第八章 探索
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
”僕を父上と見間違えたのか!”
すぐに劉煌は、昔、母の楼に飾ってあった父と母の成婚時の肖像画を思い出した。
確かにその画に描かれていた若き日の父に、今の自分は顔も身体つきもそっくりだった。
表情を変えない訓練が完璧だった劉煌でも、この時ばかりは全身の毛穴という毛穴から冷汗がドバーっと吹き出し、自分自身の心臓が体外離脱し、自分の目の前で、青黒い筋を幾重にも盛り上げてドキドキ鼓動を立てながら派手な音を立てているように感じた。
そして、この僅かに数秒の出来事が、劉煌には10分にも30分にも感じられた。
”もはやこれまでか。”
俯いて目をつむりながら劉煌がそう思った瞬間、金譲の後ろから金譲を呼ぶ声が響いた。
金譲は、その声にまた驚いたようにビクッとするとすぐに後ろを振り向いた。
”今だ!”
劉煌はその隙を逃さなかった。
サッと門をくぐると、劉煌はアッという間に皇宮外に出た。
劉煌が、皇宮からの危機一髪の脱出に成功していた頃、後ろを振り向いた金譲は、上司である40も年下の言雲から目玉を食らっていた。
「金譲、槍を落とすなってあれだけ言ってあるだろう?」
「ああ」金譲は1回頷いてから、槍を拾おうと腰を屈めると、言雲から雷がまた落ちた。
「じゃあ、何で落とした!」
その衝撃が効いたのか効かなかったのか金譲は、今度は困った顔をして、首を左右にゆっくりと傾け続けて
「はて、さて、何で落としたんだか。。。」
と言うと、言雲は本当にうんざりした顔をして
「もう、またか。何で俺が老人の面倒を見なきゃいけないんだ。ここが裏門だからまだしも、銚期門(正門)だったら全然務まらないじゃないか!」と呟いた。
金譲は金譲で、どうも誰かに会って驚いて槍を落としてしまった気がするのだが、その誰かが誰かどころか、それが男だったか女だったかさえも、ものの1分もしないうちに全て忘れてしまった。そしてさらに1分経った時には、誰かに会ったことも、驚いたことさえも忘却の彼方へと行ってしまった。
金譲は、この西乃国皇宮内で梁途を除いて唯一人、劉煌の血統を見破った僅か3分後には、何事もなかったように槍を持ってまた朱祜門の横に立ち、”守り”に入った。
皇宮から命からがら脱出した劉煌は、ハアハアしている大きな呼吸とドキドキしている心臓を落ち着かせながら、まずその足で梁途に示唆された通り質屋を目指した。
京安には質屋が5軒あり、その中で最も皇宮の朱祜門に近い質屋の前まで来た劉煌は、そこで立ち止まり、なんとなくその質屋を見上げた。その質屋は木造2階建てで、1階の屋根には黒地に赤い文字で店の名前:相昇大押と書いてあった。1階は盗難防止のためか、表から見ると分厚い扉が1枚だけで、外から中の様子をうかがい知ることはできなかった。
劉煌は、敷居の高さを感じながらも扉の取っ手に手をかけると、一つ大きな呼吸をしてから重い扉を一気に開けた。
すると中から「よっ、毎度!」と言う声がかかり、思わず劉煌は顔をしかめた。
質屋はそれには気づかないようで「今日は何入れるんだい?」と親しげに聞いてきた。
劉煌は、質屋の棚に所狭しと並ぶ商品にすっかり目を奪われていたので、話しかけられたことに全く気づくことなく、棚の上から下まで隅々観察し続けた。
質屋のディスプレイは、まさに梁途の言った言葉の縮図だった。
なんと、その棚には、皇宮で支給される物が所狭しとずらーっと並んでいたのだ。
”こりゃ、京安の皇宮は、もはや皇宮じゃないな。”
”正式に採用されなくても、ここでなりたい役職の制服が一式揃うじゃないか。”
青ざめながら、質屋の陳列を隅から隅まで見ていた劉煌は、偽物でも玉璽が出ていなくてホッとしたものの、昔皇宮内のそこここで飾られていた物とそっくりの絵画や彫刻が並べてある棚の前に来た時には、その場で卒倒しそうだった。
しかし、目線を進めその無数の陳列品の中に蒼石観音が紛れているのを発見した時、劉煌は場所柄にもなく色めき立ってしまった。
”ま、まさかこんな所に!”
