第八章 探索
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
清聴が一心不乱に毎日臨時のお経をあげ続けている中、劉煌は10年ぶりに西乃国の皇宮に足を踏み入れた。
最近、鏡の中に自分の父の面影を感じ始めていた劉煌は、皇宮に入るにあたってお陸と共に完璧に変装した。
何しろここで自分が誰なのかがわかってしまえば、たとえ劉煌に命が100個あったとしても到底足り無いからだ。
女に変装するにあたり彼らは、中ノ国の武王府での
”美しい女性、、、もとい美しい女装は女性から嫌がらせを受ける”
という経験を肥やしにして、どんな角度からも決して美しく見えない”化粧”を施した上に、ご丁寧にそれぞれ左頬と顎に特大の黒いほくろをつけていた。
「師匠、このほくろじゃ逆に目立つのでは。。。」
「目立つからいいんじゃないさー。人間なんてもんは、ほくろが気になってほくろばっかり見て顔立ちにきづかないか、ほくろを見ないようにと思って顔を全く見ないようにするかのどっちかさ。」
変装している最中に2人で交わしたそんな会話を思い出しながらも、第一関門である銚期門(南門)にたどり着いた時には、劉煌の緊張はmaxまで達していた。身体を小さくして肩をすくめ、上目遣いで、目だけを左右に動かして門を守る禁衛軍の兵士たち全員の顔を確認した劉煌は、そこに知った顔がいないことに心の中でホッと肩をなでおろしていた。無事第一関門を潜り抜けて皇宮内に立った劉煌は、相変らず身体を小さくして上目遣いで目だけを動かして辺りを何度も見まわした。彼にとって生まれ育ったこの地を生きて再び踏んだことの感慨にふけっている余裕は、彼には全くなかった。
”土地・建物・池・庭園や植樹の配置は、以前と全く変わりがないが、とにかく荒れている。”
”父の時代は、少なくとも日中は、外でも内でも必ず掃除をしている者を見かけたものだ。”
殺伐として人気のまるで無い、アプローチを取り囲む全石畳製の広大な前庭に見えるのは、昔はまるでなかった枯葉やごみだけだった。
前庭の奥に前庭を囲むように植えられている木々も、そしてそれらの周りも全く人の手が入らず、雑草が腰の高さ程迄生、防犯的にもいただけない印象を受けた。
自分を認識できる人物がいるであろうという緊張感でガチガチになっていた劉煌だったが、あまりの皇宮内の荒廃ぶりに、だんだんとここは自分が生まれ育った所ではなく、自分はどこか違うところに迷い込んでしまったのではないかと錯覚し始めた。
さらにすれ違う人、すれ違う人は、皆全く劉煌に気づくことなく通り過ぎていき、劉煌もお陸も半分拍子抜けしながら、禁衛軍の兵士の先導で目的地へと歩みを進めていた。
目指す後宮までは、諸国随一と言われるほどの広大な庭園を通り抜けなければならないが、その庭園を目の前にして劉煌は、その変貌ぶりに思わずヒッと叫んでしまった。
先導の兵士は慌てて振り返ると「なんだ!」と叫びながら、宮女候補生全員の顔を一人ずつ睨んでいった。劉煌は、睨んでいる兵士に向かってすぐさま「はい!」と言って手を挙げると「すいません。しゃっくりが。。。ひっ!」とわざとしゃっくりをしてみせた。
兵士は胡散臭そうに劉煌に視線を移すと、慌てて目を反らした。
”かわいそうに、女の子なのにあんなでかいほくろが頬にあるなんて、、、そりゃ宮女になるしかないよな。”
兵士はそう思うと「出物腫物ところ選ばずだが、皇宮ではそれが命取りになる。(宮女の)面接までに治しておけよ。」と劉煌から完全に目を反らしたままそう言った。
「はい。ありがとうございます。」と楚々として言いながらも、劉煌は、諸国随一の美しさと誉れ高かったこの庭園が、完全に雑草の草原と化していて、昔自分が遊んだあたり一面色とりどりの美しい花が清楚に咲いていたあの場所と同じ所とはとても思えないほど野生化している姿に愕然としていた。
そして、後宮の敷地内に一歩足を踏み入れた時、完全に劉煌の堪忍袋の緒が切れて、彼の心は爆発してしまった。
皇太后、皇后がいないにせよ、後宮の体裁と秩序を守るのは後宮に住む住人、すなわち劉操の家族の務めである。
たとえ妃の肩書が無いにせよ後宮の主人として、使用人である後宮の宦官、女官、そして宮女を束ねるのが筋であるのに、それすらも全く出来ていないことが一目見てわかってしまったのである。
”いったいどうなってしまったのだ?まさか、劉操はここにいないのか?”
