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第一章 縁

初投稿です。

仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。


登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー

 中ノ国の皇宮がある中ノ国の首都:京陵(きょうりょう)は、四方を山に囲まれた盆地にあり、山が自然の要塞となっていた。


 盆地のために、夏の暑さ、冬の寒さが厳しく、比較的過ごしやすいのが短い春と秋である。冬の寒さの影響で、春先にできる作物はとても少ないので、作物の収穫は殆どが秋である。故に、大昔、最初の3か国の君主が集まった祭典は、食物に不自由しない秋に執り行われた。


 ただ秋に行われる理由はそれだけではなく、ある年、中ノ国を飢饉が襲い、多くの民が死んだこともきっかけになっていた。この飢饉の年の3か国の祭典で、東之国も西乃国も、協力し食料を中ノ国に無償で提供したのだった。それ以来、年に一度の祭典に、それぞれの国の特産品を持ち込み、3君主合同で、天に作物の収穫を感謝し、次年度の豊作祈願と護国繁栄祈願の儀式も行われるようになっていた。


 劉煌は、父の名代でこの儀式にも参加しなければならないため、粗相のないよう念入りに準備を重ねていた。


 いよいよ中ノ国に出立の日、日が昇る直前に馬車に乗ろうと皇宮の東の大門である鄧禹門(とううもん)から出てきた劉煌に、小声で、「おい」と聞きなれた声がかけられた。


 劉煌が、声の方を振り向くと、真っ暗な中いつやってきたのか李亮が、門の外壁にもたれかかっていた。


 劉煌は、従者達にちょっと待つように命ずると、李亮の方に向かって走っていった。


 やはり小声で、「見送りはいいって昨日も言ったのに。」と、言いながらも嬉しそうに李亮を見上げる劉煌に、李亮は、従者に見えない角度で「馬子にも衣装だな。」と言ってニヤリと笑った。そして彼の正装の襟元を指でピンとはじくと、今度はもっと小声になって、「本当に気をつけろよ。さあ、これを。」と言って、劉煌に小銭の束を何個か渡した。


 それを見た劉煌は「皇太子に小銭を渡す庶民がいたとは。」と苦笑すると、李亮は辺りを見まわした後、少し屈んで劉煌の耳元に口を近づけ早口で言った。

「こうやって紐で束ねてあるから、いざという時武器にもなるし、紐をほどけば銭になって町で買い物もできる。大体、お前、町で饅頭一つ買ったことないだろう?お前が持っている財布に入っている金は、大きすぎて町なかじゃ使えないんだよ。町なかは小銭。わかったな。」

 そして彼は姿勢を正して、真剣に劉煌の目を見た。


 劉煌は、とりあえず「わかったよ。じゃあもう行くから。みんなによろしく。」と言って李亮から離れると、馬車に向かって歩いて行った。


 ”本当にわかったんだか、、、”


そう思いながら李亮は、心配そうに馬車が視界から消えてなくなるまでその場所に佇んで劉煌を見送った。


 そんな李亮の心配をよそに、劉煌を乗せた馬車は西乃国の山道を一路中ノ国との国境にある関所を目指して進んだ。


 夜中に中ノ国の国境にほど近い旅荘で仮眠し、翌朝早朝に出立し、関所を抜けて予定通り中ノ国に入ると、馬車は中ノ国の首都:京陵を目指してまた走り出した。劉煌は、しばらくそのまま馬車の中で座っていたが、少しずつ馬車の速度が遅くなっていることに気づいた。


 彼は何事かと思い、馬車の窓を仕切っているカーテンを手で少しだけ開けると、その景色に驚いて思わず大きく口を開けてしまった。


 外は一面真っ白で、一寸先も視界が効かないのだ。

 慌てて馬車の出入口のカーテンを開け、御者に「どうなっているのか。」と彼が聞くと、御者は、「中ノ国は、この季節、特に霧が多いんですよ、殿下。今日は特に酷く視界が効かないのでゆっくりと進んでいます。なーに、私も馬も、霧にもこの道にも慣れていますから、どうぞご心配なく、車内でおくつろぎください。」と、劉煌の方には一回も振り向かずに、前方を向いてそう言った。


