣してリノベーションする訳にはいかず、当然後者を踏襲した。呂磨でも女として生活し、ドクトル・コンスタンティヌスの所で女医として患者の診察にあたっていた劉煌は、いくら中ノ国に居て、患者と参語で話していても、ドクトル・コンスタンティヌスの所とそっくりに作ってしまった診察室の中で患者と向き合うように椅子に座ってしまえば、条件反射のように小指が立ってしまう。
さらに、開業にあたり宣伝もかねて初回限定で患者の利き手と反対の手だけ特製クリームでエステをしてあげるサービスを行ってしまったので、劉煌の小指は一日中おろす暇なく立ってしまっていた。そして劉煌の意思に反して、男の恰好をしていても、小指が立てば、自動的に身体がくねり、身体がくねくねすれば、口から出るのはお姐言葉になる、お姐言葉で笑うと小指を立て口元に置く、するとまた身体がくねるというエンドレス悪循環が完全に出来上がってしまっていた。
劉煌は自分を女性と思い込ませるために行ったアファメーションの逆をやろうとも思ったが、何故か京陵の女性患者達からは、劉煌のなよっとした感じが、物腰が柔らかくて優しい良い先生と絶大なる支持を受け、図らずも人気医師No.1になってしまった。
女性患者達は、大抵1回で治ってしまったので再診は不要だったのだが、おまけでやってもらった美手エステの感覚が忘れられず、なんだかんだ病気を作り出しては劉煌の元に足しげく通う熱心な?人達が続出した。
さらにいくら小指が立っていようと劉煌の顔は非の打ち所がなく、立ち姿も8頭身ですぐに患者以外にも女性ファンが続出し、開業2週間経ったころには、医業以外に美顔美体を業として立ちあげなければならないほど、開店前に女性の長蛇の列ができるようになった。
そうなると清聴に追い出されて以来、金の亡者と化し、小春を一日も早く養いたい劉煌は、男性の恰好ではあるが、中身を無理に男性モードにはせず、そのまま自然、、、もとい不自然にまかせ、男の恰好でずっと女性のような仕草のままで患者をトリートメントするようになった。
当然この男尊女卑が当たり前な封建時代に、男なのになよっとして女言葉の医者など男性患者からは不評で、男性患者は殆ど来なかったが、開業1か月後には女性ファン同士の言い争いから、隣の刀剣屋に飛び込んで凶器を購入してしまった女性が出たくらいの大人気者になってしまった。
そんな物騒な刃物沙汰まで起こってしまったことから、熱心なファン達は自主的に、小高蓮先生を魔の手から守るために、なんと”親蓮隊”という小高蓮を自主的に警護する組織まで作ってしまったのだ。
彼女らは蓮の花をあしらったピンクの法被と鉢巻をした女の子達で、集団で朝から晩まで杏林堂の前に並ぶ患者の整理を自主的に行い、小高蓮が往診などで外出するときは、彼の前後を固めて守っていたので、次第に女性に限らず京陵の人で小高蓮の名前を知らない人はいないほどになってしまった。
この親蓮隊は、ありがたいようなありがたくないような、何回断っても断っても、隊員達が交代で24時間自主的に劉煌の警護をするので、もう女装とはおさらばと思っていたのに、彼女らにつけられたくない場合は、劉煌はまた女装で出かけるしかなくなった。
それほど重病人が来ていないこともあって、本当は2000年先の医学を行っていたドクトル・コンスタンティヌスの一番弟子であるほどの医療の腕を持っているのにも関わらず、杏林堂は、開業1か月後には、医業:美顔美体業の需要割合が1:9にまでなってしまっていた。
劉煌としては医業をメインでやりたいところであったが、病気の患者がいなければおまんまにありつけず、かと言って何かを井戸に撒いて病人を作り出すような非人道的なことは、いくら金の亡者になったと言っても、医師の倫理としてそんなことは言語道断だ。
その為、今日も医業に使う薬草よりも美容で使う薬草取りをメインとして、西乃国でしか取れない薄芳草を取りに、西乃国の状態の偵察も兼ねて西乃国の首都京安が一望できる山の中腹に女装でやって来た劉煌は、一心不乱に薬草をつんでいた。
薬草をつみはじめて30分が経過した時、お陸に訓練を受けていたからこそ聞き取れる人間離れした彼の聴力は、遥か遠くの、おそらく野生動物ではなく、人が木々を飛び交う音を拾い始めた。
”しまった。火口衆に見つかったか?”
