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第七章 迂回

初投稿です。

仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー

 それは、劉煌が呂磨に来て3週間目の朝のことだった。


 呂磨の大聖堂が、薄っすらとその偉大な姿の枠組みを現す夜が明けるか開けないかの薄暗闇の中、お陸は、夢の中の劉煌をゆすって無理やり起こすと昼間の偵察費用を請求した。


「え?また?もうそんなにお金無いよ。」と劉煌が、眉間にしわを寄せ目をこすりながらそう言うと、「呂磨って所は、物価も高い上に、誘惑も多いからお金がかかるんだよ。あたしゃ問題ないけど、毎日スリがカモっているのを目撃するのも頷けるよ。」と、劉煌が寝ぼけているのを狙ってお陸がまことしやかにそう説明した。


 それでも、亀福寺から出て以来、益々金への執着が強くなった劉煌は、寝ぼけていようがその手には引っかからなかった。

「物価が高かろうが、無いものは無いのよ。ねぇ、師匠、ここで荒稼ぎしようって話はどうなったの?」

「それが、お座敷が無いみたいなんだよ。」

「西域の男性はジェントルマンとは聞いていたけれど、本当だったのね。」

「いやー絶対そんなはずはないよ。昨日だって、腹の出た親父があたしに話しかけてきて、あたしのことをなめるような目で見ていたから。きっと東域のように堂々とやっていないだけだよ。」

 お陸がこう言った時、劉煌は心底お陸のことを舐めるような目で見ていたという親父の()に同情した。

 ”師匠の本当の年齢を知ったら、その親父、そのままあの世逝きだな......”


「じゃあ、お座敷が無いのに、どうやって稼ぐの?」劉煌はすっかり目が覚めてそう聞くと、お陸は

「お座敷は無いが、広場はある。」と答えたので、劉煌はわけがわからず、本当は自分がしっかり目覚めていないのではないかと疑ってしまった。

「はあ?広場?」


 するとお陸は、ちょっと得意気にこう説明した。

「呂磨は、どうやら芸は座敷で少人数相手に披露するものではなく、広場で不特定多数を相手に披露するみたいなんだよ。だからお嬢ちゃん、今日の昼休みは三味線担いで一緒に広場に行くんだよ。あ、洋装じゃなくて着物を着ていくからね。着物を出しておきな。」


 言われた通り、その日の昼休み、着物に着替え三味線を担いで部屋で待っていた劉煌の前に、突然目元だけの仮面をつけた怪しい女が現れた。劉煌がサッと身構えると、その怪しい女は「アイヤー、お嬢ちゃんあたしだよ。あんたもこれつけて。」と言って、同じく金色の目元だけの仮面を劉煌に渡した。

「師匠、こんなの付けていて怪しくない?」

 劉煌は、仮面をつけながらそうお陸に問うと、自信満々なお陸の声が響いてきた。

「お嬢ちゃん、ここでも世間知らず全開だねぇ。広場は素顔の方が少ないんだよ。ま、見てな。」


 2人が広場までやってくると、確かにお陸の言った通り、皆仮面をつけていた。そして何やらあちこちで色々な芸が同時多発的に行われていた。


 お陸は、酒場の前の場所を陣取ると「さあ、お嬢ちゃん、やるよ!」と言うや否や、どこで覚えたのか突然現地で流行っている歌を三味線で弾きだした。劉煌は、それに慌てて即興で合わせると、聞きなれない楽器の音と、何やら強烈な二重奏にどんどん人が集まりだし、大衆はやいのやいの言って三味線の調べに乗って一緒に歌ったり踊ったりする人達でその場が溢れかえった。そして、お陸がちゃっかり2人の前に広げていた大きな入れ物:外側に漢字で賽銭箱と書いてある:の中に、どんどんと銭が放り込まれた。


 計算通り荒稼ぎできたお陸は鼻高々に、銭の入った入れ物を風呂敷で包みながら言う。

「お嬢ちゃん、わかったかい?物珍しいと人は寄ってくるんだよ。今日は、三味線が受けたけど、みんな絶対に飽きる。次は琴で行くよ。」

「ここに琴なんて大物持ってきていないじゃない。」

「アイヤー、お嬢ちゃんは本当におつむが弱いね。あそこで弾いているのは琴じゃないか?」

 劉煌は、お陸が指さした方向を見たが、誰も琴等弾いていない。

「琴なんかないわよ。」

「アイヤー、琴を縦にして弾いているだろう?」

「!? 師匠、あれはハープって言うのよ!」

「ハープだろうがなんだろうが、あれを琴にしてやるんだよ。来週の今日までにあれを改造しとくんだよ。」


 それは、ちょうど劉煌がもう一度振り返ってハープを見て、あれをどう琴に改造するかと考えている時だった。お陸がそう言い終わるか終わらないうちに、突如上から下まで全身真っ黒に揃えた人物がお陸の前に飛んでくると、こともあろうにお陸の風呂敷を掴んであっという間に走って逃げたのだ。


 ”このあたしから金を奪おうなど、不届き千万!”


