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第八章 探索

初投稿です。

仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー

 北盧国からの奇襲を受けた3日後になって、ようやく李亮と白凛のいる西乃国軍西域侵攻前線基地にもその報が伝わり、基地全域に激震が走った。


 このことは、まさに誰にとっても想定外のことだった。


 何しろ、永世中立国を自負し、遥か昔、久邇気弥皇帝時代に征服した西域の領土も無条件で西域に返還していた北盧国が、国境を突破し西乃国に侵攻するなど、誰も予想だにしていなかったのだ。


 それどころか現在も国境付近で大規模な戦闘が続いているとは。


 その報が入るや否や白凛は、趙家が気になり居ても立っても居られず、すぐにこの軍の統括者である孫粛への謁見を願い出た。


 孫粛は、西乃国が西域に侵攻していることを棚に上げて、北盧国の西乃国への侵攻を強く非難したが、たとえ西乃国の北部が北盧国に支配されたとしても、皇帝劉操からの指示なくこの前線基地から趙明率いる金剛軍への援軍を出す気は毛頭なかったので、側近から白凛が目通りを願っている旨の報告を受けた時、彼は露骨に顔をしかめた。


 しばらく思いを巡らせた孫粛は、「白校尉には会わぬ。下がらせろ。」と側近に向かって言い放つと、椅子から立ち上がり奥へと歩き始めた。


 「しかし、孫将軍!」

 側近は慌てて孫粛を呼び止めたが、孫粛はそれを意に介せず「とにかく下がらせろ。だいたい、向こうに用事があっても私には話すことは何もない。それに向こうの言い分を聞く時間もないことぐらい、お前もわかっているだろう?」とブツブツ言いながらそのまま歩みを止めることなく奥に隠れてしまった。


 勿論側近は、孫粛が本当はどれくらい時間が”ない”のか知っていたので、白凛にチップを貰った時は楽勝と思っていた当てが思いっきり外れてしまっただけではなく、現在の自分の立ち位置:すなわち孫粛と白凛との板挟みになっていることにようやく気づいてしまった。彼は、10分前はウハウハと自分の懐に入れたチップを取り出して、それをジーッと見つめると「ホント俺って金運無い。」と独り言を呟いてから、また愛おしそうにそれを懐にしまった。


 彼は、しばらくその場所で暇を潰してから、その場にあったたらいの水を自らの顔にバチャバチャかけ汗だくのふりをして走って白凛の待つ場へと急いだ。


「いやー、白校尉、長らくお待たせして申し訳ない。何しろ孫将軍は分刻みのスケジュールなので私が話しかけることさえ簡単な事ではないのだ。」


 その前置きを聞いただけで全てを悟った白凛は、彼を上目遣いでジーっと睨んだ。

 ”玉砕したな。何が分刻みのスケジュールよ。”


 その白凛の迫力に、今度は本物の汗がたらーっと頭から流れてきた彼は、しばらく白凛と目線を合わせないでいたが、いつまでも白凛が立ち去らないでいることに気づくと、はあーと大きなため息を一つ着いてから懐に手を入れ、白凛から貰ったチップを彼女に渋々返した。


 白凛は、彼の手から渡したチップ袋を荒荒しく掴み取ると、その中から銀子を1つだけ取り出して、彼に向かって1個ポンと投げ上げた。

「成功はしなかったけど、とりあえず掛け合ってくれた御礼としては十分でしょう。」

 彼女はそう言うと、喜びを隠せないでいる将軍の側近をもう一度しげしげと見てから「たらいの水ではすぐバレるわよ。」とだけ言い残して、その言葉を聞いてオロオロしている彼を置き去りにして、足早にその場から立ち去った。


 勿論李亮の耳にも北盧国の西乃国への侵攻の話は入っていた。


 その一報が入った途端、李亮は出羽島の刀剣屋の店長の話を思い出していた。


ー『最も、もう10年だからな。西域の武器商人も消費したい武器はもう全部はけたので、あっちとしてもそろそろ終わりにしたいようなんだが、何しろ劉操は何もわかっていないから、西域へ攻撃を続けるだろう。そうなると、西域への攻撃をやめさせるために、あっちが北かどこかをそそのかしてこの国に攻撃を仕掛けるかもしれない。とにかく十分気をつけろよ。』ー


 ”そうか、カッチーニ会は、北をそそのかしたのだな。”