 劉煌は車内に戻ると、李亮が渡してくれた小銭の束を袂から取り出し、それをジッと見た。


「お前、町で饅頭一つ買ったことないだろう?」という李亮の言葉が心に刺さった。


 ”食べ物は誰に何を言わなくても、目の前に出てくるものだと思っていた。だから、食べ物を買おうなんて、思ったこともなかった。。。”


 劉煌は、学問・武術・医術等、権威によって書かれた書物のある学問や、達人が手ほどきする武芸への関心は貪欲であったが、孔羽ではないけれども、”生きるために絶対必要なこと”に対していかに自分が無頓着であったかに気づいたのである。


 小銭の束の先の紐を持って、小銭の部分を目の高さまで持ち上げ「帰ったらお凛ちゃんと一緒に、これで饅頭を街で買ってみよう。お凛ちゃんも街で物を買ったことはないだろうから。」と独り言をつぶやくと、またそれを袂の中にしまい込んだ。


 御者の言った通り、馬車は無事に霧を抜け、中ノ国の皇宮の南大門前に到着した。


 霧が深かったため、いつものように飛ばせなかったことから、予定より2時間ほど遅れて到着したので、一行は門番のチェックを受けると、すぐに劉煌は、護衛と共に皇宮内を小走りに受付へと向かっていった。


 ただ長旅だったこともあり、途中で用を足したくなってしまった劉煌は、護衛長に、先に行って中ノ国と東之国の君主に挨拶しておくように申し伝えると、厠に向かって猛ダッシュで走って行った。


 劉煌にとって、6歳でこの祭典にデビューしてから今年でこの皇宮にやってくるのは4回目である。それ故、大体どこに何があるのかも、どうすれば近道で受付まで行けるのかもわかっていた彼は、用を足すと、会場まで斜めに行ける少し丘になっている庭園の小道を速足で歩いていた。


 すると、見たことのない女の子が、変わった黒地に金の刺繍が全面に入った着物を着て道に座り込んでいるのが見えた。どうしたのだろうと、思いながら近づいていくと、彼女は片手に金色の鼻緒が切れた草履を持って、道の先を今にも泣きそうな顔をして見ていた。


 見たことのない服装等とその生地の質、そして頭に小さな金の冠をつけていながら中ノ国の皇宮で迷子になっていることから、その子が東之国の皇女ではないかと察した劉煌は、その子の前に来て立ち止まると、後ろで両手を組み、姿勢を正して「こんにちは。私は、西乃国の皇太子の劉煌です。あなたは東之国の姫ではないですか?履物が無くて困っているのでしょう?私も同じ所へ向かっているのであなたのお父様のところへお連れしましょう。」と言うと、彼女にくるっと背を向けて、跪き「さあ、私の背中にお乗りなさい。」と言った。


 女の子は、全く思いがけない展開で、どうしたらよいかとためらっていると、「もうすぐ式典が始まりますよ。さあ、早く。」と劉煌が言うので、彼女はおそるおそる彼の背中に自分の身体を任せた。劉煌は、「お父さんにおんぶしてもらったことがありますか?」と彼女に聞くと、女の子は高い声で小さく「うん。」と言った。「それでは、その要領で私につかまって。」と彼が優しく言うと、彼女はまた「うん。」と言って彼の首に手を巻きつけた。「そうそう。では、立ち上がりますよ。絶対落とさないから大丈夫。だけどしっかりつかまっていてね。」と言うと、彼は彼女の脚を抱えて立ち上がり、小道を受付まで速足で歩いて行った。女の子は始めは緊張しているようだったが、すぐに安心したのか、顔を彼の背中にうずめて身体をピッタリとくっつけてきた。


 二人が受付の手前までくると、すぐに「…一人で置いてきたのか!ゲホゲホゲホ」という男の大声が雷のように響いているのが聞こえた。それを聞いた彼女は、ハッとして顔を上げ、身体に緊張が走ったかと思うと、劉煌の耳元で、焦ったように「おろして。おろして。」と言った。劉煌が、かがんでおろしてあげると、彼女は、降りる間もなく草履を投げ出して、足袋のまま走り出すと、「父上、お久は悪くないの!お願い、怒らないで。私の草履の鼻緒が切れちゃって、新しい草履を取りに行って貰っていただけなの。」と泣きながら東之国の皇帝に向かっていった。