 お陸はすぐにくノ一モードになると、ぴょーんと飛んで、あっという間に上から下まで黒い服を着ている人物の背中に着地した。


 その黒い奴は、自分に何が起こったかわからないまま、気づいたら道端に倒れ、持っていたはずの風呂敷が無くなっていた。しかもそれだけではない。なんと自分の上に人がすくっと立って乗っかっていたのだ。


 参語でお陸は「あんた、あたしから物を取ろうなんて百万年早いんだよっ!」とタンカを切ると、彼女の下敷きになりながら、キョロキョロと頭を動かしている黒い奴の頭を、彼が被っている真っ黒のつば広帽ごと蹴とばして気絶させた。


 すると、あたりからヒューっという歓声と共に割れるような拍手の嵐が起こった。

「凄い!あんな小さな女の子がゾロンを倒した!」(興奮)

「警察だって捕まえられなかったのに!」(興奮)

「見た?あの速さ。私は見てたつもりだったけど全然見えなかった。神業のようだった!!」(興奮)


 するとどこからともなく青い警察の制服を着た警官たちがやってくると、お陸に挨拶をしてからお陸の下敷きになっているゾロンの両手に手錠をかけた。


 お陸が、ゾロンの背中の上から勢いをつけてピョンと地面に飛び降りると、ゾロンはようやく意識を取り戻し、驚愕の面持ちでお陸を凝視した。


 劉煌は、その横でお陸の証言を警官に羅天語で伝えると、今度は大衆からゾロンと呼ばれた黒い奴に羅天語で、彼女から何かを奪おうなんて100万年早いと彼女が言っていると伝えた。


 ゾロンは仮面の下の翡翠色の瞳でお陸の姿を追っていたが、お陸はゾロンを完全に無視し、拍手喝采してくれている聴衆に向かってお辞儀をすると再び足元で風呂敷をほどいた。すると聴衆は歓声を挙げながら、こぞってそこに銭を投げ入れた。


「お嬢ちゃん、ここでは忍者の技も芸に入れてくれるようだね!琴もやるけど、その前に手裏剣打ちをやってみようよ。」

 これに気をよくしたお陸がこう言いながら、また風呂敷を包みなおし、今度は自分の肩にそれをたすき掛けにしっかりつけてから、得意気に居候先へと足を向けた。


 劉煌も慌ててお陸の後を追って走りながら彼女に声をかけた。

「師匠、では早速手裏剣打ちの的を作らなきゃですね。」

「はあ?何言っているんだい?的はお嬢ちゃんだよ。」

「はい?」

 劉煌は自分の耳が聞き間違えたのかと思い、素っ頓狂な声でそう聞き直した。


 お陸は、もうこの子ったらどうしようもないねーという顔をしながら説明する。

「アイヤー、普通に的に何かを投げて刺すなんて、誰でもできるじゃないか。(注:誰にでもできません。)そんなんじゃ、荒稼ぎはできない。それより、人の頭の上にリンゴを乗せて、そのリンゴを手裏剣打ちで真っ二つに割るっていう技を見せたら、今度は硬貨じゃなくて紙幣をボンボン投げ入れると思わないかえ?」


 劉煌はお陸が何を言わんとしているのかがわかってしまい、青ざめて聞き返した。

「ま、まさか、わ、私の頭をリンゴの台にするつもりじゃ。。。」


 お陸は平然として続ける。

「そうだよ。それが何か?人は刺激を求めてるんだよ。台の上のリンゴじゃつまらない。」


 当然劉煌は抵抗する。

「絶対嫌よ!」


「アイヤー、大丈夫だよ。お嬢ちゃん。私の技術を知っているだろう?それにこんな上玉のお嬢ちゃんの顔に傷が入ったら、あたしだって商売あがったりになるんだから。」

 そう言うと、お陸は劉煌のほっぺたをペシペシ優しく叩いた。


 劉煌は、お陸の手に乗ってたまるかと思いながら、お陸の手首を掴んで叩けなくしすかさず言い返す。

「師匠、私の顔に傷がつくと大変と思われるならば、今は私の実戦訓練中なんだから、私が手裏剣を打つっていうのはどうでしょう。()()()()()()()()()()()()()()!」

