第五章 変幻
初投稿です。
仕様等まだ慣れていない為、設定・操作ミスありましたらご容赦ください。
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるためR15としていますが、それ以外は復讐ものと言いつつ笑いネタ満載のアクションコメディー
若返ったお陸は、術後間もないから節制してと訴える劉煌の静止も聞かず、この数か月断られた全てのお座敷に、次々と芸妓の香として乗り込んだ。
ドクトル・コンスタンティヌスのゴッドハンドによって、若く(みえ)て絶世の美女になった香ことお陸が、あの腰の曲がった年寄りのお陸とは、どこの座敷でも露ほども思わず、逆に引く手あまたになってしまった。これに大変気をよくしたお陸は、全てのお座敷を相手取って入札制にし、時間当たり一番高いお花代を提示したお座敷に劉煌を伴って乗り込んできたのは、中ノ国に帰国してから1週間後のことだった。
お座敷に入る前にお陸は、劉煌に釘を刺した。
「いいかい。これからの実地訓練でやることは、男の忍者では逆立ちしたってできないくノ一だけの芸当だ。男の忍者は依頼主や雇われ先からしか報酬は入らないが、くノ一は、芸妓をやればそれに加えてお座敷の相手からチップが貰える。特に我々は、依頼者からの指令を遂行するためにお座敷に立つんだから、相手にするのはそれなりの地位のある男だ。そんな奴なら面子にかけてもチップを弾まない訳が無いだろう?でもお嬢ちゃんはまだ訓練中だから、貰ったチップは自分の懐に入れず全部あたしに渡すんだよ。」
劉煌は、高額チップと聞いた瞬間、西乃国から寺に戻って以来ずっと頭の片隅にまるでこぶのようにへばりついていた難題:16歳までに住処を手に入れること、が、叶うかもしれないと閃いたので、俄然収入への執着心がムクムクと芽生え、自分のチップまで全てお陸に巻き上げられてたまるかと憤慨した。
「何それ。私が貰ったチップなのに、全部お陸さんが一人占めするってこと?」と、劉煌は初めてお陸を師匠と呼ばずに名前で呼んだ。
「なんだよ。師匠に向かって人聞き悪い言い方だね。それにお陸じゃない、香姐さんだよ。」
「話すげ替えないでよ。そりゃちゃんと師匠として教えてくれれば教習料金を払うのは藪さかではないけれど、この前の遊郭では全然師匠になってなかったじゃない。それに私の稼ぎを全部回収って何よ。それだったら、美容整形の件は、香姐さんがお金払うつもりだったのに、私のおかげで無料どころか逆に謝礼が入ったじゃない。それって全部私のおかげなんだから、その謝礼を全額耳をそろえて私に渡しなさいよ。とにかく、これからも貰ったチップの全部なんか絶対に香姐さんに渡さない!」
これまで5年間ほぼ毎日顔を合わせ、つい先日は西乃国で半月一緒に暮らした時も全くお金への執着がないように見えた元皇子さまの劉煌が、まさかチップの取り分で反論してくるとは露にも思っていなかったお陸は、どうこれに切り返そうか考えた。
”まったく、このお嬢ちゃんのお里がどこなのかわからなくなったよ。”
お陸は、改めてしげしげと劉煌の顔を見つめた。
劉煌は、出羽島で美容家と親しくなってから、益々化粧がうまくなり、どう見ても絶世の美女、、、の中の更に絶世の美女にしか見えない。しかも高貴な生まれだからこそある、誰にも真似のできない本物の”品格”が彼にはあった。
悔しいが、劉煌の美しさは、ドクトル・コンスタンティヌスのおかげで絶世の美女なはずのお陸をもってしても、まったく敵わない位の圧倒的な美しさだ。
”本当に上玉だ。しかも、あの芸妓としての完璧な立ち居振る舞い......こっちの取り分が7でもかなりの額になるだろう。もう教えることもないし。うん。よし。顔のメンテナンスの件もあるから譲歩してやろうかい......”