劉煌が悶々としている時、横でお陸も完全にあきれ返っていた。
”まったく万蔵もヤキが入ったねぇ。こんなところにこのアタシに行ってくれなんて。こんなところの間者だったら、素人だって務まるよ。”
どうやら、お陸もすぐにこの皇宮の現状を把握したらしく、劉煌を弟子にしてから初めて見せた、あの門に入る前のキリリとした真剣な表情とは打って変わって、げんなりした顔になっていた。
”はああ、まあお嬢ちゃん一人で行かせるわけにはいかないから仕方ないか......”
お陸は、そう心の中でボヤキながらも劉煌と共に面接会場に足を踏み入れた。
それでも劉煌は、知った顔がいるかもしれないという緊張感から背筋がピーンと伸びていたが、お陸はスーパーモデル養成ギブスのせいで背筋がピーンと伸びていた。
案の定、面接を受けた10人のうち明らかに顔立ちの美しい2名は不採用となり、特大の黒いほくろに思わず目が奪われてしまう劉煌とお陸は採用になった。
その時一緒に入宮した宮女たちは、劉煌とお陸を含め8名で、いずれも後宮の皇族のお世話係の女官たちの下働きのお役目の者たちだった。
まず、宮女になるにあたり先輩女官から制服を渡された劉煌は、そのあまりのセンスのなさにめまいがして、思わず手の甲で額を抑えた。
首元がタートルネックなのは喉ぼとけを気にしている劉煌にとって都合がよいのだが、紺のタートルネックに紺のアンサンブルで、その上着も下のワンピースも身体のラインを全く無視した作りの上、裾の長さは足先まで隠れる長さであり、それは遠くから見るとまるで紺色の寸胴鍋が歩いているような制服だった。さらに頭髪は小さいお団子を左右に1つずつ頭頂に造り、装飾品は一切許されておらず、耳飾りすら使用不可だった。
呂磨滞在中に益々美容・ファッションにうるさくなっていた劉煌は、思わず心の中でこう叫んだ。
”私が皇帝になったら、まず何が何でもこの制服をなんとかする!”
劉煌は、思わず他者が「おいおい、まず何とかするのはそこかい!」と突っ込みを入れたくなるようなことを心に固く誓いながら、ブツブツ汚い羅天語で文句を言いながら紺の制服に渋々着替えた。
8名の新入宮女達が早速制服に着替え、髪を結いなおしてオリエンテーション会場に戻ると、女官長の薛松が眉を吊り上げて彼女らを待っていた。
その薛女官長の話によると後宮には皇帝陛下の”側室”が4名いるが、いずれにも子供は産まれておらず、さらに4名全員、位は嬪で、正室である皇后はおろか妃の位も賜っていない者たちだった。薛松は、宮女としての心得をクドクドと説明していたが、特に強調していたのは火の管理だった。
「あなた達いいこと?何は無くても、とにかく火の元には十分気を付けること。消火を忘れないこと。とにかくこれだけは守って頂戴。何しろ東之国では、火の不始末で皇帝一家がお亡くなりになるという大惨事が起きたんだから。」
薛松のこの話に驚いた劉煌は、政変直前に交流のあった東之国の皇帝と皇女のことを思い出し、思わず「薛女官長、その東之国の火事はどなたが犠牲になったのでしょう?」と聞くと、薛松は劉煌の方を振り向いて何度も頷いて言った。
「あなた、いい質問だわ。その火事で皇帝陛下と皇女様が亡くなったのよ。だから犠牲になったのは、その方々以外に皇帝一家付の宦官・女官・宮女全て。火事で生き残っても、皇帝一家付きだった者達は全員、その家族・一族全てひっくるめて犠牲になったのよ。この意味は皆わかるわね。あなたたちの誰かが火の元の注意を怠ると、ここにいる者全員とその家族・一族郎党全て命が無いってことなのよ。」
薛松は、2回目に”犠牲”という言葉を使った所で、自分の首に横手を当てて首を切るしぐさをしていたので、新採用の宮女達は全員震えあがってしまった。ただその良い質問をした劉煌だけは、恐怖でパニックになっている新人宮女達の中、一人酷く寂しそうな顔をして静かにうつむいていた。
”そうか。あの2人も、もうこの世にはいないんだな......”