「お嬢ちゃん、そんなことをあたしにさせるなんて100万年早いんだよ!それに失敗したら折角ドクトルが綺麗にしてくれたあたしの顔に傷がついちゃうんだよ。訓練生には無理!」

「そんなの、ここにドクトルがいるんだからすぐにもっと綺麗に直せるわよ!」

「もう絶世の美女なんだから直す必要なんてないんだよ!」


 2人がそんな口喧嘩をしながら歩いているのを、裏道に入ったところでスッと手錠を取り、警官を巻いて逃げ切ったゾロンが遠くの屋根の上からずっと見ていたことを、劉煌もお陸も全く気づいていなかった。


 ”あなたはいったい何者なのか?いったい何を話しているのだ?私から戦利品を取り返しただけでなく、私の背中に飛び乗った瞬間に、私の鋼鉄とまで言われたこのハートをいとも簡単に射止め、そして奪って行った、ああ、名も顔も知らぬ君。だが、盗めない物は無いとまで言われたこのゾロン。そう簡単には引き下がらないぞ。絶対にあなたのハートを盗んでみせる。”

 ゾロンは心の中でそう呟くと、風で翻っていた黒いマントの端を掴むとその手を自分の前に高々と上げてポーズを取った。


 ところが、まるでゾロンのその心の呟きが聞こえたかのように、彼がそう思った瞬間にお陸と劉煌はドロンと消えた。


 ゾロンは遠くの屋根の上でポーズを取るのをやめ、慌ててキョロキョロと辺りを見まわしたが、2人の姿は全く見えなくなってしまった。


 それにますますゾロンのハートはワクワクし、お陸への愛に燃えたぎってしまったのだった。


 翌週、どちらがリンゴの台になるかでこの1週間もめ続けた2人は、結局埒が明かず、2人のいがみ合いに癖癖したドクトル・コンスタンティヌスの一言で、じゃんけんの一発勝負で負けた方がリンゴの台になることに決まった。


 2人は師弟関係であることも忘れて激しくお互い睨み合うと、ドクトル・コンスタンティヌスの合図で、じゃんけんぽんのぽんで手を出した。


「やったー。あたしの勝ちだ。じゃ、お嬢ちゃん、台をよろしく。」


 そう言うとお陸は、これでもかという位しっかりと手裏剣を研いだ後、さらにそれにハーと息を吹きかけながら、ピカピカに磨き上げた。


 実は、お陸は誰もわからないレベルのインチキをしてこのじゃんけんに勝っていた。劉煌の手を見てから自分の手を出しているのだから負けるはずはなかったのだ。


 真相は劉煌より1万分の1秒遅く手を出していた。


 しかし、これを見破れるだけの目を持った者は、仲間の骸組でも一人もいなかった。まして実戦訓練中の研修生である劉煌が見破れるレベルのものではなかった。


 しめしめと思いながら、手裏剣に映る自分の顔を見ながらお陸は「さあ、ショータイム!」と叫ぶと、先週と同じ目元だけ隠す仮面をつけた。


 非常に乗り気でない劉煌に無理やり目元だけの仮面をつけさせると、彼を引きずりながらまた先週と同じ所にやってきたお陸は、そこで賽銭箱をさっそく広げた。


 ゾロンをやっつけた東域の小さな女の子として既に有名になり、今では行く店行く店がお代は結構とおごってくれるようにまでなっていたお陸が陣を取ると、すぐに辺り一面、凄まじい人だかりとなった。


 お陸は、嫌がる劉煌を無理やり柱に縄でしばりつけて、彼の頭の上に真っ赤な小ぶりのりんごを1個乗っけると、そこから遠く離れた場所に立ち、おもむろに投げる手裏剣を観客が見えるように高々と持ち上げた。


 固唾を飲んでその一部始終を見ていた観客達は、ジッとお陸の挙動に集中していた。


 いつも騒がしい呂磨の広場が一面シーンと静まり返る中、お陸がエイっと言ってその手裏剣を勢いよく打つと、手裏剣はシュシュシュッという勢いよい音を立てながら、劉煌目掛けて一直線に飛んでいった。


