第八章 探索
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
西乃国舞阪県に白凛が到着した時、彼女の育ての父の趙明はちょうど傷の手当てを受けていた。
趙明の側に心配そうに付いていた7歳の一人息子の趙洋は、白凛の姿を見るやいなや、ここ1週間見せることのなかった笑顔を見せ「姐様!」と叫びながら彼女に駆け寄っていった。
飛びついてきた趙洋の頭を撫でた後、彼を抱き上げた白凛はそのままの状態で趙明の側に歩み寄った。
趙洋を降ろしその場に片膝を立てて座った白凛は、趙明に向かって頭を下げ、「父様、遅くなりました。」と言った。
趙明は、一瞬とても嬉しそうにしたが、傷が痛むのかすぐに顔をしかめた。趙明が話すのもきつそうであると察した白凛は、趙洋に向かって「どうなの?」と聞いた。趙洋はそれに困って父の方をチラッとみたが、趙明が口を真一文字にしているのを見ると「見ての通りだよ。」と消え入るような声で答えた。
趙明の傷の手当が終わり軍医が下がったところで白凛は「父様、(戦場へは)私に行かせてください。」と歎願した。
趙明は、力なく笑うと「お前には他に頼みたいことがあるんだ。母上のことだ。」とこれも力の無い声で言った。他に頼みたいことと言われた瞬間に抗議で立ち上がった白凛だったが、すぐに言紫のことと言われたことで口を噤んだ。
「母上は清水県に援軍の依頼に行っている。兵をつけて行かせたが、心配だ。お前も行ってくれないか。」
「それで、ばあやは今どこに?」
「県境の宿に、胡琴と共にいるはずだ。」
「それでばあやと奥方は、どちらにお連れしたらよろしいでしょう?」
「京安にある趙公府へ。たとえここが陥落したとしても、京安ならもっと時間を稼げる。」
白凛はしばらく考えていたが、両手を拳にして身体の側面にピッタリつけ、意を決して言った。
「父様、恐れながらそのお役目は、私より洋ちゃんの方が適任ではないでしょうか。洋ちゃんは趙家の大事なお世継ぎです。洋ちゃんこそ京安に、、、」
「ダメだ!趙洋は世継だからこそ、この戦闘を経験せねばならぬ。そしてお前は、趙家とは縁もゆかりもない者。これに乗じて京安の白府に戻るのだ。口答えも、何も許さん。これは将軍から校尉への命令だ。」
白凛にとって趙明は、最も信頼している人物であり、自分の実の両親よりも遥かに深く、長い付き合いであったことから、彼に縁もゆかりもない者と言われたことに内心酷く傷ついていた。
それに気づかれないよう、白凛は両手の拳は強く握り過ぎて、血の気が引き真っ白になっていた。
もうかれこれ10年以上趙明と暮らしてきた白凛は、彼がこう言いだしたら何も聞かないことを良く知っていた。
「父様、謹んでばあやと奥方は、この白凛が命に代えても京安まで護送いたします。でも、その後はここに戻ることをどうか許してください。凛は、父様と一緒に戦いたいのです。」
趙明もまた、白凛の性格を良く知っており、これがお互いの譲歩点と判断し渋々それを承諾した。
ちょうどその頃、白凛の後を追ってきた李亮の部隊は、清水県と舞阪県の県境で何者かの集団に襲われていた。
李亮率いる国軍部隊は、国内のしかも国境からはだいぶ内陸の地点を行進していたので、そんなところで攻撃されるとは誰も夢にも思っていなかった。国軍の最前列にいた兵士5名に矢が当たり彼らが倒れこんで初めて、もう既にここで戦闘が始まっていることを認知した李亮は、すぐに臨戦態勢に入り、始めこそ急襲の犠牲を許したが、すぐに巻き返し小1時間ほどで、30名ほどの捕虜を生け捕った。
彼らは、捕虜も連れてさらに北に向かっていたところ、途中で横倒しになった馬車と数十名の兵士の遺体に出くわした。
李亮は、馬から飛び降り彼の兵士達と警戒しながら馬車に近寄っていった。
李亮が頷くと、兵士の一人が横倒しになった馬車に飛び乗り、窓のカーテンを引きちぎって中を見て叫んだ。
「参謀!女性が1人乗っています!意識は無いようです。」
李亮は、兵士達に注意しながら馬車の人を救出するように伝えると、先ほど捕まえた捕虜の列の所まで戻った。
「お前らが襲ったのか。」
「・・・・・・」
「誰の命で襲ったんだ。」
何も答えないことに李亮は、この捕虜達はそこいら辺のごろつきではなく、この襲撃自体が計算された組織的な犯行なのではないかと推察した。
”北盧国の奴が入り込んだのか?それとも、、、まさか同胞なのか?”
