第五章 変幻
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
次の朝、清聴が目覚めると、枕もとに書置きがあった。
それには、挨拶せずに出てゆく自分を許してくださいと書いてあった。
清聴は、慌てて着替えもせずに劉煌の部屋に飛び込むと、そこはもぬけの殻で、劉煌に初めてこの部屋をあてがった6年前と寸分も変わらない状態に戻っていた。清聴は今度は子供たちには禁じているのに、廊下を走って本堂を駆け抜け外に出て寺を一周したが、そこにも劉煌の姿はなく寺の内部も土間もどこもかしこも劉煌の姿は見えなかった。
清聴は、自分の部屋に戻ると、箪笥の引き出しの奥から劉煌がここに住みつくようになってから一度も取り出したことのなかった風呂敷包みを取り出した。
清聴は、震える手で風呂敷包みをほどくと、中から着物を取り出してそれを顔の高さまであげた。彼女はしばらくジッとその着物を見ていたが、次第に手が真っ白になるほど強く着物を握りしめると、それに顔をうずめ、そのまま前のめりになり、しまいにはつっぷしてオイオイ言って泣きはじめた。
その着物は、古く、汚れが少しあって、ところどころ擦り切れてはいたが、上等な布で仕立てられた男の子用の正装、、、それは、劉煌が蓮の池の前で倒れていた時に着ていたあの着物だったのである。
清聴はこの寺の住職になってから初めて、朝の御勤めをサボった。
本堂では、一人で柊が掃除をしていた。
柊の枕もとにも、劉煌からのメッセージが置いてあったが、差しさわりの無い内容で寺を急に出ることになったことと、今迄の御礼が書いてあった。
柊はそれを読んでも信じられず本堂に来たが、いつも柊より先に着ている劉煌がいないうえに、時間になっても小春も来ないので事態を理解した。
しかし、朝の御勤めの時間になっても清聴までやってこないことに、柊は慌てて清聴を探しに彼女の部屋の近くまでやってくると、柊の耳に今迄聞いたことのないほど激しい泣声が飛び込んできた。
柊は、慌てて踵を返すと、禁じられているのに走りながら「小春!」と叫んで、小春の部屋にバッと飛び込んだ。
すると珍しく小春は起きていた。
とは言っても布団からは出ていなかったのだが。
小春は、息せき切って柊が入ってくるとすぐに「美蓮のことでしょ。私も驚いたよ。男だったなんて。」と言った。
柊は、そんなことは知らないので、目を見開き、寺中に響き渡るような声で「えーーーーーーーーーっ!」と叫んでしまった。
すると、その声に驚いた清聴が真っ赤な目のまま小春の部屋に飛び込んできた。
清聴は聞く。「どうしたんだい。」
柊が答える。「美蓮が、、、」
清聴は、遅かれ早かれ子供たちに美蓮が出ていったことを話さないといけないと思っていたので、「ああ、出ていったよ。」と言うと、柊が思いもかけないことを口走った。
「美蓮が男だったなんて!」
”えっ・・・”
清聴はここで固まってしまった。
すると、まだ布団にくるまっている小春が説明し始めた。
「昨日の晩、美蓮がここに来て言ったのよ。ままに自分が男なのがバレたから、ここにいられなくなったって。男子禁制なのに男がいたらままが困るからって。私もずっと美蓮のことは女だと信じて疑わなかったから驚いた。だってどこの誰より女っぽかったじゃない。だから私、美蓮のこと、気持ち悪いって言ったの。男のくせに、化粧して、なよなよしてさ。二度と私に近づかないでって言った。」
しかし、小春は、劉煌にプロポーズされたことはあえて話さなかった。
清聴は、小春の反応にホッと胸を撫でおろした半面、清聴こそが嫌がる劉煌を女になるよう強要した張本人であることを思い出すと、小春の性格からオブラートに包まず彼を罵った様子が目に浮かび、劉煌のことが哀れで仕方なかった。
思えば、西乃国で政変さえ起こらなければ、今頃劉煌は、西乃国の皇帝として民衆を治め、自分さえ気に入れば相手の気持ちに関係なく妃に迎え入れられていただろう。それなのに、本人に落ち度があった訳でもないのに、逃亡者になり、挙句の果てに隣の国の田舎の小娘に拒絶されるまで落ちぶれてしまったのだ。それが、劉煌がとんでもない性格だったならまだしも、最後の最後まで彼は利他的で自分の危険も顧みず、清聴のことを考え抜いた理由を作って小春に伝えたのだ。昨日あんなに清聴は酷いことを彼に言ったのに!