 劉煌は、彼女が投げ出した草履を拾って彼ら一行に近づくと、東之国の皇帝は慌てて彼女にお久と呼ばれていた女官に、「草履を!」と言うと、困ったような顔のまま女官は劉煌に近づき、お辞儀をすると、草履に手を伸ばしてきた。劉煌は、彼女に草履を渡すと、東之国の皇帝の前に進んで、お辞儀をし、姿勢を正してから両手を後ろに組んで、挨拶をした。


「そうですか。御父上の名代ですか。西乃国は後継者が若くてもしっかりしていらっしゃるので、御父上もさぞかし安心でしょう。ゴホゴホ。失礼。うちはまだ(皇太子が)生まれたばかりなので、ここで殿下にお会いできるのも、後6年かかります。まだまだ私の国は私が頑張らなくてはなりません。う、ううん。」と東之国の皇帝が時折、咳をしながら最後は痰を切って、劉煌にそう言うと、自分の身体の影に隠れていた娘に向かって、「ほら、隠れていないで、きちんとご挨拶なさい。それから連れてきていただいた御礼も言いなさい。」と告げてからまたゴホゴホと咳き込んだ。すると女の子は、はにかみながら後ろから出てきて、「西乃国劉煌皇太子殿下、ありがとうございました。」と高くか細い声だったけれども、しっかり間違えずにそう言うと、彼に向ってうやうやしくかわったお辞儀をした。見たこともないお辞儀に劉煌が戸惑っていると、「これはこれは劉煌殿下、失礼しました。翠蘭や、それはここでするお辞儀ではないでしょう。ゴホゴホ。もう一つのお辞儀をなさい。」と皇帝は慌てふためいて娘をたしなめた。彼女は肩をすくめてから今度は劉煌が見慣れているお辞儀をして、もう一度彼に御礼を言った。


 劉煌が「それには及びません。」と言おうとした時、中ノ国の皇帝がやってきて、まず東之国の皇帝、次に劉煌に向かって挨拶すると、「いやー、参りました。愚息が今度は足を折ってしまって。去年は病気で出られませんでしたし、本番に弱いというか、何というか。本当に西乃国が羨ましいです。本当にしっかりした皇太子殿下で。」と愚痴ったので、劉煌はどんな返事をしたらいいのかとても困ってしまった。そんな劉煌を察したのか、突然簫翠蘭が東之国の皇帝の袂を掴んで振りながら、「ねえ、父上、ホウサクノギシキは?」と聞いたので、それが聞こえた皇帝2人は慌てて、「おう、そうだそうだ、時間が。」と言うと、「劉煌殿下もこちらへ。」と言って、二人の大人の男と一人の少年は、建物の中へ消えていった。


 儀式が終了すると、今度は場所を移して祝宴となった。


 中ノ国の宮殿の正殿は、西乃国の半分ほどの大きさだが、それでも関係者を合わせて60人ほどが席につき、その後ろにその10倍の人数の護衛が立ち、中央で1組み10人ほどの踊り子達が一斉に両腕を広げて踊っても踊り子たちが小さく見える広さである。最終的に、踊り子達は7組いて、1組ずつ色の違う衣装で踊っていたが、最後に全組の踊り子達が勢ぞろいすると、虹になるように演出されていた。


 劉煌は、まだ酒が飲めぬので、飲んではいなかったが、大人たちは口々に酒を褒めていたので、きっといい酒なのであろう。


 食事はどこの宮殿料理でも同じだが、何人もの毒見がついた後の食事なので、全て冷たくなっていた。

 中ノ国の料理の味付けは、どれも濃く、香辛料もふんだんに使われていた。

 年に一度これを口にする劉煌は、まあ、こんなもんだと、出されるものをお腹もすいていることもあって、黙々と食べていたが、ふと顔を上げて、踊り子達の踊りの合間にチラチラ見える対岸の末席を見ると、そこに座っている簫翠蘭は、全く食事に手をつけていないようで、彼女の前の一人用テーブルには、盛り付けたままの状態の料理の皿が、所せましと並んでいた。


 次に上座の方に目をやると、皇帝の右側の席は空席で、たぶん皇太子の身を案じた皇后も出席を見合わせたのだろうと思った。その隣の一段下がった席に、とても美しい若い女性が座っていて、時折踊り子達に拍手を送っていた。