 ”北ということは、お凛ちゃんが動くかもしれない。”


 未だに白凛に接近はできても、話すこと、ましてやプライベートの話などできる環境に無かった李亮は、これでようやく大義名分を得て、白凛と直接外野抜きで話せるかもしれないと期待で胸を膨らませながら、もう何度も何度も密かに彼女の様子を見に通った道を、初めて堂々と扇子を翻しながら大股で歩いて行った。


 案の定、彼女の天幕の内外は、他の天幕と異なり明らかに殺気立っており、兵士たちが慌ただしく往来していた。


 李亮は、白凛の天幕から飛び出してきた兵士の肩を彼の背後からポンポンと叩くと、兵士は飛び上がらんばかりにビクッとして慌てて後ろを振り返った。


「あっ、これは李参謀。何か御用で。」

 常義は、李亮にお辞儀をしながら、まずい奴に見つかったと心の中で舌打ちをしていた。


 李亮は、胸の前で偉そうに扇子をわざとバサバサ大仰に振りながら「そうなんだ。白校尉に話がある。取り次いで貰えないかな。」と常義の頭を見下ろしてそう言った。


「あいにく白校尉は、不在です。」

 常義は、天を仰ぐようにしなければ李亮の顔が見えないことをこれほど有難いと思ったことはなかった。


「じゃあ、帰ってくるまでここで待たしてもらおう。」

 常義は、これに顔をしかめて、断りの文句を答えようとしたその時、彼らの背後から若い女性の声が響いた。


「待っていただいても無駄よ。李参謀。話すことは何も無いわ。」


 その声に常義は、今度はその声の主に向かって恭しくお辞儀すると、彼女は常義に手で行くように指示した。常義はそれに再度お辞儀で答えると、今度は李亮に一礼してからくるっと向きを変えて、南の方へ走って行った。


 李亮は、徐に身体の向きを彼女の方に変えると、また扇子を仰ぎながら一段と低い声で「白校尉、私は話すことがあるのだよ。」と言った。


 白凛は、それを無視して、李亮の横を通り過ぎようとすると、李亮は彼女の腕を右手でがしっと掴んだ。それに頭にきた白凛はギロッと李亮を睨むと、李亮はそれに全く怯むことなく白凛にしか聞こえないような小さな声で素早く「お凛ちゃん、頼む。中に入れてくれ。」と言った。


 白凛は動揺した。

 第一に、李亮が自分のことを覚えていたこと

 第二に、李亮がわざわざ自分を訪ねてきたこと

 第三に、李亮が何を言いだすかということ


 白凛は歯ぎしりしながらやはり小声で素早く言った。

「入れるから手を放して!」


 李亮が手を放した瞬間、白凛はその隙を逃さず、李亮に平手打ちを食らわそうと腕を上げた。

 李亮は、それを見逃さず白凛の手首を掴んで彼女の攻撃を交わした。


 李亮は、すぐに白凛の手首から手を放すと、また扇子をバサバサ音を立てて仰ぎながら「まったく何年経っても同じパターンだな。」とため息をついた。


 白凛は、そんな李亮を無視して、自分の天幕へと歩みを進めた。

 勿論、李亮を無視する彼女の後を李亮が着いて行くのも何年経っても同じパターンであった。


 白凛は、自分の天幕の中に入ると中にいた兵士達に「あなた達は下がっていて。」と一言言った。


 その声で兵士達は天幕から出て行き、そこには斜に構えて睨んでいる白凛と相変らず扇子を仰ぎながらニ〜と笑っている李亮だけになった。


 李亮は感慨無量だった。


 あの突然の別れから11年、毎日行方を探し続け、彼の中だけの内緒の話だが、星にまで無事を願っていた相手と対面しているのだ。

 李亮は夢を見ているのかと思うほどうっとりとしていた。


 ”初めて会ったときから滅茶苦茶可愛かったが、想像以上にすげー美人になったなぁ~♡”