「じゃあ、7:3で。」
「8:2よ!」
”へえ~、なんだかんだ言ってもやっぱり皇族だねぇ。8も渡すなんて。”
「よし。決まりだ。」
そう言って劉煌と交渉成立の握手をして微笑んでいるお陸に、劉煌が「ええ、私が8、香姐さんが2でね。」と言うと、お陸は慌てて握手の手を振りほどこうとした。
お陸の行動を読んでいた劉煌は、掴んだお陸の手を放さずそのまま机のところまで行くと、筆で何かスラスラと描き始めた。
書き終わった紙をお陸に突きつけると、劉煌は「つめ印押して。」と、この世とは思えないほど冷たい声でお陸に迫った。
お陸は渋々その書面を見ると、それは座敷での報酬に関わる契約書だった。
座敷から出るお花代は香と檀で半々に折半すること。
檀への客からのチップ代の取り分は、当面、檀8、香2とすること。
期限は半年となっていた。
”ちっ、このお嬢ちゃんしっかりお花代のことも忘れないでいやがる。”
このままでは師匠としての面目が立たないと思ったお陸は、最後の切り札を劉煌に突きつけた。
「お嬢ちゃん、あたしにそんなに強気に出ていいのかい?忘れたのかい、あんたのことをあたしが知っているってことを。」
”ふ、ふ~ん。誰があんたの思い通りになんかさせるもんか!”
ところが、お陸がそう思った瞬間、劉煌は両手を組んでその上に顎を乗せると、声をオクターブ下げて、
「いいんじゃない。言いたきゃ言いふらせば。私がいなくなったら、誰がその顔のメンテナンスをできるのか知らないけど。」と呟くと、右斜め上に目線を変えた。
うぐぐぐ
お陸は、せっかくたるみ・シミ・皺一つなく、自称絶世の美女に戻った顔を醜く歪めて露骨に悔しがった。
劉煌が、勝ち誇った顔で視線をお陸に戻すと、お陸と劉煌はしばらく睨み合った。
芸妓用更衣室の体感温度が氷点下に下がる中、切り札が使えなかったお陸は、話を逸らす作戦に出て「わかったよ。わかったから、もう時間だから行くよ。」と言って部屋から出ようとした。
しかし、劉煌が付いてこないことに気づいたお陸は怒って「お嬢ちゃん、何やってんだい。お座敷に穴は開けられないよ。」と思いっきり姐さん風を吹かして言うと、劉煌は涼しい顔のまま、「まだつめ印もらってないもの。」と言って契約書をひらひらと空に躍らせた。
お陸は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
”くー!全く隙がないよ!”
”お陸さんが私をそう鍛えてきたんじゃない!”
劉煌の口元は微笑んでいたが、目は全く微笑んでいなかった。
「ええい、半年だけだよ!」そう叫ぶと、お陸はやぶれかぶれに契約書につめ印を押して、すぐに劉煌の手を引っ張ってお座敷に飛んでいった。
~
予定よりも随分収入が減ることで合意してしまったお陸は、翌朝、むしゃくしゃした気持ちのまま畑に行こうと道を歩いていると、向こうから知っている人影が近づいてくるのが見えた。
”なんだ。万蔵(中ノ国諜報機関:骸組頭領)かい。こんな時間にこんなところふらついていて、まったく骸組もやることがないのかねぇ。”
万蔵は万蔵で、一番弟子の千蔵がなんとか劉操(西乃国現皇帝)の居場所を見つけて劉操の遠征隊に入ったが、なかなか劉操に近づけず情報収集に難航していていることに頭を悩ませていた。千蔵によると、劉操は毎月1回京安の皇宮に戻るらしく、彼は皇宮にも人を派遣することを勧めてきていた。骸組は以前西乃国の皇宮に何人もの諜報員を派遣していたが、劉操の起こした政変で全員が殺されて以来、誰も送り込んでいなかった。その理由の一つが、くノ一がいないことだった。当時殺された諜報員の殆どはくノ一で、全てお陸が育ててきた人材だった。お陸は、政変の第一報が入った時、万蔵に諜報員達の脱出の手助けを申し出たのだが、万蔵はこれを「死して屍拾う者無し。」と一言の下に却下し、それどころか単独で助けに行こうとしたお陸を総勢100人の骸組全員でしばりつけて阻止した。それ以来、お陸は、骸組とは距離を置くようになり、会合にも出なくなった。骸組の方としても、年寄りのくノ一では実戦では使い物にならないので、別段お陸が会合に顔を出さなくなっても何も言ってくることはなかった。
お陸は昨晩のことで気分が良くなかったこともあり、”いっちょからかってやるか”と思い、すれ違いざまに「おや、久しぶりだねぇ~。万蔵。」と彼に声をかけた。