そう思っても、もうあの天下のくノ一:お陸から一人前と太鼓判を押されている劉煌は落ち着いて敵の出方を伺った。
”狙っているのは違う奴か?”
しばらく音をジッと聞いていた劉煌は、そう思い始めた。
その音が自分のいる位置から遠のいて行っていることをしっかり確認してから、音の方向を見た劉煌は、これもまた訓練を受けていないと絶対に見えない、すさまじい速さで南西に向かっている集団を見つけた。劉煌は、これで本当に追手が自分を追っていないことを確信し、心底安堵してそこで思いっきりふううと息を吐いた。
”本当にここに来るにあたって女装してきて良かった。”
それでも念のため予定よりかなり早く薬草摘みを切り上げて家路についた劉煌は、西乃国と中ノ国の国境まであと500mという地点の谷底に、そこにいてはならない人の気配を感じ取ってしまった。
劉煌の鼻は下から吹き上げる風の中から僅かに血の匂いを嗅ぎ分けていた。
”人には無理かもしれないが、野生動物ならすぐにそれを嗅ぎつけるだろう。”
医者としての本能が動き出してしまった劉煌に迷いは全くなかった。
岩や大木等の大自然を利用して谷底までいとも簡単に降り立った劉煌は、谷底の岩陰に隠れている大けがを負った男を見つけた。彼を見た瞬間、劉煌の医師のペルソナが無意識に前面に出てしまい、こう思った。
”すぐに医療を施さねば、彼の命は無いな......”
そこは倫理的で人道的な医者であり、しかも民を支配する神託を受けた先祖代々を持つ劉煌としては、たとえ自らの身が危険であってもその男をほっとくということは選択肢として持ち合わせていなかった。
劉煌は人差し指を立てて自分の口元に当てながら重傷の男に近づくと「私は医者よ。すぐに手当をしないと。」と彼に向かって囁いた。
医者という言葉で安心したのか、その男は大きく1回息を吸い込むとそこで意識を失った。
劉煌は心の中で舌打ちしながら仕方なく籠をひっくり返して摘んできた薬草をその場にばらまいた。
まずはその中から薄芳草だけ寄り分け手巾に包んで懐にしまうと、空になった籠に男を入れ、その上からできるだけ摘んだ薬草を被せてから、それを背負って国境を目指した。
”ここならけもの道を通ればすぐに伏見村だ。”
国境の関所ではいつものように役人の審査があったが、ちょくちょく薬草取りにこの関所を通っている劉煌は顔パスで難なく通過した、、、と思ったのも束の間、役人から「おい」と声を掛けられてしまった。
”やばい、見つかってしまったか?”