 それなのに、白凛はイライラしながら口火を切った。

「何よ。」

 その一言で、夢から現実に引き戻された李亮はガクッとくると「十年ぶりなんだぜ。何よは無いだろう。」と不貞腐れて呟いた。

「あ、そう。ではお久しぶり。じゃあ、私は用事があるから帰って。」

「お凛ちゃん!」

「やめてよ。兵士達に聞かれたら困るじゃない。それに私は校尉なのよ。気やすく呼ばないでよ。」

 李亮は扇子を畳むと、真剣な顔をして白凛の目をジッと見た。

「まさか舞阪に行くつもりなのか?」

 李亮は今迄の話し方と正反対に珍しく大真面目に彼女に聞いた。


 その李亮の発言にハッとした白凛は、李亮の立ち位置がわからないことから歯ぎしりをしながら「あなたには何も関係ないでしょ。」とだけ言った。


「勝手にここから離れたら、軍規に違反したことになる。国軍に造反したとなれば、陛下への謀反とみなされるぞ。」

 李亮は、その間、目を白凛から少しも離さず、わざわざ陛下のところで腕を京安の方に上げて手を重ねるという皇帝への最大の敬意を払ってそう言った。


 李亮は、劉操を警戒しろというつもりでそうしたのだったが、これで白凛は、完全に李亮は劉操の手先だと誤解してしまった。


 白凛は、もうやけくそになって「何と言われようと、その後打ち首になっても構わないわ。あんたのような人には到底理解できないだろうけど、私は父様(ととさま)やばあやが危ないとわかっていて、ここでのうのうとなんかしていられない!」と叫んでしまった。


 その一言で李亮は、白凛と趙明の関係が、自分が想像していたものとは180度異なることを瞬時に理解すると、白凛の性格から何を言っても彼女は舞阪に戻るだろうと悟った。


 睨んでいる白凛に李亮はさらに真剣な顔をして頷いて言った。


「わかった。国軍と皇帝のことは俺に任せろ。ただし条件が一つある。北盧国との戦闘の時は、必ず胸にこれをつけていろ。」

 李亮はそう言うと、自分の懐からカッチーニ会のシンボルを出してそれを白凛に渡そうとした。


 その風変りでグロテスクなシンボルを目にした時、白凛は思いっきり嫌そうな顔をして「何これ?お守りなんか要らないわ。」と吐き捨てた。


 李亮は一段と低い威圧感のある声で、今迄の余裕のある姿勢から鋭い目つきに変わって彼女を威嚇した。


「まず、これはお守りじゃない。もっと強力で確実に効果がある物だ。これをつけるとお前が約束しないなら、ここから出すわけにはいかない。」

「じゃあ、どうするつもりよ。」

「軍規違反で拘束する。」


 李亮は、無表情で声をさらに低くし一言冷静にそう言った。


 それに白凛は感情をむき出しにし、目を丸くして叫んだ。


「あんたにそんな権限なんかないわよ!」

「俺に無くても孫粛にはある。その様子じゃ会っても貰えなかったんだろう?それが孫粛の答えだってわからないのか?」


 そんなことなど言われなくても聡明な白凛は、わかっていた。孫粛の答えがわかっていたからこそ誰にも知られないようにここを抜け出そうとしていたのだ。それなのに、この裏切り者で、昔っからうざい幼馴染が、こともあろうにこのクソ忙しい時に彼女の前に現れたのだった。


 白凛は、自分の剣で李亮を手にかけることを考えたが、それは趙明から譲り渡された剣だったので、こんな裏切り者を成敗するには勿体ないと考えなおした。そして、チラッと左を見てそこにある酒樽を凶器にしようかと考えたが、ここで李亮を殺しても分が悪いだけだと思い直し、先ほどの李亮の言葉を思い出した。


 ”本当にコイツは私のことを見逃してくれるのかしら。”


 白凛は、渋々その変なバッジを李亮の手からカバっと掴み取ると「わかったわよ。つけりゃーいいんでしょ、つけりゃー。それで本当に私は正々堂々とここから出られるんでしょーね。」と李亮を睨みながら聞いた。


 李亮は白凛から見ても明らかにホッとした顔になると、満面の笑みを湛え、

「そうだ。後のことは俺に任せろ。必ず生きて帰ってこい。」


 そう言うと、李亮は白凛にくるっと背をむけ、足早に彼女の天幕を出ていった。


 李亮は、その足で門番のところへ出向くと、白凛部隊の出立が問題ないように門番の兵達を買収しはじめた。

 数人の真面目な門番は抵抗したが、李亮は言葉巧みに相手を説得し、結局は全員を味方につけた。

 そうこうしているうちに、白凛の部隊が門に到着した。


 李亮は、パっと見ただけで現在の白凛の部隊の半分以下の人数であることに気づくと、驚いて「何?全員連れて行かないのか?」と彼女に聞いた。


 白凛は、馬からスッと飛び降りると、後ろを振り返り「舞阪からこのメンバーでここに助っ人に来たのよ。だからこのメンバーで帰るだけよ。あとの子達は皆私がここに来てから面倒を見た都市部の志願兵よ。あまりに何も知らないで前線に出されるから、私がボランティアで訓練していただけ。よろしく頼むわ。」と言うと、初めて自分から李亮を見上げた。