 8皿目の牛肉の料理が運ばれてきた時、劉煌は料理を運んできた給仕係の宮女にそっと、「あの人は誰ですか?」と皇帝の近くにいる美人について聞くと、彼女は露骨に呆れた顔をして、「陛下の側室、唐妃です。」とボソッと言って、サッサと裏手に引っ込んだ。


 裏手で彼女はもう一人の宮女に、「あんな子供でも唐妃を気にしてる。どんな皇帝になるやら。大人になったら100人位妾を持ちそうじゃない?」と陰口を言った。そんな陰口を叩かれているとは露知らず、劉煌は、自分の母も年より若く見えてとても美しいが、この妃も本当に絶世の美女だと思った。


 そう思ってふと対岸にまた視線を戻すと、東之国の皇帝の横に、配偶者らしき人物がいないことに気づいた。そしてまた簫翠蘭を見た。彼女は1時間前と全く変わらず銅像のようにそこに座っていた。


 ”お凛ちゃんなら、もうとっくに剣で御膳を真っ二つに切っているな。”


 そう思いながら彼は、初めての異国での行事に、大人の中にいて文句の一言も言わず、一人行儀よくずっと座っている忍耐強い自分より3つも年下の女の子に感嘆しつつ、10皿目の海老料理を持ってきた別の宮女に、「東之国の皇后陛下は、今年は来ていないのですか?」と聞いた。彼女は無表情で「私にはわかりかねますが、席次表にお名前はありませんでした。」と答えると、空になった皿をテーブルの上から取り、「失礼します。」と言って下がった。


 彼女は、裏手に戻ると、先ほどから噂している宮女のところにつかつかと進み「あのガキ、こんどは東之国の皇后について聞いてきたわよ。」とチクった。宮女衆は、「全く、気になるのは女のことだけ。先が思いやられるわね。」と劉煌を魚に話が盛り上がっていった。


 最後に月餅とお茶が出て、何時間にも及んだ宴が終了となった時には、日が西にだいぶ傾いていた。


 劉煌は、迎賓館に泊まることを勧められたが、何故だか少し胸騒ぎがしてすぐに帰路に立つことにすると、中ノ国、東之国の両皇帝に挨拶し、すぐに馬車に飛び乗って家路についた。


 ところが、劉煌が知らなかったことは、何も饅頭の買い方だけではなかった。

 劉煌は、中ノ国の秋の夕日が釣瓶落としであることも知らなかった。


 馬車を走らせても走らせても、日はどんどん沈み、気温が急激に下がると、辺り一面霧が立ち込めてきた。それでも、馬と御者は恐れずに、注意しながら馬車を走らせて行った。


 案じていたよりも早く関所についてホッとした劉煌は、御者と護衛長に、「さあ、もう領土内に戻った。あとは気を付けながらゆっくり帰ろう。」と声をかけると、彼らもホッとしたように、「御意」と口々に言った。


 ところが、関所から10分ほど馬車が走ったところで、前方から鬨の声のようなものが聞こえてきた。


 御者は慌てて、馬を止めると、劉煌も何だろう?という顔をしながら馬車から顔を出した。すると、遠くの前方から、聞き覚えのある声で「殺せー!」という声が響いてきたではないか。


 ”叔父が、何を殺せと言っているのだろう?”


 劉煌も御者も護衛たちも、全員がキョトンとしていると、兵士を率いた劉煌の叔父である劉操が、鎧兜で身体を包み、長槍を持って、なんと劉煌の馬車の前にいた従者の兵士の一人を突き刺したではないか。


 この時、ようやく劉煌は、叔父が謀反を起こしたのではないかと気が付いた。


 劉煌付の護衛は、禁衛軍のエリート達で100人はいた。彼らは、すぐに劉煌を守るべく戦闘態勢に入ったが、叔父の軍の兵士数の方が一目見ただけでも圧倒的に多いことがわかった。


「殿下、早く御逃げ下さい!」という声に、我に返った劉煌は、彼の馬の手綱を取ると、その馬にパッと飛び乗り、元来た道を一目散に走った。


 劉煌の護衛の抵抗を刃で返していた劉操は、それを横目で見ると、「逃がすなー。殺せー。」と叫んだ。


 その命令に従っている兵士たちは、劉煌の護衛たちを一人、また一人と倒すと、馬車の周りの死体を踏みつけながら走って劉煌を追った。


 劉煌は、関所の手前で馬から飛び降りると、迷わず馬の尻を思いっきり叩いた。


 すると馬は暴れ、一騎で猛スピードのまま関所に突っ込んでいった。


 関所の役人達がその馬に気を取られている隙に、劉煌は関所の裏手から木伝いに国境を突破し、中ノ国に入ると、道なき道を走った。遠くに、追手の声を聞きながら、先ほどよりさらに深く濃くなった霧を利用して、とにかく劉煌は山の中を走り続けた。