 劉煌は思わず目をつぶると、途端に自分の頭の上にあったはずのりんごが左右にポトっと落ちた。


 なんと、りんごは真ん中で真っ二つに割れ、手裏剣はりんごを割った後、劉煌を括りつけている柱にグサッと突き刺さったのだった。


 これを、手裏剣がお陸の手から離れた瞬間から目を手で覆い、キャーっと叫びながらもしっかりと指の隙間から見ていた呂磨ッ子達がその結果を目撃すると、その後の歓声は先週の比ではなく、ゴーっと地震が起こったのかと錯覚するぐらい激しかった。そして太っ腹な彼らは、お陸の思惑通り先週の比ではないほどの銭を賽銭箱の中にこれでもかという位投げ入れた。


 お陸が賽銭箱を回収しようとしたその瞬間、お陸はハッと気づくと予備の手裏剣を懐から出して、すぐさま観衆目掛けてサッとその手裏剣を打った。

 観衆は一瞬騒然となったが、お陸の打った手裏剣の行先を見た瞬間、また割れるような拍手と歓声がそこら中に響いた。


 お陸の放った手裏剣は、まるで計算していたかのように横向きから途中で縦向きに変わって飛んでいくと、観客の間を縫ってある人物の黒いマントを直撃し、その人物をマントごと柱に固定させたのだった。


 そして、また青い制服の警官がやってくると、マントを取ってそこから逃れようとしているゾロンに手錠をかけた。


 ”リク!リク!リク!リク!リク!リク!リク!リク!リクゥ~ぅ~~!”

 観客達はまるでコマーシャルソングのように節をつけて、お陸の名前を連呼しながら、また賽銭箱に銭を投げ入れた。


 お陸はとても気分良く、皆にお辞儀を繰り返していた。


 警官に連れていかれながらゾロンは思った。

 ”そうか、君の名は、リクというのだな。君の名前がわかっただけでも捕まったかいがあったというもの。それにしても、あの大衆の中から私を見つけて私だけを捕まえるなんて、リク嬢、君も私のことを愛しているのでは?”


 ゾロンのハートが燃え上った瞬間、ゾロンの心に「あんた、またあたしの銭狙っただろ。絶対許さないから。それにあたしに愛してもらおうなんて、あんた1000万年早いんだよ。」という言葉が羅天語で響いた。


 ゾロンは訳がわからず、えっ?えっ?と言いながら、辺りをキョロキョロするも、至近距離にお陸はおらず、彼女は先週同様賽銭箱を風呂敷で包んでそれをたすき掛けにすると、柱に縛りつけた劉煌をそのまま放置して自分だけが家路につこうとした。


 それを見た劉煌は怒って「あたしをほったらかしにする気!」と叫ぶと、柱に縄でグルグル巻きにされていたはずなのに、それを何の道具も使わずにパッと外して、その場にまるで金剛力士像のように全身から怒りのオーラをメラメラと放出して立った。


 するとそれを見た観衆がまた興奮して、今度は劉煌の前に銭を投げた。

「凄い!こっちの女の子も、あんなに縄で頑丈に柱に括りつけられていたのに、一瞬で脱出した!」


 劉煌は、自分の目の前に投げられた銭を拾うべきかどうかで、その場で滅茶苦茶苦悩した。


 ”あんなこと(政変)さえなければ、今は皇帝になっていたかもしれない私が、こんな投げ銭を拾ってよいものか。。。”

 ”腐っても元皇太子が投げ銭を拾うなど、歴代の劉王朝皇帝に申し訳が立たぬ......”

 ”でもせっかく私に投げてくれた銭を無視しては、民の気持ちを踏みにじることになってしまう。それも申し訳が立たぬ......”


 劉煌が銭の前で悶々としていると、またもや警官を巻いたゾロンがやってきて、サーっと劉煌の目の前の銭をかっさらって行った。


 すると劉煌は即座に自分がグルグル巻きにされていた縄を拾うと、空中でグルングルン回し始めた。そして、走っているゾロン目掛けてその縄を投げると、縄はまるで生きた蛇のようにゾロンにまとわりつき、あっという間にゾロンの全身を締め付けてそのまま彼を路上にドンと倒した。


 それを見た呂磨ッ子達は、もう狂喜乱舞でさらに銭を投げ始めた。


 劉煌は、今度は一切迷わずササッと銭を全部拾ってから、倒れているゾロンの所まで行き、ゾロンの手をこじ開けて銭を奪い返し、またもややってきた警官に縄を取ることなくグルグル巻きの状態のままゾロンを警察に連れていくよう助言した。