 白凛は、銀地に水色の縁取りの入った甲冑に身を包んでいた。


 その姿は、彼女の名前の通りまさに凛とした佇まいで、李亮はその彼女の姿を一目見て、もしこの世に女神が存在するのだとすれば、それは白凛のことだと思った。


 彼女の兜の頭頂には天に向かって真直ぐ伸びるように大白鳥の風切羽が数本あしらってあり、その兜とお揃いの鎧は、特に胸部が頑丈に作られていた。また他の兵士と異なり、手足にも甲冑とお揃いの防具を着けていた。

 李亮は彼女の出で立ちを上から下、下から上へと目を動かして確認していたが、いつしか彼女の目と目線が合ってしまった。すると、すぐに白凛は目を伏せ、李亮に向かって正式なお辞儀をし「ありがとう。恩に着るわ。」と言い、瞬く間にヒョイと馬に飛び乗った。


 李亮は、珍しく真面目な顔をして、甲冑を身にまとっている騎乗の彼の世界でたった一人の愛おしい人物を見つめた。李亮は馬にもたれかかりながら上を向いて彼女に言い聞かせた。

「いいか、わかっているな。胸につけて戦うんだぞ。忘れるな。」


 白凛は、兜の内側で”いーだ”という顔をしながら、「くどい!」と一言だけ叫ぶと、チャーという掛け声をかけて馬を走らせ始めた。そして彼女に続いて800騎がドドーという地響きを立てながら、一路北に向かって走り始めた。


 その姿を目で追いながら、李亮は徐に扇子をバサッという音を立てて開くと、自分に向かって仰ぎながら、「さ、後始末をしにいくか。」と独り言を呟いた。


 ~


 舞阪県と清水県の境の宿舎に、今朝も父:胡懿を訪ね再度援軍を頼んだものの、けんもほろろに断られた趙明の正室:胡琴が、重い足取りで戻ってきた。


 彼女は、部屋で座っている姑:言紫の姿を見るなり、その厳しい環境においても冷静に凛としている姿を目の当たりにして、ここの所毎日のように彼女の実父との不毛の言い争いが思い出され、胡琴はその場にひれ伏し泣き崩れてしまった。


義母上(ははうえ)、本当に私の力不足で趙明殿に苦しい戦いを続けさせてしまい、申し訳ございません。」


 ひれ伏す胡琴を起こしながら言紫は、援軍の要請は簡単には行かないと予想はしていたものの、胡懿がここまで援軍を出すことを渋ることに、腑に落ちない何かを感じていた。自分の腕を優しく包む姑の手からいつもとは違う何かを感じ取った胡琴は訴えた。


「本当に父は何を考えているのでしょう。外孫の趙洋は7歳で戦っているというのに。」

「胡懿殿も考えがあってのことでしょう。とにかく民だけでも受け入れてくれたのですから、恨み言は言ってはなりませんよ。あなたは避難民の窓口として実家に待機していなさい。私は明日帰ります。」

「そんな、義母上(ははうえ)義母上(ははうえ)をお一人で帰したら趙明殿に合わす顔がありません。義母上がお帰りになるなら私も一緒に帰ります。」


 しかし、趙家の姑は、それに首を縦に振ることはなかった。


「ありがとう。でもお心だけ受け取ります。何しろ援軍の要請はあなただけしかできないのだから。申し訳ないけれど、引き続き御父上にお願いしていただけないかしら。」


 結局言紫のみが危険を承知で北の国境に近い趙府を目指して帰り、胡琴は実家に戻り援軍の派遣依頼を続けることになった。


 ~


「李参謀、いくら何でも勝手が過ぎますぞ。何故白校尉を国元へ帰したのです。」


 孫粛は怒り心頭になりながら、3mも離れている李亮に唾がかからんばかりの勢いでそう叫んだ。しかし、それに対して李亮は、涼しい顔で偉そうに腕を組みながら孫粛を見下ろして答える。