劉煌は、10年前、中ノ国の皇宮で挨拶を交わした東之国の皇帝と皇女を背負った時の、あの背中のえもいわれぬぬくもりを思い出し、人の命のはかなさをまたもや痛感していた。
翌日から始まった新人宮女研修では、寧景という女官が講師だった。
彼女は昨日の怖い女官長とは異なり、とてもフレンドリーな人で、お喋りが大好きだった。
そして彼女の話によると、何でも、後宮の側室たちは、全て皇帝陛下の側近たちが彼に”献上した”女たちだそうで、正式な婚儀もなかった。そのためか、皇帝陛下は彼女たちに全く興味が無く、”月に一度皇宮に”戻ってきても、後宮には寄り付いたためしがないとのことだった。
”そうか、やはり劉操はここにいないんだな。”
劉煌が、皇太子だった頃の西乃国の後宮には、父である皇帝の妃として、正室の皇后、側室のうち皇帝より身分を賜った妃が3人と亡くなった祖父である先帝の妃達がいた。皇帝の側室の定員は10名だったが、劉献はその他に側室を取っていなかったので、後宮にいたのは全員身分的に正式な妃であった。それ故、物理的には建物が24棟とそれぞれに庭があるほど広大な敷地面積のわりに、人員的にはこじんまりとした後宮だったが、劉煌の母であった皇后の楚氏がしっかり管理しており、使われていない建物でも庭でも小路でも常に清掃でもなんでも目が行き届いていたものだった。
”いつの時代もこの皇帝にして、この後宮ありということだ。後宮を見ればすぐに皇帝の器がわかる。”
そう思った劉煌は、宮女の仕事を開始するやすぐに指導役の女官:寧景に取り入って、事あるごとに寧景を持ち上げた。元々お喋りが大好きな寧景は、これに気をよくして、1週間も経つと女官長の薛松に見つからないように気を配りながら、彼女自ら劉煌にペラペラ皇宮の話をするようになった。
寧景によると、この皇宮の宦官のうち筆頭宦官である石欣とその取り巻きの宦官20名ほどは、元々劉操のお付きの者たちで長く勤めているが、こと後宮については、古くから勤めている者はおらず、一番長い薛松と寧景でも10年で、先帝の時代から勤めている者はいないとのことだった。もっとも禁衛軍については、先帝の時代からの衛兵がちらほらいるが、それでも二桁に満たないとのことで、皇宮にいる禁衛軍でも1万人はいることから、劉煌が昔からの衛兵に出会う確率は天文学的に低いことがわかった。
禁衛軍は、全体で5万騎に登るが、大部分は皇帝である劉操が好んで居る海の御用邸に配置され、劉操が皇宮に戻る時だけ皇宮待機組1万と合わせて5万騎が1箇所に集まっていた。
このようなイレギュラーなことは、何も禁衛軍だけではない。
劉操が皇帝になってからは何もかもイレギュラー化し、その中でも最も不思議なことは、正式な妃を誰一人置いていないことだった。
それだけではない。正室にしろ側室にしろ、果ては女官・宮女でさえ、女を側に置く気が全く無かった。
それが出来たのも、劉操の母は彼が物心着く前に亡くなってとうにいなかったし、彼の育ての母である義母だった皇太后を始め、義姉であった先帝の正室や側室達も全員彼が殺してしまったので、後宮の人事に関して口を挟む者が不在だったからだったが。。。
ともあれ、全く女っ気が無いことから、皇宮内に働く者は皆、皇帝は男色に違いないと心の中で思っていた。ただ、それを口走っているところを誰かに発見されれば命は無いことを皆よくわきまえていて、それは暗黙の了解になっていた。
そんなゴシップを寧景が劉煌に黙っておれるはずがなく、彼女が劉煌の耳元で皆知っている”皇帝の秘密”を囁いたのは、劉煌が宮女務めを初めて3週間が経った日のことだった。
そういうことで、劉煌は、何故4人の側室:嬪達が、麻雀をやっている時以外はお互いに口をきかず、すぐ理不尽に宮女達を虐めるのか理解したのだった。