 それから1か月経ったある晩から、ドクトル・コンスタンティヌスの家の前の路地で、まるで盛りのついた猫のように毎晩お陸に向かって酷いセレナーデを歌うやつが出没するようになった。


 ドクトル・コンスタンティヌスは、一小節それを聞いただけで「こいつは似非呂磨人だ!」と忌々しそうに吐き捨てた。

「どうして?」と、食後の食器をキッチンに持って行こうとしていた劉煌は、その歌が、音程はともかく、羅天語の発音自体は完璧だったので不思議になって思わず手を止め、ドクトル・コンスタンティヌスの方に振り向いてそう聞いた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」ドクトル・コンスタンティヌスはそう言い切った。


 そもそも、お陸は羅天語がわからないので、何が歌われているのか、どころかその歌が自分宛であることさえもわからなかったが、ある日この酷い歌のせいですっかり睡眠障害になってしまったドクトル・コンスタンティヌスに、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 と懇願され、お陸は渋々、最近の彼の一押しのしわ取り薬を貰うという条件でそれをのんだ。


 その日の晩、また日没とともにやってきたお陸の崇拝者は、バルコニーの下でいつものように真っ赤なバラの花束を持って、下手くそなセレナーデを歌い始めた。


 お陸は、広場に行く時のように仮面をつけバルコニーに出て下を見下ろすと、歌っている奴はなんとあの宿敵ゾロンだったのだ。


 お陸は、相手がゾロンと知るや途端に顔をしかめ、こう思った。

 ”まだあたしの銭に執着していやがる!一生後悔させたる!”


 お陸は、ドクトル・コンスタンティヌスの手術のゴッドハンドと劉煌のエステのゴッドハンドで皺・シミ一つない美しい手先を口もとに運んだ。


 ゾロンは思った。

 ”リク嬢。私に投げキスをしてくれるのか!”


 その瞬間何かがゾロンの喉元に突き刺さったかと思うと、ゾロンは何をどうやっても声が出なくなり、突然辺りは静かになった。


 お陸はすぐにバルコニーから室内に入ると、今使った吹き矢の筒を丁寧に拭き始めた。


 久しぶりに静寂に包まれた夜を過ごせることになったドクトル・コンスタンティヌスは、上機嫌でお陸にどうやってセレナーデ野郎を黙らせたのか彼女に聞いた。


「先生のしわ取り薬を、奴の声帯にお見舞いしたんだよ。」


 これには、横で通訳していた劉煌も、しばし通訳をするのを忘れてしまった程、目を点にして激しく動揺した。そんな劉煌であったが、ドクトル・コンスタンティヌスに催促され、やおらそれをおそるおそる通訳すると、今度はドクトル・コンスタンティヌス自身が目をカっと見開いたまま、しばしその場で全身固まったまま絶句した。


 医療の専門家2人が、ド素人のお陸の薬剤使用判断の強烈さに恐れ入っている間に、お陸は涼しい顔で劉煌を介してドクトル・コンスタンティヌスにこう聞いた。


「ところで先生、あのしわ取り薬はどれくらい持つんかね。」

「さ、3か月は持続する。。。」

「じゃあ、3か月は静かだってことだね。良かった。良かった。めでたしめでたし。じゃあ、あたしは寝るから。お休み。」

 そう言うと、お陸は流行り歌の口笛を吹きながら、吹き矢と残りのしわ取り薬を持って自室に戻っていった。


 セレナーデが聞こえなくなり安心していたのも束の間、ある日、見るからに上等そうな黒の上下にエンジ色の蝶ネクタイを締めた服装の高齢の男性が、ドクトル・コンスタンティヌスを訪ねてきた。彼は挨拶し終わると、黒のシルクハットを右手に、左腕にはステッキを引っ掛けて家の中に左足から入ってきた。その足元からは、ピカピカに光るほど綺麗に磨かれた靴が覗き、彼の出で立ちは全身いかにも上流階級の紳士という感じだった。


 劉煌はいつものようにお茶をだそうとしたが、不機嫌そうな顔のドクトル・コンスタンティヌスから首を横に振られてしまった。そのまますごすごとキッチンに戻った劉煌は、嫌な予感がしてくノ一モードになると、サッと屋根裏に飛び上がって、屋根裏伝いにドクトル・コンスタンティヌスの部屋の上にやってきた。そして下から聞こえてきた会話は、劉煌が想像だにしなかったことであった。