彼はニヤニヤ笑っている捕虜の一人に、剣をつきつけ「話さなければ腕を切り落とすぞ。これでも話さないつもりか?」と聞いた。それでもニヤニヤ笑っていた彼であったが、李亮が容赦なく彼の腕をその場で切り落としたので、脅しではなく本当に切り落としたことと、下に落ちている自分の腕を見て、あまりの痛みと強烈さにギャーっと悲鳴を挙げた。
李亮は、腕を切り落とされた男に向かって淡々と話した。
「何でお前を殺さなかったと思う?殺される方がマシだからだよ。腕をひきちぎられようが死んじまったら何もわからないからな。でも生きているとそうはいかない。腕を切り落とされた痛みは傷口が治るまでしばらく続く。さあ、どうだ。話す気になったか?」
「うぐぐ」
「そうか、人には腕がもう1本ある。両腕が無くなると食べ物も犬食いするしかないな。」
李亮がそう言って剣を振り上げた時、彼はガクッと項垂れ「そうだ。」と言った。
「何がそうなんだ。」
「俺たちが襲った。」
李亮は、剣を降ろすと「誰の指令で襲ったんだ?」と聞いた。
「誰かは言えない、、、が、誰をなら言える。あの馬車の人は趙家の女だ。」
李亮は、彼のヘアスタイルと北方特有の訛りがあるものの流暢な参語から、参謀本部で嫌々読まされた数々のテキストの中の『外国人識別手順書』と『参語方言大全』を思い出し、同胞による犯行と推察した。
”無理やり読まされた時は、ケッと思っていたけど、案外使えるかもしれないなぁ。参謀本部のテキスト。。。”
”よし、それなら『捕虜ゲロゲロ指南』も本当に使えるかどうか、試しにその通りにやってみるか。”
李亮は、また剣を振り上げ「もう一度聞く。誰の指令だ?」と聞いたが、彼は答えなかったので、李亮は指南書通り彼の左腕も切り落とした。彼はあまりの痛みに今度はギャーっと叫びながら失神した。
”ちっ、腕2本だと強烈過ぎて、本人に自白の意思があったとしても、これではできなくなるじゃないか。指南書の改定が必要だな。まず腕1本は凄く効いた。これはそのまま残して、その後は残りの手の指を1本ずつ切っていく方がいいんじゃないかな。あるいは、指を1本ずつハンマーで潰していくとか。。。”
李亮がそう考えていると、捕虜達が大声を上げて李亮を非難しはじめた。
李亮は、捕虜たちの方に身体を向けると
「お前らは、さっき俺の兵士達を3人も殺したんだからな!その代償はこんなものでは済まないと肝に銘じておけ!」
と叫ぶと、兵士達に捕虜の持ち物を全て取り上げるよう指示してから、横倒しになっている馬車に向かって歩き出した。
李亮が、こちらに向かってくるのを見た馬車付近にいた兵士の一人は、李亮に向かって駆け寄るとお辞儀をしてからこう言った。
「参謀、馬車に乗っていたのは白髪の年寄りです。」
「命は?」
「残念ですが。。。」
「そうか。」
「どういたしましょうか。」
「馬車は使えそうか?」
「はい。」
「馬車の周りの兵士の遺体もできるだけ馬車に乗せろ。馬車の屋根でも構わない。括りつけて舞阪の国境軍基地に行くんだ。どうもこの人達は、趙家の人達らしいからな。」
「なんと!?」
「もしかすると、敵は内々にもいるのかもしれない。」
「・・・・・・」
「とにかく、より一層注意しながら進軍する。」
「御意」
李亮は、自分の馬の方へ歩きながら先日白凛と話した時のことを思い出していた。
「私は父様やばあやが危ないとわかっていて、ここでのうのうとなんかしていられない!」とその時彼女は言った。
あの白凛が、ばあやと呼ぶのは余程白凛が慕っていたからに違いないと思うと、ばあやの死が白凛に及ぼすであろう影響を察し、李亮は頭を抱えた。
”お凛ちゃんにどうやって話そう。どうやって話したらお凛ちゃんが暴走せずに済むか......”