 走りながら、”父は、母は、”と思うと、身体的負荷に加え、心理的な負担もかかり、彼の心臓はまるで彼の耳の側にあるかのように、大きな音でドクンドクンと鳴り続けた。


 ”とにかく今は逃げなくては。考えてもどうにもならないことを考えている場合ではない。”


 道なき道を走っている上に、霧と夜と本人は気づいていないが涙とで視界が全く効かないこともあって、彼は途中で何回も何回も転んだ。おそらく手足は傷だらけだろう。それでも彼の身体中からアドレナリンが迸り、痛みは全く感じていなかった。


 ”この夜の闇のうちにできるだけ遠くに行こう”

 そう思いながら、彼は走り続けた。


 盆地の秋であったことが幸いして、夜が明けてもしばらくは霧で視界が効かないことから、翌朝も走り続け、昼間になると洞窟のようなところを探して寝た。彼が目を覚ますと、また夜になっていた。そんな状況でも千年に一人の天才であった彼は、中ノ国の皇帝に助けを求めることも考えたが、叔父が謀反を起こしたのなら、西乃国の皇帝は叔父で、今後はその人が西乃国の為政者として中ノ国と東之国との関係を持つため、この3国の皇帝の誰にとっても、自分は厄介者でしかないと考えた。


 その時彼の脳裏にふと李亮とのやり取りが浮かんできた。


 李亮という男と出会って3年、この男は実に興味深い男だった。

 何しろ努力が嫌いで頭で覚えようとしない。

 彼に言わせると、「努力してできなかったら馬鹿らしいから」ということだった。


 だが、この男の『勘』だけは本当に鋭かった。


 男同士で手合わせをやっても、次にどこに刀が来るのかわかるらしく、大体うまくかわせていたし、歩いていて急に彼が道を変えた方がいいと言いだすと、大抵その後、後ろでがけ崩れや落石があったり、極めつけは白凛が自宅で転んで柱に頭をぶつけるという正夢を見たことだった。


 そんな彼が、3年にして初めて劉煌の外遊を案じ、最後には生き残るヒントと金までくれたのだ。


 ”アイツの勘なのか、それとも奴はこの計画を知っていたのか。”


 わかっていることは、


 ”もう誰にも、自分が西乃国の皇太子:劉煌であることを知られてはならない。”


 ただそれだけだった。


 劉煌は洞窟から出ると、沢に向かい、手で汲んだ水を飲んだ。

 その後、その水で顔を洗うと、全てを振り払うかのように、首を左右に大きく振った。水しぶきが飛び散ると、近くにいた水鳥達が慌てて一斉に飛び立った。


 ”しまった。敵が遠くにいても、自分がここにいると知られてしまう。”

 劉煌は、すぐその場を離れると、また山の中を草をかき分け進んでいった。


 前日の昼の宴のご馳走を沢山食べたのにも関わらず、劉煌の腹は、空いた~!とグーグー大きな音を立てた。


 彼は昨日からのあまりの状況の変化に、それが昨日のことではなく、遥か遠い昔の話かなにかのような気がしていた。


 すると、目の前に大きな川が見えてきた。


 ”川沿いに行ってみようか。”

 劉煌は月光に照らされる川を頼りにまた歩き出した。


 山の中を行ったり、川や沢を行ったりしながら4日目に、劉煌はある集落にたどり着いた。

 そして、そこを抜けると、そこには一山の寺があった。


 飢えと喉の渇きと肉体の疲労困憊で朦朧としていた劉煌の目には、その寺はまるで後光が指しているかのように輝いて見えた。


 劉煌は最後の力をふり絞ると、寺の垣根を飛び越えて、寺の敷地内に着地すると、そのまま意識を失ってその場に倒れてしまった。


お読みいただきありがとうございました!

またのお越しを心よりお待ちしております!

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