劉煌は、この数か月、夜な夜な探し回った物が皇宮にはなく、その門前の質屋にあったことに愕然としながらも、これで皇宮に戻る用事は無くなったことにホッとすると同時に一抹の寂しさも感じていた。
劉煌は、陳列を一通り見終わった後、棚の蒼石観音を手に持ち、それを番台に置いた。
「なんだ、あんちゃん、珍しい。今日は売るんじゃなくて買いかい?あ、わかった。そうか。あんちゃんはノンキャリか。うんうん、わかった。ノンキャリじゃ気の毒だ。お代は8掛けでいいよ。」
質屋の男は一人で言って一人で納得すると、劉煌が頼んでもいないのに値引きまでしてくれた。
劉煌は、西乃国の元皇太子として、このことをどう受け取ったらよいのか悶々としながらも、口をへの字に曲げつつ黙って値引き後の金額を支払い、商品を受け取った。
質屋の男は、カウンターの上で質入れされたばかりの商品の整理をしながら、カウンターの向こう側で購入した蒼石観音を懐にしまっている劉煌に向かって話しかけた。
「いやー、ノンキャリは大変だよね。こき使われてさ。キャリアなんて、ほぼ毎日誰かしらが物品を質に入れに来るよ。って言ってもさ、買戻しになんて来やしないよね。ハッキリ言って皇宮の物品を金に変えているようなもんだよ。全くこの国はどうなっちまったのか。まともなのが上に立っていないよ。皇宮の中がそんな調子だから、また税が上がるってよ。ホント勘弁してほしいよね。ああ、やっぱり生まれるんなら貴族だよね。」
質屋の何気ないボヤキに劉煌は、両親に叩き込まれた皇族としての務めを思い出し、頭に血が上りながらも、情報収集のためにグッと耐え忍んでいた。そして耐え忍ぶあまりに、カウンターに乗っていたつい先ほど質入れされた着物の裾をギュッと握りしめてしまっていたことに気づいていなかった。
客が商品を握りしめていることに気づいた質屋は、慌てて劉煌の手を払いのけると
「ありゃりゃ、あんちゃん。商品握りしめちゃって。皺になっちまったじゃねーか。」
と言ってムスっとした。
劉煌は我に返り慌てて懐から財布を出すと「申し訳なかった。これもいただこう。」と言って、握りしめた着物を指さした。
質屋はそれを聞くと突然態度が変わり、とても嬉しそうに「あんちゃん、あんちゃんは話のわかる人だ。いや、この着物さ、どうしようかと思っていたんだよ。でもさ、若い女の子でさ、家族全員死んじゃってって話を聞いたらさ、結局質入れしちゃったのよ。」
それは、袖が細長くも、長い袂がある訳でもなく、中途半端な長さの袂がついた朱色の着物と腰から下に巻く緑のグラデーションの裙のセットだった。
「珍しい着物だな。汚れて所々破れているが、質も仕立もいい。」
「へえー。あんちゃん、ノンキャリなのに物知りだね。俺っちも20年やってるけど、こんな着物見たことないね。西域のかね。」
”いや違う。西域でもサンタニックで廻った各地でもこんな着物を身に着けている人はいなかった。”
そう思いながらも、劉煌は「はてなぁ。」とはぐらかして、その珍しい着物の上に代金を置いた。質屋は嬉しそうにその代金を受け取ると、その変わった着物を畳むべく着物を持って劉煌に背を向けた。すると、なんとその着物の下からもう1体蒼石観音が出てきたではないか。
”え?なんで蒼石観音が4体もあるんだ?”
”ということは、どれかが偽物?”