すると、前方から馬の連帯と思われる音が聞こえてきたと思いきや、その音は地響きと共にドドドーとこだまし始め、次第にその音も地響きも大きくなってきた。
李亮は四方八方を見渡し「前方から何かやってくる。敵かもしれないし、味方かもしれない!とにかく今の作業を中断して、すぐ隊列を組むんだ!3隊だ!左右に1隊ずつ待機していろ!」と叫んだ。
李亮の率いる国軍は、速やかに隊列を組み直し、道の真ん中に正々堂々といる李亮のいる隊列は、犠牲になった馬車一行の前に出て無残な光景が相手方から見えないようにした。
馬に乗りながら、李亮は緊張していた。
先ほど急襲にあった時は、相手の数が圧倒的に少なかったことと、とにかく初めてのことで無我夢中だったことから、何が何だかわからないうちに勝利したが、今度もそううまくいくとは限らない。李亮の手綱を握る手は、本人も気づかないうちに汗でぐっしょりになっていた。
そんな彼の視界に入ってきたのは、水色で縁取られた銀色に光輝く鎧兜に包まれた人物が「チャーッ」と言う掛け声と共に馬を全速力で走らせている姿だった。
”お凛ちゃん!”
李亮の緊張は一気に解けたものの、すぐに彼女に辛い報告をしなければならないことを思い出し、
”とほほ、ばあやの訃報を聞いた後のお凛ちゃんの暴走を止める手立てはおろか、訃報自体の伝え方すら考える暇なく本人到着かよ。。。ついてねー。”
とタイミングの悪さを呪った。
”いや、違う。俺は世界一ついている男だ。なんてったって、7歳で皇太子と友達になったんだからな。世界中探したってそんな土方の息子は俺しかいねえ。しかも今じゃ、参謀って言われてるんだぞ。そんな到底有り得ないことを起こした男だ。俺はついているんだ!女一人に訃報を伝えることくらいでうろたえるんじゃねー、李亮。それに、あの馬車の趙家の白髪の婆さんが、お凛ちゃんのばあやとは限らないだろう?しっかりしろ、李亮!”