劉煌はドキドキしながらも顔には見せずに、身体をいつもより右5°大きくくねらせて役人の方を振り返った。
劉煌は微笑みながら「お役人さま、何か?」と言って瞬きを繰り返しながら首を傾げて見せた。
「血が出てるぞ。」
ヤバーーーーーーーーーーーーー
劉煌は千年に一人の天才頭脳をフル回転させると「やーん、お役人さんたら。恥ずかしいわ。あたしったら旅の途中でアレになっちゃったみたい。」と言ってモジモジしてみせた。
それを聞いた役人は妙に納得すると「若いんだから冷やすんじゃないぞ。」と言いながら手でもう行けと合図した。
劉煌は役人に向かって丁寧にお辞儀をすると、お尻を隠すような素振りを見せながら小股で関所から遠ざかって行った。そして関所からの死角に入ると、すぐにけものみちに入り、目にもとまらぬ速さで伏見村の家を目指して走った。
劉煌が伏見村の家の裏手に着いた時、彼は、彼の家に誰かがいることに気づいた。
劉煌はそっと怪我人をそこに降ろすと、くノ一モードになって音も気配も消し家の外壁伝いに抜き足で歩いて扉からそっと中を伺った。と、ころが、相手は劉煌の死角にいるらしく姿が見えない。
劉煌は相手をおびき寄せる戦法に出て、家に入らずに扉だけを勢いよく開け、その瞬間に自身はその場から飛びのいた。
案の定、相手は扉が開いた瞬間に箒を振り下ろしたが、そこには誰もおらずすぐに扉の外側に顔を向けた。
「な~んだ、ままじゃない。」
「な~んだ、美蓮じゃないか。」
2人は同時にそう呟くと、清聴はすぐに箒を投げ捨て劉煌に抱きついた。
清聴は涙をポロポロ流しながら「もう本当に心配したんだから。あんまり長い事音沙汰がなかったからさ。うううううう。」時にしゃっくりを伴ってそう言うと、もうすっかり大きさが逆転し、自分の胸の中で泣いている清聴の背中を劉煌は優しくさすった。
「まま、ごめんね。いろいろあって訪ねられずにいた。それより怪我人がいるんだ」
清聴はようやく落ち着きを取り戻すと、改めて劉煌の姿を見た。
そして彼の着物にベッタリついている赤い血を見つけると、何を誤解したのか「どこ怪我したんだい。はやくお脱ぎ傷を診るから。」と血相を変えて言った。
劉煌は笑いながら「まま、私じゃないわ。今連れてくるから。」と言ってから2,3歩歩いて扉の前まで行くと、そこで立ち止まって再度清聴の方を振り向き「まま、小春はどうしてる?」と聞いた。
清聴は普段の彼女に戻ると「相変らずだよ。そんなことより早く怪我人の手当をした方がいいんじゃないかい?」と言ってすぐに話を変えた。
劉煌は怪我人を家の中に入れるとサッと医師モードに変わり、ハサミで怪我人の着物を切りながら「まま、お願い事していいかしら。明日の日中、この怪我人を見てて欲しいの。大丈夫。(怪我人は)明日も起き上がれないから。」と言った。
「うん、いいけど。。。」
完全に医師モードになっている劉煌に取り付く島もないことは、清聴はよくわかっていた。清聴は何も言わずに家を出ると、すっ飛んで寺に戻りすぐに食べ物をこしらえ始めた。小春は何事かと土間の外でジッと伺っていたが、清聴は出来上がった食べ物を盆に乗せると本堂に上がり、まず御本尊にお供えした。
”美蓮が無事でした。ありがとうございます。”
”引き続きあの子のご加護をどうぞよろしくお願いします。”
手を合わせてそう心の中で言った後、清聴はお供えしていた盆を持って本堂を出、そのまま門をくぐって田んぼの向こう側に行ける細いあぜ道を全くバランスを崩すことなく速足で進んでいった。
清聴は、劉煌の家の前で「美蓮、ごはん持ってきた。ちょっと休んでお食べ。」と声を掛けた。
すぐに劉煌が扉を開けると、そこには清聴が食べ物の乗ったお盆を持って立っていた。
劉煌はそのお盆をチラッと見ると、全部自分の好物で、しかもとても一人分とは思えないほど山盛りに盛られた皿でぎっしりだった。劉煌は清聴の手からお盆を受け取ると、左手にある木の切り株の所に行ってそのお盆を置いた。
「まま、一緒に食べよう。一人じゃこんなに食べられないよ。」
劉煌がそう言うと、清聴は心配そうに劉煌の隣にやってきて座った。