質屋が着物を包んでいる最中に劉煌は、4体目の蒼石観音を手に取ってみた。
すると、なんとも奇妙なことに、劉煌が懐に入れている蒼石観音3体のうちの2体が4体目の蒼石観音と共に青白い光を放ち始めたではないか。
劉煌は慌ててカウンターに背を向け、懐の中の蒼石観音を確認すると、反応していたのは、聖旨から出てきた最初の蒼石観音と西乃国皇宮の蔵で見つけた蒼石観音の2体で、先ほど購入した蒼石観音は全く反応していなかった。
”まさに天功だ。なんと、これがダミーだったのか。危うく失敗するところだった。”
劉煌は、この幸運に神に心から感謝すると、着物を畳んでいる質屋にこの蒼石観音も購入する旨を伝えた。
ところが、質屋の返事は思いがけないものだった。
「あ、そいつはダメなんだ。」
「?でも質入れ品だろう?」
「そうなんだけど、これだけは必ず買い戻す約束で一月だけ質入れになっているんだ。1か月以内にその子が引き取りにこなかったらあんちゃんに売るよ。」
「そうか。残念だな。」
そう言って劉煌は、それをカウンターに置くと、質屋はまた着物を畳むために劉煌に背を向けた。
もうすっかり忍者が身体に浸透している劉煌は、質屋が背を向けた隙に先ほど購入した蒼石観音と、他の二体に反応している質屋がまだ売れないと言った蒼石観音とを、目にもとまらぬ速さでササッとすり替えてしまった。
ところが、うまくすり替えられたものの、先ほどと同じように3体の蒼石観音は青白い光を放ち始めたので、それを隠したい劉煌は、質屋の背中にむかって着物は後で取りに来ると伝えると、すぐに懐の点滅が見えないように質屋に背を向けて出口に向かい始めた。質屋はその声に慌てて振り返ったが、カウンターには蒼石観音がちゃんとあったので
「あんちゃん、毎度。じゃあ、包んどくから。」
と劉煌に向かって言った時には、劉煌は、既に質屋から出ており、扉がギーっという音を立てて閉まりかけていた。
劉煌は質屋から脱出すると、足早に質屋の通りを抜けて、繁華街の裏の人気のない小道に入った。
3体の蒼石観音が反応するのはよいのだが、ずっと青白い光を点滅させていたのでは目立ってしまう。
色々試した結果、蒼石観音の1体を肌に振れないようにまとめ髪の中に入れることで点滅が収まることがわかった劉煌は、1体を髪の中にうまく固定してから、その道をまっすぐに北に向かった。
しばらく歩くと前方に2,3人立っている店があった。こんな裏路地で何を売っているのかと見ると、それはかつて毎日のように孔羽が買ってきたあの饅頭だった。饅頭の上の饅の字の焼印を見た劉煌は、懐かしさのあまりそれを一折注文すると、店主は怪訝そうな顔をして劉煌に聞いてきた。
「本当に6個でええのかえ。3両だけど。」
”そんなにするのか!?”
「ま、前からそうだっけ?」劉煌は慌てて財布の中身を見ながら聞くと「あんちゃんが言う”前”がいつのことかわからないけど。前と言えば、前の皇帝の時は食べ物も豊富で材料に事欠かなかったから、そこら辺の子供たちも買えてたけどね、今じゃ買えるのは貴族か大店だ。こんな饅頭でも贅沢品になっちまった。」と言ってため息をつきながら店主は、劉煌に一折渡した。
劉煌は想定以上の出費で懐が淋しくなりながらも、片方に菓子折りを持って右に曲がった。すると彼方にバーンとそびえ立つ城壁があり、その手前に目指す長屋群が見えてきた。
それから20分ほど歩いて孔羽が両親と暮らす家に着いた劉煌は、とりあえず周囲を偵察してみた。
そこは10年前と全く変わらなかった。。。
ただ行き交う人々の衣服も変わらなかった。
劉煌は気づいていた。人々の衣服は、生地は長年の洗濯で薄くなりよれよれになっていたことを。
劉煌は皇宮の外に出てからの皇宮とのギャップに気を取られていて、いつの間にか孔羽の母が水を汲みに家から飛び出してきたのにも気づかなかった。
「あれ、梁途君じゃないの。珍しいね、そんな恰好で来るなんて。それ、禁衛軍の軍服でしょ。どれどれおばちゃんに見せて頂戴。。本当に立派になってねぇ、ってうちの孔羽も最年少で科挙に合格したけどっ!」
孔羽の母は、劉煌に近づきながら、最後の部分はわざと近所に向かって聞こえるようあらぬ方向を見ながら大声で言った。
劉煌は直立不動の体制で、至近距離まで接近した彼女が、前から後ろからしげしげと彼の軍服を見ていることに、心の中で、
”頼む、頼むから顔は見ないでっ!”
と祈っていた。
彼女の視線が段々と下から上方に向いてくるに従って、劉煌の顔も段々とすっぱい顔になり、無意識に彼は首を斜め右上方に回転させていった。
そして彼の情けない目が空を捕らえたとき、後方から「母ちゃん何やってんの?」という救いの神の声がした。
劉煌は、酸っぱい顔のままその声の主の方にバッと振り向いた。
声の主は、食べかけの饅頭を口元で握ったまま、自分の方に振り返った人物の顔を凝視した。
”た、太子!”
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