李亮は自分をそう励ましながら、近づいてきた白凛に軽く手を挙げて挨拶をすると「どうしたんだ?」と聞いた。
白凛は、馬を李亮の横にピタっと付けると、歯ぎしりしながら小声で返した。
「それはこっちのセリフよ。なんでアンタがここにいるのよ。」
「また酷い言われようだな。孫粛(将軍)に掛け合って援軍連れてきたのによ。」
白凛は全く予想外の李亮のセリフに呆気に取られて何も言えなくなった。
「前から来たのが敵かもしれないから、ここ以外に左右に部隊を分けて隠れさせた。」と李亮が白凛にサッと小声で伝えると、彼の左側に向かって、今度は大声で「味方だ!全隊中央に合流!」と叫んだ。
その号令に、道の左右脇からどんどん兵士が現れ中央に集合した。白凛が口を開けながら辺りを見回すと、それは彼女が西域との戦闘のため訓練した志願兵達で、白凛は驚きのあまり振り返って李亮を見つめた。
李亮は肩をすくめながら、
「あそこで実戦に役立ちそうなのは、こいつらだけだからな。」と白凛にだけ聞こえるように言うと、白凛はさらに兵士を見まわしながら「知っていたの?」と呟いた。
「あのなー、こう見えても俺は参謀だ。参謀が兵力知らないでどうするよ。」
李亮は、自分の能力に対する白凛の低評価にガックリきて憮然としていると、横から白凛の声がした。
「ありがとう。」
「えっ?」
白凛が礼を言ったことに驚いた李亮は思わずそう口走ってしまった。
白凛は、先ほどまでの相手を威嚇するような態度から打って変わって真摯にこう言った。
「ありがとう。見逃してくれただけでなく、孫将軍に掛け合ってくれて、、、まさか援軍まで。。。でも、どうやって。。。ま、いいわ、そんなこと。それより私は先を急いでいるの。あなた達は、早く国境基地に行って父様を助けて上げて。」
李亮は、勿論北盧国と戦う為に来ているのだが、その大部分は、白凛のためであった。
それが、その肝心の白凛が北盧国とは反対方向に向かっている訳で、李亮は困惑しながら
「え?それでお凛ちゃんはいったいどこに行くんだよ。」とちょっとむくれながら聞いた。
「ばあやを京安に避難させるのよ。」
この一言で李亮は思わず目をつぶって、思わず
”キターーーーーー。はああ。”
と、心の中で大きなため息をついていた。
李亮は気を取り直すと突然馬から降りて、白凛に向かって手を差し出しこう言った。
「お凛ちゃん、馬から降りて。」
「なんでよ。」
「とにかく降りてくれ。頼む。」
「急いでいるのよ。」
「わかってる!でも降りてくれ、頼む。」
李亮のただならぬ気配を感じた白凛は、李亮の手は取らずにスッと馬から降りると彼の横に着地し彼を見上げた。
李亮の目は、先ほどとは打って変わって、なんとも表現しがたい憂いを帯びているように白凛には思えた。
李亮は目を伏せ、顎で白凛に合図した。
2人で歩きながら李亮は、ここに来る途中の話を白凛に語り始めた。
李亮が襲われた馬車を見つけた話に入った途端、白凛は真っ青になり「どこ?」と聞いた。李亮は、兵士達を左右にどかせると、白凛の目に、遥か先の矢の刺さった黒い馬車が飛び込んできた。
白凛は、目を大きく見開きながら、その馬車目掛けて一目散に走りはじめた。
慌てて李亮もその後を追った。
白凛は馬車に飛び乗ると、カーテンをガバっと開けた。
白凛は静かに中に入ると、白髪の女性に向かって「ばあや。」と囁いた。白髪の女性は絶命しているので、それに応えるはずもなくピクリとも動かなかった。
彼女のプライバシーを遵守するために、馬車の外で周りを伺っていた李亮の耳に、馬車の中から
「ばあやぁ~ああああああああああああああああああ」
という女性の絶叫が聞こえてきた。
李亮は俯いて顔を横に揺らし、はああと大きなため息をついた。
”やっぱり、お凛ちゃんのばあやだったのか、、、”
”はてさて、どうやってお凛ちゃんの暴走を止めたらよいか、、、”