運命とは言え、こんなことって、あまりにも劉煌にむごすぎると清聴は思った。
”私ができることはただ一つ。あの子が男だってこれ以上他の人に知られないようにすること。そして、未来永劫、彼の本名を口にしないこと。”
「いいかい。男が6年も男子禁制の尼寺に居たって他の人に知られたら、小春、柊、あんた達も私もこの寺から追い出されて、露頭に迷うんだからね!雨露しのげる家が無くなるってことなんだからね!!貧乏になって、食べられなくなって行き倒れになるってことなんだからね!!!だから、美蓮のことを聞かれても誰にも美蓮が男だって言っちゃだめだよ。小春も柊も、わかっているね。何か美蓮のことについて聞かれたら、夏朮や秋梨と同じように、15になったから奉公先に奉公に行ったと言うんだよ。わかったね。」
柊は二つ返事で言う。「わかったわ、まま。でも奉公先はどこにするの?村の人はしつこいから絶対聞くよ。夏朮の時だってそうだったもん。」
「奉公先は、舞阪県の趙明将軍のところだ。」
清聴は間髪入れずにそう答えたので、小春も柊も美蓮は本当にそこに奉公に行ったのだと思ってしまった。
~
ちょうどその頃、お陸は、布団の中で自分の家に何者かが侵入していることに気づいていた。
お陸は慌てることなく、聞き耳を立てていた。
”もしかして、あたしが絶世の美女に戻ったから、誰か夜這いにでも来たのかね.....”
お陸は少しウキウキしながらさらに自分の聴力の感度をあげると、土間の方からチクチクという音がした。
”どうも誰かが土間で針仕事をしているようだねぇ。”
”ん?針仕事?”
お陸は不信に思いながら、布団から出て抜き足差し足で土間に向かっていくと、土間から聞きなれた声で「師匠、やっと起きたの?」と言う声がした。
お陸は妙にガッカリすると、せっかく音を立てずにここまで来たのに土間の扉をガラッと勢いよく開けた。
土間では劉煌が何やらせっせと縫い物をしていた。
劉煌はお陸の方に顔も向けず、針を進めながら言う。「おかゆが出来ているわよ。」
お陸は、劉煌の前を素通りして、鍋のところまで行くと茶碗にお粥を注ぎ、劉煌の前にやってきて立ちながらお粥を食べ始めた。
劉煌は手を休めることなく、お陸に、突然、京陵の間借りの相場を聞いてきた。
お陸はここで初めて口を開くと「京陵で一人暮らしするつもりなのかい?」と聞いた。
劉煌はここで初めて手を休めると、お陸を見て「うん」と言った。
お陸と劉煌は、しばらくそのまま見つめ合っていた。
お陸の修行の成果があって、劉煌は顔の表情だけではなく、目からも完璧に全ての感情を押さえこんでいた。
”大したもんだね。このお嬢ちゃんは。”
”もうくノ一としてあたしが教えることはないが、実戦でどうかは、、、”と思った時、お陸は、ふと半年前万蔵をからかった時のことを思い出した。
『西乃国の皇宮に行ってくれよ。』
”あそこに潜入するってことは、実戦中の実戦だ。生きて脱出できれば、もうあのお嬢ちゃんに怖いものは何一つなくなる。ただ、生きて脱出できる保証はないけれど。さあて、お嬢ちゃんは何て言うだろうね。”
お陸は、茶碗を台の上に乗せると、やおら劉煌の方に近づき身体を折り曲げ、劉煌の耳元に口を近づけてこう彼に小声で聞いた。
「劉煌、くノ一として西乃国の皇宮に潜入してみるかい?」
あまりに突然の思いもよらない、且つ強烈なオファーに、さすがの劉煌も思わず顔色を変えてしまった。
劉煌がしまったと思った瞬間、お陸が間髪入れずに言う。