つまり側室の誰も皇帝に相手にされないことから、彼女たちのフラストレーションは常に振り切れんばかりであり、その怒りの矛先は常に奴隷である宮女に向けられるため、後宮務めの宮女たちは3か月持てばいい方と言われるほど長続きできないブラック中のブラック職らしかった。
「じゃなきゃ、こんなに何のチェックも無しに皇宮に採用されるはずないわな。」
お陸がボソッと呟いた。
宮女は、下っ端中の下っ端なので、特定の側室につくのではなく、側室付きの女官からの指示で動く。全て全く頭を使うことなく、お使いをこなせばよいだけだった。
お陸も劉煌もそつなくお使いをこなしていたが、それでも難癖をつけられ、4人の側室達に何回も呼び出されては、物差しで叩かれたものだった。
「お嬢ちゃん、いつまでこんなところにいる気だい。せっかくドクトルのおかげで綺麗になった手が台無しだよ。」
理不尽に物差しで叩かれ赤く腫れあがった手を冷やしながらお陸は愚痴った。
劉煌は、お陸の手をさすりながら呂磨で美しく着飾っていた頃のことを思い出し、”私だってこんなダサい制服着たくないし、こんなヘアスタイルからも解放されたいわよ。”と思いつつも、「師匠、私に付き合うことないわ。辞めて故郷に帰られたら。」と呟くと、お陸は得意のどうしようもないという顔をして「ああ、だからお嬢ちゃんはお頭が弱いって言われるんだよ。あんたが夜な夜な、どっか行ってるのはこっちは百も承知なんだよ。きっとなんかを探してるんだろう。あたしゃ、あんたに、あたしを除け者にするより、あたしに依頼した方が仕事が早く終わるって言ってんだよ。」と吐き捨てた。
「依頼?」
「そうさ、あたしゃ、プロ中のプロだからね。ただし、高いよ。」そう言うと、お陸はお札を数えるように指を動かした。
劉煌はそれを見るとソッポを向いて知らん顔をした。
お陸は大きなため息をつきながら「前住んでいた所に行くのは、思い出ってこともあるだろうけど、危険を冒してまで思い出のために行くとは思えない。そうなると残りは一つ。大事な忘れ物さ。」とつぶやくと、劉煌は、急にお陸に向かってバッと振り向き、鬼の形相でお陸をギロッと睨んだ。
お陸はとにかくここから1秒でも早く抜け出したい思いから「ええい、今回は特別だよ。お代無しで手伝ってあげるから、何探してるのか教えておくれよ。」と嘆いた。
劉煌はしばらく沈黙していたが、突然鼻から息をフーっと吹き出すと、懐から1枚の紙を取り出してお陸の前に掌を使ってバーンとそれを置いた。
そして腕組をすると、その紙を見ているお陸に「何て書いてあるか教えて。」とだけ言った。
それは、劉煌が書き写した父からの聖旨の下にあった無数の漢字の羅列だった。
お陸は、その紙を劉煌がかつてやったように一通り読んでから、上から見たり下から見たり斜めからみたりとしげしげと見つめると、何か思い立ったようにそれを劉煌に持たせ、離れて遠くに行ってからその紙を眺めた。お陸は顎に手を当ててふむふむと言うと、険しい顔をしている劉煌の側に戻ってその紙を彼の手から取ると「あたしが持ってるから、お嬢ちゃんも遠くからこの紙を見てごらん。」と囁いた。
劉煌は狐につままれたような顔をして、ブツブツ言いながら一つ一つの漢字が判別できないほど遠くまで行くと、思いっきりふてた顔をして腰に手を当てながらボーっとその紙をみた。
途端に劉煌は、ハッとした。
なんとその紙は1文ずつは文章になっているが、全体では何を行っているのかわからない漢文なのではなく、”絵図”だったのだ。
”そうだったのか!わかったぞ!あそこに行けばいいんだ!”
お読みいただきありがとうございました!
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