万蔵は、若い女が歩いてきているとはわかっていたものの、それがお陸であることには案の定気づかず、そのまま通り過ぎようとした時に、その若い女からそう声を掛けられ、その声が耳にはいると、まるで金縛りにあったかのように、若い女を凝視しながらその場にそのままの状態で固まってしまった。
そんな万蔵の姿を見たお陸はニヤリと笑うと、「さすが骸組の頭だね。あたしが誰かわかるって。」と言って、万蔵の肩を指でツンとつついた。
ところが、固まった万蔵は、そのままの形でその場に後ろ向きにドーンと道端に倒れてしまった。
「前言撤回。それで組の頭が務まっているのかい?しばらく顔を出さない間に、骸組もまったく地に落ちたもんだ。」
そう言うと、お陸は胸の前で腕を組んで、倒れている万蔵を見下ろした。
万蔵はやっとこさ、「ど、どうやって?」とだけ言うと、お陸は、「企業秘密」とだけ答えて、万蔵が起きるために手をさし出した。
万蔵はなんとか立ち上がると、四方八方見渡す限りお陸以外誰もいないことを確認して、今度は天に向かって両腕をつき上げ叫ぶ。
「万歳!くノ一が復活だ!しかも、お陸姐さんなら、百人力だ。なあ、姐さん、俺とあんたのよしみだ。頼む、この通りだ。西乃国の皇宮に行ってくれよ。」
お陸はあの時の怒りがふつふつと湧いてきて言う。
「何がよしみだよ。人の大事な娘たちを見殺しにしておいて。言っておくけど、あんたがあたしに借りがあっても、あたしはあんたに何の借りもないんだからね。あんたの依頼なんてまっぴらごめんだよ。そんなに皇宮に誰かを派遣したいんだったら、あんたの大事な部分を切りとって自ら行きなよ。」
万蔵は全くらしくなく、土下座してお陸の足元に縋りついた。
「頼む。お陸姐さん、この通りだ。金だったら幾らでも出す。頼む、助けてくれ。」
”金か・・・”
お陸はしばらく万蔵のされるように脚を彼に掴ませていたが、やがて何も告げずにその場からドロンと消えた。
万蔵はすぐに自分の腕が何も掴んでいないことに気づくと、大きなため息をついて立ち上がり、とぼとぼと歩き出した。
お陸は2・3本離れた木の上からその様子を見ていたが、万蔵の姿が見えなくなると、ふんと言って、またそこからもドロンと消えていなくなった。
~
お陸が万蔵とそんな話をしていた頃、劉煌は、小春と畑仕事をしていた。いや正確に言おう、劉煌は畑仕事をしていて、小春は地面に絵を描いて遊んでいた。
劉煌は鍬で土を耕しながら小春をチラチラ見て言う。
「小春、何を描いているの。」
小春は慌てて、へたくそ過ぎて誰にも識別できない地面に描いていた成多照挙(中ノ国皇太子)の顔を消して、「何でもない。」と言うと、劉煌の方を向いて突然、「ねぇ、美蓮はどうしてそんなに綺麗な顔してんの?お父さんもお母さんも綺麗だったの?私はきっとお父さんに似たんだろうね、ままは綺麗だもん。」と言った。
劉煌はすぐに「小春はかわいいじゃない。」と言ったが、さすがに「小春も綺麗じゃない。」とは言えなかった。それを察知したのか小春は、「『かわいい』じゃダメ。だって、大蜘蛛や大蛇はかわいいって言うけど、綺麗とは言わないじゃない。それと同じだもん。」と言ってすねた。
劉煌は、長年の小春との暮らしから、大蜘蛛を子猫、大蛇を子犬に置き換えて小春の言ったことを理解すると、「綺麗になりたかったら、簡単よ。ちょっと来て。」と言って鍬を手放し、小春の手を取って彼の自室に招いた。
劉煌は出羽島から持って帰ってきた美容整形のお道具を小指を立てて広げてから、小春に自慢げにそれを見せると、彼女に「このお道具があれば、誰だって世界一綺麗になれるのよ。」と言って、彫刻刀のような刃物を1本掴むと、それを空高く持ち上げた。劉煌はしばらくそのポーズで悦に浸っていたが、小春が咳をした拍子に我に帰ると、劉煌は今度は真剣な眼差しで小春の鼻をみつめ、自分の中にドクトル・コンスタンティヌスをチャネリングして「うーん、この横の部分を削って、鼻先に移植すると、綺麗な高いお鼻になるわねぇ。」と彫刻刀のような刃物で小春の鼻を指しながら言った。
小春は自分の小鼻につけられた彫刻刀擬きを凝視すると、美蓮がいったい何を考えているのかが閃き、珍しく素早い動作でパッとそこから離れると、自分の鼻を手で押さえて叫んだ。
「美蓮、私の顔を変える気なの!私の顔のどこが悪いのよ。美蓮がそんなこと言うなんて。美蓮なんて大っ嫌いっ!」
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