清聴はすぐに口を開いた。
「男の恰好してて大丈夫なのかい。」
劉煌は清聴の料理に舌鼓を打ちながら答える。
「大丈夫よ。京陵でこの恰好をして呉服屋行っても、誰も前に端切れを貰っていった人だってわからなかったし。これでも京陵じゃ知らない人がいないくらい人気な医者なのよ。あー、ままの料理は最高ね。おいしぃ~♡」
清聴は、そう言われなくても顔や食いつきを見ればどれだけ彼が彼女の料理を気に入っているのかわかっているので、その誉め言葉に惑わされることなく叫んだ。
「なんだって?アンタ京陵で医者やってるの?しかも男の恰好で。」
「そうよ。」
「.....危なくないのかねぇ....」
「まま、もうひと昔も前のことなのよ。みんな私のことなんかとっくに忘れているのよ。」
「でも......」
「大丈夫。4人で住んでるし。」
「へ?」
「師匠と御曹司とそのバトラーの3人と私。」
「ば、、ばとらーって何?」
「執事のことよ。」
清聴は箸を持ったまま後ろ向きに卒倒しそうになり、劉煌は慌てて彼女の背中を支えた。
清聴が何とか普通に呼吸ができるようになってから劉煌は続けた。
「だから同居人が心配するのよ。私が帰ってこないと。特に西乃国に行ってたから。」
ようやく食べ始めたのに清聴はこの爆弾発言で、口に運ぶ予定だった食べ物を箸からポロっと落としてしまった。
清聴はこの世のものとは思えないほど顔を崩し、箸を放り出して劉煌の両肩に手をかけた。
「どーして、そんな恐ろしいことを。」
興奮している清聴とは正反対に劉煌は落ち着いて箸を降ろし、両肩を掴んでいる清聴の手を包み込むように自分の手を乗せると、「薬草を摘みに行ってただけよ。」と彼女を安心させるように言った。
「薬草なんて、ここだっていっぱいあるよ。なんでよりによって。」
「あの国でしか採れない薬草があるのよ。まま、そんなに心配しないで。」
「心配するに決まってるじゃないか。」
劉煌は無言で清聴の頭を自分の肩に乗せ、静かに彼女の背中をさすった。
しばらく二人は、何も言わずにそのまま時が流れていくのにまかせていたが、劉煌が1回大きな呼吸をしてから自分の肩に頭をのせている清聴に諭すように囁いた。
「まま、前に僕が言ったこと覚えてる?こう見えても僕は男なんだよ。」
だんだんと落ち着いてきた清聴は劉煌の肩の上で何度も頷きながら、ぶーたれて呟いた。
「だけど帰ってきたら真っ先にままんとこに来なかったじゃないか。」
「ごめんごめん。そういうことで仲間といるから。」
しばらくまた黙っていた2人だったが、突然清聴は頭を上げて劉煌の顔をしっかりみて言った。
「とにかく食べなさい。仲間の人達は何してるのかね、こんなに細いなんて、あんたの食べ物を巻き上げてるんじゃないだろうね。」
その発言に劉煌は、お陸がチップ代を巻き上げようとしていたことを思い出し、声を上げて笑うと「そうね、食べ物は巻き上げようとしたことは一度もなかったわね。」と言った。
その晩、重傷の男の横で劉煌は蠟燭の炎をボーっと見つめながら、今日の昼間の出来事を思い出していた。
劉煌は確かにお陸に習った通り、気配も音も消してこの家の周囲を巡った。
それなのに清聴は、確かにそれに気づいていた。
そして彼女が食事を持ってやってきた時、お盆の食べ物には汁物もあったのに、汁一滴お盆の上にこぼれていなかった。
寺からここに来るまでの道は、近道だろうがグルっと回ろうが、どこもかしこも決して平坦な道ではない。とてもとても足を取られやすいラフな道だ。もし小春がお盆を持っていたのなら、ここに到着した時には、あの汁物はもはや汁物ではなく薄味な屑野菜煮になっていただろう。
”まるで僕が受けてきた訓練を受けたことがあるみたいだ....”
すると劉煌の脳裏に以前お陸がままに対して言った言葉が、パッと蘇ってきた。
「いったいどこのどいつだい、その似非僧侶は。」
”ままは、、、ままは、いったい何者なんだろう?”
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