うまく話を持ち込まなければ、逆に火に油を注ぐだけの結果になることが目に見えていた李亮は、いつの間にか肘を抱え顎に手をやって考え込んでいた。
すると、第五歩兵部隊長の呂葦が走って李亮の前に躍り出、片膝を立てて座り「参謀、北国境基地からの伝令兵と名乗る者がやってきました。」と報告した。
李亮は、呂葦にすぐその者をここに連れてくるよう伝えると、一度大きく天に向かってはああとため息をついてから、馬車に飛び乗った。
李亮はカーテンを開けることなく、カーテン越しに「お凛ちゃん、伝令兵が来ている。(一緒に)話を聞こう。」と声を掛けた。程なくして目を真っ赤に腫らした白凛がカーテンを開けて出てきた。李亮は、黙ったまま彼女の顔をしばらく見たあと「兵士達にそんな顔を見せられないだろう。」と言いながら彼女の兜を前にずらして、他人から顔があまり見えないようにした。白凛はただ頷くと、馬車から飛び降りた。李亮もそれに続き、2人で伝令兵が来るのを待った。
伝令兵は見るからに大けがを負っていて、いかにも命からがらやってきたという感じだった。
2人は彼の姿が視界に入った瞬間、お互いに顔を見合わせて頷き合うと彼に駆け寄った。伝令兵は、倒れ込みながら「白校尉、将軍が殉死。世子より、戻らず逃げるようにと。」と何とかそう言うとその場で気を失った。
白凛はこれを聞いた瞬間、その場にいた馬に飛び乗ると、一人今しがた自分が来た道を一目散に戻り始めた。
”あちゃー、止める暇もなかったぜ。”
李亮は頭を抱えながらも、白凛が連れてきた兵士達と自分が連れてきた兵士達に向かって叫んだ。
「すぐに北の国境基地を目指して出立だ。第五歩兵部隊は捕虜を連れて後から来い。他の部隊はすぐ白校尉に追いつくよう俺の後を食らいついてこい!」
李亮はそう言うや否や、まるで先ほどの白凛のように馬に飛び乗り、前に向かって馬を全速力で走らせ始めた。それを見た騎馬兵達は、雄たけびをあげると彼に続いてどんどん前に向かって馬を走らせ、歩兵達は槍を片手に走り始めた。
”将軍が殺られたと言うことは、正攻法では到底太刀打ちできないってことだ。”
白凛に追いつくため必死に馬を走らせながらも、李亮は参謀らしくこれからの戦い方を計算していた。
先に馬で走り去った白凛に追いついた李亮は、すぐに少数精鋭隊で北盧国の皇帝を狙う計画を彼女に打診した。白凛は、当初難色を示したが、北の国境基地につき、無言で横たわる趙明の遺体と重傷で生死の境を彷徨っている趙洋を目にするや否や、李亮に同意した。李亮もまた、ここに着いて、一気に畳みこんでこない北盧国軍に求心力の脆弱性を肌で感じたので、善は急げとそこで休むこともなく8名の北盧国語も堪能な兵士の人選を行い、極秘で北盧国に侵入することにした。
彼らは夜の闇に紛れて北盧国に侵入すると、一路首都:城都を目指し、北上を続けた。
北盧国に潜入して2日目の夕方、辺りが薄暗くなった頃、隊員が眠りから覚める前に李亮は、思い切って白凛に話しかけた。
「(北盧国の)集落を見てきたが、どう思う?」
白凛の頭の片隅には、李亮が劉操の手先であるということが常にあり、11年ぶりの再会から今に至るまでの彼の行動の意図が全く読めず、趙明の敵を打つため彼に同意して一緒に国境を越えて来たものの、たった10人編成のこの隊にいながら彼とできるだけ距離を取り、会話は殆どしなかった。それなのに、まるで待ち伏せのように木陰に立ち、声を掛けてきた李亮に内心苛立ちを覚えながらも、自分の使命を全うするためには彼の知力やコネも必要と感じていた白凛は、仕方なく彼に向かって小さい声で答えた。
「2.3の集落を見ただけでは何とも言えない。」
「確かにそうだが、昔西域まで領土を広げて一世を風靡した国だぜ。世界一の富豪も北盧国人なのに、民は飢え、集落は荒れ果てている。皇帝は何やってるんだろうな。」
”どっかの皇帝だって似たり寄ったりじゃない。”