「孫将軍、白校尉を国元に返すことの何が問題なんです。第一白校尉がここで何をしていたというのです?助太刀に来ていたはずなのに戦闘に出ていた訳でもないでしょう。いいですか?白校尉の部隊は、ここに助太刀に来ていたんですよ。自陣に問題が起これば、帰って自陣を守るのは当然のことでしょう。」

「しかし、皇帝の命もないのに。」

「大丈夫です。」

「大丈夫って。どうしてそんなことが言えるのだ。」

「もし白校尉を帰さねば、確実に舞阪県は北盧国の領土になり、我が国は領土拡大どころか縮小。そもそもの陛下の意に反するからですよ。」


 孫粛もそれはよくわかっていた。

 だが、面と向かって劉操の前に出る気概が無いだけだった。


 少なくとも劉操の言いなりになってさえいれば、負け戦でも大義名分が立つが、劉操の指示なく自ら動いては、負け戦であれば勿論のこと、たとえ勝利を収めたとしても自分の身が危ういと孫粛は感じていた。あの11年前の政変をこの目で見てきた孫粛は、この肝っ玉の小さい皇帝に何であっても、、、何も武力だけでなく、極端な話、傾聴力であっても、、、とにかく”力”を示しては生き残れないことを悟っていた。


 孫粛は、李亮に反論したかったが、反論の余地がないと悟ると、今度は打って変わって囁くように言った。

「それはそうだが。。。」

「我が国が侵攻されているのにそこに援軍を出さなかったら、逆に陛下に何と思われるでしょう。」

「だが、帰しても守り切れるとは限らない。」

「なら、援軍をもっと出しましょう。」

「それは、もっと陛下に言い訳がたたない。」

「全責任は私が取りましょう。」

「・・・・・・」


 これは孫粛にはまたとない話だった。


 何が孫粛を微動だにもさせなかったかと言えば、責任が自分に降りかかる、、、すなわち殺されるからだった。それを彼の代わりに死んでくれるというお人好しなボランティアが目の前に現れてくれたのだ。


 しかも彼は皇帝直属である。


「とにかく、幸いここは暗黙の了解で停戦状態です。ならば攻められている北の国境の方に援軍を出しましょう。」


 勝手に援軍を出したことでの責任は問われないにしろ、手薄になったことで西域との戦いで敗れればそれはそれで孫粛の責任が問われてしまう。


「しかし、ここが手薄になったと相手にわかれば、西域は総攻撃してくるに違いない。」


 この回答に李亮は、なるほど11年という歳月と何百万人つぎ込んでも勝てなかったはずだと心底あきれ返っていた。


「そんな何万も兵を出せと言っている訳ではありませんよ。せめて白校尉が育てた志願兵1000人を援軍に出したらと言っているだけです。」


 李亮は、出羽島の刀剣屋の店長の話だけでなく、ここに赴任して数か月、現状を自分の目でしっかり観察して、明らかに西域もそろそろこの戦闘の店じまいを望んでいることを肌で感じていた。それ故、今は北からの攻撃を死守する時だと感じていた。ただ、戦闘において兵の数は確かに多いに越したことは無いのだが、兵の士気や戦闘能力こそ重要で、この前線基地に赴任して一通り見た感じでは、白凛が育てた兵士しか使い物にならないことも李亮はよく知っていた。


 しかし、トップ中のトップの孫粛はそれを知らなかった。


 ”そうか、1000人位なら何でもないな。”


 兵士を質でなく量でそう判断した孫粛は、そう思いながらもすぐに賛成してしまえば自分の面子がたたないと思った。そう思った孫粛は、奥の手を思いついた。


「しかし、出すにしても指揮官がいない。」

「私がやりましょう。私が兵を率いて舞阪に赴きます。」


 これには孫粛は内心ウハウハしていた。


 何しろ皇帝の駒である彼がこの基地にやってきてからというもの、何を皇帝に報告されるやらと肝をつぶし続けてきた孫粛だったので、彼がここから居なくなってくれるーしかも自主的にーことは願ったりかなったりだった。


「そうか、そこまで君が言うのでは引き留めるわけには行かないな。ただ舞阪に行くにあたって、自分の意思である旨一筆書いておいてくれ。何しろワシは反対したのだからな。」