「コンスタンティヌス、何度言ったらわかるんだ。君のやっていることは似非医学だ。呂磨で医師を続けたければ即刻今やっていることをやめて、カッチーニ会が決めた通りにするんだ。」

「ドクトル・アントニウス、だから住み分けをしたではないか。私は美容の方しかやっていない。」

「コンスタンティヌス、それで私の目を誤魔化せると思ったら大間違いだ。美容の後のケアと称して、患者の病気も診ているだろう。他の医師たちからクレームが上がっているのだ。」

「ドクトル・アントニウス、医師たちからクレームが上がっているのは、患者が悪化しているからなのか?そもそも患者からのクレームは上がっているのか?」

「何度言ったらわかるんだ。患者の病気などどうでもいいのだ。医師たちが困っていることが問題なのだ。」

「そもそも、医師たちは何を困っているのだ?」

「君に手を出されたら他の医師たちの面子が無くなる。これこそ大問題だ。」

「ドクトル・アントニウス、私はあなたが何を言っているのかさっぱりわからない。医療とは患者のためにあるものではないのか?」

「全く、幾つになっても青いな、君は。いいか。これが最後通告だ。信念があることは、時に自分の首を絞めることにもなることを忘れるな。カッチーニ会を敵に回して生き残った者など誰もいないのだ。」

 そういう捨て台詞を残して、コンスタンティヌスからドクトル・アントニウスと呼ばれた高齢の男性は立ち上がり、ステッキを振りながら部屋を出ていった。


 劉煌は先回りして玄関の所まで行くと、全く知らないふりをしてドクトル・アントニウスに行儀よくお辞儀をし、玄関の扉を開けた。


 ドクトル・アントニウスは玄関を出て、2歩階段を降りたところで器用にステッキを回し、劉煌が閉めようとしていた扉を開いた。


 劉煌はくノ一技でそれを避けることもできたが、ドクトル・アントニウスに怪しまれては厄介なので、扉が開くと、キャーっと叫んでわざと前のめりにこけた。


 劉煌の悲鳴に、周囲が何事かと視線を投げかけた為にドクトル・アントニウスは、劉煌を助けないわけにはいかなかった。


 周囲に聞こえるように大きな声でわざとらしく「大丈夫か?」とドクトル・アントニウスは、劉煌の手を取って身体を起こしながら聞いた。

 劉煌は礼儀正しく「失礼をいたしました。お助け下さりありがとうございました。」とお辞儀をすると、ドクトル・アントニウスは今度は声を1オクターブ下げ劉煌にしか聞こえない小声で「小娘、お前も命が惜しければ奴の弟子を辞めるんだ。」と脅迫した。

 劉煌は何も知らない弟子を装って、驚いた顔をしてみせると、ドクトル・アントニウスは冷たい目を光らせて劉煌の頬をその氷のように冷たい手でピタピタ2回叩いてから、踵を返して階段を降りていった。


 しかし、ドクトル・アントニウスは間違いを犯した。


 まず、ドクトル・コンスタンティヌスの弟子はただのか弱い女の子ではなかった。


 その子は本当は男であり、しかも、もう一人前のくノ一として活躍できるレベルのスパイだったのだ。

 さらに悪いことに、それを向かいの屋根の上でドクトル・コンスタンティヌスから骨年齢は美容外科でどうにもならず、太陽光を浴びるしかないと聞かされてから、毎日どちらかしらで日向ぼっこしていたお陸が、その一部始終を目撃していたのだ。つまりスパイ中のスパイと一人前のスパイに目を付けられてしまったのだった。


 そうとも知らず、その一部始終を窓越しに見ていたドクトル・コンスタンティヌスは、劉煌が家の中に戻ってくると、自室へ彼を呼び出した。


「脅迫されたか?」開口一番にドクトル・コンスタンティヌスはそう劉煌に尋ねたが、劉煌はポーカーフェイスで「先駆者は必ず妨害されるものよ。気にしないで。」と答えるや否や、今迄出したことのない大声でドクトル・コンスタンティヌスは叫んだ。


()()()!」

 ”!?”

「ダメだ。君は奴が何者か知らない。決して関わるな。ミレン嬢、君には私の全ての知識・技術を伝授した。もうここに来て半年以上経つ。君に教えることはもう何もない。後は自分で経験を積むだけだ。ミレン嬢、悪いことは言わない。呂磨から即刻離れるべきだ。」



お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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