白凛は、そう思いながらも、当たり障り無いように李亮にそうねとだけ言ってからその場を離れようとしたところを、李亮に再び呼び止められた。
「これなら皇帝を始末したことで、ここの民からも感謝されるかもな。そうだ。隊員に話す前に話しておく。明日皇宮には正門から入る。」
敵陣に暗殺に行くのに正門から入ると言われたことに、ますます李亮の意図を図りかねた白凛は、警戒モードがプチンと切れて、思わず上唇を歪めて「はああ?」と聞いてしまった。
はああ?と言って李亮の顔を見上げた白凛に、ようやく五剣士隊として過ごしていたあの当時の面影を見た李亮は、調子に乗って「そうさ。まさか日中、正門から正々堂々と入る刺客がいるなんて、誰も思わないだろう?だから明日皇宮の正門に入る時は、それを俺に返してくれ。」と言って白凛が胸につけているカッチーニ会のシンボルを指さした。
「こんな物サッサと返すわよ。だいたいアンタが嫌がる私に着けて行けって言ったんじゃない。」
キレて完全に昔の仲間モードになっている白凛が、自分の胸からシンボルを外すと、投げつけるように李亮にそれを返した。
それに慌てた李亮は「おいおい、相手を落とすための切り札を乱雑に扱うなよ。」と言って手にしたシンボルに何故かフーフーと息を掛けた。
李亮が、今度はシンボルを大事そうに手でさすっているのを見た白凛は、何か腑に落ちない物を感じ、あまり話したくない相手であるにも関わらず「どういうこと?」と聞いた。
李亮は辺りを見まわすと、右掌を上にしてその4本指を手前に動かし、白凛に近づけと手で合図した。
白凛は李亮に近づきたくは無かったが、どういうことなのか知りたい欲求には勝てず、渋々口をへの字に曲げながら李亮に近づいた。
李亮は屈んで白凛の耳に自分の口を近づけると、出羽島の刀剣屋から聞いた話と実際自身がカッチーニ会の人物に会ってこのシンボルを手に入れた経緯を素早く話した。
李亮の話が終わり李亮が身体を起こすと、白凛は李亮を見上げ、信じられないという顔をした。
「ま、俺も話を聞いたときは信じられなかったが、千年以上永世中立を標榜していた国が突然攻めてきた時に信じざるを得なくなった。だから北盧国も今は実質西域の武器商カッチーニ会が支配していると見ていい。」
「でも、これで皇宮に入れるとしても、相手に何しに来たって言うつもりなの。」李亮が手にしているカッチーニ会のシンボルを指さして白凛は不思議そうに尋ねた。
「そこでだ。悪いけどお凛ちゃんには人肌脱いで貰いたいんだな。」
「はああ?」
「お凛ちゃんは、申し訳ないが北盧国皇帝陛下への貢物という名目で、、、」
李亮は気まずそうにそう言い始めた途端、白凛は、キランと不敵に目を光らせ、間髪入れずに何度も頷きながら、自信満々に宣言した。
「わかったわ!私が寝床で皇帝の寝首をかくってことね。いいわ。望むところよ。」
とにかく趙明の敵をこの手で打ち取りたい白凛は、手段を選ぼうともせず二つ返事で同意した。
ところが、白凛が自らの操の危機を顧みていないのに、何故か李亮の方が真っ赤な顔をして自分の頭の前で両手をクロスし、地団太を踏んで怒りだした。
「チガウ!チガウ!ダメダメ!そうじゃない!」
白凛が、えーどうして?という顔をしていると、李亮は興奮したまま歯を食いしばって彼女に告げた。
「俺が皇帝の寝床にお凛ちゃんを送り込む訳ないだろう?その前に皆殺しだっ!お凛ちゃんは、門をくぐるための口実なだけ!もー、どーしたらそんな恐ろしい事、自ら考え出すかなあ!」
白凛が他の男に触られることを想像して、めまいと吐き気がしてきた李亮は、ふらつきながら「とにかく隊員を起こそう。俺が説明するから。」と言ってゆらゆらと歩き出した。
どうして李亮が自分の作戦に異を唱えたのかわからない白凛は、口を尖らせてしばらくその場に立っていたが、気を取り直して李亮の後を肩をすくめながら口をへの字にしてついていった。
お読みいただきありがとうございました!
またのお越しを心よりお待ちしております!