「まだまだだね。そんなんで顔色が変わるんじゃ。これじゃ、とんでもないけどさっきの話は無理だ。1日。」
「何よ、1日って。」
「潜入先での生存期間さ。それももって1日。西乃国の皇宮なら、下手すると1時間ももたないかもしれないね。まだまだ、あんたには無理だ。もう少し難易度の低い実地訓練場所がないか探してみよう。」そう言って、お陸が劉煌から離れようとした時、劉煌の手がサッとお陸の腕を掴んだ。
「師匠、待って。どういう訓練をしたら、どんな時でも顔色を変えずにいられるだろうか。どうしても西乃国の皇宮に潜入したいんだ。」劉煌は真剣な顔でお陸に訴えた。
お陸は顔をしかめた。
半年前一緒に出羽島に行った時、劉煌は皇宮のある京安の城壁外ですら警戒し、その内側に至っては、その話だけでも彼にとってはタブーだった。まして、皇宮など、下手をすれば飛んで火にいる夏の虫になる所に、今になって行きたいとは。それも、どうしても潜入したいとまで言うとは。
「劉煌、あんた何考えてんのかい?見つかったらただじゃすまないよ。ただ殺されるならまだしも、劉操のことだ。あんたのことなら生きたまま少しずつ切り刻む凌遅刑の可能性だってある。悪いことは言わない。まだやめておきな。」
お陸は、ついまだと言ってしまった。
それを聞き逃さなかった劉煌は目を輝かせて言う。
「師匠、まだってことは、いつかまた西乃国の皇宮に潜入するチャンスはあるの?」
やぶれかぶれになったお陸は、
「そんなの、いつだってあるよ。」と吐き捨てるように言うと、劉煌は何かを決心したように何度も頷いてからこう言った。
「わかった。じゃあ、2年後までには西乃国の皇宮に潜入できるように僕を鍛えて。」
お陸は劉煌の顔をジッと見つめた。
その顔には一点の曇りもなく、それはまるで、彼の強い意思が、顔の皮膚の細胞の一つ一つにまで浸透しているかのようだった。
暗い声でお陸は悲痛に言う。
「劉煌、、、あんた、まだ諦めていないのかい?」
今度は劉煌が顔をしかめて聞く。
「何それ?どういうこと?」
お陸は、もう嫌だという顔をしながら、「アイヤー、まだあたしに隠せると思っているのかね。あたしを誰だと思っているんだい。そんなこと、最初からお見通しさ。」とまで言うと、また劉煌の耳元に口をつけ、「隣の国の元皇太子が真剣にくノ一になろうなんてさ、元のポジションに戻るためだろう?」と囁くと、今度は元居た場所に戻って壁に両肘をつけて指で腰のあたりの着物を弾きながら「ま、敵将暗殺もあたしらのテリトリーだからねぇ。」と言うと、目線を劉煌に戻した。
劉煌は、それにYESともNOとも答えず、お陸と目線を合わせた。
お陸と劉煌は、しばらくそのまま見つめ合っていた。
”このお嬢ちゃん、少しも怯まない。犬死にも覚悟しているってことか。でもあたしはそうはさせないよ。なんてたって、ここまで大事に育てたたった一人のくノ一だ。前の子達の二の舞になってたまるかってんだ。”
「お嬢ちゃん、やってやってもいいけど、これからは、今迄の修行のようなぬるま湯じゃないよ。アンタは自分の汗が血になる覚悟が出来ているのかい?毎日血を吐いて、血の小便を垂れ流すほどの修行だよ。悪いことは言わない、やめときな。」
劉煌はすぐに立ち上がると、お陸の前に来ていきなりそこで膝まづいて両手を前で合わせ頭を下げた。
「師匠、私をもっと鍛えてください。お願いします。」
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