 李亮は、まるで中安の参謀本部でのやり取りのデジャブのような展開に内心苦笑しながら、すぐに念書を書き始めると、孫粛は早速伝令兵を呼びつけ「第5~第8歩兵部隊に舞阪国境基地への出陣命令を伝えよ。2時間後に李参謀が指揮官となって出立する。」と命じた。


 ~


 西乃国の海の御用邸でようやく北盧国から攻撃された旨の報を受けた西乃国皇帝の劉操は、知らせを受けた瞬間に、そこここの物を手あたり次第投げる等周囲が手を付けられないほど暴れ始めた。


「国境軍は何をしているんだ!」

「趙明将軍が死守しておられます。舞阪県の住民を隣の清水県に避難させ、、、」

「そんな住民のことなどどうでもいいのだ!とにかく北盧国を立ち直れない位壊滅させるように伝えろ!」


 報告にやってきた伝令兵は、この皇帝の理不尽さは噂で聞いていたので、あとは跪いたままだんまりを決め込んでいた。


 劉操の後ろに控えている宦官に劉操は、手で合図すると、海の御用邸の第一宦官の宋毅は「御意」と言ってから、檀下で跪いている伝令兵に退出するよう促した。


 彼は、伝令兵をエスコートして部屋の外に出るや否や、誰にも聞こえないように小声でサッと話しかけた。

「北盧国の兵力は?」

「少なくとも100万、かたやこちらは20万ですぞ。どうやったら相手を壊滅させられると?それどころか、、、」

「シー。声を潜めて。陛下に聞かれたらあなたの命はありませんよ。」

「せめて援軍をと思ってここまでやってきたのですが。」

「大丈夫。皆陛下の性格をよくご存知です。あなたのせいではありませんよ。」

「でも、齢7つの坊ちゃまも出陣なされ、お袋様も奥様も難民の世話に奔走しているというのに。同胞なのに、援軍すら出さないとは。」

「陛下が少し落ち着かれたら、私が話してみますから、あなたはすぐお帰りなさい。」


 伝令兵を御用邸の外に見送ると、宋毅は思わず天を仰いだ。

 今日の御用邸の空は、雲がだいぶ出ていて、灰色と白の合間に少しだけ青い空が見えた。

 ”なんとか、この厚い雲が勝手に引いて行ってくれれば。”


 宋毅は、ここで思いっきり大きなため息をついた。


 彼は、その昔、先帝:劉献に助けられたことがあった。

 それ以来、彼は心の中で先帝に忠誠を誓い、男性の大事な部分を切り落として宦官への道を進むことに決めたのだった。それなのに、ようやく生死を彷徨うほどの手術とその後の感染症を乗り切って皇宮に初出勤した、まさにその日に、劉操による政変が起きたのだった。次々と先帝の宦官たちが殺されていく中で、わけのわからないまま新人なのにあれこれ休む暇もないほど多種多様な仕事を任され、気が付くと3か月で中堅どころとなっていた。寡黙な働きぶりが劉操の右腕の筆頭宦官:石欣に認められ、彼の推薦でこの海の御用邸での第一宦官になって、11年になろうとしていた。


 宋毅は、建物に入ると、女官から茶の乗った盆を受取り、劉操の元へしずしずと時間をかけて戻っていった。


 宋毅が部屋に戻ってきた時には、壊れたものは全て片づけられ、劉操はもうすっかり落ち着いて、御典医に肩を揉ませていた。


 宋毅は、劉操の顔色をうかがいながら茶を彼に差し出し、取りなしながら伝えた。

「陛下、さっきの伝令兵が言うには、北盧国は100万騎だとか。」

 ところが、このセリフも肝心の劉操には少しも響かず、その兵力を想像した御典医の手の方が震えた。劉操は、御典医の手をパシッとひっぱたくと、

「兵の数ではない。敵将を打ち取ればいいだけだ。私を見ろ。」と吐き捨てた。


 宋毅は、戦のことはよくわからないので、皇帝にこう言われたらなすすべがなかった。


 ここにいる宦官・医師らが、”この国が無くなるのも時間の問題かもしれない。”と憂いている中、この国の為政者は、出された茶を涼しい顔ですすっていた。


 ”朕にはカッチーニ会がついているなんて、お前らは知らないからな。”


 まさか、カッチーニ会が、北盧国も煽っているとは露にも思っていない劉操は、大金を払った武器がまだ入ってこないことも知らず、呑気に構えていた。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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